経過面接
御城静香は幼い頃から大人びた少女だった。好意を持たれる者からは落ち着きがあり精神年齢の高い女性と見られ、敵意を持つ者からは優等生ぶった面白みのない女と陰口を叩かれた。
他人。正確には人間その物にあまり興味を持たない静香にとって、周囲からの評価など歯牙にもかけなかった。
未婚者の母親の苦労を幼少の頃から間近で見てきた静香にとって、心底信用出来なくなった対象が自然に形作られた。
その対象は結婚とそれに繋がる恋愛、そして異性である男の全てだった。人生設計が堅実な静香は、危なげなく公務員の試験に合格し、高校を卒業すると都庁に就職した。
静香の配属先の課長は細身の男だった。あまり仕事が出来るタイプでは無く、物覚えの良い静香が上司をフォローする機会が日毎に多くなっていった。
静香の上司は家庭で孤立していた。仕事帰り、1度だけ課長が静香を居酒屋に誘った。いつも業務を助けてくれているお礼と言うのが名目だった。
いつもの静香なら職場の同僚だろうが上司だろうがプライベートの付き合いは即座に断る筈だったが 、この時は何故か誘いに乗った。
幼少から1度も父親の愛情を受けて来なかった心の隙間を埋めるために父親像を上司に重ねたのか。 心安らぐ筈の家庭で疎外感を感じ憂鬱な表情をいつもしている上司に同情したのか。 常日頃から誰とも関わらない人生を送る自分に孤独を感じたのか。
どれが正確な理由か静香自身も分からなかった。 ただ確かなのは、2度目は静香が上司を誘い、3度目の逢瀬で2人が不倫関係になったと言う事だった。
上司の子供を妊娠したのは、静香が都庁に勤めて7年目の時だった。既に静香は配属先が変わっていたが、上司との関係は続いていた。
上司は自らの家庭を壊せないと静香に泣いて謝罪した。静香は表面上は平静にそれを受け入れ、都庁を退職して2人の関係は終わった。
静香は最後の出勤日の帰り道、いつも素通りする古びた公園のブランコに腰を降ろした。晩秋の夕暮れ時、足元には紅い落ち葉が身を寄せ合っていた。
未婚の母の苦労を骨の髄まで知っている自分が、今正に母と同じ道を辿ろうとしていた事に静香は思いを巡らせていた。
「······ふふふ」
うつむく静香から漏れたのは短い笑い声だった。 万事独りで生きていく事を決めていた筈の人生設計が脆くも崩れた事に対しての自嘲だった。
ただ一つ確かなのは、以前は視界から除外していた乳児連れの母親をいつも目で追うようになった事だった。
「静香は私よりまだましよ。相手はお腹の赤ちゃんを認知してくれたんでしょう? 私は認知すらしてもらえなかったもの」
全てを打ち明けた母からの返答は、腹部の体温を上げてくれたように静香は感じた。静香は新たな人生設計を構築しようと決心した。
お腹の赤ん坊を自分1人で育てて行く事。その為に食いっぱぐれる事の無い資格を取得する事を決めた。 7か月後、静香は2000グラムの女の子を出産した 。
その後2年間は貯金を切り崩し、資格の勉強と子育てに時間を費やした。 いくつかの資格を取り、本格的に再就職の活動を始めようとした頃、静香は黒渕マクブルの訪問を受ける。
そして生活管理調査会社「思いやり」に就職する事となった。
「······同僚同士の茶飲み話を装った面接。つまりこの時間はそう言う事ですか?」
静香は対面に座る恩納隆に冷たい口調で問いかける。カフェの店内は寒さを凌ぐため避難してきた客達で賑わっていた。
恩納はバツが悪そうな表情を隠さず、白髪交じりの後頭部に両手を当てた。
「······林田課長に言われたよ。御城さんは鋭いから気付くんじゃないかって。その通り。これは面接だよ。生活管理調査会社「思いやり」に入社して1年経つ者が全員受ける経過面接なんだ」
手持ち無沙汰になった恩納はテーブルに置いたカップを啜るが、白い陶器の中の液体は機嫌を損ねたようにその温度を急激に下げていた。
「でも御城さん。身構えなくていいんだよ。仕事に対しての不満とか不安とかを聞かせてくれればいいんだ。要は愚痴があったら聞きますよ的な時間だと思ってくれればいい」
恩納の中途半端な愛想笑いに、静香は首を少し傾けながら両目を細める。
「······社内の不満分子の炙り出し。危険思想を持つ者の摘発。恩納さん。この面接の趣旨はそんなところですか?」
静香の低温度の声色に恩納は絶句する。新たに入店した2人組の若い女の客が満席を理由に店員に断られていた。
極寒の外界へ放り出される事に絶望したのか、若い女の客は恨めしそうに満席の店内を一瞥する。その女と視線が合った恩納は、今すぐ彼女に席を譲りたい衝動に駆られていた。




