5.戯け者達の酒宴
何度も誘って何度も断られて。ついに念願かなって漕ぎ着けたお祭りでのデート。
選びに選び抜いた浴衣を着て、気合を入れて髪形を整えて、浴衣に合うような控えめだけれど華やかなメイクをして。
相手は鈍感であって、一筋縄ではいかないが浴衣姿は好感触のようで。
途中邪魔が入りもしたが、意外な一面が見られるなど悪くは無い展開に。
邪魔者が去った後は再び二人きりになって、残りの時間はめいっぱいデートを楽しもうとしていた矢先、それは桃子の前に現れた。
「も、桃子嬢、今宵はブカツドウという組織の集まりではなかったのか!? 他の者は一体何処に……っ」
「…………ハァ」
幸福感に浸っていた表情を一瞬にして険しいものへと変えさせて、周囲に聞こえるような盛大な溜息を桃子に吐かせたのは、彼女の実家である沢乃屋に住み込みで働く男、遠藤であった。
彼は桃子に助けられた恩義を感じているのか、はたまた他の男共と同様に虜になってしまったのか。
兎にも角にも桃子に好意を抱いているのは間違いないようで、桃子に近づく男は全て敵と認識しているようだ。
「小僧……っ! 我の寵愛を受けし娘に手を出そうなどとは……っ、許しはせんぞ……っ!!」
「え……、いや、俺は別に――――」
「海人君、こんな奴は真面目に相手にしなくて良いから」
相手にしていると無駄な労力になると言った桃子は早くも疲れを見せているようで、ガクッと肩を落とす。
現れる度に言い寄る姿が見かけられ、そして容赦なく無下に扱われていた遠藤。
それでも彼は桃子への想いを諦めきれないようで、如何に辛辣な言葉をぶつけられようと一歩も退かなかった。
「フン……。小僧、もう十分に至上の時を楽しんだだろう。今回は桃子嬢の慈悲に免じて許してやる。さあ、我の怒りが収まりきらぬ前にここから立ち去るがいい」
「……は、はぁ」
「何を勝手な事を言っているのよ!! ……って、どうせ文句を言っても伝わらないのだから。もういいわ! 行きましょう、海人君」
「ま、待たれよ! 桃子嬢、目を覚ますのだ! そのような小僧にかまける時間は――――」
無視を決め込んだ桃子は海人の手を引き立ち去ろうとするが、遠藤は鬼気迫る表情で行く手を遮る。
進む方向を変えようとも、立ち塞がり絶対に行かせまいとする遠藤。
それならばと、桃子は提げていた巾着から携帯電話を取り出して別の手段を取ろうとするが、遠藤は全く動じなかった。
「どうしたの? お父さんに言いつけられても構わないの?」
「フハハ! 今宵は祭りとあって店は繁盛している。娘の電話になど出る余裕も無かろう」
「な……っ! そんな店をほったらかしといてアンタは何をやっているのよ!!」
「我はこの通り、足りない食材の買い出しという任務の遂行中だ」
「…………どうしてこんな奴に買い出しを任せたんだか」
また深い溜息を吐いた桃子は告げ口でお邪魔虫を撃退する事を諦めたようで、携帯を仕舞い込んだ。
話も通じず、脅しも効かない。となれば強硬策に。
突き飛ばしてでもこの場から逃げ出すかと思われたが、桃子は俯いて口元に手を当てて考え込む仕草を見せて、それから海人へと視線を送った。
「海人君、その……」
「もしかして、店が気になるのか?」
「う、うん……。大丈夫だからって言われて出てきたんだけど、大丈夫じゃなかったみたい」
祭りを楽しみにしている娘の手前で、両親は言い出し辛かったのだろう。
桃子に代わり遠藤という人員も確保できており問題ないかとも思われたが、客足は例年以上であったようで、人手は足りていないようである。
念願叶ったお祭りデートを楽しみたいという気持ちはあれど、店の事は気に掛かるようで、桃子は苦渋の決断を下した。
「海人君、今日はありがとう。この後は皆と合流して楽しんできて」
「桃子……。店に戻って手伝うのか?」
「うん……。せっかく付き合ってくれたのに、ごめんね」
「俺は構わないけど……。それなら――――」
店に戻ると言った桃子に対し、海人は迷うことなく手伝いを申し出た。
海人の言葉に桃子は喜ぶがそれは一瞬の事で、彼女は首を横に振る。
これは家庭の事情であって、巻き込むわけにはいかないと桃子は海人の厚意を断ろうとするも、彼は譲らなかった。
「困っている人を放ってはおけないし、何より俺は桃子の力になりたいんだ」
「海人君……」
「その、俺なんかに手伝えることがあれば良いんだけど……。役に立ちそうもないって言われればそれまでだよな」
「そんな事はないよ。……ありがとう、海人君」
沈み切っていた桃子の表情はいつも通りに戻り、そして花が咲いたような笑顔に。
お祭りデートは終わってしまったが、海人と離ればなれにはならない事で桃子の気持ちは持ち直ったようだ。
そうと決まればと二人は沢乃屋へと向かおうとするが、そこでまた行く手を阻む者が。
それはつい先程もデートの邪魔をしてきた遠藤であった。
「待たれよ!」
「な、何よ!? デートは終わりだし、店に戻るから文句は無いでしょう!?」
「いや、大いに問題がある。桃子嬢が戻るのは良しとして、そこの小僧は必要ない。即刻我の視界から消え失せるがいい!」
「……」
呆ける海人にビシッと指を指して叫ぶ遠藤。
それに対して桃子は無言のまま巾着袋を振るい、遠藤の横っ面を叩いた。
結構な音に海人は遠藤の身を気遣うが、桃子は心配ないと言って買い出しの荷物を奪う。
そして彼女はそのまま遠藤には目もくれず、海人の手を引き沢乃屋へと向かった。
海人と桃子のデートは予定時間より早くに切り上げ、二人は繁盛して人手が足りないという沢乃屋へと向かう。
その道中真帆達に連絡を入れた所、彼女達も店を手伝いたいという申し出があり、ヒーロー研究部の面々は沢乃屋に集まる事に。
桃子の両親は手伝いなど不要だと言い、引き続き祭りを楽しむようにと気遣ってくれたが厨房の慌ただしさや流しに積まれた食器は隠せないようで、桃子がどうにか押し切り手伝いをさせて貰える事となった。
「海人君、ごめんね。こんな仕事を押し付けちゃって……」
「いや、寧ろ俺にもできる事があって良かったよ」
「海人。ここのお皿は高い物があるだろうから、割らないように気を付けなさいよ」
「あ、ああ……。だ、大丈夫だ!」
「もう! 真帆ちゃんったら、変なプレッシャー掛けないでよ」
海人と猿渡達三人組は厨房で皿洗いをする事となり、真帆とアレイシヤはテーブルの片付けと配膳に。桃子は接客と真帆達のフォローをする事となった。
それぞれが持ち場に移動し、海人達は山盛りの汚れた食器を前にして驚きつつも手を伸ばす。
「しっかしこれは……」
「凄い量だな……」
「夏ですからね……。その上祭りとあっては酒が進むのでしょう」
「なるほど……」
皿や小鉢の数も相当だが、圧倒的に多いのはビールジョッキで、雉岡の言葉に海人達は成程と頷いていた。
黙々と、慎重に、そして丁寧に皿洗いを続ける海人達。
洗っても次々と洗い物は増えて、無限に続くのではと錯覚し始めた頃。
海人達はその原因が誰に因るものかを知る事となった。
「ねぇ海人、ちょっといいかしら」
「ん? 何かあったのか」
深刻そうな、と言うよりもげんなりとした様子の真帆は、空いたグラスを手にして海人に近づき頼み事をした。
その内容とは少しばかりここから離れて表に、店内に出て欲しいというもので、何故そのような事を頼まれるのかと海人は首を傾げた。
「来れば分かるから。と言うか、海人にしかどうにか出来ないと思うの」
「それは……」
まさか酔っぱらった客が暴れているのかと、それならば腕自慢の者が出なくてはと考えるが、桃子の実家で正当防衛でも暴力沙汰は起こせない。
一体何があるのかと見当もつかぬまま海人が向かった奥の座敷には予想だにしない者達の姿が。
その者達は酒に酔い、陽気な声を上げてどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
「おう、坊主。どうしたんだ? 今日はおっぱいのデカい嬢ちゃんと『でぇと』じゃないのか?」
「あらやだ! 坊や、小娘なんか相手にするより私とどうかしら?」
「いやいやそれよりもさ、マホちゃん。君もこっちにおいでよ」
赤ら顔でゲラゲラと笑い、海人をからかってきたのはアウグストで、同じく頬を赤くして海人を誘惑してきたのはルイーザで。
海人には反応せず真帆を手招きしているのはローランドである。
彼らが囲む机には空のグラスや食べかけのつまみが多く並び、ルイーザは両脇に若い色男を従え、ローランドは浴衣美女を侍らせていた。
一目見ただけで酒に酔っていると分かる光景を前にして、海人は言葉を失うが黙したままではいられない。
店が忙しい原因はどうやら彼らの注文が多すぎるようであって、このままにしてはおけなかった。
「あの、アウグストさん。これは一体……」
「おう! 祭りと聞いて飲まずにはいられないだろう」
「いや、そうだとしても、この量は……。それにお二人は……」
「なぁに? 私達が何か問題でも?」
「ああ、金ならちゃんとあるぞ。という事でお嬢さん方、どんどん好きな物頼んじゃっていいよー!」
ローランドの取り巻き達は黄色い声を上げ、次々と注文をする。
酔っぱらったアウグストだけでも厄介だというのに、ルイーザとローランドと二人の取り巻きに海人は圧倒されてしまう。
海人ならばどうにかできるのではと真帆は頼ったようだが、この惨状では海人でもどうしようもなかった。
「……悪い。アウグストさんだけならなんとかできたかもしれないけど……」
「まぁ、こうなる事も予測していた訳だけど……。このまま放っておくわけにはいかないわよね」
「ああ。こんな事で頼りたくはないけど、ガイラルドさんに来て貰うしか……」
一旦身を引いた二人は厨房に移動してどうすべきか頭を悩ませていた所、店内から妙な叫び声が聞こえてきた。
何かあったのではと再び店内に戻った海人と真帆が目にしたのは、意外な人物の来店であった。
「あら、貴方は――――」
「き、姫条先輩……!?」
店を訪れ、奥の座敷の入り口に立っていたのは海人達が通う藍ヶ浜高校の生徒会長、姫条玲緒奈である。
この時間帯の沢乃屋は酒を飲む客が大半で、学生である玲緒奈が客として訪れたとは考えにくい。
そもそも彼女は学生服姿であって、彼女が向かった先は奥の座敷であって、その室内に居た者達、ルイーザとローランドが顔を青ざめさせていることから理由を話さずとも理解できた。
「もしかして、二人を……」
「ええ、そうよ。藍ヶ浜高校の教諭がお店に迷惑を掛けているという話を小耳に挟んでね」
玲緒奈は生徒会のボランティア活動で祭りの運営に関わっているらしく、そこで祭りに訪れていた生徒達からルイーザとローランドの話を聞いたそうだ。
偶然手が空いていた彼女が二人の様子を確かめに来た訳だが、二人は目線を逸らして言い訳を並べ立てていた。
「いや、私達は別に迷惑なんて――――」
「そうそう、俺達はただの客として――――」
「そうですか。他の先生方は見回りをしているそうですが?」
「そ、それは……」
「ええっと……」
目上の者に対しても容赦のない追及にルイーザとローランドは押し黙り、反省の意味を込めてか、無言で佇まいを直した。
多くの生徒に慕われ、教師達からも信頼され、海人に対して不遜な態度を取る剣崎を従える玲緒奈だからか。
彼女はあっという間にルイーザとローランドを窘めて、侍らせていた者達を解散させて、二人を退店させた。
その最中、アウグストが大目に見るよう口を挟みもしたが、それも冷静に説明をして黙らせてしまった。
「あの……、会長、ありがとうございました」
ルイーザとローランドが会計を済ませて店を出て、玲緒奈も店主に詫びを入れた後に店を出てから軒先で。
海人は玲緒奈に頭を下げて礼を述べるが、彼女は首を横に振った。
「寧ろ私の方が謝らなくてはならないわ」
「そんな、いくら生徒会長だからって、先生達の事まで責任に感じる事なんかないのでは……」
「そ、それもそうね……。今のは聞かなかった事にしてくれるかしら」
「わ、分かりました……」
海人に指摘されてハッとした玲緒奈は、少しばかり慌てた様子で前言を撤回する。
それ程までに生徒会の仕事に追われているのかと海人は身を案じるが、玲緒奈はすぐにいつも通りの凛々しい姿に戻った。
「貴方達もお祭りを見て回るようなら、藍ヶ浜高校の学生として節度ある行動を心掛けて下さいね」
「は、はい……!」
「……それじゃ、失礼するわ」
軽く頭を下げた玲緒奈は踵を返し、雑踏の中に紛れる。
他の生徒達のように祭りを楽しむ事も無ければ、浴衣で着飾る事も無い玲緒奈。
自分の仕事だけでなく教諭の不始末まで気に掛ける彼女を海人は尊敬するが、疑問を抱きもした。
「誰かと遊んだり、気を休めたりする時間はあるのかな……」
玲緒奈は三年生であって生徒会だけでなく大学受験も控えている。
成績優秀と言っても勉強無しで受験する筈もなく、勉学にも力を入れていることは想像に難くない。
生徒会長としてひとり身を粉にして働く姿を海人は案じていたが、その考えは肩にのしかかる衝撃と共に霧散した。
「よう坊主。シケた面をしてどうした?」
「ア、アウグストさん……」
一緒に酒を煽っていたルイーザ達が居なくなったからか。
アウグストも酒を飲むのを止めて店から出てきたようで、彼は海人の肩にがっしりと逞しい腕を回した。
相当な酒を飲んだであろう彼の息は酒臭く、海人は悪いと思いつつも顔をしかめてしまう。
けれどもアウグストは酔っぱらっていて海人の表情の変化に気が付いていないようで、全く意に介していないようだ。
それよりも彼には気に掛かる事があるようで、赤ら顔で真面目な表情を作り、意味深な言葉を発した。




