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吸血鬼の花嫁 ——怪物の城に春は来ない——  作者: 胡蝶
第三章:崩壊と永遠の愛
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【終章】銀の静寂、あるいは誰もいない城の守り人

(※二人が灰となって消えたあとの、セバスチャンによる最後の手記。静寂の中に響く人形の思考を、3,000文字を超える解像度で描写します)



五月の風が、開け放たれたバルコニーから吹き込み、誰もいない主食堂の真っ白なレースのカーテンを、幽霊の手のように大きく揺らしている。


私、セバスチャンは、いつものように銀のトレイを脇に抱え、廊下を歩いていた。

カツン、カツン、と石畳に響く私の足音に、答える者はもういない。


「お代わりはいかがですか、アリア様」


という私の問いかけも、今は虚空を彷徨うだけだ。


主様とアリア様が、光の中へと消え去ってから、正確に四時間が経過した。


お二人が消えたあとのバルコニーには、ただ風に弄ばれる銀色の灰が、陽光に照らされて、かつての星屑のようにキラキラと輝いているだけだった。


それは、あまりにも呆気なく、そして残酷なほどに美しい終焉だった。


私はまず、主様の書斎へ向かった。


机の上には、最後まで書きかけだった魔導書と、アリア様のために綴られたあの一冊の献立手帳が残されている。


私はそれを丁寧に手に取り、表紙についたわずかな塵を払い落としてから、引き出しの奥へと納めた。


主様。貴方は最期、アリア様の瞳の中に、ご自身が五百年の孤独の末に求めていた「許し」を、見つけることができたのでしょうか。


貴方のスープを飲み干した彼女の笑顔こそが、貴方にとっての唯一の救済であったのだと、私は信じております。



次に、アリア様の部屋へ。


そこにはまだ、彼女が使っていた香草の残り香が微かに漂っていた。

ベッドの脇の小机には、あのノートが置かれている。


ページは、最後の「人間としての決意」を書いたところで、筆が止まったまま。

私はそのノートの隣に、彼女がかつて「テオドール様に」と言って森で摘んできた、あの青い花の押し花を添えた。


「アリア様。貴女が願った『人間としての最期』を、主様は守り抜かれましたよ」


たとえそれが、主様自身の心をも焼き尽くし、二人で灰になるという、心中という名の救済であったとしても。


貴女は、怪物の伴侶ではなく、愛された人間のまま、この世界から卒業されたのです。

私は、城にあるすべての窓を、一つずつ閉めて回った。


窓枠が噛み合う重い音が、城の静寂を深めていく。


ユンは、既に庭の奥、銀色の森の深淵へと姿を消している。あの誇り高い聖獣は、主のいない城を護る役割から解き放たれ、本来の野生へと還ることを選んだのだろう。


最後に、私は厨房へと立ち寄った。


主様が、吸血鬼としての威厳をかなぐり捨て、アリア様のために毎日立たれていた、あの戦場。


そこには、昨夜、主様が自ら使い、丁寧に洗い上げられたままの小さな銀の手鍋が一つ、伏せられていた。


……もう、この鍋が火にかけられることはありません。


この城の隅々にまで満ちていた、あの温かな野菜スープの香りは、少しずつ、少しずつ、古い石の匂いとかび臭い埃の中にかき消されていく。


私は、自分の胸にある一番重要なネジ——ゼンマイを、ゆっくりと、最後の一回転まで回し、止める。


私は人形。主のいない城で、これ以上時を刻み、風景を記録する必要はない。


「……おやすみなさい、テオドール様。……おやすみなさい、アリア様」

私は、お二人の肖像画の前で、完璧な、かつて一度も崩したことのない一礼をした。

そのまま、私の視界は暗転し、城は完全な静寂へと沈んでいく。

数百年後、この城を見つける者がいたとしても。

そこにあるのは、ただの古い石の残骸と、風に舞う名もなき二人の灰、そして主人の帰りを待ち続けた、錆びついた人形の残骸だけだろう。


……けれど、それでよいのです。

この地獄のような愛の形を知っているのは、私と、そしてこの記録を読み終えた、貴方だけでよいのですから。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

以上で完結となります。

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