ジャスミンティー
「アフタヌーンティーにはちと遅い時間だかな。自由の国からの使者よ。そこに掛けてくれ」
白髪の少女はアメリカ特命全権大使トムリアル・ハワードをソファーに手招きする。無垢材のテーブルには3段のティースタンドが置かれていた。
ティースタンドの下段にはサンドイッチ、中段には焼菓子、上段にはタルトケーキが2人分用意されていた。 ルサンチマンは英国の高級皿にサンドイッチを取り分ける。
ハワードは平静を装ったまま勧めに従い10人は座れるL字型のソファーに腰を沈める。ルサンチマンとは斜めに向かい合う形となった。
特命全権大使はティースタンドの隣にある3種類の茶葉の容器に視線を向ける。蓋は開いていなかった。では何故ジャスミンーの香りがしたのか。
ハワードは内心で雑念を振るい落とす。妹の死も 、香る筈の無いジャスミンも今は考える時では無かった。考えるべきは自国の国益だった。
自分はその為に極東の島国にやってきはずだった。
「······ミス ルサンチマン。実は先ほど室内でジャスミンの香りがしました。その3種類の茶葉の中にジャスミンはありますかな?」
ハワードはどうでもいい内容の話題を口にした。今はとにかく精神的再建を構築する時間が必要だった。
「当たりだ。蓋も開いていないのによく分かったな 。自由の国からの使者はジャスミンは好みかな?」
ルサンチマンはソファーから立ち上がり、サンドイッチの置かれた小皿をハワードの前に静かに置く。白髪の少女の身体が至近に迫った時、特命全権大使は身体の体温が奪われるような錯覚に陥った。
「······ええ。好みですよ。私はサウスカロライナ州生まれでしてね。春にはジャスミンが田舎道を埋め尽くしていたものです」
ハワードは置かれたサンドイッチを上品に口に運ぶ。味など感じなかったが、とにかく時間を稼ごうとした。
「ほう。それは牧歌的な情景を想起させるな。自由の国からの使者はいつから都会に出たのだ?」
「大学からはずっとワシントンです。ですが祖父の家がサウスカロライナ州なので時々帰省していましたよ」
「それは祖父孝行な事だ。ついでに初心な田舎娘をかどわかしたか」
2つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとした時、ハワードは絶句した。何故この白髪の少女がハワードの悪行を見てきたかのように話すのか理解不能だった。
「······これは手厳しい。私も10代の頃は健康な男子でしたから異性には興味がありました」
「だからと言って強姦は罪深い事だと思うがな。お主が性欲処理に傷付けた娘達のうち1人は自ら命を絶ったのは知っているかな?」
ハワードは再び沈黙する。自殺した娘の親が裁判を起こしたが、親の金と権力で揉み消した過去をどうしてこの少女が知っているのか。
ルサンチマンはティースタンドの中段から焼菓子を小皿に移しハワードの前に置く。そして特命全権大使の耳元で囁く。
「実はな。その自殺した娘がここにおるのだ。我のすぐ後ろに立っているぞ」
ハワードが猛然と顔を横に向けルサンチマンの背後を見る。だが、そこに人影など無かった。アメリカ特命全権大使の金髪の髪が数本乱れて目元に落ちる。
「お主の妹君も。妹君の息子も。その娘の力を借りて殺したのだ」
ルサンチマンはハワードから離れ、ソファーに座りながらそう呟いた。
「······殺した? 自殺した娘の力を借りて?」
ハワードの頬から汗が流れ落ちる。空調の効いている室内がまるでサウナにいるかのような熱気を特命全権大使は感じていた。
「正確には呪い殺したと言うべきかな。娘のお主に対しての恨みつらみを形にしたのだ」
「······呪い殺した?」
精神的再建を果たすどころか、ハワードの脳内は混乱の一途を辿った。白髪の少女はティースタンドの上段からタルトケーキを皿に盛り、茶葉の容器の蓋を開ける。
「茶葉はジャスミンで良いかな? 自由の国からの使者よ」
白髪の少女は漆黒の瞳を細め微笑む。それはハワードにとってこの世の物とは思えない死人の笑みに見えた。




