3.魔王様の逃亡先は
地下牢に囚われていた自称魔王のグエンドヴェルク。
彼は水の魔術で変わり身を用意し、監視の隙を突いて脱獄を果たした。
もぬけの殻となった牢獄内を調べているのは白い仮面を身に着け黒い外套を纏った者達、レヂディーノ達である。
「ここです、この部分だけ魔封じの術式が書き換えられていて、この通りに……」
仮面の女性、ソルチストが伸ばした手は硬い壁を突き抜けてしまった。
シャワールームの壁は一見すると何の変哲もないようだが、魔術を封じる為の術式が破られただけでなく偽装の術式でカモフラージュされている。
更には壁自体も破壊されて小動物が通れるくらいの通路が出来ており、その抜け道を隠すための偽の壁も作られていた。
「いや、しかし……。こんな小さな穴で抜け出せるというのか?」
背丈が高いグエンドヴェルクが通った所にしては小さな穴。
身を屈めて這いつくばっても通れそうにない穴を前にグラヴィストは疑わしく思っているようだが、レヂディーノは深く頷いて説明をした。
「魔族は姿を他の動物に変えられるものが居るわ。魔王と言うからにはそのような事、造作もないのでしょうね」
「……まんまと謀られたという訳か」
「ど、どうしましょう!? 今すぐ探しに行かなければ――――」
苛立つグラヴィストと慌てふためくソルチスト。
そんな二人を落ち着かせるように、レヂディーノはハッキリとした声で判断を下す。
彼女の指示は絶対であるのだが、たった今下された判断は納得しがたいものであるようで、二人は声を合わせて異を唱えた。
「ど、どういう事ですか、レヂディーノ……!」
「今ならまだ遠くに行っていない筈です。直ぐに動けば――――」
「いいえ、追うのは止めましょう」
レヂディーノは動揺を隠すために無理に冷静に振る舞っている訳ではない。
今は追うべきでないと言って脱獄者を見逃したのは一つの考えがあるからで、いつまでたっても進展しない現状を打開する為の策であった。
海人達ヒーロー研究部で遠藤の捜索を始めてから三日過ぎて。
本日も放課後に、いつものパトロールに加えて遠藤の行方を追っていた。
聞き込みによって得られた情報はやはり古い物ばかりで、七夕祭りの日以降の話は出てこない。
露草町をくまなく回ってはいるが、有力な情報はいまだに得られていなかった。
初日と同じチーム分けで、真帆は猿渡達三人組と捜索範囲を巡る。
ある程度歩いて聞き込んだ所で真帆達は休憩を、公園のベンチに腰を下ろして項垂れていた。
「あれだけ目立つ外見なら、すぐに見つかりそうなものだけどね」
「まさか隣の町か、それ以上に離れた場所か……。どこか遠くに行ったんじゃないのか」
「魔王を名乗るからには、あちらの世界に戻られた可能性もあるかもしれませんね」
「そ、そんなに自由に行き来できるものなのか……?」
こぼれ出るのは愚痴ばかりで、建設的な意見は一つも出ない。
予測も真偽は定かでなく、結局の所探し人を捕まえて問い質すまでは分からない。
当初やる気を出していた真帆もげんなりとした表情に。
彼女や猿渡達がここまで後ろ向きなのはこの気候のせいなのだろう。
夕刻で傾いたとはいえ太陽はまだ照り付けており、湿度は高く纏わりつくようで。
暑さは体力だけでなくやる気を奪い、皆をだらけさせていた。
「……さてと、いつまでもこうしている訳にはいかないわよね」
「そうだな。海人達は休憩も取らずに頑張っているだろうし……って、大丈夫なのか?」
「その点なら問題ないわ。アーシャちゃんに頼んでおいたから」
元々暑さ寒さには強い海人。
彼一人なら休むのも水分補給も忘れて駆けずり回るだろうが、彼の隣にはアレイシヤが居る。
彼女なら適度に休憩を取る事を提案できる上に、彼女が居れば海人も無茶な事はしないだろう。
自分達よりも頑張っているだろうと思われる者の姿を思い浮かべた面々は重い腰を上げ、捜索を再開させようとした。
「では次は何処にしましょうか?」
「ここからだと……――――!? 今の声は……っ!?」
日陰から日向へと踏み込んだ矢先、閑散とした公園に響いた叫び声。
真帆達は頷き合うと仮面と黒いケープを身に着けて、叫び声が上がった方角に向けて駈け出した。
公園から出てさほど離れていない場所には、刀を手にして異様な空気を纏った男と驚き腰を抜かした年配の女性の姿があった。
「やっぱり敵が現れたか……!」
「あ……! あの人は……っ!!」
「占部、どっちか知り合いなのか!? どっちもなのか!?」
「お婆さんが……っ。と、とにかく、私達で何とかしましょう!」
「りゅ、竜堂氏に連絡はどうしましょうか?」
「それは後で! 犬飼君! お婆さんを任せていい!?」
「あ、ああ! 任せてくれ!」
真帆の指示に従い、猿渡達はそれぞれの役割を。
猿渡が敵の足元を狙い風の矢を放ち、注意が逸れた所で犬飼が老婆に近づき抱えて距離を取る。
再び敵の意識が老婆へと向いた所で雉岡が闇の魔術を発動させて視界を奪い、真帆と猿渡が狙いを定めて敵の武器を魔術で攻撃して牽制する。
敵の動きを制限して戦力を削いだところで。老婆を安全な場所へと避難させた犬飼が舞い戻り、背後から敵に掴みかかる。
力づくで抑え込んだ後は装具の破壊を。
男の腕に嵌っていた腕輪を猿渡が風の矢を放ち破壊した。
「取り敢えず俺達で何とかなったが……、どうだ? お婆さんの様子は」
戦を難なく終えて一息つく猿渡達三人組。
幸いなことに装具に操られていた男も老婆も外傷は無く、気絶しているだけのようであった。
男はベンチに寝かせてから少し間を置いた後に目覚めたようで、辺りを見回したのちに首を傾げて去って行った。
立ち去るのを見届けていた猿渡は真帆の元へと戻り、老婆の様子を尋ねる。
彼が問いかけて真帆が答える前に、老婆はゆっくりと瞼を開けて目を覚ました。
「あら? 真帆ちゃん? どうしたの、こんな所で」
「え、ええっと……。その……」
「そうだ……! 刀を持っていた男の人は……!? 真帆ちゃん、大丈夫……っ!?」
見知った仲だからか、どう答えて良いか戸惑う真帆。
彼女を助けるようにして老婆の問いに答えたのは雉岡であった。
不審者は既に警察に連行されたと、もう危険は無いと言うと老婆は安心したようで、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「すまないねぇ……、面倒をかけたようで」
「そんな事ないですよ。あ、もしよければ私達がお家まで送ります」
「いやいや、もう何ともないから平気よ。うちは遠くないし……」
「でも、荷物が多いようだし……。私達なら構いませんから、ね?」
老婆が腰を抜かしていた場所には両手が塞がるくらいの買い物袋が落ちていた。
起き抜けにこの荷物を抱えて帰宅するのは年老いた者には酷だろう。
外見は何ともないが症状は後から出てくる場合もある為、楽観はできない。
なんにせよ顔見知りをこのまま放ってはおけないようで、真帆は猿渡達に同意を求める視線を送り、彼らは頷いて見せた。
「じ、自分が背負いましょうか?」
「あらあら良いのよ。ほら、この通り。ちゃんと歩けるから大丈夫よ」
「それじゃ、婆ちゃん。俺らが荷物を持つよ」
「そんな……。悪いわねぇ……」
「気になさらないで下さい。我々は竜堂氏の仲間ですので」
「あらまぁ貴方達も海人ちゃんのお友達? ええっと、それじゃあ首取りレッドっていう格好で――――」
「く、首取り!? 菊代さん、それはたぶんビクトリーレッドだと……」
こうして真帆達は菊代と共に彼女の家へ。
そもそもヒーロー研究部の活動は人助けであって、道を逸れてはいない。
捜索は行き詰まっていた所でいい気分転換になるだろうと、真帆達はそう軽く考えてもいたが、それが思わぬ展開に繋がった。
「それにしても婆ちゃん、随分と買い込んだんだな」
「今うちに食べ盛りの子が居てね。せっかくだから御馳走を用意しようと思ってね」
「菊代さん、もしかしてお孫さんですか?」
「ウフフ。そうじゃなくってね、名前は――――」
言い終わらぬうちに目的地に辿り着き、菊代は鍵を取り出して戸を開けようとする。
けれども彼女がカギを差し込む前に戸が開き、中から威勢の良い声が響いた。
「よくぞ戻られた、菊代嬢よ。我は洗濯物を取り込んで畳み終え、庭の草むしりと風呂掃除を済ませたぞ……!!」
ドサリと落ちる買い物袋。
真帆達が驚き目を見開いて茫然と立ち尽くしたのも無理はない。
菊代の家で出迎えた者は割烹着を着ている若い男、主夫のような姿であるが、その者は真帆達が探し回っていた男その者であった。
「む……。貴様らは……っ!!」
「あら、遠藤君。真帆ちゃん達と知り合いだったの?」
「そ、それは……。その……」
「ああ、そうだ。我とその者達は旧知の仲である」
真帆達の頭には早く取り押さえないと逃げられてしまうかもしれないと過ったが、遠藤は逃げる素振を見せなかった。
それは菊代を巻き込まない為の配慮か、何か企んでの事か。
遠藤の考えは読めないが接触は果たせた。
これからどう動くか話し合う前に菊代の提案で真帆達も御馳走になる事となり、渡りに船で。
真帆は菊代の手伝いをすると言って台所に入り、遠藤に気取られないようにして海人達へと連絡をした。
真帆からの連絡を受けた海人は渋る桃子をアレイシヤと共にどうにか説得して。
菊代の家へと辿り着き、探し人と対面を果たした。
「……久しいな。桃子嬢」
「……」
「ウム。変わりないようで何よりだ」
「……っ」
変化が無いと遠藤は言ったが、それは偽りである。
桃子は以前と違い真っ直ぐに相手を見つめようとはせずに視線を外しており、口元はキュッと結ばれている。
かく言う遠藤自身も尊大な態度ではなく優しく語りかけており、桃子の前では何時もの彼らしくは無い。
微妙な空気には海人達も耐えられないようで、重い沈黙を誰かが破ってくれないかと皆の視線は彷徨っている。
結局最初に声を発したのは桃子で、彼女はこの場から逃げる為に料理を手伝うと言って台所に向かおうとした。
「ハァ!? 桃子が料理を!? 病人を出させるような真似を出来る訳ないでしょう」
包丁を手にしている真帆の気迫は凄まじく、桃子も体育祭の時の前科がある為強くは出られなかった。
台所には桃子の代わりにアレイシヤが入り、雉岡も皿を並べると言って後に続く。
猿渡と犬飼はテーブルや座布団を運んだりすると言って客間に移動し、残されたのは海人と桃子と遠藤だけであった。
「……私、帰るから」
「えぇ!? いや、それは……」
「だって、もういいでしょう。私が居なくても」
「そんな事はない。ちゃんと話をしないと……」
「話なら海人君達が聞いてくれれば良いじゃない」
「それだけじゃ駄目だ。桃子も話をするべきだ」
「私は別に、話したい事なんてないし。……新しいお家も決まったようだし、良かったんじゃない?」
海人の目を見て話さない辺り、桃子の言う事は強がりなのだろうと分かる。
意地を張って素直になれず、逃げようとする桃子。
言葉では構わないで欲しいと叫んでいるが、本心は違う。
誰よりも遠藤の事が知りたいのは彼女の筈であって、その想いを上手く伝えられない彼女をこのままにしてはおけず、海人は動き出す。
「ちょ、ちょっと、何をするの!? 海人君……っ!」
「き、貴様。どういうつもりだ……!?」
桃子と遠藤の手首を掴んだ海人は二人を縁側へと導き座らせる。
多少強引であるが少し距離を取り二人を座らせて。
「罵りあいでも何でもいい。まずは二人で話をしてくれ」
そう言って海人はピシャリと障子を閉めてしまった。
当然として納得がいかないと、二人は立ち上がり抗議をするが海人は聞き入れない。
それならばと、桃子は海人を無視して立ち去ろうとするが、彼女の手を掴んで放さない者が居た。
「……放してよ」
「これは我に与えられし機会なのだろう。……少しばかり話を聞いてはくれぬか」
「誰が嘘つきの話を聞くもんですか!」
「そう……だな。我は桃子嬢を欺いた。それは違いないが、だとしたら懺悔の言葉を聞き入れては貰えないか」
「……」
縋り付くような表情をして謝罪したいと言われれば折れない事も無いのだろう。
背を向けていた桃子はゆっくりと向き直り、視線を外したまま言葉の続きを促した。




