異能者達の死
高級ホテルの上層階では、二人の男が血塗られた戦いを続けていた。
「······急所を外したか。私もヤキが回ったな」
ジョセフの手から銃が滑り落ち、初老の男は仰向けに倒れる。
「······幕のようですね、ジョセフ。何か言い残すことがあれば聞いておきます」
裂いたワイシャツを右脇腹に巻きながら、黒渕は苦しそうにジョセフに問いかける。
「······君は優しいな。ミスター・黒渕。そんな君に重荷を背負わすのは忍びないが、これも運命だと思って諦めてくれ」
ジョセフは首だけを黒渕に向け、愛嬌のある両目を細める。
「······重荷? それはどういうことですか? ジョセフ」
〘ホオオオッ!!〙
黒渕の背後から地の底から響いてくるようなうめき声が聞こえた。
メイソンとオリビアはいつの間にか光の矢の戒めから脱し、黒渕の頭上に円を描くように浮遊していた。
「······これは?」
「······呪いだ、ミスター・黒渕。私が死んだ後、メイソンとオリビアは次の宿主を求めて彷徨う。凡百の人間では駄目だ。すぐに呪い殺されるからな。私や君のような異能者でないと駄目なんだ」
ジョセフは穏やかに笑う。対して黒渕は苦笑する。
「······食えないお人だ。これが最後の手段という訳ですか?」
「······メアリー、どうやら君の元へは帰れそうにないよ。ごめんよ。そして、ありがとう」
ジョセフが穏やかに微笑んだまま両目を閉じた瞬間、メイソンとオリビアは黒渕の身体に抱きつくように纏わりつく。
「晴明結界!!」
黒渕は印を結び、自身の身体に結界を施す。見えない鎖がメイソンとオリビアを縛り、傷つき消耗していた二体の死霊は断末魔の咆哮を上げる。
かつて恋人同士だった二つの魂は呪いから解放され、本来ゆくべき場所へ消えて行った。
バタッ。
それを見届けると、黒渕は床に仰向けに倒れた。 止血した右脇腹のシャツが赤く染まっていく。
「······ジョセフ、急所は外れていませんよ。貴方の腕は一流でした」
それが、日本とインドの異能を受け継いだ稀有な男の最期の言葉となった。
黒渕マグブルは微笑みながら、ジョセフの死から僅かに遅れて事切れた。
「······黒渕、上の状況はどうなっているのだ?」
豪勢な調度品に囲まれたリビングで、白髪の少女は隣に立つ長身の男に質問する。
「······お嬢。たった今です。主の黒渕マグブルが息を引き取りました」
黒渕の式神は、事実を淡々と少女に伝える。伝えられた側は両目を見開き、黒い瞳が揺れる。
「······そうか。黒渕が倒れたか。侵入者とはそれほどまでの相手か」
ソファーに爪を食い込ませ、白髪の少女は俯く。向かいに座る恩納は、二人が何を言っているのか理解出来なかった。
「安心してください、お嬢。相討ちの形になりましたが、主は侵入者を倒し·····」
「······どうした? 黒渕」
白髪の少女は俯いたまま、黒渕の式神に先を促す。式神は両目を閉じ額に指を当てる。
「······主から我々式神に最後の命令がありました。侵入者は複数いる可能性があると」
その時、最上階の部屋の扉が静かに開けられた。誰かがそれを目撃したら、勝手にドアが開いたと訝しむかもしれなかった。
「······もう駄目っ!!」
ギフトを使い続けたバレンタが限界を迎え、マテオ達三人はスイートルームの室内でその姿を現した。
「よく頑張ったバレンタ! 部屋に入ればこっちのモンだ! 後は僕とフランシスコに任せろ!」
マテオはいつものように指を鳴らし、スイートルームの中を駆け足で進んでいく。
広すぎるリビングにたどり着いた時、壁の窓際に長身の男が背中を向け立っていた。
「······おじさんは誰? ルサンチマンは!?」
マテオは周囲を見回すが、男以外に人の気配は感じられなかった。
「お嬢はこの部屋にはいません。貴方達のような暗殺者を用心してあらかじめ別の部屋にいます」
黒渕マグブルの式神は、窓からゆっくりと後ろを振り返り、鋭い眼光をマテオ達に向ける。
「そんなのあり!? モールス符号は五十三階だって言ってたじゃないか!!」
マテオはくせ毛が跳ねる頭を両手で抱える。フランシスコは「外れ、外れ」と独り言を呟く。
「落ち着きなさいよマテオ! それよりもこのイケメンのおじさん、ジョセフおじいさんがエレベーターで倒した人と瓜二つ、いえ、全くの同一人物じゃない!?」
バレンタに指を差され、黒渕の式神はポケットから両手を出す。
「その認識で間違いありません、お嬢さん。私達は主に造られた式神。貴方のお仲間が倒したのも同様です。つまり、私達は敵同士と言うことです」
黒渕の式神の両手には、いつの間にかナイフが握られていた。
バレンタがそれをマテオに伝えようとした刹那、式神は地を蹴りマテオに肉薄していた。




