エンセナダ港
雲一つ無い青空の下、バハカリフォルニア州の国道1号線を日本製のコンパクトカーが猛スピードで疾走していた。
「おじさん! 早く早く! 絶対に間に合わせてよ !」
「うるせえガキ! 少し黙ってろ!」
自称、アメリカ合衆国の救世主マテオ少年と柄の悪いスキンヘッドのタクシー運転手は狭い車内で怒鳴り合っていた。
コンパクトカーは健気にエンジン音を唸らせ、仕様以上の性能を要求されていた。
マテオ、バレンティア、フランシスコの救国の3人組が古着屋でショッピングに勤しんでいた時、タクシー運転手は気まぐれからスマホである調べ物をしていた。
それは、マテオ達が目指すエンセナダ港から横浜行きの貨物船の出港時間だった。
「馬鹿かお前等は! 2週間に1、2便しか出港していない船くらい前もって調べとけ!」
「ちょっとおじさん! ちゃんと前見てよね! あと運転しながらタバコは止めて!」
バレンティアがタコスを頬張りながら運転席に向かって文句をつける。フランシスコは「美味い、美味い」と小声で呟く。
「おじさん! 運転に集中して! エンセナダ港に僕等の目指す永住権が待っているよ!」
指についたサルサソースを舌で舐めながら、マテオは運転手を笑顔で激励する。
運転手は少年少女達に言いたい事は山程あったが、時間の無駄だと大人の判断を下し、窓の外へタバコを投げ捨て右足でアクセルを強く踏み込んだ。
時刻は午後2時。日本製のコンパクトカーは一般車両立ち入り禁止の看板を無視し、エンセナダ港湾内に滑り込むように突入を果たした。
湾内には全長337メートルの貨物船がクレーンに吊られたコンテナを積み上げていた。
船首の左舷に「横浜エクスプレス」と船名を確認したタクシー運転手は、コンテナターミナルに残された積荷の数を見て出港まで残された時間は僅かだと気付く。
「おいガキ共! コンテナはもう殆ど船に積んである。出港まで時間はねえぞ! どうやって船内に潜り込むつもりだ!?」
運転手は助手席を振り返ると、そこには誰もいなかった。マテオ達3人の少年少女はいつの間にか車の外に出ていた。
「おじさん。エンセナダ港まで僕達を連れて来てくれてありがとう。これ僕の携帯番号。3週間後に電話して。必ずだよ?」
マテオは電話番号が書かれたレシートをタクシー運転手に渡す。そして恐怖と緊張から全身を震わし足がすくんでいたバレンティアの両肩に優しく両手を添える。
「大丈夫だよ、バレンティア。戒めの罰なんて受けない。僕を信じて」
マテオは微笑み、金髪の少女を安心させようとする。バレンティアは覚悟を決めたかのように深く深呼吸する。
「······仕方ないわね。マテオ、これで貸し借りなしだからね」
バレンティアがそう言った刹那、3人の少年少女の姿が忽然と消えた。バレンティアの持つギフト。それは、彼女と周辺に存在する者達の姿を消す能力だった。
「······冗談だろ? アイツ等一体何処に?」
タクシー運転手は車の外に出て周辺を見回したが、視界には最後のコンテナを積み込む貨物船しか映らなかった。
唖然としながらタクシー運転手は、貨物船が汽笛を鳴らし出港するまでその場に立ち尽くしていた。
もしあの少年少女達が姿を消す能力があるのなら。貨物船に潜り込む事は可能に思えた。
貨物船が船尾を見せ港を離れた頃、4本目のタバコを靴のかかとで潰したタクシー運転手は、ズボンのポケットから手を出した。
手のひらには金細工の指輪と電話番号が書かれたレシート。そのレシートは、先ほど少年少女が買い物をした古着屋の物だった。
レシートの金額を見ると、マテオ達が随分と店から値切った様子が容易に窺え運転手は苦笑した。
本来なら手に入れたこの指輪を換金して美味い酒といい女を楽しむつもりだったが、運転手は何故か再びポケットの中に指輪とレシートを入れた。
「······永住権か。3週間だけ指輪を売るのを待ってやるよ。3週間だけな」
タクシー運転手は運転席に座りエンジンを始動する。ティファナのスラム街からエンセナダ港まで126キロ。
酷使したコンパクトカーを労るかのように、車は法定速度でエンセダナ港を後にした。




