4.あぶれた者共の挽歌
日中に照り付けていた太陽は沈み切り、吹き付ける風が涼しさを感じさせ始めた頃。
露草町の商店街を中心とした七夕祭りは多くの人出で賑わいを見せていた。
祭りの会場には家族連れに友人同士、祖父と孫に恋人同士など様々な年齢の客が見受けられるが、土曜日の夕刻ともあって部活動帰りの学生達も祭りを楽しんでいるようである。
屋台が並ぶエリアの一画には縁台が並べられ、屋台で購入した物を食べる者達や、歩き疲れて休む者達が腰を下ろしており、その中には真帆とアレイシヤの姿があった。
「ん~~! 冷たくって、甘くて……。美味しいですね、マホさん……!」
「え、ええ。そうね……」
メロン味のシロップと練乳のかき氷を手にしているのはアレイシヤで、彼女は口に運ぶたびに笑顔を咲かせている。
一方アレイシヤの隣に座る真帆はというと、アレイシヤと同じようにレモン味のかき氷を手にしているが、食べるペースは雲泥の差であった。
一心不乱にとまではいかないが、かき氷を堪能していたアレイシヤはふと真帆の様子が気に掛かり、手を止めて問いかけた。
「マホさん……。もしかして、かき氷はお嫌いでしたか?」
「え? そんな事はないわよ。どうしたの、急に?」
「あ、いえ……。食が進んでいないようですので……」
「ああ、これはそう、急いで食べると頭痛がするでしょう」
「そ、そうなんです! これさえなければもっと早く、沢山食べられるのですが……っ」
真帆の言葉に同意したアレイシヤは、しまったという顔をして前言を撤回する。
どうやら食いしん坊だと思われたくはないらしく、彼女は言い訳を並べて誤魔化そうとするが、普段からよく食べる姿を見せているので今更取り繕っても全く意味は無い。
真帆が自分のかき氷を一口どうかと勧めてみるとパッと笑顔を見せて喜んでしまい、結局その旺盛な食欲は隠しようもなかったのだ。
「この酸味と甘み……。レモン味も美味しいですね!」
「ふふ、そうね」
「あ! 貰ってばかりは悪いので、私のも……、って、ああ! もう溶けてしまって……っ」
残りが少なかったせいか、アレイシヤが手にしていたかき氷はほぼ液体と化していた。
しょんぼりと悲しそうにしているアレイシヤに対し、笑ってはいけないと思いつつも堪え切れなかった真帆はつい口元に緩ませてしまう。
その事を申し訳ないと思ったのか、真帆は詫びながらまだ残っている自分のかき氷をアレイシヤに差し出した。
「そ、そんな、そこまでしていただく訳には……っ!」
「いいのよ、遠慮しなくても」
「で、ですが……っ」
「あ、でも、冷たいものを食べ過ぎるとお腹に良くないかも知れないわよね」
「そ、そうです! ですので、私の事はお気になさらず、どうぞ召し上がって下さい」
少しばかり惜しそうな顔をしているアレイシヤの前で食べるのは気が引けるのか。
真帆は躊躇いつつもこのままだと自分のも溶けてしまうと思い、手にしたかき氷を再び食べ始めようとする。
どうにも落ち着かない空気は長く続かず、程なくして真帆達の元に現れた者達によって変えられた。
「おう、待たせたな」
「アーシャさん。どれでも好きな物をお召し上がりください……! 一つとは言わず、全部でも構いませんよ」
「いや、流石に全部は無理だろう……」
真帆達の元へと屋台の品々を抱えて歩いてきたのは猿渡達三人組であった。
祭りの会場は多くの人出で、屋台の前などは行列ができる程に人が溢れている。
普段馬鹿げた言動をしている猿渡達にも女子を気遣う事は出来るらしく、彼らは真帆とアレイシヤを残し、行列に並んで屋台の品々を買い込んできたようだ。
「はふはふ……っ! 外がカリッとしていて、中はトロトロで……。タコ焼きという物は不思議な食感ですが、とても美味しいですね……!」
「ええ、そうですね……! では次はこれなどどうですか?」
「おいおい、そんなに次々とは……」
「は、はい! 頂きます……!」
「…………凄いな」
雉岡は献上品を納めるが如くアレイシヤに次々と屋台の品を渡していく。
最初は申し訳ないと言っていたアレイシヤも雉岡の是非にという言葉に押し切られてしまい、彼女は次々とそれらを平らげている。
その食欲はヒーロー研究部内で一番の大食の犬飼を驚かせていた。
「占部もほら、どうだ?」
「あ、ありがとう……」
三人のやり取りを笑いながら見ていた真帆は、猿渡から渡されたたこ焼きを受け取る。
彼女はお代を出そうとするが、猿渡は奢りだと言って受け取りを拒否して自分の分のタコ焼きを頬張り始めた。
「ん? どうした? 結構いけるぞ」
「あ……、その、良いのかなって思ってね」
「いやいや、これくらいなんてことは無いぞ。この間のテストの時は世話になったしな」
「ああえっと、その事じゃなくて、ね。雉岡君と犬飼君はともかく、猿渡君はここに居ていいのかなって……」
真帆の問いは極々自然に浮かんだものである。
二カ月ほど前にも桃子の我儘で海人は遊園地デートをしており、その際に猿渡は物陰に隠れつつ尾行をしていた。
今回も彼なら人混みに紛れて海人と桃子を尾行するのだろうと思われたが、彼は後をつけることなくこうして何時もの三人組でつるんでおり、普通に祭りを楽しんでいた。
以前とどうしてこうも違うのかという疑問に対し、猿渡はらしくもなくキザったらしい笑みを浮かべて言った。
「俺様は一人の女に縛られたりはしないんだぜ」
「は? 何言っているのよ。別行動する前は恨みがましく海人の事を睨み付けていたくせに」
「……ぐっ。それはソレ、これはコレだ。……とにかく、男としては女々しい真似をいつまでもしていられないという事だ」
「ふーん……」
格好良く決めているつもりなのだが、猿渡は目の前を浴衣美女が横切る度に目で追っており、発言と行動が伴っていない。
大方桃子から嫌われるのを恐れて尾行を諦め、それならば祭りを楽しもうと、訪れている浴衣美女を眺めていようとしているようだ。
「おお、あのうなじ……。あれは良いな……!」
「ちょっと、本音が漏れているわよ」
「何だよ。見ている位なら良いじゃねぇか。ナンパとかよりも全然マシだろう?」
「いや、どっちも迷惑だから」
ささやかな楽しみを咎められ、猿渡は不服だったのか。
彼は悪戯っぽく笑いながら先程自分に投げかけられた問と同じような疑問を真帆にぶつけた。
「そう言う占部はこれで良いのかよ」
「……何が?」
「桃子嬢の好きなようにさせて良いのか? せっかく浴衣を着てきたってのによ」
猿渡の言葉は真帆に突き刺さったようで、彼女は楊枝に刺したタコ焼きをポトリと落としてしまった。
幸いなことに落とした先はトレーの上であって、浴衣は汚れずに済んだ。
けれども真帆が動揺したのは明らかである。
その姿を見た猿渡はやはりといった風に頷いて同情の言葉を掛けようとするも、それは余計なお世話であったようだ。
真帆は楊枝をタコ焼きに勢いよくブッ刺し、一口で平らげてから言い切った。
「別に、浴衣は誰かの為ではないし。私が着たかったから着ただけよ」
「お、おう……」
「それに、桃子が喚くのを放ってはおけないでしょう? これで大人しくなるなら安いものよ」
「そう……、だな」
不満を食欲に変えるようにして、次々とタコ焼きを口にする真帆。
トレーはあっという間に空になるが、空腹は満たせても彼女の気は晴れないようであって、纏う空気は張り詰めたままである。
祭りの会場は相も変わらず賑やかであって華々しくあるが、真帆の周りだけは空気が違い、今更ながら猿渡はマズい事をしてしまったと後悔する。
慌てて彼はフォローしようとするが、それは彼らに近づく者によって遮られてしまった。
「あー……、君達。――――って、君達は……っ」
誰もが避けて通る空気を漂わせていたが、ヘラヘラとした笑みを浮かべる男は全く意に介せず声を掛けてきた。
彼は半袖シャツにスラックスといった格好で、仕事帰りのサラリーマンのような姿だが、職業は交番勤めの警察官である。
「安居巡査? どうしてここに……」
相手が警察官だから、大人であるからか。
先程まで不機嫌なオーラを撒き散らしていた真帆はそれらを仕舞い、何故ここに居るのかと安居に問い掛けた。
警察官の制服を着ていない事から、非番で彼も祭りを楽しみに来たのだろうと思われたが、どうやらそうでもないらしい。
彼は肩を落として深い溜息を吐いて事情を明かした。
「会場の警備の応援ですか……。それはお疲れ様です」
「そうなんだよ~……。近頃変な事件ばかり起きているだろう? 噂に過ぎないけど、刀を振り回すリーマンとか、弓使いの主婦とか……」
安居の言う事件とは、装具に操られた者達の目撃情報である。
運の良い事に毎回警察が駆け付ける前に襲撃者を倒せてはいるが、目撃者をどうにかすることは叶わず、噂は飛び交って止まないようである。
「それで例年よりも人員を増やして、私服警官も配備して……。だからこうして僕は私服で会場を見て回っているんだよ」
「そ、そうですか……」
真帆達は安居の労をねぎらうが、彼のモチベーションは下がったままである。
それどころか彼は浴衣を着て祭りを楽しむ学生達と自分とを比べてしまい、ますます気を滅入らせて恨み言を呟き始めた。
「ハァ……。良いよね~……、学生達は。こうして集まって、ワイワイと楽しそうにしてさ……」
「そ、そんな事は……」
「僕だって数年前は……。いや、数年前もお祭りを楽しむなんてことは無かったか……。アハハ……」
「え、ええっと……」
「あれ、そう言えばヒーローごっこをしている子……、海人君は何処に――――」
今度は安居が真帆の癇に障る発言をしたらしく、彼女は貼り付けたような笑顔を浮かべて海人達の所在を明かした。
すると先程までの腐りきった態度は何処かに行ってしまったように。
安居はカッと目を見開き、嘘だろうと言って問い質してきた。
「海人君があの桃子ちゃんとデートに……!?」
「そうですよ。今頃どこかで二人仲良くやっているんじゃないでしょうか」
「可愛い幼馴染と従妹をほったらかしておいて他の子とデートとは……っ。ぐぬぬ……っ、スケコマシ罪で逮捕できないものなのか……っ!」
真帆以上に怒りを露わにして吠える安居。
彼は周りの目線を気にすることなく恨みつらみを言葉にしている。
自分のモヤモヤを晴らせればと思い、同感が得られるであろう者に話した真帆だったが、流石にここまで取り乱すとは考えていなかったらしい。
周囲の視線が集まる中、真帆はどうにか安居を落ち着かせようとするが、彼女が動き出すまでも無かった。
「安居君。君はここで何をしているんだい」
「……よ、横峯部長!?」
肩をポンと叩くだけで安居の暴走を止めたのは、彼の上司である横峯巡査部長であった。
どうやら彼も安居と同じく警備の応援に就いているらしく、私服で会場を巡回していたようだ。
彼は揉め事のような声を聞きつけてここへと来たようだが、両者の顔を見て肩の力を抜いた。
上司の登場に安居は震え上がり、あわあわとしていて説明が出来ないでいる。
けれども横峯は説明がなくとも大方の状況を察したらしく、真帆達に詫びを入れた。
「若いのが邪魔をしてすまなかったね」
「あ、いえ……。そんな事は……」
「そうですよ、部長! 自分は大人として、青少年の正しい在り方について――」
「この子達が何か道を踏み外すような事をしたのかい?」
「い、いや、そう言う訳では……」
「やれやれ……。ともかく君は一旦詰所に戻っていなさい」
「…………分かりました」
ここで説教をする訳にもいかず、横峯は先に戻るようにと言って安居をこの場から外させた。
後でこってりと絞られると分かっている安居は肩を落としてトボトボと歩き、雑踏の中に消えていく。
小さな背中が見えなくなるまで見届けた後、横峯は改めて真帆達に詫びを入れた。
「まだ遊びたい盛りだろうからね。妙な噂さえなければ駆り出される事も無かっただろうからなぁ」
「そう……、ですね……」
「気分を害した所で悪いんだが、今回は私に免じて許してやって貰えないかい」
「それは……、私達なら構いませんので」
真帆達が互いに顔を見合わせて頷くと、横峯は人当たりの良い笑みを浮かべて感謝した。
手の掛かる部下に手を焼いている横峯の姿に誰もが同情するところであって、それと同時に彼のお蔭で厄介事から逃れられた為、真帆達は心の中で深く感謝した。
「それじゃ、私はこれで。君達は引き続き祭りを楽しんでくれ」
「あ、はい……」
「ああ、そういえば……」
「……?」
立ち去ろうとした横峯は何かを思い出したようで歩みを止めて振り返る。
彼の話によると、安居がここを訪れたのは祭りの客からの通報が数件寄せられたからであって、知り合いに会った事から安居はその事を調べ忘れてしまっていたようだ。
「先程複数の女性から笑みを浮かべてジロジロと見つめてくる者がこの辺りに居ると聞いてね、一応不審者は居ないか探していた訳だが――――」
横峯の言葉に皆の冷ややかな視線は一人に注がれる。
皆の注目を集めた者、猿渡は弁明をせず潔く罪を認めて土下座をした。




