陰と陽の一族
「恩納さん? 今何処ですか? まさか「お嬢」のところではないでしょうね?」
スマホの通話口からは、冷静さを欠いた御城静香の声が聞こえてくる。
「退職届を林田課長に提出したって、一体どういうことですか?」
「······落ち着いて、御城さん」
「これが落ち着いていられますか! 私や小春の為に恩納さんが後継者になると聞いて!」
「······? 小春ちゃん?」
「黒渕代表が白状しました。恩納さんの次の後継者候補は、私ではなく小春だと」
「······御城さんじゃなく、次の後継者候補は小春ちゃん? そんな、本当に?」
「今すぐ考えを改めてください。私も小春も恩納さんを犠牲にしようなんて思っていません!」
「······いや。考えは変わらないよ御城さん。御城さんと小春ちゃん、どちらが後継者候補でも俺のやることは変わらない」
「······恩納さん。貴方は自己犠牲に酔って満足かもしれませんが、残された者の気持ちを考えたことがあるんですか!?」
「······御城さん。白濱雪菜のことを君に頼みたい。彼女はこれから心療内科に通う。近い将来、自分の犯した行為に苦しむかもしれない。そうなった時、彼女のことをサポートして欲しい」
「彼女が心配なら恩納さんが支えになるべきです! それよりも今は他人のことより自分のことを考えてください! もしもし? もしもし恩納さん?」
静香はスマホに何度も呼びかけるが、通話は途切れた。すぐにリダイヤルするが、恩納が電源を切ったのか不通になる。
「······恩納君は覚悟を決めたようだね」
「······林田課長」
御城静香と林田六三郎は生活管理調査会社の相談室に居た。静香は林田から恩納の退職届けのことを聞き、居ても立ってもいられず恩納に電話をかけた。
「御城さん。黒渕代表のことを恨まないで欲しい。私も彼に救われた一人なんだ」
林田は困ったような表情をして白髪交じりの髪を搔く。
「······林田課長が?」
「もう十年前になります。私の妻と息子は自動車事故で亡くなったんです。原因はトラックの運転手の飲酒運転。しかもスマホを見ながら妻と息子が乗るタクシーに突っ込みました」
「······林田課長のご家族が、そんな」
「危険運転致死傷罪が適用されず、運転手に下された判決は懲役七年でした」
林田の周囲から評判の穏やかな表情に影が落ちる。
「すべてに絶望した時、私は黒渕代表に出会いました。そして私は実行しました。運転手を呪い殺したんです」
林田は人の体温が感じられない声を発する。
「······恨みを晴らした後、林田課長は救われましたか?」
「······ええ。その時は本当に清々しました。これで妻と息子の魂が浮かばれると。ですが、時間が経つたびに思い知らされるんです。あれは妻と息子の復讐だったのか。それとも私の復讐だったのかと」
広くもない相談室に耳が痛いくらいの沈黙が流れる。
「······答えは出ましたか? 林田課長」
静香がそう問いかけると、林田は首を横に振る。
「答えは永遠に出ません。何故なら妻と息子はこの世にもういないからです。二人にあれで良かったのかと確かめる方法がないんです」
林田は痛々しいほど項垂れ、片手を机に置く。
「······御城さん。白髪の少女は黒渕代表と出会うまで長野に居た。これがどういうことか分かりますか?」
「······いえ? 五年前、長野の峠の集落で身寄りのない少女を保護したと黒渕代表から聞いています」
「······ここからは私の独り言です。聞かなくても、聞き流しても構いません」
林田は語り出す。黒渕マグブルと白髪の少女の出会いによって、生活管理調査会社「思いやり」は誕生し、林田は課長として迎えられた。
自分の復讐は正しかったのか苦悩する林田は、白髪の少女のルーツに興味を持った。そして長い年月をかけ長野を調べていくうちに、ある二つの一族の存在にたどり着いた。
「長野、いや信濃は日本の歴史資料にたびたびその名が出てきましてね。神秘的なものから霊的なものまで枚挙にいとまがないほどです」
二つの一族はそれぞれの土地で陰と陽の関係を保っていた。陰の一族は死者達の怨念を土地に引き寄せ、陽の一族は土地に留まった死者の怨念を慰め癒し土地から離していく。
「これは私の立てた仮説ですが、二つの一族はそうやって死者の怨念が起こす大災害を防いでいたのではないかと思うのです。そして白髪の少女は片方の一族の人間だった。長い年月が経過し、一族が衰退し使命も目的も忘れ去られた。黒渕代表はそんな時に少女と出会った」
「······待ってください、林田課長。そのお話が事実なら、白髪の少女がその土地から去ったと言うことは」
「はい。これまで死者の怨念を管理していた二つの一族のバランスが崩れ、大災害を防ぐ手立ては無くなりました。黒渕代表がアメリカ全国民の命と引き換えに、死者の怨念を晴らす方法以外は」
「······もう片方の一族も、陽の一族も少女の一族と同じ状況なのですか?」
「いえ、私が調べた限りではもう一つの一族は健在です。少女が居なくなり、空白となった土地にまた能力がある者が役割を果たせばあるいは」
「······アメリカ全国民の命を奪わなくても済む、そうでしょうか? 林田課長」
「······あるいは、です。御城さん。あくまで可能性のお話です」
林田の話を聞き終えた静香は、スマホで特急列車の予約を検索する。
「林田課長、陽の一族の土地を教えてください。今から小春を連れて詳しい話を聞いてきます」
「······御城さん。彼等は普通の人間達とは一線を画した存在です。場所が分かっても話を聞くどころか、会える保証もありません」
「それなら心配ありません。小春は後継者候補に選ばれた器です。娘がいれば、いえ、向こうから接触してくると思います」
静香は会社を早退することを林田に告げ、娘のいる保育園に向かって駆け出した。林田が見た静香の表情には、それまでの迷いが一切なくなっていた。
何故静香は、まだ現役の一族が陽の一族だと分かったのか。 長年調査した林田ですら二つの土地に住む一族のどちらが陰と陽なのか知り得なかった。
それを静香は言い当てた。それは、論理を超えた領域と思われた。
「······恩納君、御城さん、そして小春ちゃん。この三人が引き寄せ合っているのは偶然なのだろうか?」
部下の後ろ姿を見送りながら、林田は一人独語していた。




