11.蘇る蒼き鎧と家族の絆
煉瓦を積み上げて作られた炉の中で揺らめく炎は真っ赤でなく青色で。
その中から取り出された金属もまた、赤々とではなく青白い光を帯びている。
金床が置かれている床に浮かび上がる魔法陣。
槌で形を整える度に飛び散るのは青白く輝く粒子。
室内には炉や金床、槌にふいごなどの鍛冶道具が並んでおり、熱した金属を槌で打つ音はこちらの世界の鍛冶と変わらない。
違いは多々あれど、一番目を引くのは今現在槌を振るう者である。
蒼き鎧の修復に取り掛かっているのは筋骨隆々の漢ではない。
手足は細く、背も低く、誰が見てもか弱い少女にしか見えない者。
彼女の名はアレイシヤ・アイントール。
見習いではあるが、鍛冶の専門学校も卒業した鍛冶師であった。
破壊された装具を修復する為に海人達が探し求めていた魔高炉。
正確に言えば高炉ではない炉なのだが、それは海人達の身近な場所に存在していた。
「ここは……、蔵……だよな」
重蔵が向かった場所は裏庭にある蔵であった。
蔵の内部はそこそこの広さであって、作業場とするには問題ないように思われる。
今現在は多くの棚や葛籠や木箱などがあって、それらを何処かへ運び出さないと作業が出来ないようであったが、それよりも何よりも肝心な物がそこには存在しない筈であった。
「爺ちゃん、すまない。実は爺ちゃんが留守中に勝手に蔵に入って――――」
「その話なら占部の嬢ちゃんから聞いておる」
「そ、そうなのか……?」
海人の問うような視線に対し、問題は無いという風に頷く真帆。
彼女の様子と重蔵の顔色で御咎めは無いと分かり、海人はホッと胸を撫で下ろすが、気を緩めたままではいられない。
それならばと、海人は浮かんだ疑問を重蔵に投げかけた。
「それで、俺達はこの中を隅々まで見た筈なんだが、炉なんてものは無かったんだけど……」
炉のようなある程度場所を取る設備があれば目に付く筈だが、そのような物は影も形も無かった。
その場に居たアレイシヤと真帆も同意するように頷いており、海人はますます訝し気な表情になるが、重蔵はニカっと笑って蔵の戸を開いた。
「蔵の中にはな、在りはせんぞ。海人、ここの荷物を退かしてくれ」
「ん? ああ、分かった」
蔵に足を踏み入れた重蔵は奥へと進み、歩みを止めて指示を出す。
重蔵に言われた通りに葛籠や棚を動かす海人。
アウグストの手も借り、何とか荷物を退かしきったその場には木製の扉が。
それは地下へと続く扉であった。
「まさか、蔵の下にこんなものがあるなんてな……」
石階段を下りた先には扉があり、その向こう側には海人達が探し求めていたものが存在したと言うよりも、それ以上の設備が整っていた。
壁際にある炉は勿論の事、金床に水場に、熱した金属を掴むはしなど、作業に必要な道具だけでなく、棚には素材となる鉱物などもあり、それらを前にしてアレイシヤは目を輝かせて興奮していた。
「こ、ここは……っ、マルリース様の工房なのですね……!」
「ああ、そうじゃ。もしもの時は使ってくれと託っていたが、こうも早くその時が来るとはな……。思いもしなかったわい」
紆余曲折あったが炉も金床も使える事となった。
伝説の鍛冶師と謳われるマルリースの工房という事で、アレイシヤは自分が使うなど恐れ多いといった様子であったが、この工房で作業をしたく無いという訳ではなさそうだ。
他に選択肢も無く、海人に頼み込まれてアレイシヤは小さく頷く。
覚悟を決めて気持ちを切り替えた彼女は設備の確認を始めると、時折嬉しそうな表情を見せていた。
「ほう……、なかなか立派な工房だな。これがかの有名な鍛冶師の――――」
「ア、アウグスト様……っ! それはそのような持ち方では――――」
真剣な表情で炉の状態を確認しつつ、考えなしに手を付けるアウグストを窘めつつ、確認作業を続けるアレイシヤ。
彼女の様子を海人は微笑ましく思いつつ見ていたが、ふと気掛かりがあって隣に居る重蔵に問い掛けた。
「……爺ちゃん。ここって地下だよな」
「……? 何を当たり前の事を訊いておる。先程階段を下りてきたばかりじゃろう」
「いや……、そうだけど。あの炉の煙突部分ってどうなっているんだ?」
壁際に据えられた煉瓦造りの炉には煙突があり、それは天井まで届いている。
蔵には排出口らしきものが無かったことから、海人は不思議に思ったようだが、重蔵は何てことないと言って笑った。
どうやら煙突は裏庭にある灯篭と繋がっているそうで、そこから煙を排出するそうだ。
「あの灯篭がそんな役目だったなんて……」
幼い頃、灯篭によじ登って遊んでいた時に譲司に物凄く怒られたことがあったと思い起こした海人。
その際に地下に通じる穴に気づかなかったのは幼さゆえの事だとして片付けられるが、譲司が激怒した理由には思う所があるようで、海人は溜息と共に肩を落とした。
「……あ奴が意地を悪くしてそうしていた訳ではないと分かってはいるか?」
「ああ、分かっている。分かってはいるけど、あの親父のやり方はどうにかならなかったのかな、って」
「……」
譲司の傍若無人っぷりは父親である重蔵が手を焼くほどであって、海人の嘆きは同意せざるを得ないようで。
重蔵は憐れむように海人の肩を叩き、海人はまた深く溜息を吐いた。
海人がふとした切っ掛けで過去の出来事を思い起こして頭を痛めている一方、アレイシヤは一通り確認を終えたようで、首を傾げつつ戻ってきた。
「カイトさん……? どうかされたのですか?」
「あ、いや、何でもないよ。それよりもアーシャ、ここで作業は出来そうか?」
「はい……っ! 設備に問題はありません。残る問題は私の腕前の方で……」
「それなら問題ないさ。アーシャならきっと大丈夫だ」
海人は心にもない言葉でアレイシヤを元気付けようとしたわけでなく、本当にそう信じているようで、彼の真っ直ぐな瞳にはその想いが見て取れる。
その想いを受け取る側のアレイシヤはというと、彼の想いが嬉しいようで、けれどもまだ少しばかり迷いがあるようで。
彼女の視線は足元にあり、俯きがちであった。
これ以上何かを言ってもそれらはプレッシャーにしかならない。
海人はそう分かっていても、どうにかアレイシヤが前向きになれないかと言葉を探した。
「もし、難しいようなら……」
「……え?」
「新しい装具を俺に作ってくれないか?」
「……えぇ!?」
海人の言葉にアレイシヤは驚き、顔を上げて声を上げた。
他人の作った物を修復するより自分で作る方が楽なのではないかと考えて海人は口にしたようだが、現実はそう簡単にはいかないらしい。
鍛冶師の学校を卒業しているアレイシヤは一つの作品も完成させていない訳ではないが、これまでに作り上げたものは大した物ではないのだと言って謙遜した。
アレイシヤの言葉に海人は少しばかり落胆したようだが、訳も知らずに簡単に言ってしまった事を詫びた。
「そんな……! カイトさんが謝る必要など……――」
「いや、勝手な事ばかり言って悪かった。その……、どうにかやる気を出して貰えないかと思ってさ……」
「それならこちらこそ、お気を煩わせたようで申し訳ありません……。お約束通り、出来る限りの力は尽くしますので……!」
「無理はしなくて良いんだぞ。それから、何ができるか分からないけど、力になれそうなことがあれば何でも言ってくれ」
「はい、お気遣いありがとうございます……!」
頭を下げ、丁寧に礼を述べるアレイシヤ。
彼女は頭を上げると同時に何かを思い出したようで、言い難そうにしながらも一つの提案をした。
彼女の思いついた事。それは数時間前に話に出ていた事であって、海人も良い案だと言って頷き同意した。
青白い光を帯びた金属の塊は薄く伸ばされ形作られて。
大きく穴が開いた鎧は徐々に元通りの形に。
少しずつだが着実に修復は進められて、五日目の夕刻に作業は終わった。
「――――これで完成……です」
手にしていた槌を置き、肩に掛けていたタオルで汗を拭ったアレイシヤは大きな一息を吐き、作業を終えた事を告げる。
それと同時に離れて見守っていた者の一人、海人は彼女の傍へと近づき、労をねぎらった。
「凄いな、アーシャ。俺には元の形と見分けが全くつかないよ」
「い、一応形だけは何とか……。これまでと同等の力を発揮できるかは、装着してみないと分かりませんので……」
「よし、俺の出番だな!」
「そ、そんなにあっさりと……っ。えっと、怖くはありませんか……?」
「え? 何を怖がるような事があるんだ?」
不完全な装具を手にした場合、暴走する恐れもあるとアレイシヤは説明しようとしたが、それよりも先に海人は腕輪に変化した装具を手に取り左腕に填めてしまった。
そして続けざまに、間を置かずして海人は装具を身に纏う為に意識を集中させた。
「カ、カイトさ――――……!!」
銀色の腕輪は眩い蒼色の光を放ち、その光は海人のつま先から頭まで、全身を包み込む。
放たれていた光が収束するのは一瞬の事で、それと同時に蒼き鎧を身に纏った者の姿が現れた。
「――――……問題は無いみたいだな」
「は、はい……っ! で、でも、万が一の事があってはいけないので、一度――」
「そうだな。今まで通りに動けるかも確かめておかないとな」
「え!? いや、そういう意味では――」
一旦装具を解除して問題が無いか確かめようとしたアレイシヤだが、海人は彼女の言葉を最後まで聞き届けぬまま工房を後に。
石階段を颯爽と駆け上がり、蔵から飛び出てしまった。
「この重みを感じない着心地に動き易さ。水を操る力も…………。ああ、問題ない」
裏庭に出た海人は飛んだり跳ねたりするだけではなく、正拳突きや回し蹴りなどの演武を披露し、掌に水の球を作り出して放ったりもしている。
彼は声を弾ませながら鎧の力をその身に感じており、その姿にアレイシヤはようやく修復を終えた事を実感できたようだ。
ホッと息を吐いた後は糸が切れたようにしてその場にへたり込んだ。
「アーシャ……っ! 大丈夫か!?」
「は、はい……。すみません……、少しばかり気が抜けてしまって……」
海人は咄嗟に駆け寄り崩れ落ちそうになっていたアレイシヤの身体を抱き留めた。
今日まで彼女は睡眠時間を削っていただけでなく、扱う物と作業を行う場所で相当の神経をすり減らしていただろう。
少し立ちくらみがしただけだと言ってアレイシヤは気丈に振る舞うが、無理に笑みを浮かべた表情から疲労の度合いは見て取れた。
「カ、カイトさん……っ?! あの……っ、これは……」
「ありがとう、アーシャ。もう無理はしなくて良いんだぞ」
「で、ですが……っ、この格好は……っ!」
海人はアレイシヤを抱え上げ、彼女を一刻も早く休ませるために彼女が私室としている客間へ向かおうとする。
アレイシヤは立っているのもままならぬようであったのだが、この格好、所謂お姫様抱っこというのは羞恥心が煽られるようだ。
「あ、あの……っ、自分の足で歩けますので……っ!」
「俺は作業中、何の役にも立てなかったんだ。せめてこのくらいはさせてくれよ」
「でで、でも……っ! 皆さんが見ているので……っ!」
「ん?」
アレイシヤの指摘した通り、ここに居るのは海人とアレイシヤだけではない。
海人の背後には満面の笑顔を浮かべている美琴と、しかめっ面の建雄が居た。
ここに至るまで二人は一言も発せず、成り行きを見守っていた訳だが、流石に黙ってはいられなかったのだろう。
美琴はクスクスと笑いながら歩み寄り、海人達に声を掛けた。
「えっと、今日は作業の見学をさせてくれてありがとう。私達はお邪魔なようだからそろそろお暇させてもらうね」
「い、いいえ! 決してお邪魔などでは……っ! カ、カイトさん……っ」
「ああ。アーシャの言う通りだ。もう少しゆっくりして行っても――――」
「それもそうですが……っ、それより先に降ろしてください……っ!」
数日前、地下工房に足を踏み入れた際にアレイシヤが提案したのは、美琴を作業に立ち会わせる事であって、それは金屋家に訪問した際にも出ていた話であった。
異世界の技術とこちらの世界の技術との相違点、見習いであるアレイシヤの技量といった点も披露に値するのか疑問が残る所であったが、提案に対して美琴は海人達の想像以上に喜んでくれた。
これで金屋家の工房を見学させてくれた礼が出来る。
そう海人達も喜んでいたが、手放しで喜べるような状況ではなくなった。
それは美琴が作業の見学をするのを快く思わなかった者が居たからだ。
「…………ならん」
「どうして!? お爺ちゃん……っ!」
「ならんもんはならんと言うておるじゃろうが」
自身の仕事だけでなく、鍛冶そのものから美琴を遠ざけようとする建雄。
以前ならば口喧嘩で終わるところであったが、今回は違う。
身を挺してまで庇った建雄の姿を目の当たりにした美琴は祖父の想いを感じ取ったようで、一つの予測を述べたのだ。
「もしかして、お爺ちゃんが私を鍛冶から遠ざけるのって、お母さんと関係があるの?」
「……っ!」
常日頃から険しい表情。その表情が崩れたのは一瞬であったが、それは隠し切れなかった動揺を表すもので、問い掛けに同意したも同然であった。
追及の眼差しから逃れられず観念したのか、言葉少なめであったが建雄は隠していた思いを溢していった。
「…………嫁入り前の娘に何かがあったらどうする」
「やっぱり……。私の事を気遣ってくれていたんだね」
「……フン。嫁の貰い手に困らんようにするのは祖父として当然じゃろう」
美琴の母親であり、建雄の娘は幼い頃に父の作業場に無断で立ち入り、肩に火傷を負ってしまった。
その傷は傷を負った当人よりも不始末を起こした者、建雄を長年苦しめていたようで、娘が恋人と別れる度に彼は自分のせいであると決めつけ、許しを請うたそうだ。
「ワシは娘の生涯を無茶苦茶にしてしまった……。もう誰にも、二度とあんな思いをさせたくはないんじゃ……」
鍛冶屋を畳む事も考えた建雄だが、それは他でもない娘によって止められて今に至る。
犯した罪に苛まれ続け、それでも鍛冶師を続けてきた建雄。
彼は同じ過ちを繰り返さぬよう、美琴を鍛冶から避けていたようだ。
頑なな態度の裏側。いつもは見られない祖父の弱さを目にした美琴は首を横に振り、祖父の言葉を否定した。
「お母さんはお爺ちゃんの事を一度も責めていなかったよ」
「あ奴はそういう娘じゃ。口では言わんが、内心どう思っているかは分かっておる」
「分かってないよ! 全然分かっていない!」
「……!?」
声を荒げて訴えた美琴に目を丸くして驚く建雄。
美琴の話によれば、建雄が悔いていたと同じくらいに、美琴の母も後悔をしていたそうだ。
「お母さんは自分のせいでお爺ちゃんが鍛冶を辞めてしまうんじゃないのかって気にしていたよ。店を誰にも継がせず畳もうとするのも、自分のせいだって言っていたし……」
「……」
「火傷だって、自分のせいだって……。変な男が寄り付かなくなって、お父さんという素敵な人に巡り合えたって言っていたし……」
互いに自分を責め続け、すれ違ってきた親子。
美琴から娘の気持ちを聞かされた建雄は腕を組み、小さく唸りながら己の考えを少しばかり省みて、娘の想いを受け止めたようだ。
「あ奴の気持ちは分かった……」
「お爺ちゃん……っ!」
「だがしかし、あ奴の事とお前の事とは別の話じゃ!!」
「えぇ!!?」
しんみりとした空気は一変して。
金屋家の日常的な光景。建雄と美琴の言い争いが繰り広げられるが、事は美琴の提案ひとつでどうにかこうにか収まった。
頑固者を納得させた一言。
その内容が気になった海人はそれとなく尋ねてみたが、それは藪の蛇をつつく行為であった。
「要は嫁の貰い手が居れば良いって事よ」
「は……? いや、ちょっと意味が分からな――――」
「もしもの時はよろしくね、竜堂君」
「え!? な、何を言って――――」
美琴による爆弾発言の後。
海人は建雄に孫を泣かせればどうなるか分かっているだろうなとドスの効いた声で脅されて、アレイシヤには呆れられ、様子を見に来た真帆から白い目を向けられてしまった。




