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アフタヌーンティーはジャスミンで  作者: tosa


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先輩と後輩

 真冬の夜は気分まで暗くさせるのか、仕事帰りの勤め人達は一様に不機嫌そうな表情をしていた。今日1日、自分達が日々の生活の為に差し出した時間と労力の対価を求めるように。あるいは癒しを求めるように。


 ある人は居酒屋に向かい。ある人はパチンコ屋に入り。またある人は家族が待っている家に急ぐ。 飲酒はそれほど嗜まず、ギャンブルも勝った試しが無い為に控えており、アパートに帰っても待っているのはシンクに残した洗い物と言う恩納隆おんなたかしは、国道沿いにあるファミリーレストランにいた。


  それはある人物を待つ為だった。荒川遠香あらかわとおかと公園で別れてから、恩納はその人物の事を調べて直接連絡を取った。恩納達が所属する生活管理調査会社「思いやり」は警視庁本部庁舎にオフィスを間借りしており、必要があれば警察の情報網を利用する事が可能だった。 恩納はそのありがたい組織力に協力を求め、短時間で個人情報を特定した。


「······それで? これから来るのが荒川遠香の母親と言う訳ですか?」


  恩納の後輩である御城静香みしろしずかは、スマホを操作しながら2年先輩に問いかける。クッション性と高さがある背もたれのおかげで、周囲の目を気にせずに会話が可能だった。


「う、うん。理由はさっき話した通りだよ。でもいいの御城さん? もう定時は過ぎてるし、これは超過勤務にならないよ? 娘さんのお迎えは?」


  恩納は困惑したように矢継ぎ早に静香に確認する 。公園で遊ぶ幼児の母親達から援助交際の疑惑の視線に晒されて退散した後、恩納は静香に直帰すると連絡した。


 合わせて別件の被害者の紹介クリニックの選定を伝える為だった。 それが何故か静香は恩納に同行すると言ってファミレスまでやって来た。


「娘のお迎えは母に頼みました。娘は母に懐いているし、母は母で孫を溺愛しています。むしろ世話が出来て母は喜んでいますから」


  静香は相変わらず縁無し眼鏡の中の両目を細め、スマホの画面を指でタップしながら淡々と話す。それは恩納が静香から初めて聞くプライベートな内容だった。恩納は静香がついに先輩である自分に気を許してくれたのかと小感動しかけた。


「恩納さんのこの業務範囲外がもたらす末路を見届けます。徒労に終わるのか。上司の叱責になるのか。或いは始末書になるのか。後学として見物しておきます」


  小感動しかけた自分を即刻精神世界の墓場に埋める事を決めた恩納は、その儀式としてカフェオレが入ったカップを一気飲みする。


「······恩納さん。この1年恩納さんと仕事をして、分かった事があります」


  席の隣に座る静香が、真剣な表情で恩納を見つめる。


「······人は環境に慣れる生き物です。私達の会社はホワイト企業と言うに相応しい好待遇です。でもその好待遇にもいずれ慣れてしまいます。その後は罰当たりな不満や不平を持つようになってしまいます。実際同僚の中にも手を抜こうとする者、楽をしようとする者を私は沢山見てきました」


  恩納は本能的に身構える。恩納はこれから静香に自分の怠惰な仕事振りを批判されると確信していた 。


「恩納さん。貴方は違います。こうやって余計な仕事を増やしては被害者の為に骨身を惜しまない。私はその1点において恩納さんを尊敬しています」


  静香のそれはいつもの素っ気ない物言いだったが、言葉の端々には微量な熱が含まれていた。その熱に当てられたのか、恩納の精神世界では半ば生き埋めにされかけた自意識が地中からゾンビのように這い出て来た。


「ですがやり方が非効率過ぎます。もっと段取りを考えて定時内に収まるように行動して下さい。それに付き合うこちらの身も考えて下さい」


  恩納の精神世界で墓から出てきた自意識は「勘違い」と言う名の長剣で四方から斬りつけられ無惨にも墓に打ち捨てられ埋められた。


  静香は恩納を批判しながら顔を先輩から背けた。 今日ここで、こんな話をするつもりは静香には無かった。今までも、そしてこれからも職場の同僚に心の内を見せるつもりなど無かった筈だった。


 静香は胸の中で矛盾する自分に当惑していた。これまで恋愛はおろか他人との関わりを避けて来た静香にとって、それは容易に解けない難問だった。


「娘さん笑顔が可愛いね。名前はなんて言うの?」


  静香がテーブルに置いたスマホの待ち受け画面には、隙間だらけの歯を見せ笑う3歳前後の幼児が映っていた。


  意図せずそれを見てしまった恩納は、心からの感想を口にしてしまった。そして直ちに後悔する。許可も取らずにプライバシーの塊である他人のスマホを盗み見してしまったのだ。


「······小春こはると言います」


  娘の名前を同僚に教える。ただそれだけの行為が静香に全身がむず痒くなる感覚を覚えさせた。一方、教えられる側の恩納の精神世界では異変が生じていた。


 長剣で撫できりにされ埋められた筈の恩納の自意識が、再び墓から不死鳥のように甦ってきた。そして手に持つ旗には「心を開いてくれた後輩」と墨汁で達筆書きされていた。


「よ、余計な事を気しないでこれからの仕事に集中して下さい。恩納さんはいつも緊張感を持続する事ができていませんよ」


  静香はスマホを鞄にしまいながら先輩を嗜める。何故早口な口調になってしまったのか静香は自身でも分からなかった。


 一方、嗜められた側の精神世界では悲劇が起こっていた。 墓から復活した恩納の自意識は「やっぱり勘違い 」と言う名の長槍で四方八方から串刺しにされ、今度こそ地中奥深くに埋められた。墓碑銘は「調子に乗った俺」だった。


「······生活管理調査会社の方ですか?」


 それは女の声だった。恩納と静香の前に、中年の女が立っていた。現実世界に舞い戻った恩納は、慌てて席を立った。


「荒川遠香さんのお母さん。駒場清美こまばきよみさんですね?」


 恩納の問いかけに、駒場清美は静かに頷いた。その眼窩がんかの下には、化粧でも隠しきれない黒ずんだ濃い隈があった。





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