加害者と被害者
恩納隆の要を得ない返答に、綾音は初めて視線を恩納に移して顔をしかめる。
「私達、生活管理調査会社の中には妙な、いや特殊な能力を持った者がいるんです」
「······特殊な能力?」
「はい。私もその特殊な能力を持った1人です。今私達がいるこの相談室は6部屋ありますが、私はどの部屋に白鳥さんが入室しているのか聞かなくても分かりました」
「······どう言う事ですか?」
一向に理解が及ばないと言った表情の綾音に対して、恩納は説明下手な自分に苛立つようにボサボサの髪を搔く。
「オカルトの類の例えになってしまうんですが、霊視と言えば分かりやすいかもしれません。この生活調査会社のフロアに入った辺りから私には白鳥さんの存在と位置が分かるんです。いや、感じると言った方がいいかな? 貴方が入室したこの部屋からは 、死亡した張本剛の遺体に残っていた強い殺意と同種の物を感じました。だから私は誰にも聞かずにこの部屋に貴方が居ると分かったんです」
恩納はそこまで話すと喉を潤したいと思った。が 、飲料水などこの殺風景な部屋にあるはずも無かった 。
「ええと、だからですね。私は貴方の前に座ると全てが分かってしまうんです。貴方が張本剛を呪い殺した事も。ああ。この言い方もオカルトっぽいですね。尋常じゃない貴方の情念が遠く離れた張本剛の身体を死に至らしめたといいますか」
意図する説明が出来ずに恩納は困った様に両腕を組む。それに対して綾音は驚愕の表情を浮かべていた。
「白鳥綾音さん。貴方が張本剛の死を強く願った時、何か感じた事かありませんでしたか?」
恩納は違う角度から再度理解を求めようと質問を試みる。
「······昨日の事です。事故でもなんでもいい。あの男がこの世から消えてくれと願った時、頭の中に何故か臓器である心臓が浮かびました。それも鮮明に」
「その時、確信がありませんでしたか? 張本剛が死んだと」
「······ありました。理由は分かりません。理屈じゃないんです。ただ実感として感じたんです。あの男が死んだと」
張本剛から受けた暴力の数々を思いだしたのか、白鳥綾音は右目を覆った眼帯を手で押さえながら両肩を震わせていた。
「白鳥さん。貴方がそれを感じた時と、張本剛の死亡時刻は同一時刻です。正確に言うとこちらが分かるのは推定死亡時刻なので断言はできませんが間違いありません」
そして恩納は付け加える。死因の原因となる心臓。胸部から体外へ飛び出す心臓は相手をどれくらい憎み恨むかでその色を変えていた。
統計的に1番多いのは青色。滅多に見ない例が黄色。そして恩納達生活調査管理会社の職員達がただの1度も見たこ事が無い色が赤だった。
張本剛の心臓はレアケースの黄色であり、これは 白鳥綾音が張本をどれ程憎んでいたかを証明する何よりの証左だった。 そして恩納達はその3色を「信号の色」に例えていた。
「······つまり、私があの男を殺した犯人だと確定したと言う事でしょうか?」
綾音は再び視線を机の上に固定し、全てを諦めたように力なく項垂れる
「いえ。貴方は犯人にはなりません。張本剛を殺した張本人にはなりますが、一切罪には問われません」
恩納の飄々とした物言いに、綾音は呆けたような表情になる。
「第一に証拠がありません。呪い殺したなんて科学的に証明できませんしね。何より白鳥さんにはアリバイがある。張本剛が死亡した時に貴方は病院でその右目の治療を受けていた。その日は病院が混んでいて数時間待合室にいた事も分かっています。だからその点についてはご心配なく」
いよいよ本格的に喉が渇いてきた恩納は、この殺風景な相談室にウォーターサーバーが必要だと強く感じていた。後で上司にそれを提案する事を真剣に考えていた。
「······罪には問われない。ならこの取り調べは一体何の為にやっているんですか?」
まだ怪訝な表情を崩さない綾音は、椅子から腰が浮くほど前のめりになる。
「白鳥さん。この部屋は相談室なんです。取り調べ室ではありません。我々、生活管理調査会社は今回の様な事件事故の統計を調査記録している機関に過ぎません。我々からしたら貴方は被害者であり、加害者は張本剛なんです。あと偉そうに言うのなら貴方のような被害者の心のケアも行っています」
必要であれば綾音に心療内科を紹介すると恩納は付け加えた。
「······私が被害者? あの男を殺した加害者では無く?」
綾音は放心したかのように小声で呟いた。
「はい。白鳥綾音さん。貴方は被害者です。長い間 、心と身体に傷を負い辛かったでしょう。もう大丈夫です。ゆっくりと時間をかけて傷を癒してください。微力ですが、私達もそのお手伝いをします」
恩納は穏やかに微笑んだ。それは、作り笑いや演技では無く本心からだった。 白鳥綾音の右目から涙が溢れ嗚咽が相談室内に響く。恩納はその光景を見ながら、一瞬だけ喉の渇きを忘れていた。




