後継者候補
生活管理調査会社「思いやり」のオフィス内にある相談室の1室では、代表取締役と職員2人による対話が続いていた。
黒渕マグブルは恩納隆と御城静香に説明を続ける。白髪の少女の力を使い、アメリカ合衆国から奪われた富を取り返す事。だが、その少女の寿命が尽きかけており、その後継者候補を探している最中だと。
「······つまり。今回の荒川家の案件は、その後継者候補を、いえ、恩納さんを試す為に行ったと言う事ですか? 黒渕代表取締役」
黒渕マクブルによる、非日常極まりない話。その内容を聞き混乱する脳内を必死に整理した静香は、縁無し眼鏡の中から鋭い眼光を代表取締役に向ける。
「その通りです御城さん。そして恩納さん。貴方はそれに合格した。恩納さんが言う「間違った情報のレンズ」を私が職員達にかけたにも関わらず、貴方だけはそれが間違っていると気付いた」
合格と言う言葉を聞き、静香の顔から血の気がみるみるうちに引いていく。
「······黒渕代表取締役。一般市民として平凡に生きてきた恩納さんに、その得体のしれない後継者など務まるとお考えですか? この平凡な恩納さんに」
恩納は二年後輩に平凡と二回言われたような気がしたが、聞き流すという大人の処世術を活用する事にした。
「御城さんの言う通りです。お嬢の、失礼。私は彼女の事をお嬢と呼んでいまして。彼女の後継者となると言う事は、隠り世の代理人となり死者の力を借りて大量殺人を行う事になります」
黒渕は聞く人を落ち着かせる穏やかな声色で物騒な事をさらりと言い切った。今まで恩納や御城が立ち会って来た遺体の現場。
そこで胸部損壊による死亡者達は全て白髪の少女がジャスミンの香りと言う印を付けてきた。印を付ける対象者は黒渕自身の力や生活管理調査会社「思いやり」、警察組織の情報網から選別された。
「突然こんな話を聞いて、平凡な恩納さんが大量殺人者の後継者になれと言われて了承できる筈がありません」
静香は再度代表取締役に抗議する。一方、代弁されていた本人の頭の中は「3回平凡と言われた」と全く当事者意識が無かった。
長い話を一度聞いただけで全て理解する自信など無いと断言出来る恩納は、頭の中で黒渕から聞いた 話を反芻していた。
そしてジャスミンと言う固有名詞を思い出したところで思考が止まり、恩納の全身が震えだした。
「恩納さん? 大丈夫ですか?」
額から大量の脂汗を流し、明らかに尋常ではない恩納の様子に、静香は心配そうに声をかける。その時、相談室のドアがノックされ、林田課長が再び姿を見せた。
「御城さん。御城さんが担当の被害者の方が急に来られてね。かなり不安定な状態で御城さんを指名している。大事な話の途中で済まないが、来て貰えるかな?」
林田が申し訳なさそうに静子に退室を促すと、静香は黒渕に視線を移し無言の圧をかける。
「違いますよ。御城さん。恩納さんを説得する為に貴方を退出させる。そんな手の込んだ真似はしていません。被害者の方の来所は偶然です」
そして黒渕は静香が被害者との対話が終わるまでここで待つとも伝えた。静香は以前恩納にこの仕事は気楽なものだと言った。
だが、被害者に対しての心配りを先輩である恩納から学んだ静香にとって、自分を頼りにする被害者を軽視する訳にはいかなかった。
静香は後ろ髪を引かれる思いで頼りない先輩に釘を差す。
「恩納さん。貴方はセールスマンの口八丁にほだされ、本来必要の無い契約を結んでしまうタイプです。私が戻ってくるまで黒渕代表取締役に言質を取らせないように気をつけてください」
恩納は精一杯の不気味な作り笑いをして後輩を送り出し、相談室には恩納と黒渕の2人が残された。
「御城さんに随分と慕われているようですね。恩納さん」
「······た、頼りになる後輩で助かっています」
ハンカチなど持ち合わせていない恩納は、手の甲で止まらない汗を拭う。
「······1年程前からです。胸部損壊の遺体現場に立ち会う度に、ジャスミンの香りを感じるようになりました」
恩納は恐る恐る黒渕を見ながら口を開く。そして核心に迫る質問をする。
「······黒渕代表取締役。私は既に「印」を付けられている。そう言う事ですか?」
激しい喉の渇きを覚えながら、恩納は震える声を絞り出す。
「······気づかれていたのですね。恩納さん」
終始穏やかだった黒渕の表情から笑顔が消えた。その彫りの深い顔からは、名状し難い圧迫感を恩納は感じていた。




