9.一振りの太刀
平穏なひと時を壊したのはガラスの割れる音と少女の叫び声。
金屋家から飛び出し、叫び声が聞こえてきた工房へと急いだ海人とアレイシヤ。
工房の扉は固く閉ざされたままであって、叩いて呼びかけても中からの反応は無い。
「カイトさん……! 表からなら……っ」
「あ、ああ。そうだな……!」
二人が駆けつけた先。そこは店舗入り口で、今は閉店中であって、閉ざされたガラス張りの格子戸の向こうはカーテンによって目隠しされていた。
けれどもそれは海人達が金屋家を初めて訪れた時の光景で、今では無残な姿に。
戸のガラスは割られて、格子戸は破壊され、カーテンは切り裂かれて。
まるで強盗が押し入ったかのような光景が広がっていた。
「金屋……っ、無事か……っ!? ――――……っ、お前達は……っ?!」
店舗入り口を破壊して立ち入っていたのは海人達と同じ学生服を身に纏う男女五名で、その者達は海人達が見知った者達であった。
「漫研の部員達……? 何故ここに……、どうしてこんな事を――――」
「カイトさん……っ!! あの方々の手にある物は……っ」
驚く海人の横に居るアレイシヤが指差した先。
漫研部員達の手には刀や槍などが握られており、それらはどれも禍々しい光を帯びていた。
亮平の時とは違い、武器を手にして襲撃を仕掛けてきた者達。
その点では相違があるが、こちらの言葉が通じないのは同じようで、彼らは海人の呼びかけに応えず刃を向けてきた。
「お爺ちゃん……っ! 腕が……っ!!」
「喚くな、美琴! これくらい……、なんともないわい」
立ちはだかる者達に目を奪われがちであったが、彼らの向こう側には腕に傷を負ってうずくまる建雄と、心配そうに彼に寄り添う美琴の姿が在った。
怪我人に迫る武器を手にした者達。
それらを前にしては自分達の素性を隠し通す事など出来る筈もなく、それらを気にする暇さえなかった。
「アーシャ! 金屋とお爺さんを頼む!」
「カ、カイトさん……っ! でも、今のカイトさんは……っ」
「ああ、分かっている。だけど、ここで大人しくはしていられないだろう?」
そう言うや否や海人は駆け出し、一番手前に居た刀を手にする男子学生の懐に潜り込んで掌底を叩き込む。
ヒーロー活動の中でナイフを持つ暴漢と相対した事もあるからか。
海人に迷いはなく、鋭い刃に恐れを抱いて怯むこともなく立ち向かう。
そして彼は悪漢を無駄に痛めつけず無力化させるような手加減も心得ているようで、漫研部員達の身を案じる必要もないようだ。
「今だ! アーシャ……!!」
「は、はい……っ!」
海人が一人の男子学生を沈めたせいか、漫研部員達の敵対心は一気に海人へと向けられる。
アレイシヤは敵の注意が逸れた隙に上手く脇をすり抜け、建雄と美琴の傍へと駆け寄る。
海人が敵を引き付けている間、アレイシヤは建雄と美琴を守る為に障壁を張る為の魔杖を手にし、もう一つ、建雄の腕を治療するための魔杖を取り出した。
「フン……。あの小僧、中々やりおるな。だがワシも若造に負けては――――」
「お、お爺様、じっとしていて下さい! 今、怪我の治療を――」
「何を言う! この程度の傷、何とも……」
「お爺ちゃん!! お爺ちゃんはじっとしていて!」
粋がる建雄を美琴は押さえつけようとするが、建雄の力は怪我を負っていても問題ないようで、簡単に振り払われてしまう。
血の気の多い祖父の扱いに困り果てる所であって、けれども大事な祖父に無茶はさせたくないのか、美琴は怪我を負っていない腕にしがみつき、その場に引き留める。
「これ以上怪我をしたら工房を続けられないのかもしれないのよ!! それでも良いの!?」
「ワシの腕よりも孫娘を守らんでどうする!?」
「え……? お、お爺ちゃん……?」
店舗を破壊されて怒りに打ち震えている訳でもなく、海人のような若者に任せていられないという年長者のプライドでもない。
建雄はただ単に孫娘である美琴を守りたいらしく、負った傷もその想いゆえのものなのだろう。
祖父の言葉を信じられないと言わんばかりに目を丸くする美琴に対し、建雄はつい熱くなって本音を漏らしてしまった事が恥ずかしいのか、耳を赤くしてそっぽを向いた。
「お爺ちゃん……、私の事をそんなに……」
「か、勘違いするんじゃない! ワシはただ、一保護者としての責務を――――……ム!? な、なんじゃ、この光は……っ!!?」
「ア、アーシャちゃん!? 一体何を――――」
柔らかく温かい光は建雄の腕を、赤い血が流れ出る切り傷を優しく包む。
何事かと驚く建雄と美琴であったが、二人は光に包まれた傷口が塞がり、綺麗さっぱり痕も残らず消え去った事に動揺した。
祖父と孫娘が心を通わす場面で水を差すのは憚られる所だが、建雄の腕から流れ出ている血は止まっていなかった為、このままにはしてはおけなかった。
アレイシヤは装具の力で建雄が負った傷を癒したのだが、それにより追及を免れなくなってしまった。
「今のは何!? 何なの……? 魔法みたいな光が――――」
「え、ええっと……、はい……。魔法みたいなものだと思って頂いて構いません」
「えぇ!? アーシャちゃんは魔女なの?! 魔法を使うなら魔女なんだよね? それとも魔法少女って奴?」
「い、いえ……! 私は魔導士ではなく、鍛冶師であって――――」
「小さい嬢ちゃん。アンタまさか――――」
どうにか美琴の質問攻めをかわすアレイシヤ。
このまま問い詰められるとマズいと思ったのか、アレイシヤはグイグイ迫る美琴から逃れるよう身を引いていたが、ハッとしてピタリと止まる。
彼女は建雄が何かを言い掛けたのを遮り、二人の前に出て杖を振るい障壁を展開させて斬撃を防いだ。
攻撃を仕掛けてきた女生徒はよろけつつも体勢を立て直し、再び目の前の者に斬りかかろうとする。
だがそれは駆けつけた海人の手刀によって防がれ、女生徒は前のめりになって倒れ込んだ。
「すまない、アーシャ!」
「だ、大丈夫です。お二人の事は私に任せて下さい!」
「ああ、頼んだぞ!」
地に伏した女生徒の手から武器が離れるが、それは一瞬の事のようだ。
再び起き上がった女生徒の手には新たな武器が握られている。
普通の者ならば痛みを感じ、しばらくは動きが鈍るか気絶してもおかしくない位の攻撃を海人は繰り出している。
けれども装具の力によるものだろうと思われる力で、漫研部員達は打ちのめされても再び立ち上がり向かって来ていた。
まるで不死者、ゾンビのような者達。
その者達を止めるには装具を破壊するしかなかった。
「アーシャ、装具の破壊は……っ!」
「はい……っ! ですが……っ」
装具は敵の手に握られている。
亮平の時のようなアンクレットより武器破壊の方が容易いように思われるが、そう簡単にはいかない。
敵は海人に倒されても直ぐに立ち上がり、更には敵が五人いる事で海人だけでは抑えきれないようで、アレイシヤは中々狙いが定められないのであった。
「ミコトさん、お爺様を連れて奥の工房へ逃げて下さい!」
「え……? で、でも……」
防御に割く割合が少なくなれば動きやすくなる。
そう思ったアレイシヤは美琴に祖父と共に逃げるよう願うが、美琴は次々と起こる信じられない出来事に頭が追い付いていないようで、空返事を返すばかりである。
茫然としている美琴ではどうにもならないと悟ったアレイシヤは建雄に頼もうとするが、彼は彼で思わぬ行動に打って出た。
「お、お爺様……? それは……っ、一体何を……っ!?」
建雄の手にいつの間にか握られていたのは鞘に納められている日本刀で。
彼は怒りからか額に青筋を立てており、肩はわなわなと震えていて、今にも斬りかかりそうな様子であった。
「お、落ち着いて下さい……っ! あの方々は自分の意志で暴れている訳でなく、操られていて――――」
大切な店を破壊され、怪我を負わされて。
何より大事な孫娘に危害を加えようとしたならば、許せる筈がない。
建雄が自らの手で元凶を叩き潰そうとする気持ちも分からないでもないが、相手は呪われた装具に操られている学生達である。
必死に止めようとしていたアレイシヤの言葉に心を動かされたのは建雄でなく美琴で、彼女は刀を手にする祖父の大きな手に自分の手を重ねて懇願した。
「ダメ……っ、駄目だよ、お爺ちゃん! お爺ちゃんの作った物は人を傷つけるための物じゃない!」
「美琴……。刀とは殺しの道具に過ぎん」
「でも……っ! そんなのは嫌だ! お爺ちゃんの作る物はそんな物じゃなくって――――」
「耳元で喚くな! それよりもあの小僧を見てみろ」
五人の敵を前にして立ち回る海人。
彼は上手く攻撃をかわし続け、僅かな隙を見逃さずに反撃に打って出ているが、それは全ての敵に対してではない。
太刀や小太刀を持つ物は捌き切れるようだが、槍を持つ相手に対しては攻撃をかわすので精いっぱいのようであった。
それは海人が剣を持つ者と対峙した経験があるからで、ガイラルドとの稽古の成果であって、槍に関してはリーチの長さもさることながら、槍使いと相対した事がこれまでに無かったからだ。
「剣士相手に良く立ち回って入るが、槍術師相手で素手というのは土台無理な話だろう」
「だけど、それでもお爺ちゃんが刀を持つなんて――――」
「ワシじゃ此れを満足には扱えん」
「それってどういう――――……え?!」
深く息を吐いた建雄は鞘から刀を抜くことは無く、スッと立ち上がる。
そして彼は大きく息を吸い込み、咆哮を飛ばしてその場に居る者全ての注目を集めた。
「小僧!! 受け取れ……っ!!」
「……なっ!? 何を――――……って、これは――――」
建雄が海人に投げて寄越したのは黒光りした鞘に納められた一振りの太刀である。
反射的に海人は受け取ってしまったが、彼は刀の扱いに慣れている訳ではなく、そもそも得物を持って戦いはしない。
己の拳で戦ってきた者が突然武器を手渡されてどうにかできる筈はなく、海人はただただ困惑するばかりであった。
「すみません……っ! 俺はこの刀を抜く訳には――――」
「それぐらい分かっとるわ!! 抜き身でなく、鞘に納めたままならいくらでも使いようがあるじゃろう!!」
「……!」
鞘だけなら打ち合えば破壊されただろうが、納刀したままなら強度は増す。
それでいて剥き出しの刃で相手を傷付けることは無い。
建雄の意図を読み取った海人だが、まだ迷いがあるのか。
海人は敵の攻撃を避けるばかりで踏み出そうとしなかった。
「おい小僧!! それでもあの重蔵の孫なのか!?」
「……っ」
「フン……! お前がその程度なら、今の奴は耄碌してどうにもならんという事か」
「なっ……!?」
海人は自分が何を言われようが構わないようであったが、身内を貶められるのは我慢ならないようだ。
と言っても彼は怒りを露わにして反発するのではなく、どうすれば重蔵の汚名を雪げるのかと考えた。
「――――これを上手く扱えば……、良いのか?」
手にした太刀はずっしりと重たい。
振るえぬほどの重さという訳ではなく、寧ろ振るうにはちょうど良いくらいなのだが、それに乗せられた期待が重くのしかかっている。
最後に武器らしい物を手にしたのは何時だったのか分からない位であって、ブランクを前にすると及び腰になってしまうのも致し方ない。
「――――だけど、迷っている暇は無いな」
手加減はしてきたが、何度も打ち込めばダメージは蓄積される。
今の所はその手加減も上手く行っていたが、これからも思い通りに立ち回れるかは分からない。
長く続けば集中力は途切れ、大怪我を負わせてしまう可能性も、海人が怪我を負う可能性も大きくなる。
そうならない為には最善の方法を最短で選び、最速で行動に移さなければならなかった。
「カイトさん……!」
「……なんだか、空気が変わった?」
「フン……。あのスカシ野郎と同じ目になりやがったな」
納刀したままの太刀を構える海人。
彼の纏う空気が張り詰めたものへと急激に変化したからか。
闇雲に襲い掛かってきた者達も何かを察し、少しばかりたじろいで見せた。
「こちらから行かせて貰うぞ!」
そう叫んだのは相手を怯ませる為でなく、自身を奮い立たせるものであって。
言葉を発すると共に踏み出した海人は繰り出された槍撃を完全に見切り、流れるような動きでそれを太刀で払い、ガラ空きの胴へ打ち込んだ。




