8.夢と希望と
鍛冶職人である金屋建雄。
彼は海人達の隣のクラスの女生徒、金屋美琴の祖父であって、海人の祖父、重蔵とは因縁浅からぬ間柄のようだ。
海人の容姿と住んでいる場所から重蔵が祖父であると言い当てた建雄は怒りを露わにし、海人とアレイシヤだけでなく、孫娘の美琴も纏めて工房から叩き出した。
「美琴!! 今度工房に立ち入ったら、ただじゃ置かないからな!!」
「ま、待って! お爺ちゃん。少しは私の話を聞いてよ!」
「それから小僧!! 二度とその不愉快な面を見せるんじゃねぇぞ! あと美琴に手を出したら焼きごてだけじゃ済まさんからな!!」
「え、いや、そんなつもりは……」
やはり人の話は聞かないようで、建雄は散々怒鳴り散らした後に海人や美琴の言葉を聞き届けぬまま、工房の戸を荒々しく閉めてしまった。
建雄が工房に籠り、訪れたのは台風が去った後のような静かさで。
呆気に取られていた海人達だが、美琴はハッと我に返り、海人とアレイシヤに頭を下げた。
「本当にごめんなさい。ロクでもない頑固ジジイで……」
美琴は身内の非礼を詫びているが、海人達が彼女を責める事はなく、建雄に対して不満を述べる事はない。
寧ろ迷惑を掛けてしまったと、アレイシヤは反省しているようで、彼女は押し掛けてしまった事を詫びた。
「私の我儘のせいでミコトさんまで怒られてしまって……、申し訳ありません……!」
「いやいや、そこまで気にしなくてもいいよ。お爺ちゃんが怒っているのは何時もの事だし」
「え……? 金屋。お爺さんはいつもああなのか?」
「う、うん……。まぁね……」
言葉を濁し、バツが悪そうに目線を逸らす美琴。
これ以上工房見学は続けられず、と言ってこのまま帰すのは気が引けるようで、美琴はお茶を出すと言って母屋にある彼女の自室に二人を招いた。
「それじゃ、お茶の支度をしてくるから、適当に寛いでいていいから」
「あ、わ、私も手伝いを――――」
「いいからいいから。アーシャちゃんはお客様なんだから、ここは任せて」
そう言って美琴は部屋を後にし、階段を下りていく。
残された海人とアレイシヤは落ち着かない様子であったが、ここまで来たからにはお言葉に甘えようといった風に、座布団へと腰を下ろした。
「……なんか、母さんの部屋に似ているな」
美琴の自室はマルリースの部屋と違い、畳が敷かれた和室である。
室内には年相応で女性らしい小物が飾られていたりするが、そういった点が似ていると感じた訳ではない。
海人の目線の先には本棚があり、そこには沢山の書物が収められており、それらは漫画や小説などでは無く、専門書のようであった。
急須と湯呑と茶菓子を乗せたお盆を手にした美琴が戻り、それらを振る舞ってから程なくして。
アレイシヤはお預けを食らっている犬のように我慢していたが、自然と動く視線は誤魔化せないようでいて、美琴にどうしたのかと問われて白状した。
「あの……っ。ミコトさん。この本棚にある本は……」
「ああ、うん。鍛冶関係の本だよ。そうだ……! 工房をじっくり見せられなかったお詫びと言っては何だけど、好きに見てくれていいよ」
「本当ですか……? あ、ありがとうございます……!」
「そんな、大袈裟だなぁ。でも、喜んでくれるのなら嬉しいよ」
笑顔を輝かせて本棚に飛びつくアレイシヤ。
彼女は慎重に本を手に取り、ゆっくりとページを捲って徐々に没頭していく。
夢中な姿を見られて嬉しいのか、美琴は柔らかく口元を緩めていた。
ただ祖父の仕事ぶりを尊敬しているだけならばここまで本を集めはしないだろう。
アレイシヤに色々と訊ねてきたのも、ただの好奇心とは違うのが分かる。
同じ話題で盛り上がれる仲間を見つけたのならば双方にとって良かったと、海人はここに来て良かったと思っていたが、ふと視界に入った美琴の表情に引っ掛かりを覚えた。
喜び本を読みふけるアレイシヤとは対照的な寂しそうな姿。
美琴は直ぐに何事も無いような表情でお茶を口にしていたが、海人は気に掛かり問いかけてみた。
「金屋。もしかして、お前も鍛冶師を目指しているのか?」
「え……? あー……、うん。……まぁね」
「でもお爺さんに反対されているとか」
「……あはは、そこまで気づかれていたかぁ。よく分かったね」
見抜かれたのならば仕方がないと思ったのか、そもそも隠す事も無いと思っていたのか。
ため息混じりの一息を吐いた美琴は、ポツリポツリと事情を明かす。
「知っての通り、お爺ちゃんはあんな感じで、それは昔から変わらずで……。だけど鍛冶作業をしている時のお爺ちゃんは格好良くって、私は小さな頃から憧れていたんだ」
時には足場を用意して外から窓越しに、時には僅かに開いた戸の隙間から。
幼い頃から祖父の働く姿を見ていた美琴は、同い年の子ども達とままごとをするよりも鍛冶仕事を見ている方が楽しかったらしく、何度叱られても覗くのを止められず、自分も鍛冶師になっていつしか祖父の跡を継ぎたいと思うようになったそうだ。
「真っ赤に熱された金属がどんどん形を変えて様々な物へと形作られる。それって魔法みたいだなって思ってね。小さい頃はいつまでも眺めていられたんだ」
「それ! 凄く分かります……! 私も、父や祖母の働く姿が好きで、何度も作業場に入り込んで……」
「アーシャちゃんも同じだったんだ……」
同じ女の子で、気持ちを分かち合えるものが居て。
美琴は嬉しそうにしていたが、その表情にはすぐに影が差す。
同じ女の子で、同じ鍛冶屋の生まれだとしても、美琴とアレイシヤでは決定的な違いがあるからだ。
「アーシャちゃんは鍛冶師になろうとしている事を誰にも反対とかされなかったの?」
「は、はい……。えっと、そもそもアイントール家は代々鍛冶師の家系ですので。強制的にという訳ではありませんが、私の家系では鍛冶師になる者が多いので」
「そっか~……。いいなぁ……、羨ましいなぁ……」
いっその事アイントール家に弟子入りしたいと美琴は言い出し、アレイシヤを困らせていたが、笑いながら冗談だと言って誤魔化す。
彼女がぎこちなく笑みを浮かべている辺り、冗談などでなく、本気でもあったのだろうと分かる。
それ程までに美琴は自身の夢と現実の板挟みにあっていたのだ。
「女は鍛冶場に入るものじゃないとか言っちゃってさ。お爺ちゃんは全然話を聞いてくれないし、作業もじっくり見せてくれないし……」
「確か鍛冶の女神が……、この国にはそういった伝承があると聞きました」
「アーシャちゃん、良く知っているわね」
「あ、はい……。本を読んで知りました」
縁結びの神様がカップルを破局させるという迷信があるように、鍛冶を司る女神が女性に対して嫉妬するという言い伝えもある。
その迷信を信じてか、実際の所、鍛冶の作業場に女を立ち入らせないという掟もあったようだが、それは過去の話である。
「今では女性の鍛冶師だっているのに、お爺ちゃんったら昔気質でね……」
気難しい祖父の姿を思い浮かべ、やれやれと肩を落として大きく溜息を吐く美琴。
どうしてそこまで建雄は頭が固いのかと嘆く所だが、それは技術を守る為であって、伝統を重んじる祖父の意向に理解がない訳ではないようだ。
「本当はお爺ちゃんに色々と教わって、跡を継ぎたいと思っているんだけど、それは無理そうだからね。高校卒業したらどこかの鍛冶屋に弟子入りして、いつかは見返してやるつもりよ」
そう夢を語った美琴の瞳は真っ直ぐでいて。
祖父との確執も気に掛かる所だが、どうやらその心配は必要ないようだ。
「……って、事で。アーシャちゃん。アーシャちゃんの家で弟子の募集は――――」
「ええっと、それは――――」
「か、金屋。アーシャの家は海外だぞ。そんな遠くにでも行くつもりなのか?」
「どちらにせよ家を離れることになるのだから、大差ないでしょう? あ、でも、アーシャちゃんの出身国ってドイツだっけ。英語は一応力を入れて勉強しているんだけど、ドイツ語かぁ……」
冗談か本気か分からない美琴の発言に翻弄される海人とアレイシヤ。
どうにか誤魔化せはしたが、少しの間だけでも工房を見せて貰い、本を貸してもくれると言った美琴に対し、何も返せないのは申し訳なく感じているようで。
美琴がお茶のお代わりを用意しに一階へと降りて行った隙に、アレイシヤは海人に相談を持ち掛けた。
「あの、カイトさん……」
「ああ、分かっているよ。金屋の為に何かがしたいって言うんだろう?」
「は、はい……!」
言わずとも察してくれたことにアレイシヤは期待に胸を膨らませるが、海人は腕を組んで難しい顔をして唸っている。
金屋の為に出来る事。
アレイシヤの実家に弟子入りするのは無理だとして、金屋の祖父、建雄を説得するのも難しい。
いきなり押し掛けてきたよく知りもしない学生達に彼是と言われても納得する筈はない。
それどころか、海人は重蔵の孫であって、建雄と重蔵は犬猿の仲のようで。
その点から話すらさせて貰えない事が容易に想像できるからだ。
「……そう、ですよね」
希望から一転。しゅんと落ち込むアレイシヤ。
彼女の希望を出来るだけ叶えたいのか、海人は慌てて代案を上げてみる。
けれどもそれも、そう簡単には実行できそうにない内容であった。
「私の事を……?」
「ああ。アーシャの事を包み隠さず教えるっていうのはどうかなって」
祖父の怒りを買うと知っていながらも、美琴は海人達を自宅に招き、工房に立ち入らせた。
自身の複雑な事情と、抱いている夢と思いを明かしてもくれた。
そのように真摯に向き合ってくれた者に対し、隠し事をしたままであるというのも居心地が悪いようで、海人は自分達の事を明かしても良いのではと提案する。
「金屋なら言いふらしたりはしなさそうだし、大事になる事も無いかなと思うんだ」
「そう……、ですね。ですが……――――」
「危険な事に巻き込むかも知れない。それが心配、か」
「はい……」
異世界シュトラルヴェルトからの侵攻は止まったかに思われたが、今は呪われた装具を用いて海人達へと襲撃を仕掛けてきている。
事情を明かす事で危険な事に巻き込んでしまうのではと、アレイシヤは危惧しているようだが、海人は問題ないと言った。
「金屋にヒーロー研究部に入って貰う訳ではないからな。それに、事情を知っていて貰った方が良い事もあるかもしれないし」
「そう……、ですね。有事の際に連絡手段があれば……」
「俺達もいち早く駆けつけられて、動きやすくなる」
これは双方にとって都合が良い事だと海人は判断しているようだが、アレイシヤはまだ不安が残るようで、素直に頷きはしなかった。
ちなみに彼女の気掛かりとは、自分達が明かす事実を信じて貰えるかというものである。
「確かに。そう簡単に信じて貰えないかも知れないけど……。そうだ……! 今度はこっちが披露するっていうのはどうだ?」
「私達が……? それは魔道装具をという事ですか?」
「それもそうだが、今、ガイラルドが魔高炉と金床を探してくれているだろう。それが見つければ、金屋に異世界のだけど、鍛冶の作業を見せられるんじゃないか?」
「あ……!」
海人の提案に大きく目を見開くアレイシヤ。
異世界とこちらの技術は同じではないが、それは自分の事を知ってもらえる何よりの機会である。
良い案だと言ってアレイシヤは乗りかかるが、彼女はハッとしてオロオロとし始めた。
「あ、あのあの……っ! 私の腕はまだまだでして……。人様に見せられるような代物では……っ」
慌てふためくアレイシヤの姿に海人は思わず吹き出してしまう。
そんな事はないと、装具の復元に立ち会った海人は自信を持つべきだと言ってアレイシヤを奮い立たせようとするが、謙虚な彼女が堂々とするのは困難なようだ。
「カイトさん……っ! 他人事だと思っていませんか!?」
「そんな事はないよ。アーシャの腕は俺が保証する」
「えぇ!? そ、そんな風に言われましても――――……っ!?」
遠くから聞こえてきた音。
それはガラスか何かが叩き割られたような音であって、海人とアレイシヤはピタリと止まり、何かあったのかと辺りを窺う。
「カイトさん……っ」
「ああ。とにかく下に降りてみよう」
不吉な物音に胸騒ぎを感じた二人は美琴の私室から出て階下へ。
台所を覗いてみたが美琴の姿はなく、用意しかけの湯飲みと急須が放置されており、玄関の戸は開きっぱなしであって、胸騒ぎは確信へと変わった。
「貴方達……っ! 一体何を――――……お、お爺ちゃんっっ!!」
美琴と思しき少女の叫び声は閉ざされていた筈の工房から響いた。




