6.鍛冶屋の孫娘
隣町、葉薊町にある鍛冶屋の娘である金屋美琴という少女と、彼女に話があるという生徒達。
アレイシヤの為に金屋から話を聞こうとした海人は両者に挟まれてしまい、揉め事に巻き込まれてしまった。
「だから、君達との話は終わったと言ったでしょう?」
「一方的に話を終わらせないでよ。私達はまだ諦めた訳じゃ――――」
「無理なものは無理なんだから、そろそろ諦めてくれないかなぁ……」
「そこを何とかお願い! 迷惑は掛けないから――――」
今の時点で十分に迷惑を掛けているだろうと言いたい所であるが、ここで口を出すと余計にややこしくなると思い、海人は出かかった言葉を飲み込む。
とはいえこのまま両者の言い合いをただ眺めているだけではいられない。
海人は話が通じそうな金屋にこれまでの経緯を尋ねた。
「――――え? この人達も金屋の家を訪ねたいって?」
金屋と言い争っている生徒達の目的は、偶然にも海人達と同じであった。
驚きどう反応してよいのやら悩み、海人は複雑な表情をしていたが、雉岡は想定内の事だったらしく、冷静な面持ちのまま近づいて口を挟んだ。
「全く、貴方がたは……。オタクの風上にも置けないようですね」
「お前は……っ! 雉岡……っ!!」
やれやれと肩を竦めさせた雉岡は、冷ややかな目を向けている。
どうやら金屋にしつこく絡んでくる者達は雉岡の知り合いらしく、彼は遠慮なしに批判を繰り広げた。
「聖地巡礼はマナーを守るのが鉄則ですよ。無理やり押しかけようなどとは、ファンにあるまじき行為です」
「部を辞めて訳の分からない部に鞍替えした奴に言われたくないわね」
「今となっては貴方がたと同類に思われなくて済んで良かったと思いますよ」
「な……っ! お前……っ!! その言い草は――――」
雉岡の元居た部といえば漫画研究部で、金屋にしつこく迫っていた者達は漫研部員のようだ。
漫研部員達は雉岡を裏切り者だと定めているようで、どうにも当たりが強い。
そのせいかその者達の意識が金屋から雉岡に移り、金屋は解放される形となったのだが、雉岡を部活動に誘った海人としては釈明をしなくてはならなかった。
「ちょっと待ってくれ。雉岡は――――……って、雉岡?」
海人に目配せをした雉岡は背を向けて漫研部員達の非難を一手に引き受ける。
今のうちに話を進めておいて下さいと、そういった彼の意図を読み取った海人は頷いて金屋に向き直った。
「金屋。この状況で頼むのは気が引けるんだが――――」
雉岡が作った隙を突き、金屋との約束を取り付けようとする海人。
けれども無情な事に、チャイムが鳴ってしまい話は途中で遮られてしまった。
惜しくもあるがここは致し方ない。雉岡が漫研部員を引きつけている間に金屋には教室に戻って貰おうとするが、彼女は意外な反応を見せた。
「それじゃ、竜堂君。話は放課後で良いかな」
「あ……、ああ。悪いがそれで頼む!」
金屋が教室に引っ込み、話を遮られたと喚く漫研部員達も予鈴には従わざるを得ないようで、悪態をつきながらそれぞれの教室に戻って行く。
想定外のトラブルに巻き込まれたが、何とか約束は取り付けられた。
だが雉岡は元居た部の者達に敵意を向けられてしまい、散々詰られてしまった。
彼は落ち込む様子を見せた訳ではないが、海人達は気遣いそっと声を掛ける。
「雉岡……。気が付かなくて悪かった。俺が部に誘ったせいで……」
「竜堂氏、何を言いだすんですか? あの者達の戯言など、私は気になりませんよ」
やはり気に留めてないのか、涼しい顔で言ってのける雉岡。
この程度では動じないクールな振る舞いに海人は感心するところであったが、そんな彼でも相手によっては動揺を抑えきれないようだ。
彼を狼狽えさせるのは申し訳ないと眉をハの字にしているアレイシヤである。
「キジオカさん……。私の我儘のせいでこんな事になって……。申し訳ありません……っ」
「な……っ! 何を仰るのですか!? この雉岡、アーシャさんの為ならば責め苦を味わおうが、火刑台で磔になろうが一向に構いませんっ!」
「え……、そ、そんな事まで……。そんな……、もっと自分を大事にしてください……っ」
「なんとお優しい言葉を……っ。やはりアーシャたんは天使! この掃き溜めのような地上に舞い降りたエンジェルですっっ!」
「えぇ……っと……」
目を輝かせて熱弁する雉岡。
彼は取り乱しているようだが、これが彼の平常運転であって、海人達は呆れて溜息を吐きつつ教室に戻った。
五限目、六限目と、二つの退屈な授業を経て、午後のHRも終えて迎えた放課後。
海人達ヒーロー研究部の面々はHRが終わるなり勢いよく立ち上がり、サッと荷物を纏めて教室を後にする。
彼らが目指す場所は隣のクラスであって、距離は無きに等しい。
そこまで急ぐ必要があるのかと疑問が残る所であるが、HRとはクラスごとに終わる時間がまちまちであって、壁を隔てて聞こえてきた隣のクラスの物音に焦りを感じていたようだ。
「金屋は教室に……居た! だけど、このまま行かせてはくれないようだな」
教室に居る金屋は海人の姿に気が付き、軽く手を挙げるが困った顔をしている。
彼女を困らせているのは他でもない、昼休憩に押しかけていた漫研部員達であった。
海人達よりも早く金屋のクラスに辿り着いた漫研部員達は入り口で待ち構えているようで、それにより金屋は教室から出られない状況に陥っていたのだった。
「作戦通り、ここは任せてくれ、海人」
「ああ、頼んだぞ、みんな」
行く手を阻む者共を引き受けたのは猿渡達三人組である。
彼らの役目は金屋と海人に漫研部員達を近づけさせないようにする事だが、力尽くでという訳ではない。
大柄で体格の良い犬飼が立ちはだかるだけで漫研部員達は怯み、見事な壁となって阻む事が出来るからだ。
「金屋。こっちだ……!」
「え? で、でも、他の人達は良いの?」
「ああ。ここは猿渡達に任せて。この隙に――――」
海人とアレイシヤは猿渡達が漫研部員達を抑え込んでいる間に金屋を連れ出し、教室を後に。
背後から罵声を浴びせられるが、猿渡達三人組だけでなく桃子や真帆も協力したお蔭で、海人達は校舎から無事に脱出できた。
「――――ありがとう。竜堂君達のお蔭で今日は早く帰れそうだよ」
「いつもあんな風に絡まれているのか?」
「うーん……。毎日って訳じゃないけど、ここの所はね。今日は特にしつこかったけど」
学校から出て暫くして。
流石にここまでは追ってこないだろうという所で海人達は歩くペースを落とす。
丁度良くそこにはコンビニがあって、金屋はお礼にと言ってジュースを奢ろうとするが、海人はこれから頼む事を考えて礼を断る。
寧ろここは自分がと言って自費でペットボトルのジュースを三本購入し、金屋に好きな物を選んで貰った。
「お金は要らないって……。私は奢って貰うようなことは何も――――……って、そう言えば竜堂君。君も私に何か頼みごとがあったんだっけ?」
「そ、それは……」
スッと目を細めて相手の心を見透かすような仕草を取る金屋。
思っていることが顔に出てしまう海人とアレイシヤは、あたふたとしつつも視線を外して誤魔化そうとするも、今更である。
何を頼まれるのか、大体を察しているであろう金屋は受け取ったジュースを突き返すかと思いきや、ボトルのキャップを外して炭酸飲料を口にした。
「……金屋?」
「あのしつこい連中から解放してくれたし、ジュースも貰っちゃったし。良いよ。私が出来る事なら何でも言って」
「本当に良いのか!?」
「あ! 何でもって言っても、無理なものは無理だからね」
「あ、ああ……」
「それじゃ、話を聞かせてくれる?」
異世界の事は伏せつつ、事情を明かす海人。
それは雉岡と真帆からのアドバイスで、正直に話した方が心証を良くするだろうという事で、アレイシヤが鍛冶師に興味があるという事を強調した。
「え? この子が私の家を……?」
アレイシヤの実家は鍛冶屋で、彼女は自分も将来鍛冶師になりたいと思い日々勉強をしている。
事実と異なるのはアレイシヤが見習いとはいえ既に鍛冶師という事だけであった。
海人は正直に。アレイシヤが金屋の実家である鍛冶屋に興味があると説明したが、金屋は驚き疑いの眼差しを向けてきた。
「こんなに小柄で可愛い子が、ねぇ……」
見た目で訝しがるのも無理はない。
アレイシヤの背丈は小学生の高学年か、中学一年生並みであって、容貌は外国製のお人形のように可愛らしい。
男共が額に汗を浮かべて槌を振るう鍛冶になど、無縁のような存在に思えるのは当たり前の事である。
「金屋。信じられないかも知れないが、嘘なんかじゃ無くて――――」
ここで退く訳にはいかないと、海人は証明しようとするが、その必要は無かったようだ。
金屋に向けたアレイシヤの真っ直ぐな瞳。
それはどんな説明よりも説得力があるようで、金屋はアレイシヤの想いを汲み取り、深く頷く。
「――――嘘を言っている訳じゃなさそうだし、そういう事なら良いよ」
「ほ、本当に良いのですか……!?」
「うん、良いよ。…………多分」
「たぶん? えっと、それは……」
「鍛冶屋を営んでいるのは私のお爺ちゃんだから。一応頼んでみるけど、どうなるかは何とも言えないんだ」
「そ、それは……。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません……っ」
「ああ、いや、そんなに頭を下げなくても良いよ。寧ろぬか喜びをさせるかもしれないって事で、私が謝らないといけないかもだし」
ぬか喜びだろうが、無駄足を踏むことになっても構わないという事で。
海人とアレイシヤは金屋の家を伺う事となった。
日を改めてからという選択肢もあったが、陽もまだ高く、金屋の勧めもあって、海人とアレイシヤはそのまま金屋の実家がある葉薊町に向かった。
「そう言えば今日は商工会の集まりがあるようだからね。これは絶好のチャンスだよ」
「は? それって、お爺さんに内緒で立ち入るって事なのか?」
「物に触れなければ大丈夫よ」
「そ、そう……、なのでしょうか……」
海人とアレイシヤは本当に良いのかと不安を過らせていたが、金屋はニヤリと笑って見せ、問題ないと言ってのけた。
今日の訪問はアレイシヤがこちらの世界の鍛冶屋に興味を抱いたからであって、期待に胸を膨らませて喜ぶのはアレイシヤの方だと思う所だが、何故だか金屋の方が楽しげにしている。
金屋の自宅までの道中も、彼女はアレイシヤの実家の事を根掘り葉掘り聞き出そうとするなど、興味津々な様子であった。
「ここがお爺ちゃんの店舗兼工房で、裏が住まいよ」
金屋の質問攻めをどうにかやり過ごしている内に辿り着いた先。
そこは歴史を感じさせる建物が多く残る場所であって、金屋の実家である鍛冶屋だけでなく、ガラス工芸や織物に染物、陶芸や彫刻など、代々技術を重ねてきた店が軒を連ねている。
今日は店主である金屋の祖父が出掛けているからか、店舗の入り口は閉じられており、カーテンによって中の様子は窺えない。
金屋はこっちだと言って裏口に回り、自宅から拝借した鍵を使って工房の戸を開いた。
「ここが……。この世界の工房ですか……!」
足を踏み入れた瞬間、鼻孔をくすぐるのは炭の薫りと金属が焼けた匂いで。
奥にどっしりと構えているのは石造りの炉で。
作業場に据えられた金床は年季が入っており、壁にぶら下げられた多くの槌からも、長年使い込まれて大事にされている跡を感じさせた。
備え付けられた設備に、道具に。それらからこの工房の歴史や職人の技術を読み取っていたアレイシヤは感嘆の溜息を漏らしていたようだが、金屋はアレイシヤの言葉に首を傾げた。
「この世界? この国じゃ無くて?」
「い、今のは間違えだよな、アーシャ……っ!」
「あっ! そ、そうです。カイトさんの言う通り、間違えて……っ! えっと、素敵な工房ですね」
慌てて誤魔化し訂正する海人とアレイシヤに対し、金屋は特に気に留める事も無い。
彼女はむしろ工房を褒められた事が嬉しいらしく、はにかんで見せ、別の問いをアレイシヤに投げかけた。
「アーシャちゃん。アーシャちゃんの実家とウチとではどうかな? やっぱり外国だと土地が広いから炉だって大きなものだろうし、作業場もここよりずっと広いんじゃない?」
「は、はい。ミコトさんの仰る通り、炉は高炉で大きくて……。職人さんも多く居るので作業場も広いですね」
「そっかぁ~。それじゃ、こんなこじんまりとした工房、見てもつまらなくないんじゃない?」
「そんな事はありません! ここは素敵な工房です。道具の一つ一つから職人の想いが感じ取れるようですし、この空気は私の実家と同じようです」
「そう……、なんだ。そっかぁ……」
「それに、ここにはこちらの世界ではあまり感じられない精霊の気配が――「わあああああっ!!」
大声を出してアレイシヤの失言を掻き消す海人。
それはわざとらしいものであったが金屋は驚くだけであって、訝しがる事はなく大丈夫かと問い掛けた。
「ど、どうしたの? 竜堂君。急に大きな声を出して」
「あー……、いや。俺は金屋のお爺さんが作った物が見たな~って」
「……竜堂はせっかちなんだね」
「ははは……、すまない……」
「いや、謝る事はないよ。それじゃ、店舗の方に行ってみようか」
ニコニコと笑う金屋は工房から店舗へと向かおうとするが、背後から聞こえた音に肩を震わせる。
それは閉めた筈の工房の裏口であって。
そこに佇むのは大柄で厳つい顔をした老人であった。
「――――美琴……っ。またお前は……っ!!」
「あ……。ヤバ……っ」
火が点いたように顔を赤くし、頭に血を上らせたであろう老人は金屋の弁明を聞き届けないまま彼女に掴みかかった。




