自称、アメリカ救国団の上陸
ナショナル・モールの虐殺から二週間、日本国内では大きな混乱は起きなかった。
アメリカ全国民の財産の放棄、及び国土からの亡命という前代未聞の事象にも日本人達はどこか他人事だった。
それを「対岸の火事」と批判するには少し酷だったかもしれない。働けど働けど増えない収入。天井知らずの物価高。
手を変え名を変え気付かぬ内に増え続ける新たな税金。 目に見えない縄で徐々に首を絞められるように、国民達は確実に追い詰められていた。
日々の生活で精一杯の日本人にとって、8000キロ以上離れている国の存亡など気にかけている余裕は無かった。
「アメリカの人達も大変ですけど、私達だって生活がありますから。え? 日本にアメリカ人達が大挙して亡命してきたら? どうだろう。治安とか心配ですね」
子供が二人、夫と共に共働きをしている40代の女性がテレビ局の街頭インタビューで答えたその内容が、日本国民の考えを端的に表現していた。
黒渕マグブルの予言した通り、治安維持の為に自衛隊が出動する事態は起きなかった。首相の口から発令された国家非常事態宣言。
その宣言を要約すると、国の一大事に個人の権利が制限されると言うことだった。全国民は羊のように大人しく従い、スマホに振り込まれた電子マネーでいつもの日常を送る。
個人の権利を主張するデモが散発的に発生したが 、警察の機動隊がデモの集団から離れた場所で静観しているだけだった。
株式市場が強制閉鎖された為、証券業界の働き人達は長い休みを取らざるを得なかった。ここで全国民に支給された電子マネーが生きた。
無傷ではいられない個人レベルの雇用や生活も、この電子マネーがあれば最低限の生活は送れた。活気があったのはテレビの情報番組だった。
今まで見た事もないコメンテーター達が次々と現れ、日本が何百年も前からアメリカに国富を奪い続けられたと訴え始めた。
そしてアメリカと深く通じ、国を売った者達として時の首相や政治家、先の大戦の軍人の個人名まで出てきた。
彼等コメンテーター達は売国奴達を痛烈に批判し、アメリカの資産と国土を日本が手に入れることは正当な精算行為だと熱弁する。
そして専門家達は日本に輸入されるエネルギー資源、電子機器、食料品は向こう2年間は貿易先から確保されていると太鼓判を押す。
日本の貿易相手国は、自国の存亡を賭けて必死にドルからの脱却を推し進めていた。
他人の不幸を蜜とするSNSでは、アメリカ滅亡までのカウントダウン動画が無数に上げられていた。
政府はアメリカからの資産接収本部なる部署を立ち上げ、防衛省の中で直ちに資産接収庁に格上げした。 その資産接収庁の長官のポストを巡って、歴史に名を残したいと渇望する若手政治家達が数多く立候補した。
······警視庁内部にオフィスを間借りしている生活管理調査会社「思いやり」では、アメリカの悲劇的な騒ぎを他所に通常通り業務が行なわれていた。
テーブルと椅子が置かれた職員用の休憩スペースに、やや伸びたくせ毛を搔きながら座っている男がいた。
「恩納さん、最近おかしいですよ」
その男の向かいの席に座った御城静香は、ふちなし眼鏡の中から鋭い視線を先輩に向ける。
「え? そ、そうかな。仕事ではやらかしていない筈だけど」
後輩の詰問口調に、恩納隆はぎこちない仕草で冷え切ったコーヒーを啜る。
「······黒渕代表と何があったんですか? 恩納さんが心ここにあらずとなったのは、あの国家非常事態宣言が発令されてからです」
静香は椅子から身を乗り出し、恩納に顔を近づける。
「御城さん」
「はい?」
「距離感間違っていないかな?」
「え?」
「俺は確かに君の新人時代の教育担当だった。けど、それはあくまで職務上の事だ。俺のプライベートのことまで君に詮索される理由はないよ」
「······」
「俺の言っていることに間違いはあるかな?」
「······いえ、ありません」
「······ならいい。御城さんに言いたいことはそれだけだ」
恩納は冷たくそう言い放つと、乱暴に席を立って紙コップをゴミ箱に捨てた。静香の顔を一瞥して休憩スペースから立ち去った。
ドンッ。
恩納は誰もいない通路の壁に拳を叩きつける。動揺した静香の表情が脳裏に浮かぶたび、自分の不器用さを呪った。
「······でも、これでいい。これしかないんだ」
血が滲んだ右手をポケットに入れ、恩納は一人独語していた。
······横浜港、大さん橋国際ターミナルに入港した船から降り立った4人組がいた。
神父が着用するカソック姿の初老の男と3人の少年少女の組み合わせは、外国人が多く下船する中でも目を引く存在だった。
「いよいよ日本に来たぞ! さあ、僕らアメリカ救国団の伝説の始まりだ!!」
小麦色の肌の少年が指を鳴らしながら陽気に叫ぶ。せっかく事前に用意したコートを着忘れ、少年は盛大なクシャミをした。




