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アフタヌーンティーはジャスミンで  作者: tosa


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4/7

就職経緯

 最強寒波が関東から去ることを名残惜しそうに しているのか、極寒の底冷えは未だに人間達を心底震えさせた。


 平日金曜日の夕方。駅からほど近いカフェで恩納隆おんなたかしはカフェオレが入った分厚いカップを両手で持ち暖を取っていた。


「ああ温まるなあ。牛丼屋で汁だく、ラーメン屋でマシマシってあるでしょ? カフェでもやって欲しいと思わない? ドリンク温度上げ上げってさ」


  恩納は鼻をすすりながら向かいに座る御城みしろに以前より考えていた要望を提案する。


「提供された時は十分に熱いと思いますけど。それよりも温度が下がらないカップのほうが効率がいいんじゃないんですか?」


  御城は抑揚の欠けた声で恩納の思いつきを一蹴する。視線は手元のスマホに落としたままだった。


「······それだ。それだよ御城さん。保温機能のあるカップなら、最後まで熱々で飲めるよ。なんでどこのカフェもやらないんだ? 不思議だと思わない?」


「客による保温機能があるタンブラー持ち込みはそこら中のカフェでとっくに導入されています。でも店側は用意しないと思いますよ。そんな事をしたら客に長居されて店の回転率が下がりますから」


 御城の温かみの無い結論に恩納は口を半開きにして黙り込んだ。1年前から同僚になったこの女性に対して、恩納は信頼関係と言う名の距離間を縮められている気が一向にしなかった。


「仕事後に誘って悪かったね。娘さんのお迎えは大丈夫?」


 恩納はカップを置き神妙な顔つきになる。普段は御城との間にプライベートの話など皆無だが、彼女がシングルマザーで3歳の娘が1人いる事くらいは上司や同僚伝いで情報として知っていた。


「週末は母が来てくれるので大丈夫です。それで?  話とはなんですか?」


 御城はスマホをテーブルに置き、縁無し眼鏡を人差し指で直しながら恩納に向き合う。


「······うん。話っては俺達の仕事の事なんだけどさ 」


 恩納は自分が生活調査会社「思いやり」に就職した経緯について御城に語りだした。劣悪な労働環境の清掃会社を辞めてアパートに引きこもっていた時、国籍不明のエキゾチックな黒服の男性が訪ねてきた。


  紳士的な態度の男性は警視庁から業務委託された会社に就職しないかと誘ってきた。怪しい勧誘と即座に判断した恩納は玄関のドアを閉めた。


  すると10分後、恩納のアパートに3台のパトカーがサイレントと共に集まって来た。それに気づいた時、恩納の部屋のドアがノックされた。


  恩納が慌ててドアを開けると、黒服の男性の周囲には6人の警官が立っていた。警官達は困ったような表情で黒服男性の身分を恩納に説明した。


  生活調査会社「思いやり」代表取締役 黒渕くろふちマグリアル それが黒服男性の名前だった。黒渕は訝しげな表情を隠さない恩納に爽やかな笑顔を見せ自分の名刺を渡した。


  職安からの失業手当が切れた事。貯金残高が五万を切った事。マッチングアプリで知り合い1度会った相手に2回目のデートを断られ関係を切られた事。


  それらが複合的に重なり、恩納は半信半疑ながらも警視庁を訪れた。後に上司となる林田六三郎はやしだろくさぶろうと形だけの面接を終え即採用となった。


 身分は半官半民。給与面や福利厚生は公務員に準じていた。仕事は9時から18時。残業は滅多に発生しないし超過勤務には割り増し代金がキチンと出た。


 ボーナスは年に3回。土日祝は休みで夏季と冬季、更に年末年始にも休みがあった。恩納が何より驚愕したのは有給休暇も100%消化できるところだった。


  有給休暇が現実に取れるなど半ば都市伝説ではないのかと恩納は考えていたからだ。文句の付けようがない好待遇だった。


 だが。ひとつだけ。恩納隆にとってひとつだけ腑に落ちない疑問があった。自分達のこの仕事は一体何の為に存在しているのかと。


  今、恩納の目の前に座る御城静香は入社して1年が経過した。過去の自分と同じ疑問を持っている可能性は十二分にあった。


「······御城さん。最近仕事について何か考えたりしている事とかあるかな?」


  少し離れた席に座る若い女性の短いスカートから見える生足に見惚れながら恩納は呟く。恩納から寵愛を失いテーブルに置かれたカフェオレのカップからは、頼りなさそうな湯気が立ち昇っていた。

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