神父の男
リーチ・ザ・スカイホテルのドアアテンダントは、タクシーから降りる奇妙な四人組を見た。
一人は神父の格好をした恰幅の良い男、そしてコートを着込んだ南米系の少年少女三人。
ドアアテンダントの五年の勤務経歴の中でも、この高級ホテルの客には似つかわしくない四人だった。だが、ドアアテンダントは不審な気持ちを一片も見せず、笑顔で四人を迎えた。
チェックイン客達で混み合うロビーを通りながら、ジョセフは視線を前に向けたまま声を抑えて話す。
「······マテオ、バレンタ、フランシスコ。敵の気配を感じる。連中は間違いなくこのホテルに潜んでいる。手はず通り三人はトイレに行くんだ」
穏やかなジョセフの緊迫した声に、万事お調子者のマテオは素直に頷く。三人はジョセフと別れ、男性用トイレに入って行く。
「よしバレンタ、姿隠しのギフトだ」
マテオが早口でバレンタを急かす。
「言われなくても分かっているわよ」
バレンタのギフトが発動され、三人の少年少女の姿は忽然と消えた。男性用トイレから出ようとしたスーツ姿の中年の男は、前後を二度見する。
「妙だな? 今確かに誰かが入って来たような気がしたんだが」
バレンタのギフトによって姿を消した三人は、そのままエレベーターに向かいジョセフの後ろに立つ。
ジョセフが数人の宿泊客と一緒にエレベーターに乗り込むと、マテオ達も後に続く。
宿泊客が各階で降り、エレベーターが十階を超える頃、昇降機内にはジョセフと一人の宿泊客のみが残されていた。
「御用の階は五十三階、ルサンチマンがいるお部屋ですか?」
ジョセフの背後に立つスーツ姿の男がそう呟いた瞬間、ジョセフは腰を落とし強烈な回し蹴りを男に放つ。
男は跳躍してそれをかわす。スーツ姿の男は長い右脚を高く上げ、踵をジョセフの頭部に落とす。
ガシッ。
ジョセフは太い両腕でそれを防ぐ。その光景をエレベーターの壁で見ていたマテオ達は、互いに手で口を塞ぎ合い、声を漏らさないことに全神経を集中させる。
「······何故、私が暗殺者だと気付いた?」
ジョセフは長身のスーツ姿の男に問いかける。男はエキゾチックな顔に笑みを浮かべる。
「大統領執務室のモールス符号。あれに気付いた者が必ずここに来ることは分かっていました。ですが意外ですね。それはアメリカ以外からだと思っていました。貴方はアメリカ人でしょう?」
「······全米の能力者は皆殺しにしたからか? 君はずいぶんと傲慢だな。自分を全能だとでも思っているのか?」
「耳が痛いですね。自分の詰めの甘さをこの瞬間に痛感しています。私の名は黒渕マグブル。貴方のお名前をお聞きしても?」
「その前に一つ聞きたい。何故私の気配察知に君は入らなかった? このホテルの上層階には複数の能力者の存在を感じているにも関わらずだ」
「答えは簡単です。この身体は気配を出さない事に特化しているからです。貴方のお名前を教えていただけますか?」
「······ジョセフだ。ルサンチマンの部下よ」
ジョセフはそう言うと、愛嬌のある両目を見開いた。そして前傾姿勢になる。
「······これは?」
黒渕はジョセフからただならぬ気配を察知し、半歩後ろに下がる。
「······メイソン、オリビア、仕事の時間だ」
マテオ達が知るジョセフの温和な口調が一変し、 冷酷に響く。ジョセフの背後から二つの影が揺らめき、徐々にその影は人の形になっていく。
ジョセフの左右に現れたのは、男女の影だった。短髪の男の影は右目だけが光り、それ以外の身体はすべて漆黒に覆われている。
腰まで届く髪を揺らすのは、女の影だった。唇だけが視認でき、男と同様に他はすべて黒一色だった。
〘ホオオオッ――〙
二つの影が同時に咆哮する。それは、聞く者の魂に直接響くような不気味な声だった。影はジョセフの背後から黒渕に向かって伸びていく。
メイソンと呼ばれた男の影が右手を振り下ろした瞬間、黒渕の右腕が切断される。溢れる血と共に宙に舞う右腕をオリビアと呼ばれた女の影が口を開け、むさぼり食う。
「······これは、まさか死霊!?」
苦痛に顔を歪める黒渕は、二つの影を凝視する。
「······なるほど。お嬢の印が付けられなかったのも納得ですね。死霊に守られている人間に印を付けられる道理がない」
ジョセフの恐るべき能力に、姿を隠しているマテオ達が驚愕する。
「······死霊使い。まだ使い手が存在しているとは」
苦しそうに声を絞り出す黒渕を、ジョセフは冷めた両目で見つめていた。




