現代の陰陽師
黒渕マグブル。現在42歳。恩納達生活管理調査会社「思いやり」の代表取締役であり、先祖が陰陽師一族と言う出自だった。
陰陽師は国家に属し主に天文観測や暦の作成、国の吉兆を占う官人だった。だが、明治政府が「太陽暦」を導入し、近代国家づくりにそぐわないとして陰陽師はその役目を終えた。
黒渕の一族もその後衰退していったが、食うために一族はその力の使い方を変えた。国家の為に使用していた能力を個人の暗殺に振るうようになっていく。
主に活躍の場は権力者達の暗闘だった。莫大な金銭で依頼を受け、対象者を呪い殺す。徐々に権力者達は自分の身を守る為にお抱えの陰陽師を雇うようになって行き、歴史の裏で陰陽師は暗躍していった 。
現代でも黒渕の一族は健在であり、その生業は変わらなかった。それは、権力者達の思考と行動はいつの世も同じだとういう証左でもあった。
黒渕マクブル自身も悪しき一族の慣習の中で育てられる筈だった。だが、黒渕の母親が異国のトルコイスタンブールを仕事で訪れた時にその運命が変わる事になる。
黒渕の母親は現地で知り合った男性と結婚し、マクブルが生まれた。父親は偶然にもトルコで「バフシ」と呼ばれるシャーマン一族の出だった。
父親一族もその力を使い、トルコで闇の勢力に属していた。父親と母親は血なまぐさい生業に嫌気がさし、マクブルが生まれた事を契機に互いの一族の生業から足を洗った。
マクブルの両親は我が子に一族の力を一切継承させなかった。だが、マクブルは自力てその力を覚えて行く事となった。 マクブルの両親はそれに驚愕する。
両親の互いの一族の血が混ざり合い、皮肉にもマクブルは両方の一族の力に目覚めて行く事となった。 権力者達はマグブルの力に目を付け、硬軟合わせた交渉でマグブルを自分達の勢力に加えようとした。
しかし、それは次第に脅迫に変化していく。 だが、それらの試みはすべてマグブルの力によって返り討ちとなった。権力者達はマグブルに畏怖し、彼に手を出せる者は皆無となった。
洋の東西の異能の力を合わせ持ったマグブルは、自身の力を持て余していた。権力にも財力にも特段興味を示さなかったが、自分の能力が何の為にあるのか長らく自問していた。
そしてここで政府がマグブルに接近する。マグブルの力を国の為に平和利用するよう申し入れて来た。 マグブルは悩んだ末、政府に協力をする事に決めた。
但し、力を貸すのはあくまでマグブルが必要と判断した時のみだった。 その見返りに、政府もマグブルの要請に応えた。生活管理調査会社「思いやり」のオフィスが警視庁内に間借りし、警察の組織を利用出来る権限を与えた。
だが、マグブルは全面的に政府を信用してはいなかった。警視庁内にオフィス構えさせたのも、自分を監視する為だと看破していた。
黒渕は会社と警察の情報網、そして自分の能力を駆使し、法では裁けない犯罪者や闇の勢力の人間達を自らの手で葬って来た。
そして5年前、マグブルは仕事で長野に赴き、ある峠の集落で7歳前後に見える少女と出会う。少女の髪の毛はすべて白髪で全身は痩せこけていた。 少女には親類は存在せず、集落では忌み子として蔑視されていた。
唯一少女の面倒を見ていた老婆が亡くなった後、マグブルが少女の保護者となり東京に連れ帰った。 少女は自分の事を「我」と呼び、話し方も子供のそれとはかけ離れていた。そして少女には不思議な力があった。
死者が現世に残した強い恨みつらみを呪いと言う形にして行使出来た。マグブルはその呪いを凶悪犯罪者に試してみた。
家族を殺された遺族に凶悪犯罪者の死を望むようよに差し向けた。すると、犯罪者は獄中で死亡した 。死因は胸部損壊。
心臓が体外に飛び出したのが致命傷となった。 心臓の色はケースごとにその色を3色に変えた。黄色、青色、赤色。恨みの深さでその色が変わると分かったのはかなり時間が経過した後だった。
この一連の殺人方法には幾つかの手順が必要だった。まず始めに呪い殺す対象者にジャスミンの匂いを嗅がせる。 匂いを感じさせた後は何時でも処理が可能となり 、先般の例の通り被害者遺族が犯人相手の死を強く望めばそれが成就する。
それは殺人事件に限定された物では無かった。肉体や精神的な暴力、虐待も対象になった。その際は殺された死者が居ない為、過去に似たような苦しみで亡くなった死者の力を借り呪いを行使する事となった。
復讐対象者にジャスミンの香りを嗅がせ、死者の力を借りて相手を呪い殺す。この作業は全て白髪の少女の力だった。
日々のニュースや新聞が報じる痛ましく悲惨な事件事故の数々。法で裁けない、若しくは妥当な罰を受けない犯罪者達に黒渕は思うところがあった。
黒渕は少女の力を使い「合法的な復讐法」を非公式に政財界に表面上は認めさせた。彼等上級国民が正式にこの復讐法を認めたとは代表取締役は考えていなかった。
権力者達はあくまで様子見をしているに過ぎず、この超法規的措置が自分達の邪魔になるようなら全力でこの法を潰しにくる事は黒渕も分かっていた。
そして黒渕はこの復讐法を運用する為に生活管理調査会社「思いやり」を設立。恩納や静香達を自らスカウトした。 恩納は自分達の能力は超越者に与えられた物だと考えていた。だかそれは違った。
黒渕は恩納達の無意識の底に眠っていた潜在能力を引き出すきっかけを与えたに過ぎなかった。 つまり、恩納や静香達が持つ能力は本来自分達に備わっていた物だった。
「恩納さん。御城さん。ここまでのお話で何か質問はありますか?」
黒渕は柔らかい笑顔で恩納と静香に問いかける。 代表取締役に聞きたい事柄が優に2桁を超え、喉の渇きを覚えた恩納は、この相談室に一刻も早くウォーターサーバーを導入する事を先ず考えていた。




