大統領演説
大統領執務室で行われていた特別演説の途中に、大統領が自動小銃を胸元から取り出し、自らの右こめかみに銃口を当てる。
誰も予想だにしなかった光景に、執務室の記者達はただ呆然とするしか無かった。
「よく聞けルサンチマン! 全てが貴様の思う通りに事が運ぶと思うなよ! 私は屈しない! アメリカ全国民よ! 最後の日まで決して諦めるな! 白髪の悪夢を葬る事が出来る能力を持った者よ! 誰でもいい、悪魔を祓いアメリカを救ってくれ! 偉大なるアメリカ合衆国万歳!!」
大統領がそう絶叫した後、鈍く重い音が大統領執務室内に響いた。自動小銃の引き金が引かれ、大統領の左頭部から血が噴き出し放物線を描いた。
大統領はマイクの置かれた演台に左腕を乗せた後に床に倒れた。記者達は一斉に椅子から立ち上がり悲鳴を上げる者が続出した。
大手新聞記者のマイケル・ミラーはこの時の事を後に述懐している。大統領が銃で自殺したにも関わらず、政府高官達は落ち着き払っていた。騒いでいたのは私達新聞記者達だけだったと。
大統領は床に敷かれた巨大な幕に仰向けに倒れていた。6人のボディガード達が整然と大統領に近づき、段取りよく幕を畳んで大統領を包み込む。
星条旗が模された幕に包まれた大統領は、ボディガード達の手によって運ばれて行く。そして、別のボディガード達が同じく星条旗が描かれた巨大な幕を演台の下に敷いていく。
「······何が起きている? これからまた何が起こるって言うんだ?」
マイケル・ミラーは必死に我を保とうとしていた 。新聞記者達の40の視線は、再び演台に注がれる。そこには、副大統領がいつの間にか立っていた。
女性であり才色兼備と名高い47歳の副大統領は、冷え切った両目でテレビカメラを見つめる。
「······親愛なるアメリカ合衆国の皆さん。大統領はルサンチマンなる悪魔に殺される事を是とせず、自ら名誉ある死を選びました。これより私が大統領代理を務めます」
副大統領、否、大統領代理のその落ち着いた声は、浮足立った記者達を幾分か冷静にさせた。
マイクは大統領代理が着ているパンツスーツの色が黒だと言う事に気付く。 先ほどの前大統領の喪服と同じだった。それが何を意味するのか。マイクは脳内が混乱していた。
「国民の皆さんにお伝えすべき事は前大統領が全てお話しいたしました。国内に残留する技術者の方達へは後ほど通知が郵送されます。それ以外の方々は残念ですが自力で他国へ亡命してください。我々アメリカ政府も全力で他国へ亡命の働きかけを行っていますが、救えるのはごく僅かな数になるでしょう」
大統領代理は冷静な口調でアメリカ全国民の過酷な運命を述べていく。そして大統領代理は静かに両目を閉じた。
「······親愛なるアメリカ全国民の皆さんに、どうか神のご加護があらんことを。そしてナショナル・モールの10万人の住民の皆様。貴方達だけを生贄にはしません。私も皆様にお供します」
薄目を開いたまま話す大統領代理のそれは、まるで遺言のようにマイケルには聞こえた。
「大統領代理の権限を行使して命じます! 戦略原子力潜水艦は直ちに東京へ核ミサイルを発射せよ!!」
大統領代理が両目を見開き、西太平洋に展開している原子力潜水艦に正気とは思えない命令を金切り声で発した。
その瞬間、彼女は口から大量の血を吐いた。 大統領代理の胸から胸骨に串刺しされた心臓が皮膚と衣服を突き破って飛び出てきた。
マイクが置かれた演台の上に胸骨と繋がった心臓が乗せられ、大統領代理は演台に寄りかかる形で立ったまま絶命した。
前大統領の自殺に続き大統領代理の猟奇的な死に、大統領執務室にいた新聞記者達は大パニックに陥った。
悲鳴を上げる者、腰を抜かし座り込む者、執務室から出ようとドアに殺到する者。その最中、全身の震えから歯をカチカチと鳴らすマイケル・ミラーは 、無残な大統領代理の身体を正視できず、一部が切れかかり点滅していた天井の縁の間接照明を眺めていた。
そして、まるで準備されていたかのように6人のボディガード達が大統領代理の身体を床に敷かれていた星条旗の幕で包み込み運んで行く。
同じ光景を2度目撃したマイケルは、演台に向かって悠然と歩く人物に気付く。その男は、マイクの高さを調節すると、神妙な面持ちでカメラに向かって口を開いた。
「······親愛なるアメリカ国民の皆さん。私の名はトムリアル・ハワード。事前に議会の承認を得て、この瞬間から臨時大統領に就任いたします」
大統領執務室で長く使用されてきた天然木の演台は、アメリカの歴史上初めて同じ日に3人目の大統領を迎えていた。




