トタン屋根の中の作戦会議
廃材の柱で形ばかりの家。隙間風だらけの粗末なワンルーム程の広さの室内で、アメリカ合衆国を存亡の淵から救う会議が開かれていた。
金髪の少女バレンティアは、白く細い腕を組みながらベニヤ板の床にあぐらを組んでいた。
「で? そのルサンチマンって悪魔は日本の一体何処にいるのか分かっているの? マテオ」
「もちろんさ。バレンティア。副大統領の演説を聞いていなかったのか? 彼女は言ったじゃないか。 東京に核ミサイルを発射せよと。あれは、白髪の悪魔は東京に居ると言うメッセージさ」
マテオは敬礼の姿勢を崩し、人差し指を古びたテレビ画面に向けた。普段は終始能天気なマテオの気質を知っているバレンティアは、マテオの思いもよらない鋭い指摘に意表を突かれた。
「で、でも。その東京とやらの何処か分からないじゃない?」
バレンティアはムキになって幼馴染みのマテオに食ってかかる。そのマテオは人の悪い笑みを金髪の少女に向ける。
「······まさか。マテオ。アンタ、ギフトを使ったんじゃないでしょうね?」
バレンティアは不安そうな表情で両手を床に叩きつける。
「まさか。僕に遠く離れた人間を探し出す能力なんて無い事くらい、バレンティアは知っているだろ?」
マテオはそう言うと、小型の液晶テレビを手に持ちバレンティアに向ける。
「さっきの大統領演説で見ただろう? 執務室の天井の間接照明が一部点滅していた。あれは、モールス符号の発光信号さ」
普段からよく道でつまずき、注意力散漫とバレンティアから小言の様に言われるマテオは自信に満ちた表情で断言する。
「それを解読したところ、「リーチ・ザ・スカイホテル53階」それが白髪の悪夢ルサンチマンが居るところさ」
推理ドラマの犯人など一度も当てた事など無いマテオの的確な物言いに、バレンティアは口を空けたまま呆然とする。
「······アンタ。本当にあのマテオ? 一体どうしちゃったのよ?」
「幼馴染みに失礼だな、バレンティア。能ある鷹はここぞという時まで爪を隠すのさ」
マテオはややくせ毛のある黒髪を片手でかき上げ自分の優秀さを自ら称賛する。
「で? どうやってその何とかホテルへ辿り着くわけ? 1週間分の食費しか持ち合わせていない私たちが?」
バレンティアがあぐらを組んだ膝に右肘を乗せ頬杖をつく。問い質されたマテオはくせ毛を指でもて遊びながら暫く考え込む。
「どう思う? フランシスコ」
マテオは黒褐色の肌の長身の少年に助けを求める。求められたフランシスコは肩まで伸びた長髪に両目を隠し、自分の大きな足のつま先を見つめていた。
「······密航、密航」
フランシスコのその呟きに、マテオは指を鳴らす 。
「そうだよフランシスコ。お金が無い僕等には密航しか手は無いよな。バレンティアのギフトを使えば何て事はないしね」
「ちょっとマテオ! 簡単に言わないでよね。ギフトを使って戒めの罰を受けるなんて私は絶対に嫌よ!」
ギフトと言う単語を聞いた瞬間、バレンティアの表情が険しくなる。
「大丈夫さバレンティア。僕達がギフトを使って戒めの罰を受けるのは、私利私欲の為に力を使った時だけだ。今回は違う。罪なき人々を救う為の正義の行動だ。罰なんて受けないよ」
マテオは片目を閉じてバレンティアに微笑む。だが、頬にそばかすがある金髪の少女は不審そうな両目を幼馴染みに向けたままだった。
「······モールス符号、モールス符号」
フランシスコが首を振りながら小言を繰り返す。それを聞いたバレンティアは、素朴な疑問をマテオに問いかける。
「アンタが分かったくらいなんだから、そのモールス符号に気付いた人は他にもいるんじゃない?」
「そうだね。心ある人と力がある人なら行動するかもね。ん? ちょっと待てよ?」
マテオは床に置かれていたトルティーヤチップスを一枚口の中に放り込み、深刻な表情で考え込む。 すると、拾い物のバッグに着替えや携帯食料を慌てて詰め込んで行く。
「こうしちゃいられない! バレンティア! フランシスコ! 急いで東京に向かうぞ!」
「ちょっ、ちょっと落ち着きなさいよ。マテオ。突然どうしたの?」
「さっきバレンティアが言ったろ? ルサンチマンの居場所に気づいている奴は他にもいるかもしれない! ぼやぼやしているとソイツに手柄を持っていかれる! そうなったらアメリカの永住権は永遠に手に入らないぞ!」
「本気で東京に行く気なの!? 密航って一体何処の船に乗るつもりよ!」
あぐらを組んでいたバレンティアは立ち上がり、マテオの首根っこを掴む。マテオは暫く考え込み、フランシスコに視線を移す。
「······エンセナダ港だ。そこから出港している貨物船なら東京では無いが横浜まで行ける。直行便で2週間程度だ」
それまで目の焦点が合わず、小声で呟いていたフランシスコが理路整然と喋りだした。淡褐色の瞳には強い意志が宿り、端正な顔立ちは引き締まっていた。
「ついてるね。フランシスコの兄貴がここで出てきてくれた」
マテオは指を鳴らし笑う。フランシスコはその内面に内向的な弟、そして理知的な兄の2つの人格を宿していた。
マテオは強引にバレンティアとフランシスコをボロ屋から連れ出し、メインストリートでリブレと呼ばれる流しのタクシーを拾う。
停まったのは日本製車種のコンパクトカーだった。人相の悪い運転手は三人の客を値踏みするような目つきで睨む。
1人は小麦色の肌の黒髪の少年。年齢は17歳前後、白いシャツに傷だらけのジーンズ姿。もう1人はブロンドの白人娘。
黒のタンクトップの上にピンクのパーカーを羽織りデニムショートパンツ姿。器量は10人並でこちらも17歳前後に見える。
最後の男は黒褐色の長身だった。黒いシャツに黒いジーンズ。肩まで伸びた髪の中に見える顔立ちは美男子と言って差し支えなかった。年齢は18歳前後に見える。
「坊や達。何処に行くつもりか知らねぇが金は持ってんのか? 俺のタクシーは現金のみだぜ」
柄の悪い運転手はドアに腕を乗せ、タバコを吸いながらマテオを鋭い両目で見る。貧困層地域の流しのタクシーは、正式な許可を取って営業していない者も多く、客が犯罪に巻き込まれる事も多かった。
「アメリカ合衆国を救いに行くのさ!」
マテオの高らかなその宣言を聞き、タクシーの運転手は咥えていたタバコの灰を落とす事を一瞬忘れた。




