密航者達
メキシコ西岸にあるエンセナダ港から出航した貨物船は、コンテナを満載して北太平洋を目指していた。
アメリカ・アラスカ沖を経由して日本に到着するまで約2週間。船員達がその期間を過ごす為に居住区は船の船尾に位置していた。
ビル7階に相当する居住区は、船員達の長い航海の為に様々な施設が完備されていた。船員の個室、 医務室、食堂、娯楽室やフィットネスジム。
取り分け個室については船員達の数より多く作られていた 。 使用されていない個室の幾つかは備品やリネンの置き場になっており、専らネズミの楽園と化していた。
アメリカ救国団を吹聴する3人の少年少女達は、許可も無く貨物船に潜り込み、居住区の中でその使用されていない部屋を必死で探していた。
マテオ曰く「人間が生活する上で衣食住の住は一番重要だ」。それを証明するかの様に、夜に生活音の聞こえない未使用の部屋のエリアを特定し、片っ端から鍵が施錠されていない部屋を探し求める。
バレンティア曰く「そんなに都合よく鍵がかかっていない部屋がある筈がない。世の中舐めないでよね?」。扉が開かない部屋が20を超え、金髪の少女のその教訓が当たると思われた時、ある部屋の扉が開かれた。
そこは、部屋の両端に2段ベッドが置かれた狭い部屋だった。部屋の中央に予備のリネンが積まれ、東側の上段のベッドが隠れる程の高さだった。
長らく使われていない影響か、リネンからは若干かび臭い匂いがした。マテオは指を鳴らしガッツポーズを決め、フランシスコは「当たり、当たり」と小声で呟き、緊張が解けたバレンティアは自らの姿隠しのギフトを解除した。
その時だった。マテオが喜びの余り腕を振り指を鳴らした際、肘が壁の照明スイッチに触れ、室内が明るく照らされた。
リネンの山で隠れていたベッドの上段から人影が現れ、マテオ達3人と視線が交錯する。
「·····君達は?」
マテオはダークブラウンの瞳でその声の主を凝視する。 茶色く切りそろえられた短い髪。やや肥満した大きな身体。
60歳前後に見えるその男は、黒く丈のある服を着ており、神父を思わせた。
「バ、バレンティア! ギフトだ! 早く!」
「だ、駄目よマテオ! このパターンは私利私欲に該当するやつよ! 戒めの罰なんて絶対に嫌!」
「露見、露見」
マテオ、バレンティア、フランシスコの3人が慌てふためく。神父を思わせる初老の男は、唇に人差し指を当てる。
「3人共落ち着きなさい。あまり大きな声を出されると困る身でね」
神父と思われる男は、丸く愛嬌のある両目を細め、穏やかに微笑む。その笑みを見た瞬間、少年少女は途端に冷静さを取り戻した。
「······困るって。もしかして、おじいさんも密航者とか?」
マテオは恐る恐る初老の男に問いかける。神父の格好をしている男は、少し驚いた表情の後に笑顔でゆっくりと頷く。
「今3人が座れるスペースを作るから。それからお互いに事情を話し合おう」
初老の男はそう言うと、ベッドの上段から降りてきた。床に積まれた大量のリネンを空いているベッドに移し始め、マテオ達も黙ってそれを手伝う。
······明かりが消された狭い船室。壁にある強化ガラス製の丸窓から差し込む月明かりが唯一の光源だった。
1人の初老の男と3人の少年少女は、狭いスペースに座り自己紹介と密航に至る理由を互いに話し合っていた。
4人が座る床の中央にはフィッシュタコスが大皿に盛られており、育ち盛りの少年少女達は貪るように手づかみで揚げられた白身魚を食す。
「ジョセフおじいさん。本当にこれ全部食べてもいいの?」
急いで口の中に詰め込んだせいか、若干むせながらマテオは初老の男にお伺いを立てる。
「ああ。構わないよマテオ。私を船内に手引きしてくれた協力者が食べ切れない量の食べ物を持ってきてくれてね。私が太っているから大食いだと思ったみたいだ。こう見えて私は少食なんだよ」
「え? ジョセフおじいさんが? その身体で?」
素直すぎるマテオの反応にバレンティアが幼馴染みの頭をはたく。少年少女達の目的と身の上話、そしてギフトという能力を聞いてジョセフは丸い両目を閉じて考え込んでいた。
その間にもフィッシュタコスはみるみるうちに減っていく。
「やっぱり信じられないよね。呪われた一族だとか、ギフトとか言われてもさ」
「······いいや。信じるよ。マテオ。私は気配察知の能力に長けていてね。君達がこの部屋に侵入する事に全く気付かなかった。どうやらバレンティアの姿隠しのギフトは完全に気配すらも消すようだ。その事実だけでも私は君達の話を全面的に信じるよ」
そして話は双方の共通の目的である白髪の悪魔ルサンチマンに及んでいった。
「ルサンチマンはマテオ達に任せよう。私はその環境を整える役をやろう」
ジョセフはその理由を順序立てて少年少女達に説明していく。ルサンチマンは3億5千万人のアメリカ全国民に呪いの印を付け虐殺しようとしている。
そのような常軌を逸した力を持つルサンチマンが他の力を持つとは考えにくい。白髪の悪魔はその能力に特化している可能性が高い。
寧ろ一連のアメリカに対してのこれまでの交渉や情報を一手に統括している部下がいる筈であり、その部下こそが厄介とジョセフは考えていた。
「······その部下。いや、部下達が何人いるか分からないが、恐ろしく有能な者達だろう。その連中を排除しないとルサンチマンには辿り着けない。私はそう考えているよ」
ジョセフがルサンチマンの部下達を退け、その隙にマテオ達が諸悪の根源を仕留める。マテオ達が神に呪われた一族なら、白髪の悪魔の印にも対抗できると初老の男は計算していた。
「でもいいの? ジョセフおじいさん。僕達がルサンチマンを仕留めたら、一番手柄は僕達の物になっちゃうよ?」
「もちろん構わないよ。マテオ。元々私は見返りなんて求めていないからね」
「じゃあ何故? なんでジョセフおじいさんはこんな密航までしてルサンチマンを倒しに行こうとしているの? アメリカを救う為?」
バレンティアが室内の紙ナプキンを拝借して口元を拭きながらジョセフに問いかける。
「······妻を守る為だよ。私はこれまでの人生、償いきれない罪を重ねて来てね。そんな私を妻は夫にしてくれた。今彼女と私が住む家は彼女が子供の頃から育った家でね。彼女の愛する家と土地を守りたい。それだけなんだ」
ジョセフは両目を閉じ、俯きながらこれまでの半生を思い返しているようにバレンティアには見えた。
「······素敵。そんなに想ってもらえて奥さん幸せね」
バレンティアの言葉に、ジョセフは無言の笑顔で応えた。そして明日からは協力者に少年少女達の食事も追加で持ってきて貰う事を約束した。
そして特にバレンティアを喜ばせたのは、ランドリーとシャワー室の使用だった。 約2週間の過酷な密航の旅。
その環境が激変したマテオ達は立ち上がり、喜びのラテンダンスを踊り始めた。
少年少女達の声量を鎮める為に、ジョセフは予想外の冷や汗をかくこととなった。




