性善説、性悪説。
「······黒渕代表取締役。既に「印」を付けられたと言う事は、私の生殺与奪は貴方達に握られていると言う事ですか?」
恩納隆は机の向かいに座るエキゾチックな顔立ちの美男子に悲痛な声で問いかける。今まで死を意識した事など無い恩納は、どこか現実感が欠如した気分だった。
「いえ、違いますよ。恩納さん。貴方に「印」は付けられていません」
あっさりと、だが明確に黒渕は否定する。恩納は口をぽかんと開き喉が渇きが更に増す。黒渕はいつもの穏やかな笑みを浮かべ説明していく。
呪い殺される対象者にジャスミンの匂いを嗅がせ「印」を付けると、その香りが対象者にまとわりつく。 恩納が嗅いだジャスミンは死亡した対象者の身体に染み込んだ物だと言う。
だが、静香を始め生活管理調査会社「思いやり」の職員達ですらその香りを感じる事は不可能だった。
「つまりですね、恩納さん。貴方が遺体からジャスミンの匂いを感じる能力がある。それはお嬢の後継者の資格があると言う事なんです」
黒渕は更に続ける。白髪の少女の余命は長くは無く、可能であれば恩納にその後継者となって欲しい 。だが、後継者となれば血なまぐさい役目を負い、何より寿命が極端に短くなると言う。
後継者として生きられる期間は長くて10年、短くて5年。黒渕は恩納にその役目を受ける事について無理強いしない事を強調した。
「······つまり、私には選択肢があると言う事ですか ? 黒渕代表取締役」
「その通りです、恩納さん。私もお嬢も貴方に無理やりこの重い役目を強いるつもりはありません。そこはお約束します」
恩納の素朴な疑問に黒渕は笑顔で答える。寿命の話になった時、恩納は何故か必ず60歳で繰り上げ受給を受けるつもりの年金の事が頭に浮かんでいた。
「······黒渕代表取締役。貴方とその「お嬢」は、一体何の為にこんな事をしているんですか?」
「······難しい質問ですね。恩納さん、私は幼少の頃から感じていました。人間の本質は、善か悪かどちらなのかと」
「······性善説と性悪説というやつですか? 黒渕代表取締役」
「そうです。私の結論は後者です。恩納さん、貴方はどちらだと思いますか?」
「······性善説。いや、そうだと思いたいです。でも現実は······」
「恩納さん。私はお嬢の力を借りて「合法な復讐法」を作りました。これは、単に救われない被害者を守るだけの法では無いのです」
「······それはどう言う意味ですか? 黒渕代表取締役」
「死者の恨みつらみ、無念や未練は筆舌にし難いほど深く、濃い。それを晴らす為でもあるのです」
「······死者の無念を晴らさないと、何か問題でもあるのですか?」
「······申し訳ありません。恩納さん。その質問に答える事が出来るのは、貴方が後継者の役を引き受けた時になります」
ただ椅子に座って会話をしているだけの筈が、恩納を著しく消耗させていた。黒渕はそれを察し、今回の対話の終了を恩納に告げる。
「恩納さん。3日後の1月20日。23時からの国営放送を必ず視聴して下さい。必ずです」
居丈高な態度とは対極な黒渕が、この時だけは威圧的に恩納には見えた。代表取締役が相談室から去った後、静香が戻ってきたのは30分後だった。
静香が見たのは、軽い脱水症状になりかけていた恩納の姿だった。何故水分補給をしなかったのかと静香に問い詰める。
「······ああ。この相談室で御城さんを待っていないと悪いかと思って」
恩納のその返答に、静香はあきれ返る。静香は踵を返し、水を求めて自動販売機へ駆け出して行った。




