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吸血鬼の花嫁 ——怪物の城に春は来ない——  作者: 胡蝶
第三章:崩壊と永遠の愛
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第17話:春を待つ銀の森、あるいは新たな約束

城を閉じ込めていた分厚い雲が割れ、透き通るような青空が広がったある朝。 テオドール様が「……たまには外の空気でも吸わせてやる。死ぬなよ」と、彼らしい不器用な誘い文句を口にした。


私は、彼が贈ってくれた新しい「銀の刺繍が入った青いコート」に身を包み、彼と、そして巨大な毛玉のように弾むユンと共に、城の周囲に広がる「銀の森」へと足を踏み入れた。


「わあ……! テオドール様、見てください! 雪の下から芽が出ています!」


数日前まで深い雪に覆われていた地面から、小さな、けれど力強い緑の芽が顔を出していた。 テオドール様は、私の隣で眩しそうに目を細めた。吸血鬼の彼にとって、春の光は少し強すぎるのかもしれない。けれど、彼は決して私の手を離そうとはしなかった。


「……芽吹きの季節か。俺にとっては、ただ死んだものが腐り、新しい命がまた同じ過ちを繰り返すだけの騒がしい時期だが……。貴様がそうやって喜ぶなら、まあ、悪くはない」


「もう、すぐそうやって可愛くないことを仰る」


私は彼の大きな手をぎゅっと握りしめた。


「テオドール様が守ってくださったから、この森にも春が来たんです。この小さな芽も、きっとテオドール様に感謝していますよ」


「……馬鹿を言え。俺はただ、貴様が外に出たいと騒ぐから結界を緩めただけだ」


テオドール様はプイと横を向いた。けれど、握られた手の力は、先ほどよりも少しだけ強くなった。


森の奥へ進むと、そこには凍った滝が、日光を浴びて宝石のように輝いていた。 その滝壺の側で、ユンが何やら「クルル!」と激しく鳴き、前足で雪を掘り返している。


「ユン? 何を見つけたの?」


駆け寄ると、そこには雪の重みに耐えかねて折れてしまった、一本の若木の枝があった。 私はその折れた枝を拾い上げ、悲しい気持ちになった。


「……折れちゃってる。せっかく春が来たのに、可哀想……」


すると、テオドール様が私の背後から手を伸ばし、その折れた枝に指先で触れた。 彼の指先から、淡い、銀色の魔力が流れ込む。 するとどうだろう。折れていたはずの枝が、みるみるうちに繋がり、それどころか、枝の先から小さな白い花が魔法のように一斉に咲き乱れたのだ。


「……テオドール様……!」


「……命を繋ぐのは、俺の役目ではない。……だが、貴様が悲しむのは、俺の美学に反する」


テオドール様は、その花が咲いた枝を私の髪にそっと差し込んだ。


「……貴様は、この弱々しい花に似ている。少し風が吹けば折れ、少し冷えれば枯れる。……だが、俺がいる限り、その命は永遠に枯らさせん」


私は、彼の赤い瞳を見つめた。 そこには、初めて出会った時の冷酷な「怪物」の姿はどこにもなかった。 そこにいたのは、愛するものを守るために、自分の魔力さえも惜しみなく注ぎ込む、一人の気高い王だった。


「テオドール様。……約束してください」  


私は、彼の胸に手を当てて言った。


「私がいつか、おばあちゃんになって……。この命を終えるその時まで、ずっと、私と一緒にスープを食べてくれますか? ずっと、私のノートの続きを、一緒に書いてくれますか?」


テオドール様は、一瞬だけ痛みに耐えるような表情をした。不老不死の彼にとって、愛する者の「死」を前提とした約束は、何よりも残酷なものだ。 けれど、彼は逃げなかった。


「……ああ。約束しよう」


テオドール様は、私の額を自分の額に重ねた。


「貴様の最後の一息が消えるその瞬間まで、俺は貴様の隣にいる。……そして、貴様がいなくなった後も……俺は貴様という春を抱いて、永遠にこの城を守り続けよう」


「……はい。……ありがとうございます、私の旦那様」


私は幸せな涙を流しながら、彼に抱きついた。 足元では、ユンが私たちの周りをぐるぐると回り、まるで新しい家族の門出を祝うように、力強く喉を鳴らしていた。


森の向こう側から、暖かい風が吹き抜ける。 銀色の雪が舞い、テオドール様の髪と私の髪を、キラキラと飾り立てる。 それは、かつて「絶望」と呼ばれたこの森が、本当の「愛」を授かった瞬間だった。


その夜、アリアがノートに記した文字。


『三月○日。 森で、魔法の花を見た。 テオドール様が私に言った。「永遠に枯らさせない」と。 私たちは、死という別れを恐れない。 今、この瞬間を全力で愛しているから。 春の光の中で、私は彼と、新しい約束を交わした。』

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