8.消えゆく願い
祭りのラストを締めくくる打ち上げ花火が終わり、賑やかだった土手は徐々に人の影が無くなっていく。
海人達も他の観客と同じように、人の流れに沿うようにして帰路へと着く。
二人きりの時間を邪魔されるなど、桃子にとっては色々と不満が残ったのではと危惧していたが、どうやらそうでもないらしい。
彼女は笑みを浮かべており、機嫌が良さそうであった。
「やっぱり私の狙い通りだったわね!」
「狙い? ……それって何の事だ?」
「ほら、夜なら敵が現れないかもってやつだよ」
「ああ、成程……」
桃子の言う通り、ここに至るまで敵と遭遇することは無く、祭りを襲撃される事も無かった。
けれどもそれは今日に限った事でこれからもという保証は何処にも無い。
今回の件で桃子は味を占めたようで、次のデートも夜でと話を進めようとしていたが、それは真帆によって遮られてしまった。
「今回は偶然かもしれないわ。これから帰宅するまでに何かが起こるかもしれないし」
「もう! 真帆ちゃん。縁起の悪い事は言わないでよ!」
「私は用心に越したことは無いと言いたいだけで……」
「そんな事言って~、ただ単に私達の邪魔をしたいだけでしょう?」
「ハァ!? 別にそんな訳じゃ……」
またしても口喧嘩を始める真帆と桃子。
先程は花火のお蔭でどうにかなったが、終わってしまった為に今は彼女達を止められるようなものが無い。
アレイシヤは二人を宥めようと一人で頑張っているものの、彼女の声は二人の耳に届かないようだ。
「装具に操られた襲撃者はともかく、あのヴァルトハインっていうおかしな奴は夜中に現れたのよ。だから気を緩める訳には――」
「ああ、あの時の。真帆ちゃんが不用心に夜中に出歩いて捕まっちゃった時の事ね!」
「……その件については悪かったと思っているわよ。だからこそ、私は――」
「要は一人じゃなきゃ大丈夫って事でしょ。だったら海人君と居れば問題ないわ!」
「え……? いや、それは……」
急に桃子から話を振られた海人はたじろぎ言葉を濁す。
ここはハッキリと断って言い聞かすべきなのだろうが、彼にそのような事が出来る筈もない。
苦笑いでなあなあに済ませようとする姿は真帆を苛立たせるようで、彼女と桃子の喧嘩は更に勢いを増して。
誰にも手が付けられない状態に陥りかけたが、それは突如として響いた悲鳴により幕を閉じた。
「海人……っ! 今の悲鳴は――――」
「……ああ、この先から聞こえてきたな」
淀みなく進んでいた人の流れは辺りに響いた悲鳴により止まる。
何事かと戸惑う人々の耳に届いたのは逃げろという鬼気迫った叫び声で、人の流れはこれまでとは逆に。
我先にという者達によって流れは激しくなり、海人達は人波に流されそうになった。
「カ、カイトさん……っ!」
「アーシャ……っ!」
小柄なアレイシヤは押し寄せる人によって海人達と離れてしまいそうになるが、海人が伸ばした手をどうにか掴み、引き寄せられたことで事なきを得た。
ホッと胸を撫で下ろすのも束の間。
海人達はこの先で何が起きているのかを確かめる為、身を寄せ合ってはぐれないようにして人の流れに逆らって進む。
「これは……!」
「そんな……っ、皆さんの願いが……っ!」
逃げ惑う人々と肩をぶつけながら進んだ先。
そこは中央広場で、皆の願いが吊るされた笹飾りが多く飾られている場所であった。
先刻までは青く生い茂った笹と色鮮やかな飾りで華やいでいたが、今ではその飾りは赤々とした炎に包まれている。
焼け落ちていく短冊を前にしてアレイシヤは悲痛な叫びをあげたが、目の前の光景に驚いたままではいられなかった。
装具に操られていると思しき男達が三名。
その者達と対峙するのは黒い外套に身を包み、白い仮面を着けた三人組。
両者の戦いも見過ごせない所であるが、広場にはまだ人の影が。
逃げ遅れた者が腰を抜かしていたり、親と離れた子どもが泣いて助けを求めていた。
「アーシャ、頼めるか?」
「は、はい……! 逃げ遅れた方々は私達に任せて下さい」
浴衣を着ているアレイシヤ達は立ち回るのに不向きである。
彼女達には逃げ遅れた者達を助けるように指示を出し、海人と猿渡達三人組は傍の物陰に一旦身を潜めて装具と変装用具を身に着けた。
水神龍の鎧を身に纏った海人は真っ先に消火を。燃えている笹飾りに向かって水弾を放った。
徐々に鎮火していく様子に仮面の男、グラヴィストは驚き声を上げる。
「貴様らは……っ!」
「俺達が加勢します!」
「チッ……!」
海人達の登場にグラヴィストは舌打ちをするが、追い返すような真似はしなかった。
今の彼は目の前に居るガントレットに炎を纏う男と戦うので手一杯なのだろう。
邪魔だけはするなと忠告をして敵へと向かって行った。
敵は三人。一人はグラヴィストが相手をしており、もう二人は長杖を持つ女性、レヂディーノともう一人の術師が相手をしている。
レヂディーノ達に攻撃を仕掛けている男の一人は先端に炎を宿したメイスを振り回し、もう一人は炎を纏ったグリーブで蹴り技を繰り出していた。
障壁を展開してレヂディーノ達はどうにか攻撃を防いでいるが、術師二人で近接攻撃を仕掛けてくる敵を相手にするのは分が悪い。
近接戦を得意とする海人は犬飼と共にレヂディーノの元へ。
遠距離と支援攻撃に特化している猿渡と雉岡はグラヴィストの援護に回った。
海人達がレヂディーノ達と共に敵と戦う中、アレイシヤ達は逃げ遅れた人々に手を差し伸べて広場から脱した。
敵と対峙する者達が上手く引きつけてくれたからか、一度も敵の攻撃をくらうことなく無事に避難が完了し、アレイシヤ達は役目を終えた。
一先ず巻き込まれる者は居ないだろうと、一息つくのも束の間。
踵を返して広場へと向かおうとした桃子は真帆に引き留められた。
「ちょっと! どこ行くつもりなの」
「決まっているでしょ! 海人君の所だよ!」
「その格好のまま行ってもどうしようもないでしょう?」
「それくらい分かっているわよ。だから一旦家に戻って――」
桃子の実家である沢乃屋に向かうには中央広場を通らなくてはならない。
その点をどうするつもりなのかと真帆は問うが、桃子は問題ないと言った。
彼女にとってこの商店街は庭のようなものであって、裏道にも通じているようだ。
結局桃子の先導によって真帆とアレイシヤは商店と商店の間の裏道へと足を踏み入れる事となった。
「だいたい真帆ちゃんが変な事を言うからこんな事になったんじゃない?」
「ハァ!? 何よそれ。言いがかりは止めて」
「お、お二人とも。今は口喧嘩をしている場合では――」
走りにくい浴衣と下駄に苛立ちが募るのか。
沢乃屋へと向かう道中、桃子は当り散らすようにして文句をつけ、それに対して真帆は冗談じゃないと強く言い返す。
またしても二人に挟まれる形となったアレイシヤはオロオロとしつつもどうにかとりなそうとするが、彼女の頑張りは徒労に終わった。
「もうすぐで私の家よ」
「今回はレヂディーノ達も居たようだし、今から着替えて戻っても遅い気がするのだけれど」
「そんなこと言うのなら真帆ちゃんは来なくていいから! 私一人でも行くし!」
「あ、あの……っ! 敵は他にも居るかもしれません。今バラバラになる訳には――――」
二人を諌めていたアレイシヤはハッとして息を呑み、言葉を途切れさせた。
それは彼女の前方に一人の男が佇んでいたからである。
その者はアレイシヤ達が見知った者であって、普段ならば軽く挨拶を交わす所であるが、今回はそうもいかなかった。
こちらに向かってくる男の瞳は虚ろで、両手には禍々しい光を帯びた銃が握られていたからだ。
「や、安居巡査……? どうしてここに……。それに、その銃は……」
茫然とする真帆に向けて、安居は躊躇いを見せず銃口を向けて引き金を引く。
赤い光を帯びた弾丸は狙いを外さず一直線に向かってきたが、咄嗟に動いたアレイシヤが展開させた障壁により弾かれた。
「……っ!」
「マホさん! 私が敵の攻撃を防ぎます」
「え、ええ……! 私が攻撃に出るわ」
「モモコさんはいつでも回復が出来るよう準備をしておいて下さい!」
「わ、分かったわ!」
敵の攻撃に動じなかったアレイシヤの指示により二人は何とか状況を飲み込み、装具を手にする。
敵は一人に対しアレイシヤ達は三人。
数は勝り有利である筈だが、事はそう簡単に運ばなかった。
「な、何をやっているのよ、ちゃんと狙いなさいよ! 外してばっかりじゃない!」
「五月蠅いわね! これでも狙っているのよ!」
アレイシヤの障壁に守られながら真帆は手にした杖で炎の矢を放つが、狙い定めた場所、安居が両手に持つ銃には当たらない。
それは見知った相手であるからやりにくいという事もあるのだが、安居が絶えず銃を撃ちながら迫り来る為、狙いが定まりにくいようだ。
徐々に後退する中、桃子は卑怯だと叫ぶが、その声は自我を失っている安居には届かないようだ。
「なんであの銃は弾が無くならないのよ!」
「それは魔道装具ですから、魔力の弾なので装者が倒れるまで尽きない筈です」
「何なのよそれ! チートじゃない!」
「それを言うのなら私達が使う術もたいして変わらないのだけれど……」
非難したとしてもボヤいていても状況は変わらない。
安居の容赦ない攻撃に押され続けるアレイシヤ達。
裏道に詳しい桃子が居る為、袋小路に追い詰められるという事はなかったが、後退し続ける訳にはいかない。
このまま逃げ続けていたら誰かの目に留まる所か、巻き込んでしまう可能性もあるからだ。
埒の明かない状況に覚悟を決めたのか、桃子は自分がこの状況を打開すると言って出た。
「私が敵の気を引くから! その間に真帆ちゃん、どうにかして!」
「な、何を……!? そんな事任せられる訳ないじゃない!」
「そ、そうです! ここは慎重に、相手の精神力が尽きるのを狙えば――」
「ううん。私なら大丈夫よ! 真帆ちゃんよりは運動神経良いんだし」
「そ、それはそうだけど、今はそんな話じゃ……――」
静止の呼びかけを振り切り、桃子は障壁の外へ。
二手に分かれて敵の気を逸らそうとするが、桃子は自身の格好を失念していたようだ。
浴衣と下駄は彼女の走りを妨げるどころか、足をもつれさせて。
危うく転倒し、敵の攻撃をまともにくらいそうになったが、桃子は倒れることなく攻撃も受けなかった。
彼女の身は空から舞い降りてきた者に受けとめられ、その者の手によって敵の攻撃が弾かれたからだ。
「あまり無茶をするな。肝を冷やしたぞ」
「……なっ!? 何でアンタがここに――――」
「説明は後だ。まずは目の前の敵を蹴散らす!」
桃子の危機に颯爽と現れた者。
それは彼女の実家である沢乃屋に住み込みで働いている男、遠藤であった。
皆が呆然とする中、彼は目のも止まらない動きで安居へと近づき一撃で沈めてしまった。
これでもう心配は要らないと、優雅に佇みキザったらしい笑みを浮かべる遠藤。
彼は桃子からの感謝の言葉を待っているようだが、望む物は得られないどころか望まぬ結果となった。
「ちょっとアンタ……、何をやっているのよ……っ!」
「は……? 我は桃子嬢に危害を加えようとした痴れ者を成敗しただけであって……」
「その人は操られているだけなのよ! それなのに――」
「その点なら抜かりない。手加減はしてある」
「え……、という事は……」
装具に操られた者は痛みすら感じないようで、気絶するほどのダメージを受けてもすぐさま起き上がる。
今回も例外ではなかったようで、遠藤の背後にはのっそりと起き上がった安居の姿が。
再び銃を構えた安居に桃子が悲鳴を上げかけたが、それよりも早く遠藤は動いて安居を組み伏せてしまった。
「……フム。ヒトの作り出した愚かな道具に操られているのか。哀れな者だ……」
「マ、マホさん! 今なら装具の破壊が出来ます!」
「え、ええ! 分かったわ……!」
アレイシヤに促され、真帆は前に進み出て装具を破壊しようとするが、それは遠藤によって遮られた。
彼は安居を片手で押さえつけたまま装具の破壊を。
紫色の光を帯びた手で銃型の装具を握り潰してしまった。
「な、何なのよ……。何でアンタがこんな事を……」
「桃子嬢、我は……」
「急にこんな事……っ、意味が分からない……っ!!」
遠藤に関してはこれまでにもおかしな点が幾つかあった。
けれども桃子は彼が普通の人とは違うのだと信じられないようで、近づいてくる彼と距離を取るようにして後退る。
縮まらないその距離を拒絶と悟ったのか。
遠藤はこれまでの余裕な表情を崩して悲しげなものへと変えたが、それは一瞬の事で。
深く息を吐いた彼は真っ直ぐに桃子を見つめ、自身の素性を包み隠さず明かした。
「我が名はグエンドヴェルク・ディアブロイア七世。……シュトラルヴェルトにおいては魔族を統べる者、魔王の座についていた」
突然の告白。
それは誰もが驚く内容で、信じ難い事であった。




