1.魔王様の獄中生活
装具に操られた者達が暴れ、騒動となった七夕祭り。
多くの人の目に触れて大事になるかと思われたが、広場での火災は電飾の漏電によるものだと報じられた。
新聞やテレビだけでなくインターネットの書き込みにも装具に操られていた者達の事は一切触れられていない。
知られてはいけない事実が上手く伏せられて奇妙に思う所であるが、ショッピングモールでの件や遊園地での事など、これまでにも同じような事は何度もあった。
「今回もあの方々が……、レヂディーノ達が情報を操作したのでしょう」
「そう……、か……」
海人達の前に現れたレヂディーノ達。
彼女らは海人達が与り知らぬ所で戦い、後処理をしているのだろうとアレイシヤは述べる。
祭りの際、彼女達の窮地に駆けつけてこれまでとは逆の立場に、助ける側になれたと海人は思っていたが、それは思い上がりであった。
「俺達は……、いや、俺の力はまだまだなんだよな……」
「カイトさん……。カイトさんもそうですが、私達は出来る限りの事を成し得たと私は思います」
「そう……、だな。だけどまだ足りない。もっと強く、どんな状況でも対処できるようにならないといけない……」
影ながら人々を守るレヂディーノ達の姿に海人は改めて自身の至らなさを自覚し、気持ちを新たに戦うのであった。
七夕祭りから十日後。
七月も半ばを過ぎて、暑さも日々増していて。
流れる汗と鬱陶しい湿度の高さにウンザリとするところであるが、学生達はそれ程だらけてはいない。
寧ろその逆で、皆はワイワイと話を弾ませていた。
教室内は冷房で涼しいという事もあるが、賑わいを見せているのは別の理由である。
一つは期末試験という厄介な関門を突破したという事。
もう一つは少し先の話で、それは数日後に迎える夏休みである。
学生達は夏休みを目前にしてテンションが上がっているようだ。
長い休みをどう過ごすのか。何処に行こうか。せっかくだから普段行けない場所に。夏と言えばプールや海だ。
部活で休みは無い。短期のバイトをする。バイクの免許を取りに行く。補習が……などなど、様々な事情と話題に教室内は溢れている。
多くの者が夏休みを楽しみにしているようだが、教室内にはそうでない者達もいる。
一人は肘をつきぼうっと呆けている桃子で、その他は彼女の事を気に掛けている海人達ヒーロー研究部の面々であった。
「あの様子だと、まだ戻っていないようだな」
「ああ……」
「そのようですね……」
距離を取り、ひそひそと言葉を交わす猿渡達三人組。
桃子の様子で状況を察した三人は海人へと視線を向けてどうにかしろと訴えているが、どうしてよいか分からない海人は後ろ頭を掻いて目線を外した。
「いや、どうにかしろって言われてもなぁ……」
「いつもなら海人が声を掛ければ機嫌を良くするのに、ここの所はそうもいかないようだしね……」
真帆の言う通りに、今の桃子には海人が声を掛けても効果がないようで、反応はするがいつもの彼女らしくはならなかった。
彼女がそうなってしまったのも無理はない。
それは遡る事九日間。七夕祭りの翌日。
その日は日曜とあって、前日より竜堂家に泊まっていた桃子は当然として自宅に戻らず居座っていた。
海人と一緒に過ごせるとあって彼女の機嫌は前の晩より良くなったのだが、いつまでもそのままに、竜堂家に居続けるという訳にはいかない。
次の日からは学校が。それよりも何よりも桃子の両親に心配をかけさせてしまうのを避けなくてはならなかった。
皆で話し合いの結果、遠藤の正体や目的などを確かめる為に沢乃屋へ向かう事となる。
渋る桃子をどうにかこうにか連れ出し沢乃屋へと辿り着いたが、そこで海人達は想定外の事態に見舞われた。
「……一体何処に行ってしまったんだか」
海人がぼやいたように、沢乃屋に遠藤の姿は無かった。
桃子の両親の話によると遠藤は昨日の晩から戻っていないらしく、つまりは桃子達が助けられた時を最後にして行方不明という訳である。
自宅に戻りたくない原因の者は居なくなり、桃子は帰宅することが出来たのだが、それは彼女の望む形ではなかったようで。
彼女はその日以来ずっと上の空でいるのだ。
「今の所何も事件は起きていないようですから、あの方の動向に心配は無さそうですが……。モモコさんの為にもこのままでという訳にはいきませんよね」
そうアレイシヤが言うと、皆は真剣な面持ちで頷き合う。
ここ数日、装具に操られた者と対峙はしたが、遠藤が何か事件を起こしたという情報は入ってこなかった。
これまでの行いからも魔王を名乗った彼が人々に害をなすようには考えられず、その点については心配が要らないようだ。
だが、桃子の事を考えるとこのままでは、遠藤の件を放ったままではいられない。
皆で悩んだ結果、海人達は今日の放課後から遠藤の捜索を始める事に決めた。
海人達が遠藤の捜索に乗り出す一方。
その遠藤ことグエンドヴェルクはというと、簡素なベッドに寝転び鼻歌を歌っていた。
彼が今現在居る場所。
そこは打ちっぱなしのコンクリート壁と床に囲まれた空間で、室内には簡素なベッドと椅子が置かれ、仕切りの向こう側にはこれまた簡素なトイレとシャワーが備え付けられている。
生活をする上で最低限の設備。難と言えば陽の光が差し込まない事とじめっとした空気。
それらに対してグエンドヴェルクは文句が無いようで、この環境を受け入れているように見えた。
「なぁ、そもそもアンタは本当に魔王様なのか?」
鉄格子を挟んで語りかけたのは白い仮面を身に着け黒い外套を纏った若い男だ。
彼は背もたれの部分を前にして椅子に座り、質問を幾つか投げかけている。
だが問われた者はというとのらりくらりとかわし続けており、有益な情報を一つも引き出せない仮面の男は辟易としているようだ。
呆れ気味に問い掛けた根本的な疑問に対し、グエンドヴェルクは笑い声を上げた。
「その問いならば昨日来た厚化粧の女に問われたぞ。貴様らがどういった答えを求めているのかは知らんが、我は紛う事なき魔族を統べる魔の王だ」
「そうですか……。ハァ……」
「貴様らこそ一体何者だ。赤の女王の配下かと思われたが、どうやらそのような輩ではないようだな」
「そこはまぁ……、何と言うのか。俺様達にも事情ってものがあってな」
「ほう……。して、その事情とは?」
「アンタが俺様の質問に真面目に答えるなら教えない事も無いぞ」
「ククク。魔王を相手に取引とは……。ヒトとは随分と傲慢な生き物になったものだな」
グエンドヴェルクはクツクツと笑うばかりで、やはり仮面の男の重要な問いには答えない。
仮面の男もハナから答えを得られると期待していなかったのか。
笑っているだけの相手に対し怒りの感情は見せず、肩を落として溜息を吐くだけであった。
「……む。もう立ち去るのか? 昨日訪れた厚化粧の女はもう少し粘り強かったぞ」
「俺様は姐さんよりも諦めが良いんでね」
「そうか……」
「まさか、話し相手が居なくなるのが寂しいのか?」
「……そうだな。ここには書物の一つもない。下らぬ会話でも暇つぶしにはなるぞ」
「ああ、成程な。それで姐さんをワザと怒らせたのか」
言葉を巧みに操り相手を思うがままにしてしまう。
それはまさに悪魔の所業であるのだが、仮面の男には目の前の男が魔王であると信じられないようだ。
かつての魔王は人々を虐げて世界を支配していた。
グエンドヴェルクは態度こそ魔の者らしいが、残虐さは微塵も感じられない。
過去の行いが報告通りならばますます魔王というのが疑わしくなる程である。
結局のところ仮面の男にはこれ以上相手の正体や目的を探る術はなく、彼は尋問を諦めて牢から立ち去った。
「あの者の様子はどうだ?」
「姐さんの話通りに。掴み所の無い奴だったよ」
「お前さんがそう言うとはな。これは先が思いやられるぞ」
地下牢から地上へと戻り、屋敷に足を踏み入れた仮面の男を出迎えたのは、彼と同様の格好をした二人の男であった。
彼らは手ごたえがない結果を予測していたのか、結果報告に落胆することは無かった。
男の一人、大柄な男は尋問で駄目ならば別の方法をと提案する。
「あのお方は承諾して下さらぬかもしれんが、ここはやはり力で通すしかあるまい」
「貴公の言う力とは拷問の事か……。しかし魔王は不死者と聞く。不死者に拷問は無駄だろう」
「ムム。そうか……。ならば飯を抜くってのはどうだ? ワシは酒を断たれたならば生きてはおれんぞ」
「奴は体力が尽きれば眠りに就くだけだ。その状態では話を聞き出す事は出来まい」
「ったく、魔族って奴は……。こうなればあのオッパイのデカい嬢ちゃんを攫って……」
「いや、あのお方は内々に済ませると仰っていた。あの者達を関わらせる訳にはいかないだろう」
幾ら考えを巡らせても妙案は浮かばず、結果、引き続き尋問を続けることに。
交代で尋問の係を担う事となったのだが、厄介な者の相手をしなくてはならないと改めて自覚させられた男達は深く深く溜息を吐くのであった。
尋問係の若い男が立ち去ってから数刻。
ベッドに身を預けていたグエンドヴェルクは上半身を起こし、ベッドから降りた。
彼が向かう先は間仕切りの向こう側。トイレとシャワールームである。
誰の目もないからか、普段からこうなのか。
グエンドヴェルクは涼しい顔で衣服を脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿に。
正確に言えば首に填められた銀色の首輪のみを身に着けて歩いている。
「……ウム。これは心地よい温かさだ」
シャワーを浴びて汗を流すグエンドヴェルクは、気持ちよさそうに目を細めている。
やはり彼はここでの生活を満喫しているようだ。
桃子と顔を合わせる事を避けて沢乃屋へと戻らなかった彼はこうして雨風をしのげる場所を確保した。
しかもここはベッドとシャワーとトイレといった必要最低限の設備が整えられており、朝昼晩と三食の食事も提供される。
「……だが暇だ。我にとって退屈は拷問に等しい」
不満の無い環境であるかと思われたが、グエンドヴェルクには気に召さない所があった。
この地下牢には娯楽の一切が無く、唯一暇を潰せるのは時折現れる仮面の者達を相手にする事だけである。
「それに、このままでは桃子嬢を影ながら守るという我の使命が果たせぬ」
不満な点はもう一つ存在した。
グエンドヴェルクは桃子の元から自分の意志で去った。
けれども桃子への想いは揺るがないでいるようで、どうにか知られずに彼女の事を見守りたいと考えていた。
だが現状はこの様なザマで、牢獄の中からでは姿を見る事すら叶わない。
ならばこの牢から脱出するべきなのだが、それは容易で無かった。
「室内には魔力を掻き消す結界が張られている……」
常人の目には見えないが、この牢の中では魔法の類、魔道装具などを発動させることは出来ないように術式が張り巡らされている。
魔王を名乗るグエンドヴェルクは膨大な魔力を有しているのだが、訳あって全力を出す事は叶わない。
腕力も本来ならば鉄格子を曲げるなど造作もないのだが、今の彼は人並みより多少力がある程度であって、力尽くで脱出するのは不可能であった。
「……さて、前置きはここまでで。作業を再開するか」
グエンドヴェルクが編み出した牢からの脱出方法。
それはスプーンで地面を掘る訳でもなく、鉄格子を鋭利なもので削る訳でもなく、ましてや色仕掛けで看守から鍵を取り上げる訳でもない。
「……この程度の術式。全盛期の我ならば瞬き一つで消し去って見せたが。……全く、忌々しい物だな」
グエンドヴェルクは室内に施された術式を読み取り、再構築して穴を開けようとしている。
それは間仕切りの向こう側で。トイレとシャワーを使いながらと使うフリをしながらひそかに行われていた。
「いましばらく待っておれ。我が愛しの姫よ……!」
愛する者の事を思い浮かべながら脱獄を試みるグエンドヴェルク。
突破までは後僅かで、彼は高笑いするのを堪えて地道な作業を進めた。




