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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第10話 彷徨える見習い鍛冶師
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7.祖父と孫娘と一斗缶

 放課後のとある一室。

 そこでは規則的な機械の音と、布同士が擦れる音が響いている。

 機械とはミシンの事で、そこでは何かしらを縫っているのだが、ここは手芸部ではない。

 この部室はヒーロー研究部のものであって、部員達は熱心にある物を作っていた。


「占部。これで、いいか?」

「……ええ、良く出来ているわ。犬飼君って手先が器用なのね」

「占部氏。ここはこれで間違いないでしょうか?」

「……うん。バッチリよ。雉岡君も丁寧な仕上がりだわ」

「なぁ占部。ここはどうすれば良いんだ?」

「ここは……、こうね。猿渡君も順調ね」


 漫研部の妨害を抑え込み、無事に海人とアレイシヤと金屋を逃がした真帆達。

 今現在海人とアレイシヤを除いたヒーロー研究部の面々は、部室で裁縫に勤しんでいる。

 皆が作っているのはフード付きのケープで、それは襲撃者と対峙する時に人目を気にせず戦う為に必要な変装用の衣服であった。

 体育祭の部活対抗リレーで得た副賞の部費で生地を購入し、ミシンは手芸部から借り、各々のケープを縫い上げる。

 家庭的な事が得意な真帆はともかく、猿渡達三人組がどうなるかと思われたが、三者は細かい作業は得意なようで、ペースは遅いが着実に進んでいた。

 皆順調に作業が続いているようにも見えるが、たった一人、女子力が高いようで低い人物がいるようで、真帆はその者の手元にある物体を見て溜息を溢した。


「あぁ……っ! また糸が絡まったぁ!! ちょっと、このミシン壊れているんじゃないの!?」


 失敗したのは機械のせいだと言って当り散らしているのは桃子で、彼女は今にでも投げ出しそうになっていた。

 彼女が不機嫌な理由はケープ作りが上手くいかないという点もあるが、一番の原因は彼女のモチベーションを保たせる人物がここに居ないからである。

 桃子は絡まった糸を糸切り鋏で切りながらブツブツと文句を垂れていた。


「やっぱり私も海人君と一緒に行けばよかったなぁ~。誰かさんが口煩く言うから残ってあげたのに、こんな面倒な事をやらされるなんて~」

「誰かさんって誰の事? もしかして私の事かしら?」

「もしかしなくてもそうです~! 全部真帆ちゃんのせいなんだから!」


 大勢で押しかけるのは迷惑になるだろうと、そう提案したのは真帆であって、その時点では誰も反論せずに納得した。

 けれども問題は誰がアレイシヤと共に金屋宅を訪問するかであって、真っ先に手を挙げて名乗りを上げたのは雉岡であった。


「この私めをお供に……っ! ……何ですか、皆さん。その疑いの眼差しは? 私は決してやましい事など考えてはいませんよ。純粋に、アーシャたんのお供をしたいだけであって、邪な想いなど――――」


 彼の弁明は彼の不誠実さを表すようであって、雉岡だけは絶対に駄目だという烙印を押されてしまった。

 雉岡が脱落した所で真帆から推薦を受けたのは海人で、猿渡と犬飼は問題ないと同意するが、そこでまた待ったが掛かる。


「はいはい! 海人君が行くのなら私も行くっ!」

「桃子。人の話を聞いていたの? 人数はなるべく少ない方が良いって――」

「えぇ……っ。二人も三人も変わらないわよ」

「それは招く側が言う台詞であって、訪問する側が言う言葉じゃないわ」

「ぶーぶー! 真帆ちゃんのケチ!」


 口を尖らせて文句を言う桃子に対し、真帆は額に青筋を立てており、すぐにでもいつもと同じような口喧嘩を始めかねない様子であった。

 今は五限目と六限目の間の短い空き時間であって、長い議論は出来ない。

 海人は嫌々ながらも自分が何とかせねばと思い立ち、二人の間に入った。


「桃子。悪いが今回は俺とアーシャに任せてくれないか?」

「むぅ……っ! 海人君まで酷いよぉ!」

「……こ、今度放課後に桃子の好きな所に付き合うからさ」

「ホント?! 仕方ないなぁ~。それなら良いわよ!」


 回数を重ねれば女の扱いに慣れていない海人でも小慣れてくるのか。

 桃子はすっかりと海人の言いなりに。満面の笑顔を浮かべて引き下がった。

 これで桃子は大人しくなり、一件落着かと思われたが、桃子をあしらう海人に対し、真帆は蔑みの視線を向けるのであった。


「ま、真帆? 何でそんな目を向けてくるんだ?」

「別に。色男っぷりが板についてきたとか、譲司おじさんに似てきたなー……なんて、思っていないから」

「いやそれ思っているんだろう!? と言うか、頼むからあのクソ親父と一緒にしないでくれ!」


 嘘であって欲しいと願い、絶望の表情で真帆に縋っていた海人。

 頼りがいがあるようでないような彼の姿を思い起こしていた真帆は小さく笑い、桃子からぐちゃぐちゃになった布を取り上げて直し始める。


「海人、ちゃんとやっているかしら」


 心配ではあるがきっと大丈夫。そう結論に至った真帆は自分に出来る事をと思い、止まっていた手を動かし始めた。






 真帆達が学校に残り、ケープ作りに勤しんでいた頃。

 海人とアレイシヤは金屋の案内により彼女の家へ。

 無人の工房を見学していたが、そこで荒々しく戸が開かれ、驚き固まる。

 シンと静まり返った工房に響くのは落雷のような怒鳴り声。

 声の主は立派な口髭を蓄えた老人で、彼の背の高さも目を見張る所だが、その身体は鋼のような筋肉質であった。


「お、お爺ちゃん……っ!」


 金屋が呼ぶ前に海人は老人の素性に気が付いていたが、悠長に挨拶をする暇は与えられなかった。

 彼は金屋を守るようにして立ちはだかり、伸びてきた金屋の祖父の手を掴んで止めた。


「ぬうっ!? なんじゃ、この小僧は……っ!!」

「あ、えっと、どうも……」


 咄嗟に腕を掴んでしまったが、海人は後先など考えていない。

 ギロリと鋭い視線を向けてくる老人に対し、引きつった笑みを返す事しか出来なかったが、説明しなかったが為に状況はあらぬ方向へと転がる。


「小僧……っ、まさか……っ!? 美琴の男じゃあるまいな!?」

「えぇ!? いや、俺はそんなんじゃ――」

「そんなとはなんじゃ!? ウチの孫娘にケチをつける気か!!」

「はぁ!? そんな事は一言も――」


 頭に血が上った人物に何を言っても無駄である。

 その事を改めて思い知った海人だが、悠長に構えてはいられない。

 金屋の祖父は海人が掴んだ手を乱暴に振り払うと、壁に掛けてある槌を手にして睨みを利かせた。


「このクソ餓鬼が! ウチの孫娘に手を出して、ただで帰れると思うなよ……!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! これは誤解で――――」


 金屋の祖父がにじり寄った分、海人は後退ってある程度の距離を保つ。

 そうやってどうにか距離を詰められないようにしながら説得を試みようとする海人だが、彼は目の前の光景に驚き目を見開く。

 暴走する金屋の祖父の言葉を遮ったのはガンッという金属を叩きつける音で、それは金屋が手にした空の一斗缶を祖父の頭部に叩きつけた音であった。

 結構な音量に海人とアレイシヤは金屋の祖父の身を案じるが、どうやら何ともないようだ。

 彼は俯いた顔をがばっと上げ、金屋を睨み付け怒鳴り散らした。


「美琴ぉぉおっ!! 目上の者に対して何をしやがる!!」

「お爺ちゃんが黙らないからでしょう」

「この状況で黙ってなどいられるか! ……ったく。こんな粗暴な娘に誰が育てたのか。親の顔が見てみたいものじゃな」

「それは貴方の娘でしょうに。今朝も一緒に朝食を食べたでしょう?」


 フンと鼻を鳴らし不機嫌そうな面構えでいる金屋の祖父。

 大人げない態度を取る祖父の姿に辟易とした様子の金屋は、盛大な溜息を吐きつつ海人達の紹介を始めた。


「お爺ちゃん。彼は竜堂海人君で、彼女はアレイシヤ・アイントールさん。二人とも私と同じ学校で、隣のクラスの子だよ」

「こっちの小僧は美琴のこれじゃないのか?」


 そう言って金屋の祖父は親指を立てているが、海人は彼氏でも何でもない。

 話したのも今日が初めてであって、知人というのもおかしな話で。

 どう説明するかと思われたが、金屋は海人とアレイシヤを友人だと言って祖父に紹介した。


「それで、こっちの短気で人の話を聞かない人が私の祖父、金屋建雄(カナヤタケオ)よ」

「誰がキレやすい老人じゃ!? ……全く、口ばかり達者になりおって――――」

「あ、えっと、突然お邪魔してすみません。あの……、急に訪ねてきて申し訳ありませんが、ここの工房を――――」


 挨拶もそこそこに。海人はここに来た理由を明かし、見学の許しを請おうとするが、建雄は海人の言葉を一切聞き入れない。

 美琴の紹介通りに建雄は人の話を聞かないようであって、彼は品定めをするように海人のつま先から頭の天辺までをまじまじと見つめており、ひとしきり眺めた所で鋭い眼光を向けて問い質してきた。


「本当にウチの孫娘と爛れた関係では無いんだろうな!?」

「は、はい……! 断じてそういった関係ではありません!」

「そうか……。まぁ、美琴を嫁にやるならばもうちっと背丈と筋肉を蓄えた男じゃないとイカンしな……」

「は、はぁ……」


 海人は学年一位くらいの運動神経であって、身体つきも平均的な男子学生より鍛え抜かれている。

 制服に身を包んでいるせいでその点は分かりづらいのか、とにかく建雄の眼鏡には適わなかったようだ。


「ごめんね、竜堂君。ウチのお爺ちゃん、口が悪くて……」

「いや、別に構わないさ。金屋のお爺さんの身体つきに比べれば、俺なんてまだまだだし」


 建雄に代わって謝る美琴に対し、海人は首を横に振った。

 海人の言う通り、建雄の身体は立派な筋肉を蓄えており、逞しく、彫刻のようである。

 思ったままを口にした海人だが、どうやらその言葉は建雄を喜ばせたらしく、少しばかり纏っていた空気が和らいだ。


「……小僧。中々見る目があるじゃねぇか」

「え? そ、そうですか……?」

「名前は何と言ったか」

「りゅ、竜堂海人、です……」

「そうか、竜堂海人か。竜堂……、竜堂……? ム……? その名前、何処かで――――」


 ただでさえ深く刻まれた眉間の皺を一層深め、建雄は唸り考えを巡らせている。

 彼は海人の名字に何かが引っ掛かるようでいて、海人の顔をまじまじと見つめ、その容姿から何かを思い出したようで、驚き声を上げた。


「小僧……っ! お前さんは隣町、露草町に住んでいるのか?!」

「は、はい。そうですけど……」

「ならば剣道の道場をしていたりはせんか?」

「ええっと、今はやっていませんが、自分が小さな頃は剣道教室をやっていました」

「そうか……、やはりな。……となると、お前さんの祖父の名は重蔵で間違いないか?」

「……! そ、そうですけど……。もしかして、爺ちゃんの知り合いで――――」


 かつて建雄は竜堂家の剣道道場に通っていたのだろうと、そう合点がいった海人は世間の狭さを思い知ったのだが、この話はそう簡単には終わりそうになかった。

 海人が重蔵を祖父であると認めた途端、建雄はカッと目を見開き、肩をわなわなと震わせた。


「――――まさかここに来てあのスカシ野郎の孫に会えるとはなぁ……!!」


 額に青筋を立てた建雄に胸ぐらを掴まれて引き寄せられた海人。

 どうやら建雄と重蔵は旧知の仲と言うよりも、何やら因縁めいたものがあるようで、海人は意図せずして巻き込まれてしまった。






 海人とアレイシヤが金屋の実家を訪れていた頃。

 目的は違うが金屋家の鍛冶工房を訪れたいと願っていた漫研部員達は、不満を口にしつつある場所へと向かっていた。

 真帆達ヒーロー研究部によって金屋との接触を妨害され、またもや交渉するチャンスを失った漫研部員達。

 その者達は何度断られても諦められないようで、今回のように避けられても身を引く気は一切ないようだ。

 彼らや彼女らをそうさせるのはひとえに愛する作品への想いが強いからであるのと、部活動に関わるからであった。


「――――……一体誰ですか? 本物の鍛冶屋を訪れたいって言いだしたのは」

「仕方ないだろう。背景が白いと文句を言われ、適当に描くと貶されるんですから……」

「今回は同人誌ではなく賞に応募するんですよ。この題材に決めたからにはこだわらないと……!」

「もうネットで適当に画像を拾ってトレスで良いんじゃね?」

「何を馬鹿な事を! トレパクなんて出来る訳ないでしょうが! 恥を知れ、恥を!」


 そういった事情があるならば、金屋も話を聞き入れたかもしれないが、残念なことに漫画研究部の中には交渉に長けた者がおらず、集団で押しかけた為に与えた印象は最悪で。

 悪印象というのは中々払しょくされないものであって、今日まで避けられ続けたのであった。


「それにしてもあの竜堂って奴、後から来たのに自分達より先に金屋家に行くとは……っ!」

「奴は数々の女を落としては泣かせて、次の女に乗り換えたり侍らせたりと、良い噂は聞きませんぞ」

「ヤリチンでリア充とは……っ! 許すまじ、竜堂海人!!」


 根も葉も無い……とは言い切れない噂で陰口を叩く漫研男子部員達。

 そうする事で少しは溜飲が下がるかと思われたが、ますます腹が立つばかりであって、その行き場のない怒りが彼らの行動力をあらぬ方向へと曲げてしまった。

 彼らが今現在居る場所は露草町の隣町、葉薊町の駅前のアーケード街であった。


「さて、ここから先は――――」

「んん? 君達、何をしているんですか?」

「ねぇねぇ、これを見てよ。カッコ良くない?」


 いつの間にか傍を離れていた女子部員達は、商店と商店の間に露店を広げている所に居り、商品を眺めながら盛り上がっていた。

 店主は占い師のような格好を。六月の半ばを過ぎ、湿度も上がっているというのに黒いローブを着込んでフードを目深に被った者で、怪しさは半端ない。

 警戒するところであるが、並べられている商品、指輪やバングルなどのアクセサリーはどれも目を引くデザインであって、男子部員達も思わず手に取ってしまった。


「――――チカラガホシイ、カ?」


 老婆のようでもあり、老爺のようでもあるしわがれた声。

 それは人の心を惑わす悪魔の囁きであった。




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