一期一会の一生仲仔
ずっと見知らぬ大人の男たちに怯えていたアデライドであったが、腕に抱えたランランの効能でベッド下に飛び込む衝動は抑えられた。ひとまず小康状態となった彼女にランベールが語りかける。
「アデライドお嬢様、少し手首を見せていただけますか?」
「ハッ…ハイ!」
おずおずと差し出された手から、かつてミモザが言っていたように魔力の流れというものを探ってみる。
握った腕からは、ひたすらにモチモチとした感触が返ってくるだけで、ランベールにはよくわからない。だがよくわからないなりに、何か以前とは違うという引っ掛かりを感じた。
「ねぇ…アレを試そうか」
いつのまにか後ろに来ていたモーリスが声を掛けてきたのでそれに頷く。
「アデライドお嬢様、今日…いえ、後日で構いませんので、研究室まで…」
「来ていただけませんか?」と言いかけたランベールの言葉を遮るように、聞き慣れた声が響いた。
「エエーッ!アディぜんぜん元気そうなんだけど!?大袈裟すぎっていうか、何のアピール?」
「おい、ちょっと声落とせよ。よその家だぞ!」
「待って、こっち手伝って!重い!」
アデライドの部屋に騒々しく、いつもの研究室のメンバーが勢揃いした。驚いたランベールたちの側に、クリストハルトがそろりと近づく。
「フィリップ殿下の差配です。きっと必要になるだろうから、と。…お役に立てましたか?」
ニコリと笑ったクリストハルトの顔は、いままで同様に人畜無害なようでいて、ランベールの目には鼻持ちならない当て擦りの色を感じさせた。
「配線いいか?」「こっちはいいよー」「ちょっと待って、接触子忘れたかも…あ、あったぁ」
大荷物を持って現れた彼らが、何やら機械を慌ただしく組み立てているをしている。
その傍らで、アデライドは例によってミモザによる"りんぱ・まっさーじ"で腕を絞られていた。
「これねー私はぁ魔力の流れを整える為にやってるけどぉ、フツーの女子は痩せるっからって言っててぇー、だからやってあげるネー」
「アッ、カンシャ、イタッ、シマッ、スゥーッ…イタッ、イタタッ」
情け容赦のないミモザの施術による痛みを逃すためか、口をぱくぱくさせ始めたアデライドを救ったのは、準備を終えたランベールだった。
「アデライドお嬢様、こちらの器械は魔力波を使った診断装置です。この端子を通して施術者の魔力を身体の中に向けて放ち、跳ね返って来た魔力の波を観測することで、体内の魔力状態を…」
ランベールが説明を始めるが、アデライドは早速白目を向いて頭を揺らしている。以前と比較しても、寝落ちまでのスピード感が格段に上がっている様子に、彼はアデライドの変化をここに来てようやく真摯に受け止めた。
「エエー!そんな機械使わなくてもわかるのに!ほんとに大袈裟〜!」
「相手に触れただけですべてを感じ取れるのは、ミモザくらいだと言っただろう…。それでは意味がないから、急拵えだがデータとして残せる形にしたんだ」
呆れたように言うランベールは、この説明を既に何回も繰り返している。ミモザの見せた魔力による“診断”を再現するために作成した器械は、ここにいる全員の研究の集大成だ。アデライドの誕生会までにと急ピッチで作られたものだが、既にテストを繰り返してそれなりの手応えを得ていた。
「この器械での検査では、素肌に探触子を当てる必要があります。ですから…ミモザ」
コードの先に丸い接触面の付いた聴診器のようなものを持って、ランベールがミモザを振り返った。
「エエー!結局、私にやらせるんだぁー?まぁ、いいけどー?」
渋々という口ぶりで勢いよく立ち上がるというミモザの矛盾した動作に、アデライドがビクッとする。だがそれもまるで意に介さず、ミモザの診察が始まった。
ベッドの上にアデライドを寝かせて、ミモザが器械を当てた結果は、チャートとなって描かれる。公爵家の使用人たちが用意した衝立の後ろでは、ランベールたちがそれを読み込んでいた。
「この辺は魔力の反応が薄いね…今までの被験者は一定だったのに」
「おい、ここ。…どういうことだ?アディちゃんの魔力の波長とは違うのが返ってきてるぞ」
皆、集中しているせいか、遠慮もなく結果を声に出してしまっている。それにパメラたちが不安そうに反応しているが、当のアデライドは睡魔との戦いに敗北してピクリともしなかった。
「ミモザ、もう少し左側を見せてくれるか」
つい衝立を越えようとしてしまったランベールを、パメラが慌てて止めようと動くが、しかしその前に鈍い音がした。ランベールは見えない壁に強かに顔をぶつけて、その場に蹲ることになった。
「エエー!患者のプライバシー覗くとか信じられない!バリアしといて正解だよねー!」
顔だけ振り返ってミモザが叫び、鼻を押さえて苦悶するランベールをモーリスが同情したように見守っていた。
ひと通りデータを取った後、起こされたアデライドにランベールが語りかけた。
「アデライドお嬢様。何か体調に変化はありませんか?」
チラチラとランベールを見ながら躊躇う様子を見せるアデライドに、「小さな事でもいいので、気になることがあれば教えてくれませんか?」と念を押す。
「あの…わたくし…からだが、大きく…なって、アノ…………太り、ました…ワ」
大いなる逡巡の果てに、ポツリと素直な感想がつぶやかれた。ランベールは表情を動かさなかったが、背後の人物は聞き逃してはくれなかった。
「エエー!前から変わってないし!そういうアピール、すっごい女子ってかんじダヨネー!私わかんないしー!」
ドデカリアクションで場を荒らすミモザを、モーリス達だけでなくパメラまでもが揃ってワァワァと取り囲んで運び去った。静かになった部屋でランベールが気を取り直す前に、アデライドから話しはじめた。
「アッ、朝、おきたら、まわりが、ゼンブ、ちがってて…わたくしっ、ぜんぜん、おぼえてなくてっ、おじ様はお優しいけど、このままじゃ、やっぱり、きっとダメで…」
邪魔するものが排除されたせいか、蓋をしていた感情が溢れ落ちるように、アデライドの独白は続いた。それをランベールは彼にしては珍しく、辛抱強く聞くことになった。
「わ゛っ、わだぐじ、…治るんでしょうか?ラッ、ランラン先生ッ」
「ランベールです…大丈夫ですよ。私達が必ず原因を突き止めます」
ランベールが彼にしては非常に珍しく、気休めの言葉を口にする。それに頷いたアデライドの、俯いた視線の先で彼女の手は強く握り込まれていた。
「大丈夫です。私たちに任せてください」
もう一度そう言って、ランベールは壊れ物を掬い上げるように、アデライドの手に触れた。強張って白くなっていた指が、ランベールの手の平の中で解けていく。腕と同じようにモチモチとした感触を取り戻したそれは、だがひんやりと冷たいままだった。
「んあぁ〜疲れた!」
「あんなに楽しそうに話してたのにですかぁ?」
“推しの推しどころを語り合う会”を終えた主催者が、だらしなくテーブルに伏せながら放ったセリフに、すかさずジャンがツッコミを入れる。それに「好きな子のご親族と話すのはキンチョーすんの!」と返されて、ジャンはいよいよ「はぁ」と気の抜けた声を出した。
今、二人は高級店から庶民的なビストロに移動していた。ディナータイムで開店したばかりだが、日曜ということもあり店内は混み合っていた。
「お兄ちゃんだって、そういう経験あるでしょお?」
「イヤァ…その設定、本気で続けるんですかぁ?」
会談に使った店を出てから「腹減った!ご飯行こう!出来ればおごって!」と言いだしたフィリップに、「僕の手持ちじゃさっきみたいな所は無理ですヨォ。それに僕ら2人だと人攫いとその被害者っぽく見えちゃいませんかぁ⤵︎?」と説得を試みた結果、フィリップが生やした設定が“兄弟”というものであった。
確かに二人とも黒髪に黒い瞳ではあったが、共通点はそこだけで他は似ても似つかないというのがジャンのジャッジメントだ。”客観的な自己評価“という矛盾した概念をエビデンスとしたそれは、あながち的外れとも言えなかった。
「オニイチャァン⭐︎ず〜っと、だいちゅきィ」
「オワァ!キモッ…、じゃなくって、オッ、キモ…チはありがたいですネェ…」
「オイ!リカバリ出来てねぇから!キモイって言っただろ!この人フケイです!」
「イヤァ…」と言いにくそうにするジャンに、「密着!キモイ警察24時フケイさんスペシャルなんだからな!」と意味のわからないセリフで怒りを伝えているらしいフィリップは、いかにも子供らしく頬を膨らめていた。
「いいもんねー!お前がキモがりを奏でようと、世間では俺って魅惑のメロメロ王子様でメロン狩りを奏でちゃうもんねー!ヤッター!」
「オワァ!イタッ…、じゃなくて、オッ、イタわしぃですネェ…」
「だから!リカバリ出来てないって!イタイって言っただろ!…それはまぁまぁよく言われるけどさ!」
決して許容できない罪を重ねるフィリップを、ジャンはフォローすることも出来ずに気まずく見下ろす。
「イヤァ、そのぉ、非常に申し上げにくいのですがぁ。貴方はその…なのですから、もう少しご自分を大事にしてくださいネェ」
ジャンがゴニョゴニョと、彼にしては珍しく小さく小さく濁した言葉を、決して聞き逃さなかった地獄耳の持ち主は、驚きにガバリと顔を上げる。
「えっウソ、気付いてたの?!まじ?!いつから!?」
向かい合って座る小さな2人席は、興奮して身を乗り出したフィリップによって境界線を乱されていた。ジャンは背筋力を総動員して、この侵略者から距離を取る。
「ええとそれは、なんというか、僕は故郷ではずっと猟師をしてましたから…アルファのメスを見分ける要領ですかねぇ」
「俺は害獣かよ!」と、口を尖らせたものの、どこか楽しげな様子でフィリップが笑う。
「お前すごいね!アディの護衛じゃなければ引き抜くんだけどなぁ…あっ、ずっと思ってたんだけどさ、タメで話そ!」
なぜか上機嫌となったフィリップが無邪気にニコニコとしている。コロコロと変わる様相は、本人が言うように確かに目を惹かれる。こういうところにコロッといく人がいるんだろうなぁと考えたジャンは、すぐさま身近な具体例に思い至ってしまい、なんとも言いがたい気持ちになった。
「俺のこと理解りすぎてて、もうまぢ心友ジャァン⭐︎ウチら友情永久不滅!」
「いや君ぃ!ほんのさっきまでお兄ちゃんって言ってたでしょうがぁ!兄弟か友人かどっちなんですかぁ!?僕ぁひょっとして降格したんですかねぇ!?」
ついに振り回されることに疲れたのか、気持ちの乗ったツッコミをし始めたジャンの、やけっぱちな大声を聞き流しながら、フィリップは赤身ステーキの上に山と盛られたフリットを指で摘んだ。
「じゃあ、ズッ友か、ズッ兄か、…物言わぬ他人か。どれがいい?」
「選択肢の間の溝が深すぎて、二階級特進が視野に入ってきてませんかぁ!?」
「だって俺の秘密を知られちゃったからには、もう…ね?」
細く切られたポテトのフライを横に振って、自分の首を切るような仕草を見せたフィリップに、ジャンは本気で顔を青くする。
「あはは、バッカだなぁ!冗談だよ!」
「その温度感で言っていい冗談じゃないでしょうがぁ!」
とうとうフィリップは整った顔を大きく崩して腹を抱えて笑い始めた。その姿を横目に、ひょっとしてこの縁は三つの選択肢のいずれにも当てはまらない形で今後も続いてしまうんじゃないかと、そんな予感にジャンは震えていた。




