被害者の言い分
午後になっても寒風が止まず薄雲が広がっていた。住宅街にある公園では、3歳前後の子供達が真剣な面持ちで砂場の中で山を作っていた。
ブランコの前にある木製ベンチに座る恩納隆と荒川遠香に、子供達の保護者から疑惑の視線が向けられていた。
間違いなく援助交際を疑われていると恩納は嘆息した。隣に座る遠香は黒いコートは着ていたが下は制服姿であり、女子高生なのは誰が見ても明らかだった。
恩納はついさっき遠香に名刺を渡し事情を説明したが、呆れるほど遠香は恩納を疑う様子も無く素直に応じた。
「······それで。恩納さん。私はこれから逮捕されるんですよね?」
遠香は沈んだ表情で声を絞り出した。長い髪を 三つ編みにした彼女は大人しそうな優等生タイプに見えたが、恩納が声をかけた時から遠香は生気の欠けた顔をしていた。
「先程も簡単にご説明しましたが、荒川さんは逮捕されません。これは合法なんです」
遠香に説明しながら、恩納はこの案件から感じた違和感が大きくなっていく。恩納達は被害者と対面すれば相手の心情や事件の真相が分かる能力があった。
実際、恩納は荒川遠香と対面して調査班の情報に誤りが無いことが分かった。だが、恩納は自身が感じる不自然さに間違いが無いことを確信していた。
「······何故ですか? 私が原因で父は死んだ。何故逮捕されないんですか!?」
一貫して暗く落ち込んでいるように見えた遠香が 、初めて声を荒げた。
「それは。貴方が父親から長年に渡って精神的苦痛を受けたからです」
恩納は調査班と自分が遠香から読み取った情報を敢えて伝えた。遠香からの反応を観察する為だった 。
「私はお父さんから虐待なんてされていません! お父さん、いえ父は男手一つで私を育ててくれたんです!」
遠香はベンチから立ち上がり、必死に父である荒川健太の無実を訴える。その真剣な表情を見て、恩納は遠香にある質問を投げかける。それは、恩納達生活管理調査会社の人間達の能力を持ってしても分かり得ない事だった。
「荒川さん。貴方が父親の死を願った時、父である健太さんの死を実感として感じましたか?」
「······父の死の実感?」
遠香は顔をしかめ、何かを思い出すように考え込む。そしてぽつりぽつりと父親との事を語りだした 。
遠香の両親は遠香が3歳の頃離婚した。原因は母親の浮気だった。それ以降、父である健太は必死に遠香を1人で育てた。
保育園の送迎。栄養を考えた料理。掃除洗濯。家事が得意で無かった健太は、ネットや保育園のママ友達から学び、遠香が不自由しないように懸命に日々をこなしていった。
睡眠時間を削って自分に愛情を注いでくれる健太に、遠香は感謝し健やかに成長した。だが、高校生になり遠香に恋人が出来てからは父親との関係に亀裂が生じた。
きっかけは遠香が家に彼氏を招いた時だった。その日、健太は体調不良で会社を早退し帰宅した時に遠香達と鉢合わせした。
それ以降、健太は遠香に門限を設けて守るよう厳しく迫った。恋人の事で頭が一杯の遠香は、だんだん父親が疎ましくなった。
そしてある日、恋人とカラオケボックスにいた遠香は、門限が過ぎた時に思わず父親など不要だと叫んだ。 それは、正に荒川健太が仕事帰りに路上で死亡した時刻だった。
だがその時遠香が感じたのは、父親のリアルな死では無く、父親の身に何か起きたのではないかという「嫌な予感」だったと言う。
「······罰が当たったんです。自分を犠牲に私を育ててくれたのに。父さんなんか要らないって言ったから。だから、父さんが死んだのは私のせいなんです 。いえ。私の責任でいいんです。だから、早く父さんに会わせて下さい」
遠香は両目から大粒の涙を流し自分の言動を後悔していた。荒川健太の遺体は司法解剖を理由に遺族である遠香に対面の許可がまだ下りていなかった。
『······どう言う事だ? 遠香さんは父親を慕っていた。それは間違いなさそうだぞ』
恩納は内心で今回の案件を再確認する。恩納は荒川健太の死亡現場に立会っていなかった。現場に居合わせたのが上司である林田課長だったからだ。
林田から業務を引き継いだが、恩納にとってそれは初めてのケースだった。現場に残された遺体からは、被害者の強い恨みが目に見えない瘴気となって遺体の身体にまとわりつく。
恩納はその光景を目の当たりにしていない。当初から感じていた違和感の原因はそれかと考えたが、恩納が遠香と対面して読み取れた情報は調査班と一致している。
それは、父親から長年に渡って精神的苦痛を受けたと言う内容だった。 だが遠香本人の言い分はそれとは真逆だった。
遠香の恋人問題で父親と軋轢が生じたと言うが、普通の父娘の中でよくある出来事と言って差し支えない範囲だった。
恩納は遠香が言っている事が真実だと感じる一方、彼女から視えるのは調査班と同じものだという事実。
『······これは一体どう言う訳なんだ? まるで間違った情報のレンズを目に付けられてる感じだ』
心の中で何気なく呟いたその台詞に、恩納自身が驚愕した。
『······付けられてるいる? 事実とは違うレンズを? でも誰に? そもそも何の為にだ?』
動揺する恩納の視界に、遠香の通学用の鞄が映った。キャラクター物の人形が何体かぶら下がっていたが、小型の電子機器が恩納の気を引いた。
「荒川さん。それはGPSですか?」
恩納はキャラクター人形に半ば埋もれていた電子機器を指差す。
「え? ああ。はいそうです。父と離婚した母がくれた物です。私はあんな人からの贈り物を付けるのは嫌だったんですが、父がどうしても付けろと言うので仕方なく」
遠香は不快そうにGPSを一瞥した。だが、説明された恩納は数秒固まっていた。
「······母親。離婚した」
勘の良さとは無縁の人生を送ってきた筈の恩納に 、この時ある仮説が鮮やかに頭の中に浮かんできた 。




