9.四人の刺客
装具に操られた三人組の男達との戦いは先に剣を交えていたレヂディーノ達に海人と猿渡達三人組が加わり、押され気味であった形勢は逆転に。
状況判断とアシストに優れている雉岡はともかく、普段一言余計で空気を読まない猿渡もグラヴィストが立ち回るのを阻害しないように支援に徹している。
海人と犬飼は術師であるレヂディーノ達を守るようにして対峙する敵との間に立ち、彼女達と連携を取って敵を無力化させた。
三人組の男達が身に着けていた装具はすべて破壊し終え、これで危機は去ったかと思われたが、海人達に一息つく暇は与えられない。
装具に操られていた者達を安全な場所へと運び終えた所で、海人はレヂディーノに声を掛けられて振り向いた。
「貴方達のお蔭で助かったわ。礼を言わせて貰うわ」
「レヂディーノ……! 貴女がこの者共に礼を言う必要など……っ」
「グラヴィスト、助けられたのは事実でしょう? 礼を欠く訳にはいかないわ」
レヂディーノの正論に口をつぐむグラヴィスト。
彼は出過ぎた真似を彼女に対して詫びたが、海人を睨みつけている辺り反省は形だけのようだ。
相も変わらず辛辣な態度を取られて困惑するところであるが、と言って海人には相手を責めるような真似は出来ない。
ただただ愛想笑いを返すだけであったが、気まずい空気はすぐに終わりを告げる。
それはレヂディーノの傍に居た術師が急に声を上げたからで、何やら慌てた様子でレヂディーノへ耳打ちをしていた。
「あ、後僅かで人払いの術が切れます……っ!」
「そう……、分かったわ。貴方達も早々にここから立ち去りなさい」
「え……? あ、は、はい……っ」
レヂディーノの助言を裏付けるようにして、遠くからパトカーや消防車のサイレンが聞こえてくる。
じきにここへは警察官や消防士が押し寄せてくるという事は確かであって、海人達はレヂディーノの言葉を聞き入れ、広場から脱した。
「……やれやれ。結局のところ、時間なんかお構いなしに奴らは現れるんだな」
裏道を使い、人混みを掻き分けて進み、開けた場所で一息つく海人達。
混乱する人々と広場の焼け落ちた笹飾りなど、まだ問題が残っているようであるが、それらは警察や消防に任せるより他無い。
猿渡は落ち着いた所で愚痴を溢していたが、雉岡は何かを思い出したようでハッとして問い掛けた。
「あの、アーシャた……、ではなくアーシャさん達は無事なのでしょうか?」
「そう言えば! おい海人、お前の所に連絡は来ていないか!?」
「……いや、着信履歴も何も無い……。犬飼もか?」
「あ、ああ。連絡はないようだ……」
皆が自分の携帯電話を取り出して確認してみるが、誰の所にも連絡は来ていなかった。
深刻な面持ちで頷き合った海人達は、海人が代表となり連絡を入れてみる。
相手は海人からの着信ならばワンコールで出るだろうと思われる桃子だ。
海人達の目論見通りに桃子は即座に応答したが、電話越しの彼女の様子は違和感を覚えさせた。
「海人君……」
「桃子……! 無事なのか!?」
「……うん。私達なら大丈夫だよ」
平気だと彼女は言うが、声色は重く、苦しそうなものである。
言葉だけでは不確かであって、どうにも気に掛かるようで。
海人は桃子が今何処にいるのかを聞き出し、猿渡達と共に彼女の元へと向かった。
様子のおかしかった桃子が居た場所。
それは混乱する人々の中ではなく、自宅である沢乃屋でもなく、数刻前に花火を見た土手であった。
何故家でもなく敵と遭遇した場所でもない所に居たのか。
それは戸惑った様子の真帆とアレイシヤから話を聞く内に理解できた。
「あ……、海人」
「真帆、アーシャ! 二人とも無事だったんだな」
「は、はい……。私達は無事です。ですが――――」
そう言ったアレイシヤが目線を向けた先。
そこには膝を抱えて座る桃子の姿が在った。
怪我はしていないようで一先ず胸を撫で下ろすが、桃子の様子はやはりどこかおかしい。
いつもの彼女なら真っ先に海人の元へ。
勢いよく飛びついてくるものだが、今の彼女は遠くを見つめていて心此処に在らずといった姿である。
声を掛けるのも躊躇う様な彼女を前にして、海人はどうするべきか悩んで二の足を踏んでいたが、真帆が察したようで海人達と離れていた間に何が起きたのかを明かした。
「は……? 安居さんが? 三人で倒したのか!?」
「それが私達じゃなくてね、その……――――」
言い淀んだ真帆は桃子の様子を横目で見て、反応が無い事を確認してから再び口を開く。
彼女から小声で知らされた事実は、安居が装具に操られて襲い掛かってきた事など簡単に吹き飛ぶくらいの印象を海人達に与えた。
「ま、魔王? 遠藤さんが……? そんなまさか、何かの冗談だろう……」
海人達は驚き言葉を失い、嘘ではないかと目で問い掛けるが、真帆やアレイシヤは深刻そうな表情で事実であることを主張する。
遠藤がかつてシュトラルヴェルトを支配していた魔王であるという事。
尊大な態度で思うが儘に振る舞う彼は魔王らしいと言えばらしいが、人々を虐げるような残忍さは一ミリたりとも窺えなかった。
信じ難い事実に海人達はただただ戸惑うばかりであったが、桃子の様子を見るからにそれが本当の事なのだと受け入れられた。
猿渡達三人組に目線で促され、真帆とアレイシヤに頼まれて。
海人は桃子の傍へと近づき、そっと声を掛けた。
「桃子、大丈夫か……?」
「……海人君」
俯いていた顔をゆっくりと上げる桃子。
何でもない風を装っているが、それは強がりであると分かるもので、やはりいつもの彼女らしく振る舞うのは無理なのだろう。
一番近くに居た者だからこその気持ち。
故に桃子は海人達よりも衝撃を受けたようで、事実を受け止めきれず、整理がつかないようである。
彼女が落ち着くまではこうして居させるべきなのだろうが、いつまでもという訳にはいかない。
先の騒動で警察が動き、周辺で聞き取り調査を始める可能性も考えられ、このままここに居ては厄介なことになりかねないからだ。
海人は桃子に手を差し伸べて自宅まで送ると言ったが、彼の手を取った桃子は首を横に振った。
「……嫌。今日は帰りたくない」
可愛らしい女の子に言われて嬉しくない筈はない台詞なのだが、今の桃子の言葉は意味が違う。
自宅には彼女を悩ませている元凶が居るであろうことから、彼女は帰宅を拒否するしかないのだ。
今から皆で沢乃屋へと向かい遠藤を捕まえて事実確認をするという手もあるが、時間が時間であって祭りでの騒動の事もあり、これ以上桃子の両親に迷惑は掛けられない。
どうするべきか海人が頭を悩ませていた所、桃子は何かを思いついたようで、暗かった表情を一変させてニンマリと笑い、お願いを一つしてきた。
「え……? 俺の家に……か?」
「そう……! 今晩は海人君のお家にお泊りするわ!」
「な……っ!! なんでそうなるのよ!!」
桃子の発言に一番驚き異議を唱えたのは真帆であった。
つい先程まで彼女は落ち込んでいた桃子を気遣っていたようだが、それとこれとは話が別なのだろう。
両親が心配するなどと言ってそれらしい理由を述べているが、別の意図が透けて見えているようで。
猿渡達三人組はニヤニヤと笑っていたが、真帆に気付かれ睨み付けられて震え上がっていた。
「家には連絡入れるし、平気よ」
「いや、そういう訳じゃなくて。その……、あの人とご両親だけにしておいていいの?」
「そ、それは……――――」
真帆の問いに口ごもる桃子。
遠藤に会いたくないという気持ちもあるが、両親の事も気に掛かるのだろう。
それならば今すぐ無事を確認しに行った方が良いと真帆は言うが、桃子は首を縦に振らない。
やはり家には帰りたくないと駄々をこねる彼女に対し、助け舟を出したのはアレイシヤであった。
「あの……。モモコさんのご両親の件ですが、危険な状態にあるとは思えません」
「アーシャちゃん、どうしてそう思うの?」
「えっと、これまでのあの方の行いを見る限りでは、私達に悪意があるようには見えませんでしたし……。特にモモコさんに対しては並々ならぬ想いがあるようで、悲しませるような真似は決してしないと思うのです」
アレイシヤの言う通り、遠藤から敵意は感じられなかった。
桃子に近づく男、特に海人を邪険に扱いもしていたが、殺意とまではいかず、桃子が窘めればすぐに態度を改めた。
つい先程の、安居が装具に操られて襲い掛かってきた際にも彼は桃子の身を守り、敵を倒した。
その事からアレイシヤは遠藤が魔王だと名乗ったのはただの妄言であるかもしれないと推論を述べ、その上で桃子の感情を推し量り、彼女の希望に沿うように提案した。
「あの、私の部屋でしたら問題は無いと思いますし。どうでしょう、マホさん」
「……そうね。アーシャちゃんには苦労を掛けるかもしれないけど、変な事をしないかしっかりと見張っていてくれるならいいわ」
「ちょっと! 何よそれ! 私が何をするっていうのよ!?」
「……何って、貴女なら寝ている海人を襲いかねないでしょう?」
「い、いくら何でもそんな事する訳ないじゃない!」
「ふーん……。本当に?」
「ま、まぁ、寝ぼけて部屋を間違えて布団に潜り込むって事故はあるかもしれないけどね」
悪びれもせず邪な計画を口にする桃子はますます真帆を怒らせたようで。
それならば私の家に来なさいと言い出す真帆をどうにか抑え込み、桃子は竜堂家に泊まる事となった。
「――――……という事だから。……うん、私達は大丈夫だよ。……え? そ、そう。私は知らないけど――――」
両親への電話を終えた桃子は笑顔を浮かべて少し離れた場所から海人達の元へと戻って来た。
竜堂家に泊まれる事となって嬉しさが勝るようで、先程の思いつめたような表情はすっかりと消え去っている。
「それじゃ、行きましょう……!」
「あ、ああ。……って、も、桃子……っ。腕を組むのは……」
「お家に帰るまでがデートでしょう?」
「それは遠足の話じゃ……。と言うか、う、腕に当たって……」
「ん? どうしたの?」
「いや、ええっと……」
強引に腕を絡められてしまった海人はやんわり断ろうとするも、桃子の強引さに負けてしまった。
腕に感じる感触は極上のものであって、けれどもその快感に溺れる訳にはいかなくて。
理性と煩悩の狭間で揺れ動く海人は結局のところ瞳を潤ませる桃子を無下には出来ず、どうにか腕に当たる感触を意識しないようにするしか出来なかった。
「あーあ、花火と共にリア充も爆ぜればいいのによ」
「それね。織姫と彦星は年一しか会えないっていうのに、現実の方がクソだわ」
「サ、サルワタリさん……っ、マホさん……っ」
腕を組み身体を寄せ合って前を歩く海人と桃子に対し、小言で暴言を吐く猿渡と真帆。
そんな二人に気を回し、アレイシヤは一人奮闘していた。
桃子が自宅に帰らず、竜堂家に向かっていた頃。
彼女を悩ませている元凶である遠藤、もといグエンドヴェルクは夜の街をトボトボと彷徨い歩いていた。
どうやら彼もまた沢乃屋へと戻る事で桃子と顔を合わせてしまうのではと危惧し、戻れずにいるようだ。
「……我とした事が機を見誤ったか」
彼の力ならば正体を隠したままでも桃子を助ける事は出来た。
そうしなかったのはこれを機に正体を明かし、これまで騙し続けていた事を詫びようとしたからだ。
異世界の者と接触し、装具を身に着け戦い続けている桃子ならば自分の存在も受け入れて貰えるだろうと。
そう判断したが、彼の思惑は見事に外れてしまい、桃子からは拒絶を示されて弁明する事すら叶わなかった。
「さて、これからどうしたものか……。ウム……、陰ながら守り続けるというのはどうだろうか。……そういえば女児向けのアニメとやらでそのような者が活躍し、ヒロインとの距離を縮めていたな」
沢乃屋に戻る事は諦め、桃子の前に姿を現さずに彼女を守ろうと誓うグエンドヴェルク。
彼の迷いは晴れたようだが、彼の行く先には暗雲が立ち込めていた。
「……っ!? この気配は――――」
今後の方針が決まり、一先ず雨風をしのぐ場所を確保しようとしていた矢先。
グエンドヴェルクはある気配、殺気を感じ取り辺りを窺った。
感じられた気配は四つ。そのどれもがただものではない事を窺わせた為、グエンドヴェルクは人混みを避けて人気のない場所へ。
非常階段を飛び移るなどしてビルの屋上へと登った。
「貴様ら。我に何用だ……?」
グエンドヴェルクを囲む者は四名。
その者達は夏だというのに黒い外套を纏い、白い仮面で素性を隠していた。
姿だけでは得体が知れないが、その者達の手にしている武器、魔道装具から大体の素性は窺い知れる。
「その装具にその身なり。赤の女王の差し金か」
「アナタには関係のない事よ。アナタはただ大人しく捕まってくれればいいの」
白仮面の内の一人。女性と思しきシルエットの者は鞭を床に叩きつけて言い放つ。
それは降伏勧告であるようだが、グエンドヴェルクは誰かに従う様な従順さは持ち合わせていない。
魔王たる彼が素直に従う相手と言えば彼が寵愛する桃子か、桃子の両親だけである。
当然として白仮面の女には拒否を示したが、それを機にして白仮面達の纏う空気が変わった。
湾曲の剣、カットラスを手にした年若い男は笑い声を上げているが、殺気は消えない所か増していた。
「まさか異世界に降り立って魔王様とやりあえるなんてな。この展開は予想外だったぜ」
「ガハハ! 久々の大物が相手で腕が鳴るのう」
年若い男に同調した老齢の男と思しき大柄の者は、大剣を軽く振り回し切っ先を向けてくる。
一触即発という状況下の中、武器を手にした三者を制して前に進み出たのは一人の男で、その者の手には黄金の剣が握られていた。
「投降の意思は無いと見た。ならばこのフュルフュールの加護を受けし剣の錆びとなるがよい……!」
高く掲げた剣から発せられたのは眩い光で。
その光は何もかもを消し去るようにして視界を真っ白に染めた。




