3.伝説の鍛冶師
ヴァルトハインによって装具を破壊された海人。
人を操る装具が世に出回り、海人達に危害を加えようとする中。
装具が使えないというのは問題であって、けれども海人が身に着けていた装具の修復は出来そうもなかった。
それならばと、新しい装具を手にしようとした海人だが、ここでもまた問題が起きた。
「…………何故だ……っ」
「カ、カイトさん……」
「どうして誰も俺の想いに応えてくれないんだ……っ!!」
海人は竜堂家の庭にて、両手と両膝を地面に着けて落ち込んでいる。
彼が嘆いた通り、彼はアレイシヤが異世界シュトラルヴェルトから持ち込んだ装具を一通り手にしたが、どれもこれも扱うことが出来なかった。
「属性や、力を宿す精霊獣との相性があるとは言え、こうも適合しないとは珍しいものだな」
そう呆れとも取れる溜息を交えつつ言ったのはガイラルドで、彼は顎に手を添えつつ不思議がっていた。
相対する属性。炎と水、光と闇といった属性関係で装具が手に出来ない、術の効果が変化するという事もあるが、装具に力を宿す精霊獣との相性も重要である。
精霊獣も人と同じで、その性格は千差万別であって。
心が清らかならどの精霊獣も応えてくれるわけではなく、ヴァルトハインのような外道に力を与える精霊獣も存在する。
とはいえ正義感に溢れた海人がここまで精霊獣達と合わないのは異様で、彼は自分が精霊獣達に嫌われてしまっていると思い込み、暗い影を落として地の底に沈む位に落胆していた。
「あ、あの……、カイトさん」
「アーシャ……、すまない。俺は本当に役立たずなダメ人間で……――」
「お、お気を確かに……っ! 嘆く事なんてありません。確かにこんな事は珍しい事ですが……」
「……や、やっぱり、俺は――――」
「い、いいえ! 寧ろこれはカイトさんの想いが強すぎるせいなのかもしれません」
「へ……?」
アレイシヤは想いが強いせいで他の精霊獣に避けられているのではという仮説を立てた。
精霊獣との契約は心と心を繋ぐもの。
精霊獣は装者となる者が力を与えるに相応しいのかを試す。
その際に力を誇示して納得する者も居れば、その心根に惹かれて力を貸すなど、契約を結ぶ理由は多岐に渡り、その儀式とも呼べる場において精霊獣は相手の心を読み取りもする。
では儀式の最中に他の事へと意識が囚われていればどうなるのか。
不誠実とみなされても致し方なく、力を見せる間もなく門前払いに、精霊獣も人と同じならば嫉妬心を抱くことだってある。
「……確かに。鎧を壊してしまって申し訳ないという気持ちがあって、これまで力を貸してくれた事もあるから……」
「水神龍の鎧、海龍レヴィアタンともなると、他の精霊獣が怖気づくのも致し方あるまい」
そもそも神と呼ばれる龍であって、その力は海を支配する物であって。
その者から寵愛を受けているとなれば、他の精霊獣は萎縮するのも当然であると、ガイラルドは言った。
「そう……、なのか」
「有無を言わさず、力と強い意志でねじ伏せる事も出来なくはないがな」
「……うぐっ。そ、それってやっぱり俺の力不足で――――」
「勘違いをするな。相手を屈服させるという事は、相手の意思を重んじない事だ。力を持てたとしても、最大限の力は引き出せないだろう」
あくまで力を借りようとするのであって、相手を無下にしたくはない。
海人の優しさに因る所であるが、それは決して弱さでないと、考えを改める必要は無いと言い、ガイラルドは別の方法を探るべきだと提案した。
「別の方法……、武器……。ナックルとか、金属バットとかはどうかしら?」
「ナックルはまぁ……アリと言えばありだけど、金属バットを振るうヒーローってのはどうかと思うぞ」
「海人。貴方今更何を言っているの? ヒーローらしさより、実益を。如何にして敵を倒すかが重要でしょう?」
「うぐぐっ……」
真帆の案に海人は首を縦に振らない。
それどころか海人はここに来てもヒーローとして在りたいらしく、妙なこだわりで真帆を呆れさせた。
「まぁ、身近で武器になる物を身に着けていても、後先考えずに突っ込む海人だと、幾つ命があっても足りないわよね」
そういう面で考えれば水神龍の鎧は攻守を兼ねており海人向きであったと、海人達は改めて装具の持つ力を思い知らされたのであった。
「……アイントールの娘よ」
「は、はい。なんでしょうか」
「破壊された装具は、貴公の技量では手の施しようがないと言っていたが、それは設計図が存在し、手元にあったとしてもか?」
「そ、それは……」
ガイラルドの問いに対して押し黙るアレイシヤ。
彼女の瞳は迷いからか揺らいでおり、それでも嘘を吐けないからか、小さく頷いて見せた。
設計図が見つかれば何とかなるかもしれないと分かったが、アレイシヤは自分自身の技量に自信が無いようである。
それはただ単に鍛冶師として新米だからという理由もあるが、致し方ない理由もあった。
「私では力不足という面もありますが、水神龍の鎧は私如きが手を加えて良い代物では無くて……」
「そ、それを言うのなら壊した俺はやっぱり……」
「カ、カイトさんは悪くありません……っ! ですがそれとこれとでは話が別で――――」
またもや互いに謝りあう展開に。
これでは埒が明かないと思ったのはガイラルドで、彼は鋭い眼光を向けて脅すように、強く言い聞かせた。
「核石を傷付けなければ粉々になろうとも修復できるだろう」
「そう……、ですが……。そ、そうです! ここには魔高炉も金床もありませんし、鎧ともなると金床なしでは――――」
「それらならばいくつか心当たりがある」
「う……っ。そ……、そう……ですか」
厳つい顔のガイラルドに追い詰められたならば従わざるを得ないのだろう。
アレイシヤは少しばかり涙目になりつつ出来る限りの努力はすると約束した。
敵からの襲撃を迎え討つ為とはいえ、アレイシヤが背負わされた責任は重い。
海人は不安そうなアレイシヤを気遣い、ガイラルドに意見した。
「ガイラルドさん。いくらなんでもアーシャの負担が大きすぎるんじゃないですか?」
「貴公の母君は旅の中であの鎧を作り上げた。貴公は母君が鍛冶師としてどれ程の技量を持っていたのかを知っているのか?」
「え……? それは……。それなりの腕前で、旅を続ける内に色々学んで更に力をつけたんじゃ――――」
「違い……、ます」
「アーシャ?」
ガイラルドとアレイシヤが語った昔話。それは海人の母、マルリースの話であった。
代々鍛冶屋の家系であるアイントール家に生まれたマルリース。
マルリースが今の海人と変わらない位の頃の鍛冶屋は男の職場であって、女性では鍛冶場に立ち入るのすら難しかったそうだ。
彼女も他のアイントール家に生まれた女性と同じように、鍛冶師としての修行をさせられず、将来を見越して、炊事に洗濯、縫い物などの嫁に行く為の修行をしていた。
「――――それでも母さんは鍛冶師になりたかった……、か」
古い慣習に囚われている者達の周りの意識を変えるのは難しく、理解はしてもらえず。
それでも夢を諦めきれなかったマルリースは、隙あらば作業場を覗き、人気が無い時には設計図を眺め、書籍を読み漁るなどして知識を蓄え、それと同時に精霊獣への理解も深めていった。
「両親やご兄弟に叱責されてもめげることなく、マルリース様は夢を追い続けていましたが、それも長くは続きませんでした……」
それはマルリースが18歳の頃。
彼女は夢を諦めざるを得ない状況に、否応が無しに花嫁となる事に決まってしまったのであった。
女として生まれた事を呪い、それでも家族を無下には出来ず、運命を受け入れていたマルリース。
だが彼女の元に一人の男が現れ、彼女の運命を大きく変えたのであった。
「ジョージ様のお蔭で、マルリース様は夢を諦めずに済んだと聞き及んでいます」
「あのクソ親父のお蔭で、か……」
どんなにいい加減で腹立たしい相手であっても、母の夢を叶える切っ掛けを作ったとなると、感心せずにはいられないのだろう。
海人は父の事を苦々しく思いながらも少しばかり見直したようで、複雑そうな表情をしている。
そのような彼の姿を見てアレイシヤは眉をハの字にして困ったように笑みを溢すのだが、何故この話を持ち出したのかと気になったようで、ガイラルドに問い掛けた。
「あ、あの……。マルリース様の事は存じ上げておりますが、それと今回の件がどのような関係なのでしょうか?」
「見習いですらない少女が伝説の鍛冶師として語り継がれるまでなったのだ。娘は同じ家系の者として、今のままで良いと思っているのか?」
「……そ、それは――――」
「新たな事に取り組む良い機会ではないのか? 今のままで、怖気づいてばかりでは何も掴めはせんぞ」
「……!」
はっとして目を見開くアレイシヤ。
まだ見習いとは言え、アレイシヤは鍛冶師を志す者達が集う学園を卒業している。
当然として作業場に立ち入ることも許され、僅かだか実際に槌を手にする機会も与えられており、マルリースよりも遥かに優れた環境にあった。
「私は……」
そのような環境に居ながらも、自信の無さで目の前の課題から逃げようとしていたアレイシヤ。
彼女は改めて自分の置かれていた立場を思い知らされ、またとない機会に恵まれたのだと知る。
そして鍛冶師として見習いのままでいるつもりは無いと、この一件で腕を磨きたいと心に決めて力強く頷いた。
「アーシャ……」
「カイトさん。私、出来る限りの事をやってみます……!」
「あ、ああ。だけど大丈夫、なのか?」
「はい。失敗も経験の内だと、マルリース様は仰っていましたし」
そう言って笑顔を見せたアレイシヤ。
彼女の瞳には曇りが無く、抱いていた迷いが消え去ったようであって、強い意志を感じられるような光を宿していた。
破壊された鎧は修復するという方向に。
翌日海人達ヒーロー研究部のメンバーは放課後に竜堂家に集まり、設計図の捜索を開始した。
まず向かった先はマルリースと譲司の私室である。
そこは洋間に改装されており、壁際には本棚が並び、様々な書物が収められていた。
「おい海人、この本を見てくれ」
「ん? こ、これは……っ!」
猿渡が手にした書物はこの世界のどの言語と異なる文字で綴られたものであった。
アレイシヤに確認を取った所、やはりシュトラルヴェルトの言語らしく、そのような書物はこちらの世界の本に交じって幾つも存在した。
「竜堂氏。この部屋は鍵も掛かっておらず、立ち入りは自由。ご両親は隠す気が無かったのでしょうか?」
「雉岡君。海人がこんな文字だらけの本を読むような人に見える?」
「それは……、そうですね。占部氏の言う通りです」
「いやいや、二人とも酷くないか? 俺だって本くらい――――……そうだ! 小学生の時に読書感想文書いたぞ」
「ああ、逐一漢字の読み方を聞いて来て、結局私が朗読と解説をしてあげたアレならね」
雉岡の問いに答えたのは海人ではなく真帆で、彼女は呆れた目を海人に向けつつ言い、反論に対して過去の失態を晒した。
しっかり者の真帆とそれに頼りきりな海人。
今と大して変わらぬ昔の姿を知った猿渡達とアレイシヤは呆れた様子であったが、ただ一人海人の肩を持つ者が居た。
「大丈夫だよ海人君! 本なんか読めなくても海人君はカッコいいから!」
「あ、ありがとう……、桃子」
謎のフォローをされて海人は困惑しつつも礼を述べる。
桃子はどんな海人でも全てを受け入れるという覚悟があるようだが、真帆は納得がいかないようで、片手で頭を抱えて意見した。
「ちょっと、桃子。本なんか、ってなによ。本からは知識と教養を得られるのよ。貴女は海人が馬鹿のままで良いって言うの?」
「知識と教養? 分からない事があればネットでググればいいし。本を読まない人が馬鹿って決めつけている真帆ちゃんの方がおかしいんじゃない?」
「わ、私は決めつけてなんて――――」
「知識と教養があっても心が貧しいんじゃダメだよね~、海人君」
些細な切っ掛けから始まる真帆と桃子の口喧嘩。
いつもは巻き込まれないように逃げようとする海人だが、今日は自ら飛び込んで行く。
彼がそういった行動を取るのも無理はない。
事態は切迫している状態で、覚悟を決めたアレイシヤの為にも遊んでなどいられないからだ。
「二人とも、今日はそこまでにしてくれ。今はできるだけ早く設計図を見つけ出したいんだ」
「そ、そうね……。海人の言う通りだわ」
「はぁ~い。あ、それならこんなのはどう? 一番先に見つけ出した人が皆に何でも命令できるって事で」
「はぁ? 桃子、貴女何を言いだして――――」
皆のモチベーションを上げようとしているのか、私欲のためにか。
設計図を見つけた物が王様で、皆は王様の命令に従うというルールを提案した桃子。
真帆は馬鹿な事を言っていないで作業に戻るよう注意しようとするが、目の色を変えた二人によって遮られてしまった。
「も、桃子嬢! 何でも言う事を聞かせられるって話は本当っスか!?」
「だとすればなんてすばらしい事でしょう……! あ、一応言っときますが、私は決して邪な想いは抱いておりませんので――――」
桃子の案に見事に食いついた猿渡と雉岡。
彼らの目は血走っており、恐ろしいくらいに鬼気迫っている。
真帆は二人の勢いに気圧されたのか、ここでまた文句を言って話を長引かせるのは得策でないと悟ったのか、はたまた自分も王様を狙っているのか。
盛大な溜息を吐いている辺り、呆れて物も言えないという部分が大きいようだ。
「ふふん。私が王様になって見せるわ!」
「いや、桃子嬢。今回ばかりは俺が王様に……!」
「手加減無しに、真剣勝負で勝利を掴んで見せましょう!」
咎める者が居なくなった時点から王様の椅子を狙う設計図探しの勝負が始まった。




