6.それぞれの願い
露草町の商店街で催されている七夕祭りの見所は店先に並ぶ七夕飾りや、アーチ型の屋根から吊るされた色鮮やかな飾りであるが、もう一つ、祭りを訪れたなら外せないものがある。
それは祭りの終わりを締めくくるものであって、アーケード街を抜けた先の土手で打ち上げられる花火であった。
打ち上げられる数は千発と、規模としては小さいものだが市販の打ち上げ花火とは比べるまでもない迫力で、祭りを訪れた客の中には既に場所を確保して今かと待ちわびる者も居た。
花火が打ち上がる時間が迫っているから、厄介な客が退店したからか。
繁盛していた沢乃屋は一旦落着きを見せて、急きょ手伝いとして入っていた海人達は手が空いて。
桃子の両親から礼を言われ、海人達は再び祭りへと繰り出す事となった。
「花火の時間には少し早いわね。海人、このまま行って少しでも良い場所を押さえておく? それとも――――……って、聞いているの? 海人」
「え!? あ、ああ、悪い……」
海人は上の空であったようで、真帆の問いを聞き流してしまい彼女に呆れられてしまった。
彼がそのような状態であるのは、沢乃屋で酔っぱらっていたアウグストの言葉が引っ掛かっているからである。
「坊主。あのエンドーとかいう男に注意しておけ」
「え……? あの人に何が……」
「まだ確証は得られんが、どうにも臭いやがる」
「そう……、ですか……」
自らの出自はおろか、名前すらも憶えていなかった遠藤という男。
彼の首には首輪という拘束具が填められていることから、何かしらの事件に巻き込まれているのではと想像できるところであって、怪しいと言えば怪しい。
けれども彼は沢乃屋で真面目に……ではないがそれなりに働いており、女性客の人気を集めているなど、一応役には立っている。
桃子に対する愛情の深さは厄介な所であるが、アウグストが忠告するような理由は思い当たらなかった。
「らしくなく難しい顔をしているけど、何かあったの?」
「それは……――――」
注意を促したという事は敵として捉えるべきなのだろう。
となれば共に戦う仲間には情報を共有しておいた方が良い筈だ。
けれどもアウグストは海人だけに忠告を、この件については他言無用だとも言った。
それは何故かと海人が問うと、アウグストは確証が得られない以上、下手に動くべきでは無いと慎重な意見を述べたのであった。
「特にあのおっぱいのデカい嬢ちゃんには知られない方が良い。同じ屋根の下で暮らすのにそんな事を聞かされたらやりにくいだろうからな」
押しに弱い海人は真帆に問われてつい答えてしまいそうになるが、アウグストの言葉を思い起こしてどうにか踏み止まる。
と言っても誤魔化すのや嘘が苦手な海人は案の定挙動不審な態度を取ってしまい、真帆に眉をひそめられてしまう。
彼女の追及の眼差しから逃れるにはどうすれば良いのかと海人は必死に考えていたが、それは明るい声と腕を引かれた事で有耶無耶になった。
「ねぇねぇ海人君! 花火も良いけど、アレがまだだったよね?」
「も、桃子。アレって……。ああ、そうか……!」
海人の腕に自身の腕を絡ませた桃子が指差した先。
そこは商店街の中央広場で、店先に飾られている物より大きな笹飾りが沢山飾られていた。
どうやらここでは祭りの見物客に短冊を配っているようで、願い事を書いて笹へと吊るす姿が見受けられる。
「せっかくだから、私達も願い事を書きましょう!」
「そうだな、今日は七夕祭りだしな……っと、も、桃子、そんなに急いだら――――」
「あ、海人! まだ話が――――」
桃子の勢いは止められる筈もなく、海人は彼女に引かれるまま笹飾りの元へ。
遠ざかる背中に真帆は溜息を吐いていたが、苦笑いを浮かべる猿渡達やアレイシヤと共に海人達の後を追う。
一足先に辿り着いた桃子は簡易テーブルで短冊を配っていた者へと声を掛けたが、振り返ったその者の姿を見て驚き声を上げた。
「すみませーん! 私達にも短冊を、出来れば私のはピンク色で――――って……!? ええっ!?」
「な……っ!? お前達は――――」
笹飾りの傍で短冊を子ども達に配っていたのは、藍ヶ浜高校の生徒会副会長である剣崎悠馬であった。
彼は副会長という役職故に会長である玲緒奈を常日頃支えているようであるが、それは度を越えているようで、会長に近づく者は全て排除する勢いであった。
玲緒奈以外の者に対しては常に冷たい眼差しで、目に余る者には容赦なく指摘する彼なのだが、特に海人に対しては当たりが強く、今日も今日とて例外ではなかった。
海人の姿を視界に捉えるなり剣崎の表情は険しいものへと変貌し、海人はその威圧感を受けて後退ってしまった。
「フン……。揃いも揃って祭り見物とは、いい気なものだ――――」
剣崎はいつも通りに海人に対して辛辣な態度を取ろうとするが、彼は言葉を途切れさせて固まる。
それは彼が履いている制服のスラックスを握って引く者が居たからで、その者は願い事を書き終えた短冊を手にした幼い女の子であった。
「係りのお兄ちゃん、短冊書けたよ!」
「あ、ああ。後は好きな所に飾ると良い」
「……うー……、届かないよ」
「そんな筈はない。他の子はあのように、自分で吊るしているだろう」
「もっと高い所が良い!」
「……それなら私が――――」
「ヤダ! 自分でつける!」
「…………い、一体どうしろと……」
少女の我儘に振り回され、愕然とする剣崎。
そんなやり取りを見ていた海人は犬飼に目配せをしてから協力をして貰い、剣崎へ助け舟を出した。
「わぁ! 高い、たか~い!」
「上手く吊るせそうか?」
「うん……っ! ありがとう、大きなお兄ちゃん!」
大柄な犬飼が抱える事で少女の短冊は彼女の希望通りに高い所へ。
満足げな表情をした少女は海人達にお礼を言った後、少し離れた場所に居た少女の姉と思しき者の所へ走って行った。
「――――……何だ、ジロジロと人の顔を見て」
「あ、いや、別に……」
「何か言いたそうな顔をしているように見えるぞ」
「そ、そんな事は――――」
今ではすっかりと元通りであるが、少女と接していた時の剣崎は刺々しい態度ではなく、いつもより物腰が柔らかく眼差しも鋭くは無かった。
その姿を思い起こした海人は今の剣崎と比べてしまったようだが、考えが顔に出やすいせいで相手に読まれてしまったようだ。
剣崎に睨みつけられた海人はその迫力にたじろいでおり、弁明もままならないようであるが、ある者の登場により場は一瞬で収められた。
「何かあったの? 剣崎君」
「会長……!」
海人達の前に現れたのは先刻にルイーザ達の件で世話になった玲緒奈であった。
剣崎の態度を変えさせる者と言えば彼女であって、やはり今回も彼は彼女の前では強く出られないようで押し黙ってしまった。
海人は剣崎に睨みつけられながらも玲緒奈に先程の礼をした。
「あの、先程はどうも……」
「もうお店の方は大丈夫なのかしら?」
「はい、お蔭様で」
「そう、それは良かったわね」
挨拶のような他愛もない会話でも剣崎は気に食わないようで、彼は眉間に皺を寄せている。
彼は玲緒奈の手前、文句を付けられないようであったが、もう一人、この状況が気に入らない者もいて、その者、桃子はハッキリと声を上げて間に入ってきた。
「姫条先輩。私達、短冊を貰いたいのですが」
「貴方達も短冊に願い事を書きに来たのね」
「何か問題でもありますか?」
「そんな事はないわ。はい、これをどうぞ」
「どうも、ありがとうございました」
相手が先輩とあって桃子は一応丁寧な言葉遣いをしているが、言葉の端々に刺々しさを感じさせ、海人達は肝を冷やす。
玲緒奈や剣崎の前でも物怖じしない桃子は用件を簡潔に告げ、目当てであった短冊を受け取ると海人の手を引いた。
「行こう、海人君!」
「あ、ああ。先輩方、失礼します」
「え、ええ……」
桃子の勢いと態度に少しばかり驚いた様子の玲緒奈と、桃子の不躾な態度に立腹した様子の剣崎をその場に残して。
海人は桃子に引きずられるようにして、少し離れた場所に設置されているテーブルへと向かった。
多くの笹飾りが飾られた広場の一画にはテーブルが並べられており、そこには短冊に願い事を書くためのペンが置かれている。
海人達はそれぞれペンを手にするが、直ぐに書き込める者とそうでない者とが居た。
真っ先に、何の迷いもなく願い事を書いたのは桃子であったが、彼女の願いは真帆を盛大に呆れさせた。
「も、桃子……。貴女ねぇ……」
「何よ~。文句あるの?」
桃子の短冊に書かれているのは願い事と言うよりも人生計画のようなものである。
高校卒業から大学入学、社会人になってから数年後に結婚、そして子どもの数だけでなく老後までと事細かにびっしりと書き込まれていた。
具体的な方が叶えやすいだろうという桃子の気遣いの結果らしいが、真帆は溜息を溢して頭を抱えた。
「そう言う真帆ちゃんは何を書いたのよ~……って、何これ……」
「別におかしなところは無いでしょう?」
「『学業成就』だなんてつまらないじゃない! ああ、本当の願い事は恥ずかしくてかけないとか~?」
「何を言って……。そもそも短冊は芸事の上達を願うものだし、色によって願い事が違うという話もあるのよ」
「えぇ!? 何それ聞いた事ない!」
真帆をからかったつもりが、言い返されてしまいたじろぐ桃子。
彼女は真帆から短冊の色についての説明を聞き出し、慌ててもう一枚短冊を取りに戻った。
「――――ま、正しい短冊の書き方なんて、今ではキチンとしている人の方が少ないでしょうけどね」
「占部……。お前中々酷い奴だな……」
「嘘は吐いていないわよ? ところで猿渡君達は何を――――……なんて、聞くまでもないわよね」
猿渡達の願いは己の欲望に正直なもので、よくあるような内容に見えたが、よくよく見れば問題が。
可愛い彼女が欲しい、モテたいという猿渡と犬飼はともかく、ストライクゾーンが特殊な雉岡の願いは通報されかねない内容だった為、真帆が書き直しをさせた。
「ただ願いを書くだけなのに問題があるのですか!?」
「大ありよ! そんな願い事、吊るさせる訳にはいかないわ!」
「ク……ッ! 私の純粋な願いが阻まれてしまうとは……っ」
「私は貴方が将来犯人として報道されないか心配だわ」
「何を!? 私は愛でこそすれど、手は出しませんよ! 絶対に!」
真帆が雉岡と言い争っている間、アレイシヤは短冊とペンを手に頭を悩ませていた。
沢山願い事があって一つに絞れないのか、真面目に考え過ぎているのか。
真剣な表情のアレイシヤはペンを持って書きかけては止めるのを繰り返している。
暫しの間悩んでいた彼女は既に書き終えていた海人に問い掛けてみた。
「あの、カイトさんはどのようなお願いをされたのですか?」
「ああ、俺はこれだよ」
「『世界平和』……ですか。素晴らしい願いですね……!」
世界平和という願いが書かれた短冊はこの広場でも幾つか見かけられ、ここに至るまでも何度か見かけた。
それは本当にそう願っているからか、それとも本当の願いは恥ずかしくて書けなかったからか、特に願いが無い程に日々が充実しているからか。
理由は書いた者にしか分からないが、そう書く者は多いようだ。
無論、海人の場合は本気でそう願っており、彼の場合は願うだけでなく自分がそうしたいという思いも込められており、その想いを読み取ったアレイシヤは感嘆の溜息を漏らした。
「では、私もカイトさんと同じのに――――」
「他の願い事じゃなくて良いのか?」
「は、はい……。特に思いつかなかったので……」
「そうなのか……。俺はてっきり、一人前の鍛冶師になるっていうのがアーシャの夢かと思ったんだけどな」
「……!」
海人の言葉にアレイシヤはハッとして目を見開く。
どうやら彼女の願いを海人は言い当ててしまったようだが、彼女はその願いを書く訳にはいかないようだ。
「私の願いは……、私が成し得る目標なので。何かに願うというのは違うのかと思いまして……」
「他の人も将来なりたものとかを書いたりしているから問題ないぞ」
「で、でも……、鍛冶師というのは他の方のと比べて浮いている気が……」
「別におかしくないだろう。宇宙飛行士とかはともかく、ほら、鉄面ナイトになりたいとか、こういうのもあるんだし」
吊るされた短冊の中には将来の夢の他に宝くじが当たって欲しいという金銭的なものも。
恋愛成就もあればテレビの中のヒーローやヒロインになりたいという現実離れした願いもある。
様々な願いの中では鍛冶師という職業は浮いたりしないだろうと海人は言い、アレイシヤと話していて何かを思いついた彼は書き終えた短冊に一言書き足した。
「それなら。俺はこれで」
「カイトさん……、これは……」
「どちらにせよ、これは願いだけでなくて目標みたいなものだけどな」
海人が自分の願いに書き足した言葉。
それは『全ての』という言葉で、この世界とシュトラルヴェルトと、精霊界の事を指している。
迷いもせずに願いを吊るす海人に触発されたのか。
アレイシヤはペンを手に取り、自身の願いを偽りなく短冊に書き込んだ。




