国道1号線
日本車のコンパクトカーは、メキシコ国道1号線を順調に南下していた。4車線道路の東側には太平洋が広がり、天候にも恵まれ絶好のドライブ日和だった。
「ルサンチマンを仕留めに行くだと?」
マテオ達自称アメリカ合衆国の救世主を客として乗せたタクシー運転手は、少年少女の目的地と標的を聞いて呆れ果てた声を出す。
ルサンチマンの存在とその力はタクシー運転手もラジオ放送を通じて知っていた。ナショナル・モールに集まった10万人を皆殺しにする能力を持った化け物など、誰も近付きたくないと思うのが常識だった。
「お前達みたいなガキに何が出来る? その日本の悪魔に呪われてくたばるのが関の山だぜ」
前方の車を強引に追い抜き、タクシー運転手は遠慮会釈も無い言葉をマテオ達に浴びせる。
「大丈夫だよ、おじさん。僕達はとっくの昔に呪われている。今更そんじょそこらの呪いなんか恐くないよ」
座席のシートを後ろに倒しながら、マテオは後頭部に両手を乗せる。
「とっくに呪われているだあ?」
「そう。僕達の気の遠くなるほど前のご先祖様はちょっと気性に問題のある人達でね。事もあろうに神様に喧嘩を売っちゃったんだ。結果は完全ノックアウト負け。逆らった罰に一族は呪いを神様にかけられたんだ。永遠に解けない呪いを」
「永遠の呪いだあ?」
スピードを落とした前方の車にホーンを鳴らし、タクシー運転手はマテオに向け不審そうな声を漏らす。
「そう。ギフトと呼ばれる能力を与えられた代わりに、その能力を使って善行を積まないといけないんだ。もしそのギフトを私利私欲の為に使ったら、戒めの罰というとんでもない苦痛を受ける。それが呪いさ」
能天気にしか見えない小麦色の少年は、まるで神の啓示を受けた使徒の予言の如く重々しい声を発した。 タクシー運転手は一瞬自分が催眠術にかけられたのかと錯覚した。
運転手はタバコを窓の外に捨て、 靄を晴らすように軽く首を振る。
「嘘くさい話だな。で? ちなみに苦痛ってのはどんな痛みなんだ?」
「そりゃあ、とてもじゃないけど言葉じゃ言い表せないよ。拷問道具の鉄の処女に入れられ全身を釘に刺され、ガソリンで焼かれてコンクリートミキサーでミンチにされるくらい痛いんだよ?」
タクシー運転手はマテオから神秘的な何かを僅かにも感じた自分を猛省していた。そしてマテオはその戒めの罰を受けた事があるのかと質問する。
「あるよ。最近ではバレンティアが3人の暴漢に襲われた時かな。僕のギフトで暴漢は即死。バレンティアは無事だったから良かったけど、あの時は辛かったなあ」
マテオは苦痛を思い出したように苦悶の表情を後部座席のバレンティアに向ける。マテオの恩着せがましい行為に、金髪の少女は助けられた手前文句も言えず歯ぎしりする。
「はあ? 何で苦痛を受けるんだよ? そこの嬢ちゃんを助けたんだから私利私欲の為に力を使った訳じゃねえんだろ?」
タクシー運転手はマテオに質問しながら我に返る。何故この小麦色の肌の少年の話を真実とした前提で自分が話をしているのかと。
「同じ呪われた一族を助ける為にギフトを使っては駄目なんだ。使っていいのは一族以外の人達。これって随分酷い話だと思わない? おじさん」
「俺に苦情を言っても仕方ねえだろ。文句を言うのならその先祖か神に言いな」
タクシー運転手は胸ポケットから新しいタバコを取り出しながら、車を国道沿いにある一軒の店の駐車場に入れる。そこは、古着屋の店だった。
「何? おじさんトイレ?」
車を停車させた運転手に、マテオは素朴な疑問を投げかける。
「······俺は以前、冬の日本に行った事がある。お前等その格好じゃ凍えるぞ。この古着屋でコートを買って来い」
タクシー運転手はそう言うと、財布から1000ペソ紙幣を取り出しマテオに渡す。
「······おじさん、実はいい人? 本当にいいの?」
マテオは半信半疑の表情で紙幣を見つめる。
「勘違いすんな。お前が渡した指輪にはそれだけの価値があるって事だ。お袋に感謝するんだな」
「よし! バレンティア! フランシスコ! コート安く値切って余ったお金でタコスを買って食べよう! おじさんありがとう! 僕達がルサンチマンを仕留めたら、ついでにおじさんの分のアメリカの永住権を大統領に頼んであげるね!」
言うが早いか、マテオはバレンティアとフランシスコを引き連れ古着屋に駆けて行った。
問答無用でお釣りまで使い切ると宣言したマテオに、タクシー運転手は今更お釣りは返せと言えなくなっていた。
「······アメリカの永住権か」
チンピラのような生活から足を洗い、アメリカで心機一転新しい生活を始める。
タクシー運転手は、騒々しい客達が居なくなった車内でそんな事を一瞬だけ夢想していた。




