死霊使い
エレベーターはその役目を果たすかのように上昇を続け、三十階を通過した。昇降機内では二人の男が血なまぐさい戦いを繰り広げていた。
「······メイソンの右手はすべてを切り裂く。そしてオリビアが食べた物は全て無と化す。例え魂でもだ」
メイソンとオリビアの二つの影は、捕食者のように黒渕に近づく。
「全くもって恐ろしい能力ですね。貴方がこの力を手に入れた経緯を是非とも知りたいところですね」
額に汗を滲ませ、黒渕は穏やかに笑う。
「······メイソンとオリビアはかつて恋人同士だった。そして二人を殺したのは私だ。私は二人に呪われている。憎しみと恨みが織りなす永遠の呪いだ」
ジョセフは血の通わない声を発し、右手を上げる。すると、メイソンとオリビアの影が同時に黒渕に襲いかかる。
「ぐわっ!?」
メイソンの右手が黒渕の首を切り落とし、オリビアがその頭部から全身に至るまで食らい尽くす。一瞬で終わった惨劇と同時に、エレベーターは四十二階で停止する。
エレベーターのドアが開かれると、ジョセフは無言で降りていく。バレンタがジョセフの背後から叫ぼうとした時、マテオが即座にバレンタの口を塞ぐ。
『放してよマテオ! ジョセフおじいさんが行っちゃう!』
バレンタはか細い声でマテオに耳打ちする。
『駄目だバレンタ! 僕らの存在がバレたら、ジョセフおじいさんの作戦が台無しだろ! 一体こんな時に何を言うつもりなんだよ!?』
『ジョセフおじいさんは私達に言ってくれた。私達一族の呪いはいつかきっと解けるって。私も同じことをジョセフおじいさんに言ってあげたいの!』
『······今は駄目だバレンタ、あとで伝えよう。この戦いが終わったら』
マテオが言い終える前に、エレベーターが閉まろうとしていた。視界に映るジョセフの背中を、バレンタは心配そうに見送った。
四十二階の通路を歩くジョセフの前方に、黒いスーツ姿の男が立っていた。そのエキゾチックな顔立ちは、一度見たら忘れ難いほどの美男子だった。
「······どういうことだ? 君はさっき死んだ筈だ」
ジョセフは眉間にしわを寄せる。ジョセフがホテルに複数感じる気配の中で、最も強力な力を感じたのがこの四十二階だった。
「貴方に殺されたのは私の式神です。言ったでしょう? 気配を消す身体に特化していると。貴方を見つけた式神は十分に役目を果たしました」
「······このホテル内で感じる複数の力は、全て君の式神というわけか?」
「そうです。私の式神は普通とは少し違いましてね。私の能力を用途に応じて与えるんです。その式神は自立して行動します。例え私が死んだとしても」
「······術者が死んだ後も? そんなことが人間に可能なのか?」
「陰陽師の血だけでは不可能だったでしょう。しかし私にはインドのシャーマン一族の血が入っています。二つの一族の血があればこそ実現できる芸当なのです」
かつてジョセフはマテオ達に言った。ルサンチマンの部下は複数存在すると。だが、その考えが誤りだったとジョセフは思い知らされた。
「恐ろしい力だな。君は自分の式神を世界中に撒いているのか?」
「はい。式神に自分の能力を分けて生み出す作業は精神と肉体を消耗します。一日に作れる式神は数体ですが、長い年月をかけ数千体の式神を作り出しました」
数千体と聞き、ジョセフは冷たい汗を額から流す。
「人間の分を超えた力だな。君は創造主にでもなるつもりか?」
「死霊を操る化け物の方に褒められるとは。私の日々のルーティンも報われるというものです」
黒渕が言い終えると、ジョセフは背後のメイソンとオリビアを操る。死霊の叫び声と共に長い影が黒渕に向かって伸びていく。
「晴明桔梗」
黒渕が印を結ぶ。その瞬間、光輝く五芒星が黒渕とジョセフの間に出現する。
ガシャアアッ!!
五芒星から放たれた光の雨がメイソンとオリビアの全身に突き刺さる。二人の死霊は苦痛の声を上げる。
「メイソン! オリビア! 怯むな! 目の前の男は、二度味わえない至高の獲物だぞ!!」
ジョセフは邪悪とすらいえる表情で大声を発し、二人の死霊を煽り奮い立たせる。
「全く、死霊使いなどには二度とお目にかかりたくないですね」
黒渕は今度は両手を使い印を結ぶ。すると、光の五芒星が七つ出現する。
「引き裂けメイソン! 喰らい尽くせオリビア!」
ジョセフのその絶叫は、黒渕の心臓を震わせた。 七つの五芒星から無数の光の矢が射られた。その殆どが二体の死霊に命中する。
だが、死霊の執念は黒渕の想像を超えた。 メイソンが七つの五芒星を切り裂き、オリビアがそれにかぶりつく。
光の矢を射られ、まるでハリネズミのようになった二体の死霊は、極上の獲物に向かって突進して行く。
その時、黒渕の頭上の天井と、足元の床に五芒星が光輝いた。黒渕にあと一歩と迫ったメイソンとオリビアは、天井と床から発射された光の矢で串刺しにされる。
〘コホオオォッ······〙
メイソンとオリビアは弱々しく喘いだ。そして黒渕の視線の先には、腹部の出血を手で押さえるジョセフの姿があった。
「······流れ矢が当たったようですね」
黒渕はゆっくりとジョセフの元へ歩いて行く。
「ぐふっ」
ジョセフは口から血を吐きながら、腹部の光の矢を抜く。矢は内臓を貫通しており、誰が見ても致命傷だった。
「······ミスター・黒渕、一つ聞きたい。君は式神ではなく本体なのか?」
ジョセフは膝が折れ、床に座り込む。
「はい、私本人です。ジョセフ、貴方とは別の形で出会いたかった。私達は異能の力を持った同士、良き友人になれたかもしれません」
黒渕は眉をしかめ、別の未来の可能性を惜しんでいた。
「······ミスター・黒渕、それは無理な話だ」
ジョセフが消え入りそうな声を発した瞬間だった。
パンッ。
四十二階の通路に、一発の銃声が響いた。黒渕の視界には、回転式拳銃を握るジョセフが映っていた。
「ぐっ!?」
右脇腹を撃ち抜かれた黒渕は、その場にうずくまる。
「悪いなミスター・黒渕。こっちの稼業の方が死霊使いより長くてね」
冷酷な暗殺者は、口から血を流しながら不敵に笑っていた。




