事の顛末
生活管理調査会社「思いやり」のオフィスには、40台の電話が設置され、常時30人以上のオペレーターが出勤している。
オペレーターの1人である向井泉は、朝9時からひっきりなしに鳴る電話の受話器と相談内容を次々とさばいていく。
主な相談内容は暴力、虐待、ストーカーと言った対人トラブルであり、泉達オペレーターは警察や児童相談所、または心療内科と言った適切な相談先を案内して行く。
中には切迫した声で電話かけてくる者や泣きじゃくる者もおり、オペレーター達の精神的負担は軽くは無かった。
通話が終わり、受話器を置いた泉の視界に、このオフィスに6つある相談室の1つに入室する3人が映った。 1人は上司である林田課長、後の2人は名前は出て来ないがこの課の職員だった。
泉は再び鳴る電話に意識を戻し、時給2000円分の仕事をする為に受話器を手に取った。
「恩納君、御城さん。今回は申し訳なかったね。この通りだ」
生活管理調査会社「思いやり」の課長であり、隆と静香の上司である林田六三郎は部下達に深々と頭を下げた。
温和な上司を常日頃から尊敬していた隆は、椅子に座るなり謝罪する林田に慌てる。
「林田課長。頭を上げてください。課長の一存で今回の案件が画策されていたとは考えていませんから 」
隆の隣に座る御城静香は、2年先輩の言い回しにある示唆が含まれている事に気付く。それは、当初からこの案件の絵を描いていた人物は林田課長のより上の存在であり、静香自身が疑問に思っていた事と重なる部分があった。
それは、静香や隆達に妙な能力を与えた超越者という存在だった。
「恩納君の想像通り、今回の一連の流れは君達を試す為に行われた事なんだ。荒川さん達家族も巻き込んでしまった。必要な事だったとは言え、騙すような真似をして済まなかったね」
小柄な林田が肩を小さくして謝罪する姿に、隆は心の内にあったわだかまりは既に霧散していた。残るのは純粋な疑問だけだった。
林田課長の言う自分達を試すよう命じたのは誰なのか。 隆達三人が居る相談室のドアがノックされたのはその時だった。入室してきたのは、黒髪の長身の男だった。その姿を目にして恩納が呟く。
「······黒渕代表取締役」
黒渕マクブル。生活管理調査会社「思いやり」のトップであり、隆や静香を会社に勧誘した張本人だった。
「林田課長。損な役回りをさせてしまいましたね。後は私が恩納さんと御城さんに説明します」
その声は、不思議と聴く者の心を落ち着かせた。林田が黒渕に会釈をして退出すると、代表取締役は林田が座っていた椅子に座る。
「お二人とは顔を合わせるのは久しぶりですね。御城さん、娘さんはお元気ですか?」
黒渕は微笑する。この彫りの深いエキゾチックな顔立ちに惹かれ入社した女性職員は少なく無い事を静香は知っていた。
静香が娘の小春を出産し就職準備中だった頃、自宅に黒渕マクブルが訪問して来た時の事を静香は思い出す。 静香はインターホン越しに黒渕の身分を聞き、会社に電話をして確認した。
その後に乳児の小春を抱きながら黒渕と玄関で対面しており、代表取締役は小春を見て満面の笑顔を見せた。
なかなか昼寝をしない不機嫌な小春が黒渕と目が合った途端に笑い出し、それが静香にとって生活管理調査会社「思いやり」に入社をする理由の1つとなっていた。
組織のトップが信頼に値する人間であれば、その下で働く人間の環境は推して知る事が出来たからだった。
「恩納さん。貴方の想像通り、今回の案件で貴方達職員関係者に誤った情報を認識させたのは私です。改めてお詫びします。不快な思いをさせてしまいましたね」
黒渕の突然の情報公開に、隆と静香は戸惑う。真相を明かすにしても、ここまで直接的だとは想像を超えていた。
「·····恩納さんも御城さんも理由を1番知りたいでしょうね。それにはまず、私の出自を説明したほうがいいかもしれませんね」
黒渕マクブルは自らの経歴を語り出す。それは、一個人に留まらず、黒渕の一族の歴史を遡る内容だった。




