4.蔵の中に眠る物
破壊された海人の装具を復元させるのに必要なもの。
一つは制作者であるマルリースの設計図で、もう一つは作業を行うには欠かせない物、魔高炉と金床であった。
設計図はもしかするとマルリースが竜堂家に残しているかもしれないという事で、放課後に海人達ヒーロー研究部の皆が集って捜索をしている。
そして魔高炉と金床はガイラルドに心当たりがあると言い、彼はそれらを求めてある場所を訪れていた。
「お忙しい中、時間を割いていただき感謝いたします」
革張りのソファーから腰を上げたガイラルドは礼を述べると共に恭しい礼をする。
彼が今現在居るのは高級住宅街の中に在る一際大きな屋敷であった。
応接室に当たるその部屋には美しさと品を兼ね備えた調度品が並べられ、花瓶には鮮やかに咲き誇る花が活けられている。
ガイラルドがこの屋敷を訪れたのはある人物と会う為であって、その者、黒衣に身を包み、白い仮面を身に着けた女性と思しき者は、畏まるガイラルドに対してそこまでする必要は無いと言い、席に着くよう勧める。
「私は貴方がたの主ではありません。ですからそのように振る舞う必要は無いのですよ」
「いいえ。我が剣は国に捧げたもの。となれば連なる血筋の方に従事するのは当然の事と存じます」
仮面を着けているせいで女性の表情は窺えないが、肩を落としている辺りから呆れている様子が窺える。
彼女は頑なな態度を取るガイラルドにこれ以上何を言っても意味がないと察してもいるようで、早々に話を切り替えて本題に入った。
「話は事前に伺っていますが、直ぐに力を貸せるという訳では……。難しい話になりますね……」
「そう……、ですか」
「理由は話さずとも理解していただけるでしょうか?」
「……存じております」
ガイラルドが探している物。魔高炉と金床は仮面の女性の手元にあるそうだが、今すぐに貸す事は出来ないらしい。
その理由を察しているガイラルドは致し方ないと思っているようで、そこを何とかと食い下がらなかった。
力になれない事を申し訳なく思っているのか、仮面の女性は他に当てがないかと問い掛けてくる。
「貴方方がこの地に降り立った場所の……、先遣隊が使用していた施設には向かったのですか?」
「それは午前中に確かめてまいりました。残念ながら、転移装置を破壊する前に他の設備も使用不可にしてしまったようでして……」
「あの方でしたら躊躇いもなくそうするでしょうね」
二人の脳裏に浮かぶのは笑顔で施設を破壊する男の顔で、二人は同時に肩を落として溜息を漏らした。
ある男の存在に頭を悩ませつつも、二人は致し方ない事だと割り切っているようで、他の方法を模索する。
「……となれば、私の所へ装具を預けて頂くというのはどうでしょう。損傷の度合いにもよりますが、半月ほどあれば修復できるかと」
「装具の作製には家系ごとに癖があるとも聞き及んでいます。特にあの装具はマルリース殿が手掛けたものであって、アイントールの者に任せる方が良いかと」
「……。……でしたら、アイントールの娘にだけ事情を明かす事に致しましょうか」
仮面の女性としては接触を避けたいようであって、提案をするのにも迷いがあるように感じられる。
ガイラルドは仮面の女性に負担をかけさせたくはないのか、何か思う所があるのか。
暫し考えた後に彼は首を横に振るった。
「事情を明かさずとも、どうにか私の存在を隠して……」
「いいえ。あの者達には僅かな情報でも与えるべきではないと私は思います。それからもう一つ、当てがあるのでそれを探ってみてからでも遅くはないでしょう」
「……分かりました。しかし、先日のヴァルトハインの襲撃の件といい、貴方には苦労を掛けてばかりになりますね」
手を煩わせて申し訳ないと、仮面の女性は気遣うが、ガイラルドはその心遣いは自分には過ぎたるものであると言った。
そして彼はヴァルトハインの件に関しても、これから起こり得る襲撃に対しても、仮面の女性には動くべきでは無いと進言した。
「貴女のお力は――――」
「……ええ。分かっています。ですが、私には私の使命がありますので」
凛とした声で告げた仮面の女性。
それはこれだけは譲れないといった強い気持ちを感じさせるものであった。
彼女よりも年を重ねており、騎士としても長く務めたガイラルドとしては彼女を諌めたい所であるようだが、彼女の真っ直ぐな意思を前にして言葉を飲み込んだ。
桃子の提案により始まった設計図探しの勝負。
マルリースが私室として使用していた部屋にはこれといった手掛かりもなく、皆は母屋から出て裏庭にある蔵へと向かった。
「ここに入るのも久しぶりね」
「ああ……」
竜堂家の裏手にあるどっしりと構えた土蔵。
それは二階建ての家と同等の高さであって、漆喰の壁の下部には斜め格子模様が平瓦で作られており、重厚さを感じさせる。
蔵は重蔵が管理をしていて、普段竜堂家を隅々まで掃除している真帆でも立ち入らず、重蔵が時折風を通したり、年末に大掃除をしていた。
海人と真帆が蔵の中に入るのも、二人が幼稚園に通っていた頃以来である。
「どうした? 海人。なんか顔色悪くないか?」
そう問い掛けたのは猿渡で、彼は足取りが重くなっていつの間にか最後尾に居た海人の様子を訝しんでいるようだ。
顔色を窺ってくる猿渡に対し、海人は何でもないと言い張るが、隣に居た真帆は海人の心情を悟っているようで、皆に過去を明かした。
「小さな頃からここには入っては駄目だと言われていたのに、海人は宝探しだって言って鍵を持ち出してね……――――」
探検は間を置かずして譲司に見つかり、幼い海人はこっぴどく叱られた。
その際にお仕置きとして、そんなに探検がしたいのならばと、譲司は海人を真っ暗な蔵に閉じ込めたのであった。
「海人。まさかあの時の事がトラウマに……」
「ち、違うぞ! 別に怖くなんかない」
「竜堂氏。声が上ずっているようですね。もしかして――――」
「雉岡まで……。俺は暗い場所も狭い場所も苦手じゃないって言っているだろう?」
「海人君。怖がりな海人君でも、私は大丈夫だよ! 寧ろそんな海人君が可愛すぎ!!」
「も、桃子……、だからこれは誤解で……――」
怖いもの知らずの海人がここまで取り乱すと面白いようで、皆は寄ってたかって海人を弄り倒す。
海人弄りに参加していないのは心根の優しい者達、犬飼とアレイシヤだけであったのだが、アレイシヤは何かに気が付いたようで声を上げた。
「あ、あの……っ!!」
「ア、アーシャ。どうかしたのか?」
「あ……、はい……。その……。もしかしてカイトさん、言いつけを破るのに後ろめたさがあるのでは?」
「……」
目線を外しての沈黙は頷いたのと同じだ。
今現在海人に厳しく言いつけていた両親は不在で、蔵を管理している重蔵も居ない。
いくら緊急事態とは言え、不在なのを良い事に言いつけを破るのは気が引けるようで、真面目すぎる海人の性格故に二の足を踏んでいたようだ。
どうするべきか葛藤している海人に対し、猿渡は肩に手を回しつつ深刻ぶる事はないと言ってのけた。
「ったく、海人。お前は真面目が過ぎるぞ」
「いや、そうは言ってもなぁ……。せめて爺ちゃんに電話でも掛けて――――」
「バレなきゃ良いんだよ、バレなきゃ」
両親の言いつけと襲い掛かってくる敵を倒す為の力。
どちらが重要であるかを猿渡は海人に吹き込むが、彼の説得が終わる前に雉岡が気に掛かる事があるようで話に割り入る。
「あの。それ程までに竜堂氏のご両親がこの蔵への立ち入りを禁じていたという事は、この中に何か重要な物が隠されているという事では?」
雉岡の言葉にハッとする一同。
こうなれば調べるのを後回しには出来ず、日没までの時間も押し迫っている訳で。
決心した海人が鍵を取り出し扉を開くことにより、土蔵内の探索が始まった。
重たい扉を開いて立ち入った土蔵内部。
そこは薄暗く、木製の梯子で上った二階の小窓を開くことでようやく室内が見渡せた。
壁一面に並ぶのは古めかしい箪笥と棚に収められた籐の葛籠で、その他にも桐の大箱や鉄製の箱などが山積みになっている。
それらすべてを開いて調べようと思えば今日中にというのは無理な話で、海人は明日か明後日の土曜日にでもと言い掛けるが、王様の椅子を狙う者達を抑えきれなかった。
「それじゃ、ここから第二ラウンドスタートって事で!」
「おう! 今度こそ俺様が――――」
「いいえ、ここは私が――――」
目の色を変えて捜索を開始する桃子と猿渡と雉岡。
欲望というのは恐ろしい力を秘めているようだ。
探し始めて三十分過ぎ。猿渡が何かを見つけたようで、大きな驚き声を上げた。
「何か見つけたのか、猿渡!?」
「え!? あ、ああ。まぁ……、これもお宝と言えばお宝だな」
設計図を見つけ出した者は王となり、好きな命令を下せる。
あれ程血眼になっていた猿渡の反応は微妙なものであって、彼は見つけ出した物をサッと背に隠した。
怪しい動きをする猿渡を皆がそのままにする筈もなく、皆で猿渡を追い詰めていく。
彼は見つけ出した物を皆には見せたくないようで、箱に覆いかぶさって阻止しようとするが、桃子に命令された犬飼によって箱から剥がされてしまう。
「犬飼! お前っ、裏切りやがって……っ! ああ……っ!!」
「こ、これは……――――」
金属製の箱に収められていた物。
それは書物であるが海人達が探していた物ではない。
それを目にした海人と雉岡は目を見開いた後に手に取ってまじまじと見つめ、桃子はそのような海人姿を見て不満げに、真帆は侮蔑の眼差しを向けて、犬飼とアレイシヤは頬を赤らめて目を背けた。
「何がお宝よ! 馬鹿馬鹿しい……!!」
真帆に怒鳴られ、海人と雉岡は持っていた本を床に落とす。
その本は出る所は出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる女性達が一糸まとわぬ姿で扇情的なポーズ取っている姿が載っているもので。
つまりはエロ本であった。
「有害図書ね。これは処分しておきましょう」
「いやいや占部さんちょっと待って下さいよ! これは今じゃお目にかかれないレアなのもあって――――」
「海人! これは貴方が隠していたの!?」
「ええ!!? いや、猿渡も言っているだろう。これは昔のエロ本であって、俺のじゃ――――」
「海人君。本になんか頼らないで良いんだよ。私でならいつでも――――」
「桃子は馬鹿なこと言っていないで! それよりも海人。これは誰のだって言うのよ!?」
蔵の中で見つかった大量のエロ本を巡る論争。
馬鹿馬鹿しいやり取りは結局の所、海人の父である譲司の所有物だろうという推測で落ち着く。
目に入れたくないと処分を口にしていた真帆も、持ち主が譲司なら勝手に処分は出来ないようで、不服そうであるが処分を諦めた。
「となると、竜堂氏の父上が蔵への立ち入りを禁じていたのはこの為であった……という訳ではないですよね」
雉岡の説に皆は顔を見合わせ、複雑な表情になった。
まさかそのような理由でと、半信半疑であった海人達は再び設計図探しに戻る。
皆が複雑な想いを抱えつつ作業に取り掛かる事一時間後。
すっかりと陽が沈み、外の明かりだけでは手元が見えにくくなる頃。
今度はアレイシヤが声を上げた。
「これは……っ!」
箱の中に収められていた物。
それは大量の紙の束で、それらにはこちらの世界の言語とは異なる文字でびっしりと書き込まれており、中には武具のデザイン画と思しき物も描かれていた。
「あり……、ました……」
紙の束の底にあったのは立派な装丁が為された大きな本で、アレイシヤは震える手でそれを捲っていった。
そして彼女は皆が探し求めていた物を見つけ出したのであった。




