国家非常事態宣言
1月20日の22時。いつもなら就寝する時刻だったが、恩納隆は使用年数が10年を超えるコタツで暖を取り、テレビを見ていた。
その時間に国営放送を視聴する。それが恩納の所属する会社の代表取締役である黒渕マグブルからの直々の業務命令だった。
その放送内容は、恩納に30年の人生の中でも最大級の衝撃と驚きを与えた。テレビの中でニュースキャスターが蒼白な表情で、懸命にアメリカで起こった惨劇を伝える。
アメリカ大統領の自殺、副大統領の胸部損壊による死亡、3億5千万のアメリカ全国民の国外退去、そしてワシントンDCの国立公園であるナショナル・モールに集まった市民10万人の死。
恩納はテレビに釘付けになった状況で無意識の内に右手でスマホを探していた。そしてテレビとスマホの画面を忙しなく往復させながら電話をかけようとする。
だが恩納の指は震え、思うように動かなかった。すると、着信を受けスマホが揺れ出した。恩納が電話しようとした相手、御城静香からの着信だった。
「もしもし、御城さん? 今テレビを見ているんだけど、これって一体どういうことなのかな?」
開口一番、恩納は頼りになる後輩の静香にその答えを求めた。恩納は目まぐるしく情報が錯綜する脳内を持て余し、声も上ずっていた。
「落ち着いて下さい、恩納さん。こんなことをできるのは、黒渕代表と彼が「お嬢」と呼ぶ女性しか考えられません」
静香の声は電話を通して冷静沈着に聴こえた。だが、微かにその声が震えている事に恩納は気付かなかった。
「黒渕代表が? な、なんの為にこんな大量殺人をする必要があるのかな?」
「······アメリカから奪われ続けた富を取り戻す。黒渕代表が私達に言っていたことです。アメリカの全ての土地と資産を日本に明け渡さなければどうなるか。ナショナル・モールの大量殺人はそれをアメリカ全国民に思い知らせる為のパフォーマンスだと思います」
「······思い知らせる? つ、つまり脅しが本当だと信じさせる為に10万の市民は殺されたの? そんなことの為に?」
恩納の頭の中には、柔和に笑う黒渕マグルブの顔が浮かんでいた。その限度を知らない残酷な行いは、恩納の精神を慄かせ戦慄させた。
「······よく聞いて下さい恩納さん。問題は起こったことではなく今後です。これからこの国は、いえ全世界がどうなるかです」
「······ど、どうなるの? 御城さん」
「······アメリカは世界有数の消費国であり、生産国です。そしてその通貨は世界基軸。その国が消え去れば、いえ、三ヶ月後に消えると分かれば世界経済は大混乱に陥ります」
恩納の頭に浮かぶアメリカのイメージなど、国内の米軍基地かハリウッド映画。と、その程度だった。
「だ、大混乱? 御城さん、そ、それってまさか」
「間違いなく世界恐慌になります。基軸通貨であるドルの大暴落。世界中の国が持っているアメリカ国債は無価値になり日本を含め各国の株価も暴落します」
「そ、そんなことに? この国は、日本はどうなるの?」
「······日本は資源を輸入に頼っている国です。食料もエネルギーもすぐに不足し、ハイパーインフレが起こります」
「ど、どうして? そうなるって分かってて、なんで黒渕代表はこんなことを?」
「······! 恩納さん、テレビを見てください。内閣総理大臣の緊急会見が始まります」
スマホ越しに聞こえる静香の緊張をはらんだ声に、恩納は不安を感じながらテレビ画面を注視する。
先ほどまでのニュースが中断され、画面は首相官邸に切り替わっていた。 そこには、肉付きのよい60代後半の男が神妙な面持ちで原稿用紙を演台に置いていた。
その男は、先の総選挙で圧倒的な勝利を収め総裁となった内閣総理大臣だった。
「国民の皆様にお伝えいたします。ただ今これより、超法規的措置により国家非常事態宣言を発令いたします。繰り返します」
内閣総理大臣が険しい表情で用意された原稿を読み上げていく。その時、恩納が手に取ったスマホからキャッチホンがかかってきた。
キャッチホンの契約など覚えが無かった恩納は、その割り込み電話番号を見て何故か黒渕マグブルの顔を思い浮かべた。
静香に一旦電話を切ると伝えて割り込み電話に出た恩納は、自分の予想が当たった事に特段喜びを感じなかった。
黒渕マグブルは、電話口から穏やかな口調で恩納に面会を求めて来た。




