2.彼女が浴衣に着替えたら
暑さにも負けず、装具に操られた襲撃者達を撃退し、地道な鍛錬も続けた海人達ヒーロー研究部。
海人にとっては何よりも恐ろしい敵である期末考査も一致団結して勉強会を行い、どうにかこうにか乗り越えられた。
これであと二週間ほど過ぎれば暫くの間退屈な授業を受けなくて済むと、ウトウトしながら六限目の授業を受けていた海人だが、放課後になって彼は思わぬ事態に見舞われた。
「な……っ!? 一体何を――――」
睡魔の攻撃を堪えて授業を乗り切り、下校前のHRも終えて。
当番であった掃除も済ませた海人は部員達が待つ部室へと急いでいたが、戸を開けた瞬間、何者かに襲われた。
こんな所で敵の襲撃を受ける思いもよらなかったようで、油断していた海人は抵抗する暇もなく椅子にロープで拘束されてしまう。
「……そこに居るのは……もしかして――――」
真帆がこまめに掃除をしている部室は荒らされた様子もなく綺麗なままである。
襲い掛かって来た者達もフードを目深に被って仮面を着けているが、素顔が見えなくとも誰だかわかる者達である。
これは敵の襲撃では無いと分かった海人は肩を竦めさせつつどういう事かと問い掛けた。
「……なぁ、猿渡。これは何の真似だ?」
「俺……じゃなかった。私は崇拝する女神の下僕に過ぎません!」
「な、何を言って……。雉岡、状況説明を頼む」
「……私からは何も言えません。強いて挙げるなら、竜堂氏。貴方の日頃の行いを振り返られてはいかがでしょうか?」
「日頃の……? いや、こんな目に遭う様な事はしていない筈だが……。犬飼、頼む。訳を教えてくれ……!」
「い、いや……。俺の口からは……」
押しに弱い犬飼を質問攻めにするが彼の口は堅く、海人が拘束された理由は明かされない。
どうしてこうなったのか皆目見当もつかない海人であったが、相手の方がしびれを切らしたようで、犬飼の背に隠れていた彼女は前に進み出た。
「その姿は……、桃子、か?」
猿渡達と同じフードを被って仮面を着けている少女は、嬉しさからか少しばかり口元を緩めるが、すぐさまキュッと口をつぐんでしまった。
締まりのない空気を真剣なものへと変えるように、彼女は咳払いを一つして問い掛けた。
「海人君。海人君は正義感に溢れていて、曲がった事は大嫌いだよね?」
桃子の問いに海人は「ああ」と言って頷くが、それだけで話は済まされない。
本題にはまだ入っていないようで、桃子は質問を続けた。
「嘘を吐くのは良くない事だよね?」
「そうだな。あ……、でも、時と場合によっては……、相手を傷付けないようにする為の嘘もあるからな。全部が全部、悪いって事も無いと思う」
「そっか……。そうだとすれば、私に吐いた嘘も私の為、なのかな?」
「俺が桃子に嘘を……?」
問われた海人は考えを巡らせるが、何も思いつかない。
こうして猿渡達まで使って拘束して問い掛けてくるならばよっぽどの事なのだろうと分かるが、どれだけ過去を振り返っても海人には見当がつかなかった。
「――――まどろっこしい事は止めてさっさと本題に入りなさいよ」
ため息交じりにそういったのは真帆で、桃子はキッと睨み付けるが、真帆が臆することは無かった。
真帆は部室の端でアレイシヤと共に課題に取り掛かっていたようだが、視界に入る不毛なやり取りをこれ以上見ていられなかったようで、非難の声を上げた。
「そんなこと言ったって、海人君自身が気付かなきゃ意味がないじゃない!」
「この鈍感が察してくれる訳ないでしょう? 好き好き言うならそれくらい理解しておきなさいよ」
「もう! 真帆ちゃんには関係ないんだから! 間に入らないでよ! あっちに行っていてよ!」
真帆と桃子の言い争いが繰り広げられるが、諍いの中心である筈の海人は置いてきぼりに。
彼も彼で一応仲裁に入ろうとするも、縛られている上に二人の喧嘩に割り入る勇気は無い。
ただただ争いが収まるようにと祈っていたが、無関係なアレイシヤが止めに入ろうとするのを黙って見ては居られないようだ。
猿渡達からの厳しい視線も受け、海人は覚悟を決めて声を上げた。
「桃子……っ、俺が悪かった!」
「海人君……。……何が悪かったのか、気づいたんだね」
「あ、いや……、それはその……。本当に申し訳ありません!!」
椅子に縛りつけられたまま土下座をしかねない海人の勢いに圧倒されたのか、はたまた諦めがついたのか。
桃子は仕方がないと言って拘束を解き、強硬手段を取った理由を明かした。
「……海人君。また今度って私に何回言った?」
「そ、それは……っ!」
桃子に誘われる度、次の機会にと言って逃れてきた海人。
一度は遊園地デートをしたものの、それからはまた何度も何度も期待を持たせて断り続けてきた。
嫌ならばハッキリと断れという真帆の言葉は尤もなのだが、桃子を悲しませる真似はしたくないようで。
海人自身も嫌という訳ではなく、それでも期待に応えられないのは理由があった。
「今は襲撃者に遭遇する事が多いだろう? こんな時にのんびりとはしていられないからさ」
「そう……、だけど」
「平和な時を掴むためにも、今の俺達は鍛錬を積んで襲撃者を倒し続けなければならない。何事もない平和な時が来れば約束も果たせるよ」
「分かってはいるけど、それっていつの事?」
「い、いつか必ず……だ!」
海人の言葉に力は籠っているが、納得はいかないようだ。
溜息を吐いた桃子は諦めがついたかと思われたが、そうでもない。
彼女はプリーツスカートのポケットから折りたたんだ紙を取り出すと、それを広げて海人の前に突き出した。
「これは……」
「襲撃が無ければ大丈夫だよね?」
「いや、いつ襲撃者が現れるのか分からないから……」
「大体夕方か、休みの日は昼間とかでしょう? だったら夜なら大丈夫だよね!」
桃子の言う通り、海人達が襲撃者と遭遇するのは放課後で、休日には昼間に遭遇したりもする。
夜は特にそれらしいニュースも上がっておらず、となれば夜は比較的安全なのかもしれない。
「今までの分、これで許すから」
「わ、分かった……」
「やったぁ! 海人君って話が分かる~!」
約束を取り付けた桃子は大はしゃぎで海人に抱き着く。
そこまで喜ばれるならば約束して良かったと海人は感じ、同時に今まで先送りにばかりしてきて悪かったと己を省みた。
だが彼が反省しようが後悔しようが、今の桃子の喜びようは止まらない。
彼女はその豊かな胸元に海人の頭を埋め、身体を使って喜びを表現しているのだった。
「も、桃子……っ! これはマズ……い!」
「ああ~、楽しみ! どんなの着ていこうかな~。ううん、やっぱり新しいのを買わなきゃ! 海人君、楽しみにしていてね!」
真帆が力尽くで引き剥がした事により海人は圧死を免れたのだが、救い出された彼の顔は極上の体験をしたからか、締まりのないものであった。
その表情は真帆を怒らせるのは十分で、海人は彼女の平手を食らい、現実世界に引き戻されたのであった。
陽が沈み空の色が茜色から紫色へ移ろい変わる頃。
夕暮れ時の商店街は買い物客や部活帰りの学生の姿があり、店主の威勢の良い声が聞こえてくるが、今日はいつもとは違った装いを見せている。
軒先に吊るされているのは色鮮やかな提灯で、店先には笹の葉飾りが据えられて。
広場には屋台が軒を連ねており、そこからは焦げた醤油やソースの芳ばしい香りが漂っている。
流れる祭囃子や魅惑の品々が並ぶ出店、色とりどりの飾りに意識が行きがちであるが、その会場を歩く者達もまた華やいだ装いであって、祭りを彩っていた。
「……今の所、不審者の姿は無し……っと」
賑わいを見せる会場の入り口。
そこで辺りを窺っているのはヒーロー研究部部長であって、ご当地ヒーローでもある少年、竜堂海人だ。
彼は訪れる客の中に不審者は居ないか目を凝らし、何かトラブルは無いかと警戒している。
祭りを楽しみに来たというよりも警備員の一員であるかのように振る舞う海人に対し、彼の傍に居た猿渡達は呆れつつ声を掛けた。
「おい海人。流石に今日くらいは気を緩めても良いんじゃないか?」
「いや、いつ何時敵が襲い掛かってくるか分からないからな。特にこんな人混みで現われでもすれば――――」
「竜堂氏は考え過ぎですよ。本日は昼過ぎに一度襲撃がありましたが、これまでの事を考えれば同じ日に二度目の襲撃はあり得ないでしょう」
「その油断が敵の狙い目かもしれないだろう? だから俺はこうして――――」
「竜堂の考えが分からないでもないが、そうも言ってはいられない気が……」
「ん? それどういう意味だ――――って」
同意しつつも苦笑いを浮かべる犬飼に海人は問いかけるが、犬飼の視線を辿った所でハッとして息を呑んだ。
海人と猿渡達三人組が祭りの会場入り口で立ちん坊であったのは待ち合わせをしていたからであって、彼らを待たせていた者達は少しばかり待ち合わせ時間に遅れて現れた。
待ち合わせ時刻に遅れた事を海人達は咎めはしない。
元々時間に厳しい者達ではないという事もあるが、彼らは現れた者達の姿に目を奪われ、言葉を失っていた。
「時間、過ぎてしまったようでごめんなさい」
紺の下地に大輪の牡丹を咲かせている浴衣を纏うのは真帆で、彼女はいつも一纏めにしている黒髪を揺れる玉飾りの簪で纏め上げている。
彼女は普段から他の者よりも大人びており、今日は髪型と浴衣の柄とが相まっていて更に大人の女性らしく見える。
まじまじと見つめられるのは恥ずかしいようで、彼女は頬を染めて恥じらっていて、大人っぽさの中に可愛らしさも垣間見えた。
「お、お待たせいたしました……っ」
薄っすらとした水色の生地に波紋を広げて泳ぐのは赤色と黒色の金魚で、そのような涼しげで可愛らしい浴衣を纏うのはアレイシヤである。
日常的に髪を纏め上げている事が多い彼女はいつもとは違う髪形を、ゆるくウェーブが掛かった銀髪をワンサイドアップにして花飾りを差し込んでいる。
初めて着る和服だからか、アレイシヤは自分の姿がおかしくないか気にしているようであったが、その心配は必要ないくらいに浴衣姿が似合っていた。
「その……、感想とかは無いのかしら」
つま先から頭の天辺まで何度も視線は行き来して。
海人達は感想を述べるのも忘れる程にじっくりと眺めており、真帆から呆れられてしまう。
彼女の言葉で我に返った海人は素直に感想を述べようとするが、それは猿渡と雉岡によって遮られてしまった。
「素晴らしい……ですっ! アーシャさんの浴衣姿は愛らしさと美しさが絶妙なバランスで成り立っています……っ!!」
「そ、そんな……! そこまで褒めて頂く程では……」
「占部も良く似合っているじゃないか」
「あ、ありがとう……」
「いや~、見違えたぜ。これがまごにも衣装って奴か」
「……猿渡君。それは褒め言葉じゃないから。寧ろ貶すような言葉だから」
皆が真帆とアレイシヤの浴衣姿で盛り上がる中。
ヒーロー研究部の部員である一人の少女が遅れてやって来た。
彼女は賑わう祭りの雰囲気とは対照的な表情を。暗い顔で苦し気な様子で海人の傍に寄り、彼にもたれ掛った。
「も、桃子……っ!? どうかしたのか!?」
「海人君……、私、もうダメかも……」
完璧な容姿とプロポーションでクラスを越えた男子生徒達を虜にする桃子。
今日は薄桃色の下地に百合の花が咲き誇る浴衣を纏い、髪型も緩やかに纏め上げて花飾りを着けており、その華やかさは彼女に良く似合っていた。
姿は完璧に整っていて問題は無いように思われるが、体調の方は問題があるらしく、どうやら不調の原因は身に纏っている物に原因があるようだ。
桃子に寄りかかられて困っていた海人を見兼ねた真帆は、冷ややかな目を向けて口を挟んだ。
「海人、桃子の事なら放っておいて構わないわよ」
「え……いや、苦しそうにしているし……」
「それ、病気とかじゃないから大丈夫よ」
「……? だとしたらどうして――――」
真帆の言葉を信じた海人が疑いの目を向けると、桃子は目線を外して黙り込んだ。
そのような態度は図星であることを表していて、これでは追及を逃れられないと思ったようで、桃子は開き直り攻撃に打って出た。
「真帆ちゃんは良いよね~。スレンダーだから浴衣も簡単に着こなせて」
「……ちょっとそれ、どういう意味かしら?」
「言葉通りの意味だよ。和服を着るときって大きいと困るんだよね~。真帆ちゃんはそんな苦労が無さそうで羨ましいなぁ~」
「……」
祭りの会場よりも賑やかな、と言うよりも喧しいくらいの罵りあいを始める桃子と真帆。
二人の話が理解できない海人は首を傾げていたが、猿渡から説明を聞かされて感心すると共に頬を赤くしたのであった。




