【ノートの余白:その1】泥の味、ひかりの味
番外編の連続投稿です。
よかったらどうぞお読みくださいませ。
「食べる」という行為は、私にとってずっと「義務」であり、「罰」のようなものでした。
村での食事を思い出すと、今でも喉の奥が砂を噛んだようにザラつきます。
お腹が痛くなるたびに穴蔵に閉じ込められていた私に与えられるのは、村人たちが「お下がり」と呼ぶ、カビの生えた黒パンの欠片と、泥の浮いた冷たい水。
彼らは私に祈りを捧げ、私の魔力を吸い取りながら、同時に私を「穢れを吸い取る器」として蔑んでいました。
「聖女様、これを食べて、私たちの村の罪を浄化してください」
そう言って差し出される食事は、どれも色のない、泥の味がしました。
空腹は耐え難いけれど、飲み込めば胃が焼けるように痛み、吐き出せば「せっかくの供物を無駄にするな」と罵られる。
いつしか私の舌は、味を感じることを拒否するようになりました。
温かいもの、甘いもの、美味しいもの。
そんなものは、この世には存在しない。私はただ、この毒に塗れた体を引きずって、いつか死ぬまでの時間を「食べて」いるだけなのだと、本気で思っていたのです。
あのお城に連れてこられた初日の夜。
テオドール様が、不機嫌そうな顔で私の前に置いた、一杯の白湯。
それは料理と呼ぶにはあまりにも簡素なものでしたが、立ち上る湯気を見た瞬間、私の目から思わず涙が溢れました。
震える手でカップを持ち、一口、口に含みます。
……それは、私が生まれて初めて知った「温度」でした。
お湯が喉を通り、冷え切った胸の奥へ、ゆっくりと、けれど確かな重みを持って落ちていく。
ただのお湯のはずなのに、そこにはテオドール様が込めた、不器用で、けれど深い静寂のような優しさが宿っていました。
泥の味しか知らなかった私の舌に、その清らかな水の甘みが、まるで奇跡のように染み渡ったのです。
「……温かい」
その一言を漏らしたとき、私の枯れ果てていた心に、一筋のひかりが差し込みました。
生きている。私はまだ、こうして温かさを感じることができる。
それは、死を待つだけの「器」が、一人の「人間」に戻り始めた瞬間でした。
テオドール様。貴方は覚えていますか?
あの日、貴方は「うるさい、黙って飲め」と突き放すように言ったけれど。
その白湯が、私にとってどれほど救いだったか。
泥の味で塗り固められていた私の人生に、貴方が「ひかり」の味を教えてくれたのです。
いつか、私の体がもっと良くなったら。
貴方の隣で、貴方が用意してくれたものを、もっともっと味わいたい。
この「温かさ」を知ってしまったから、私はもう、あの冷たい穴蔵には戻れません。
(※ページには、涙で少しだけ滲んだような跡が残っている)




