7.打ち上げ花火に馳せる想い
それぞれが願いを込めた短冊を吊るし終えた後、海人達は花火が打ち上げられる土手へと向かった。
打ち上げ開始まで残り時間が僅かであるからか、普段は人の影が珍しい位に閑散とした土手には多くの人が。隙間が無いくらいに溢れており、今かと待ちわびる声でざわざわと騒めいている。
人波を縫うようにして歩いた先でどうにか観覧できる場所を確保した海人達は、腰を下ろして川向こうの空を見上げた。
「間に合ってよかったね、海人君」
「ああ、そうだな。そろそろ始まるみたいだぞ」
打ち上げ前のアナウンスが終わり、いよいよ一発目の打ち上げの時が訪れた。
ざわついていた会場は幾分か静まり、ヒューっという笛の音があたりに響き、観客達の期待を高まらせていく。
そして空高く昇り切った花火玉は腹の底に響く音を発して弾け、夜空に大輪の花を咲かせる。
次々と開く色鮮やかで様々な形の光の花は観客を沸き立たせた。
「わぁ……! 綺麗だね、海人君……!」
「ああ……、そうだな」
「…………むぅ。感想はそれだけ?」
「え? そう言われても……。ええっと……」
海人は美しい光景を前にしてただただ感嘆していたが、桃子はどこか不満げでいる。
何が気に入らないのか、全く思い当たらない海人が困った表情を見せていると、猿渡が仕方ないと言わんばかりに模範解答を披露した。
「そこはほら、花火も綺麗だけど、桃子嬢の方が綺麗だぞって言わねぇとな」
「え……、それは……」
「ちょっと! 何で猿渡君が言うのよ!? 私は海人君に言って欲しかったのに~!」
乙女回路全開でハードルの高い歯の浮くようなセリフを求める桃子に対し、たじろぐ海人と代弁をして叱られて落ち込む猿渡。
相変わらずぞんざいな扱いを受ける猿渡はさておき、困り果てている海人を助けたのは大きな溜息を吐いた真帆であった。
「桃子、貴女は熱にでもやられているの?」
「はぁ!? どういう意味よ、それは!」
「海人がそんなキザったらしい事を言う訳ないでしょう。そんな事も分からないなんて、熱があるとしか思えないわ」
「別にいいじゃない! そもそも真帆ちゃんには関係ないし、私達の邪魔をしないでよ!」
「私達って、あのねぇ……」
このような場所でも口喧嘩を始めてしまう二人。
いつもなら周りの者は関わり合いになろうとせず遠巻きに見ているか、勇気を出して間に入り仲裁をしようとするが、今日に限ってはその必要がないようだ。
花火の爆音は二人の声を掻き消し、美しさは下らない争いを止めてしまった。
「せっかくの花火を下らない喧嘩で見逃すなんて事は出来ないわ!」
「そうね。それについては同意するわ」
収拾がつきにくい真帆と桃子の口喧嘩。それをいとも容易く収めてしまった花火。
海人や猿渡達三人組はいつもこうならばどんなに楽だろうと内心思っていたが、互いに顔を見合わせるだけで誰一人としてそれを口にはしなかった。
一難去って気を取り直し、再び花火を楽しむ海人達。
皆が空に描かれる光の花々と身体に響く音を楽しんでいたが、海人はふと傍に居る者の事が気に掛かった。
他の観客達は空で花火が開く度に歓声を上げ、その美しさに感嘆の溜息を漏らしている。
海人の傍に居るアレイシヤも他の者と同じように瞳を輝かせて、花火を楽しんでいるように見えたが、やがて彼女の瞳はどこか遠くを見るようなものへと変わっていた。
「……アーシャ?」
「……! は、はい……っ。ええっと、どうかされましたか?」
急に声を掛けられて驚いたのか。アレイシヤは肩を軽く揺らして、取り繕うような笑顔を浮かべて何事かと聞き返す。
やはり彼女は花火を見ながらも何か別の事を考えていたようだが、どう尋ねて良いか考えあぐねた海人は取り留めもない会話で場を繋いだ。
「その、向こうの世界でも花火ってあるのか?」
「ええ、はい。このように色々な形はありませんでしたが、建国祭には沢山の花火が上がっていて、夜空が光で溢れて煌めいていて素敵なんですよ」
国を挙げての祭りならば訪れる客も多く、花火の打ち上がる数も比べ物にならない程なのだろう。
こちらの世界の祭りとの規模を比べてしまった海人は、今日の七夕祭りをアレイシヤが楽しめたのかと不安を過らせたようだが、その心配は必要なかった。
「そんな……! 今日のお祭り、とても楽しかったですよ」
「そう……、なのか?」
「はい……! この様な可愛らしくて素敵な衣装を着られましたし、屋台の食べ物も美味しい物ばかりでしたし、何より皆さんとこうして花火を見られたことが……、私は嬉しく思います」
打ち上がる花火に負けないくらいの眩しい笑顔を見せるアレイシヤ。
どうやら彼女は嘘を吐いているようでもなく、心の底から祭りを楽しんでくれたように思われるが、それならば先程垣間見た物憂げな表情が尚の事気に掛かる。
どう問うべきか考えもしたが、結局海人は楽しそうにしている所を邪魔すべきでは無いと結論に至り、浮かんだ疑問を胸に仕舞い込もうとした。
「あの……、もしかして私、変な顔をしていましたか?」
「え……!? いや、そんな事は……」
海人が問わずとも彼が抱いていた疑問は伝わってしまったようで、慌てて誤魔化そうとしても無駄であった。
アレイシヤは気を煩わせたようで申し訳なかったと謝り、自ら先程考えていた事を明かした。
「――――そうか……、建国祭でそんな事が……」
「はい……」
異世界シュトラルヴェルトの主要国グランツドラッヘン。
かの国で行われる最大の祭りは建国祭であるが、もう一つ、ある日を記念日として国民総出で祝っていた。
それは異世界より召喚された勇者が魔王を討ち果たした日であって、魔族の支配から人々が解放された日でもある。
勇者と共に旅をし、鍛冶師として支えたマルリース・アイントールと同じ血筋だからか、アレイシヤはその日を大切に、特別に思っていたのだが、ある年の建国祭で思わぬ御触れが出されたのであった。
「確かに、攻め入るって時にその世界から来た勇者を称えるような祭りをする訳にはいかないよな」
「…………そう、ですが、かつて世界を救って下さった英雄をそのような扱いにするなど、私は信じられませんでしたし、信じたくありませんでした」
建国記念日に国王より発せられたのは解放記念日を取り止める事と、異世界への侵攻を開始する事であった。
当然として人々の間には混乱が生じ、異を唱える者が現れもしたが反対派は反逆罪などに問われてことごとく握りつぶされてしまった。
「すみません……。こんな時にこんな話をしてしまって……」
アレイシヤは花火を見てその時の事を思い出したようで表情を曇らせていた。
彼女は場にそぐわない思いは自分の中で留めておいた方が良かったと反省しているようだが、海人は首を横に振り、正直に打ち明けてくれたことを感謝した。
「その……、俺が今すぐどうこう出来る訳じゃないけどさ、アーシャが花火を見ていても嫌な事を思い出さないでいられるようにしたいと俺は思うよ」
「カイトさん……。私なんかの為にありがとうございます……」
「なんかだなんて言わないでくれ。現状、どうすれば良いのか思いつかないのだから、礼を言われるまでもないし……」
「いいえ、お礼を言わせて下さい。カイトさんの想いがとても嬉しかったので……!」
見つめ合い、微笑みあう二人を照らすのは一際大きな花火で。
どうやら最後の一発だったようで、それは祭りの終わりを告げるものであった。
花火が終わった後は喪失感が、何処か物悲しさも感じさせるが、海人とアレイシヤの胸に宿った想いはいつまでも消えずにいた。
青く生い茂った笹に吊るされた色とりどりの短冊。
そこに記された願いは様々で、純粋なものもあれば切実なものも見られ、ウケを狙ったユニークなものもある。
笹飾りは色鮮やかで華やかなだけではなく、願い事を見ていて楽しくもあるのだが、祭りを訪れた者の中にはそれらを楽しめない者も居る様だ。
「な~にがずっと一緒に居られますようにだ」
「リア充アピールか、ウザってェな」
「いやいや、こんなこと書く奴らに限って直ぐ別れたりするだろう」
大学生くらいの若い男三人組は吊るされた短冊に文句をつけていたが、段々と虚しくなってきたようで、大きな溜息を吐いて批判を止めた。
彼らが次にする事と言えば今回の敗戦の責が誰にあるかという醜い争いである。
「祭りと言ったらナンパに決まっているだろう! なのにどうしてこうなった……」
「いや、まさかここまで私服警官に溢れているとはな~」
「最近噂になっている不審者のせいだろう? マジ許せねぇ!」
これまでショッピングモール、遊園地、深夜のコンビニとあらゆる場所で出会いを求めていた三人組。
様々な理由から全て失敗に終わり、それどころか怪我を負ったり有り金を全て貢がされたり、たまり場としていた場所を奪われたりと不幸に見舞われ続けた彼らだが、今回こそはイケるだろうと踏んで訪れたのがこの七夕祭りであった。
彼らの狙い通り会場には女子だけのグループが至る所に。
浴衣姿という素敵なオプション付きでテンションが上がる所であったが、ナンパを始めて数分もせぬ内に警察から声を掛けられ、全敗に終わる所か勝負にすらならなかったのだ。
「つーか俺らツイてなさすぎじゃね?」
「ナンパどころか黒尽くめの変な奴に絡まれるし」
「俺らが何をしたって言うんだよ!」
不条理だと喚くが、ナンパは大半の人にとって迷惑行為であって、彼らに非が無いわけでもない。
それでも彼らの言う黒尽くめの男に関しては不幸としか言えない辺り、不運を嘆くのも致し方ないだろう。
三人組は出会いを諦めて愚痴を溢しつつも祭りを見て回っており、それなりに楽しんでもいたようだが、その中の一人が何か気に掛かったようでピタリと足を止めた。
「おい、どうしたんだ?」
「いや、あんな所に店が……」
「アクセサリーか? 祭りでそんなもんを買うのは女か小学生か中坊くらいだろう」
「いやでもこれ、結構イイ感じじゃね? 値段も安いし……」
商店と商店の間。暗がりの路地に構えている露店ではアクセサリーが売られていた。
店主は黒いローブを目深に被っており、この場所といい怪しい事この上ない。
けれども売られている品々は何故か目を引く物ばかりで、小馬鹿にしていた男も思わず手を伸ばしかけた。
「――――君達、そこで何をしているんだい?」
「……っ! 別に俺達は――――」
背後から声を掛けられて肩を震わせる三人組。
何もしていないと言い張りながら振り返った先には一人の青年が立っており、三人組はその者の顔を見て舌打ちをした。
「君達はナンパをしていた――――」
「さっきのサツじゃねぇか。こんな所まで何をしに来たんだ」
「それはこっちの台詞だ。君達こそここで何を――――」
現れた青年の名は安居康彦。
彼は交番勤めの警察官であって、本日は職務で祭りの警備を担当しており、会場を巡回していた。
先の発言通り、三人組が安居と顔を合わせるのはこれが二度目で、一度目はナンパをしていた時である。
邪魔をされた事を根に持っている三人組はふてぶてしい態度を取っているが、相手が警察官であるから手を出さずに堪えている。
一方安居は先程の事があってか、三人組をハナから信用していないようで、疑いの眼差しを向けていた。
「こんな路地で何もしていないって言うのは信じられないな」
「ハァ!? 言いがかりをつけてんじゃねーよ! 俺達はただ店を覗いていただけで――――」
「店……? って、こんな所に店が……」
三人組に言われて気が付いた安居は訝しげな表情をして胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出す。
それは祭りの会場の案内マップで、確認を取った安居は咳払いをしてから露店の店主へと声を掛けた。
「あの、出店の届け出は出されていますか?」
「……」
「されていないですよね……。さて、どうしたものか……。ここは横峯部長に連絡を入れて――――」
安居が無線機で連絡を取ろうとした所、店主はゆっくりと立ち上がり、一つのアクセサリーを掴んで安居の目の前に差し出した。
突然の行動に安居は驚きつつも受け取る訳にはいかないと拒否を示していたが、店主は強引にそれを渡そうとしてくる。
「いや、困りますって。僕は警察官で、そもそもこんなアクセサリーに興味は――――」
キッパリと断ろうとしていた安居だが、アクセサリーに触れた瞬間に目を見開き言葉を失う。
彼はそのまま魅入られたようにしてアクセサリーを手にし、三人組も同様に手を伸ばす。
祭りの会場で不運だと嘆いていた者達は更なる不幸に。
決して手を出してはいけない力を掴んでしまった。




