2.DOGEZAでトライアングル
海人達の前に立ちはだかった敵は桃子の中学生時代の同級生らしく、彼女に一方的な想いを寄せていたようだ。
彼は桃子に忘れられていただけでなく、慕う気持ちを拒まれ、更には他に好きな男がいると宣言されて発狂したようで、桃子の想い人である海人に恨み言をぶつけて殴り掛かった。
「お前のせいでぇぇぇぇ!!!」
「……っ!!」
慢心から生まれた油断。
師として仰いでいる者から褒められて、海人は調子に乗っていたのだろう。
彼は魔導装具を破壊し、使えなくしてしまった事を忘れていたようで、敵の攻撃をまともに喰らってしまった。
「海人……っ!! 無事か……っ!?」
「あ、ああ……。助かった、犬飼」
吹き飛ばされた海人の身体を受け止め支えたのは犬飼で、彼の大きな体と力強さによって海人は地面に叩きつけられるのを免れた。
一先ず助かったと息つく間は与えられず、襲い掛かってきた敵は再度海人に向かって飛びかかろうとする。
だがそうはさせまいと、海人の傍には動く者達が居た。
「こ、これでどうですか……!」
「ナイスだ! 雉岡。アーシャちゃん、何処を狙えば良いんだ!?」
「は、はい! サルワタリさんっ、み、右手首です……っ!!」
「了解だぜ!!」
雉岡が振るう杖により暴れる男子学生の視界は闇に遮られ、アレイシヤの指示により猿渡が風の矢を放ち装具を破壊する。
やはり男子学生は体育祭での亮平と同様に、装具によって自我を失っていたようで、猿渡が装具を破壊することによって我を取り戻した。
あっという間に制圧を完了した猿渡達。
犬飼と雉岡はホッと胸を撫で下ろすが、猿渡は一人、腰を手に当てて得意げにしている。
「フフン。どうだ、この俺様の活躍は! 見ていてくれましたか、桃子じょ――――って、ああ?!!」
残念ながら桃子の視界には海人しか映らないようで、彼女は海人の元へと駆け寄り怪我がないかと心配をしている。
せっかくの活躍も虚しく、ガクッと肩を落とす猿渡だが、このような光景は日常茶飯事であった。
彼は海人が相手ならば仕方がないと諦めもついている。
それより何より問題は先程まで暴れていた男子学生の方であった。
「あれ……? ボ、ボクは一体ここで何を――――って、お前……っ!! 一体何をしているんだ!! ひ、聖沢さんにそんなにベッタリと……っ!!」
我に返った男子学生はいまいち状況が掴めないようで、キョロキョロと辺りを窺っていたが、ふと視界に入った者達の姿を目の当たりにして叫び声を上げる。
ちなみに彼は海人が桃子に馴れ馴れしく身を寄せていると批判したが、正確に言えば桃子が心配したと言って抱き着いているだけであって、海人に非は無い。
けれども恋は盲目というものなのだろう。
男子学生は再び海人に殴り掛かろうと、拳を振りかぶり駆けてくる。
だがその勢いは先程の半分以下で、あっさりと犬飼に首ねっこを掴まれて止められてしまった。
暴れる男子学生を犬飼が抑えて、海人に張り付いた桃子を真帆が引き剥がして。
どうにか落ち着いた所で皆は男子生徒の尋問を、彼から事情を聴き出した。
「う、占い師……、から。お爺さんかお婆さんか、よく分からない人から貰ったお守りで、恋が叶うって言われて……」
占い師の格好をした老人から与えられたというのは亮平の時と同じようで、皆はやはりといった風に納得しつつも深刻な表情になる。
こうも立て続けに襲い掛かってきたとなると、海人達が狙われているのは明白で。
どこかで敵がこちらの様子を窺っているのではと思わせるようで、真帆や桃子は怯えており、猿渡達三人組は危機感を募らせ、海人とアレイシヤは自分がどうにかしなくてはと焦りを感じていた。
「――――あの~……」
「あ、ああ。話を聞かせてくれてありがとう。ええっと、名前は――――」
「…………あ、あなたのようなゲス男に名乗る名前は無い!」
「いやだから、俺はゲスなんかじゃ――――」
先程のように殴り掛かっては来ないが、男子学生が海人の事を敵視しているのは変わらないようで、結局最後まで彼は海人に心を許す事無く去って行った。
彼は桃子の事をずっと見ていたと、桃子の近況を良く知っていたようでもあり、ストーカーじみた部分があるようで、猿渡は放っておいて平気なのかと心配をしていたが、当事者である桃子は平然としており、別に構わないと言い切った。
「もしもなにかあったら、今度は海人君が守ってくれるもんね~!」
「……え!? いや、勘弁してくれないか」
「えぇ!? 海人君、私の事を守ってくれないの……?」
「いやいや、そういう訳じゃなくて。できればトラブルを招くような振る舞いを控えて欲しいって話で……」
今回の一件も、亮平の件も。本を正せば桃子が原因であって、彼女が男なら無差別に粉を掛けて回っているからだ。
海人の言う事は尤もであるのだが、桃子は不満そうに頬を膨らます。
「私は悪くなんてないよ。向こうから寄ってくるものはどうしようもないし。これも私が可愛すぎるからであって、あえて罪を問うなら私の美貌って訳で……」
「海人。この子には何を言っても無駄よ。諦めなさい」
「あ、ああ……」
「もう! なによ~。真帆ちゃんったら、自分がモテないから僻んじゃって~」
「はぁ?! いつ誰が誰に僻んだって? 誰が男を手玉に取るような悪女を羨むものですか」
ここからは毎度おなじみの光景が、真帆と桃子の罵りあいが繰り広げられる。
見慣れた海人と猿渡達は巻き込まれまいと、そそくさとこの場を去ろうとしているが、アレイシヤだけは二人の間に入り何とか止めようと奮闘していた。
下校時刻となり、部活動を終えた海人達はそれぞれ帰路に就く。
先の一件から、何か起きないかと警戒はしたものの、帰宅中には何事もなく、皆無事に自宅へと辿り着いた。
また現れた呪われた装具保持者。ヴァルトハインという狂人。
そして異世界シュトラルヴェルトに渡ってから音沙汰がない譲司とマルリース。
不安や悩みは尽きないどころか増える一方であって、そういった事をうだうだと考えるのは海人の性分では無くて。
取り敢えず今は自分に出来る事をと、気持ちを切り替える所であるが、今の彼には何よりも優先して考えなければならない事柄があった。
「カ、カイトさん、頭を上げて下さい……!」
帰宅するなり海人は平身低頭に。アレイシヤに向かって土下座をした。
何故彼がいきなりそのような態度を取ったのか分からないアレイシヤは、慌てつつも傍でしゃがみ込み、顔を上げて欲しいと海人に願う。
深い反省をしている海人は理由を言い辛いようであって、頭を下げたまま恐る恐るといった様子で右手首に填めている腕輪を見せた。
「あ……。これは……」
かつての銀色の腕輪には細やかな装飾が見事なものであったが、今では所々に傷が入っている。
それは昨日ヴァルトハインと闘った時に腐食の力によって鎧が破壊されたからであって、今も尚、修復されないでいた為であった。
「謝って済むような事じゃないって分かっている。これが凄く貴重なものである事も重々承知だ」
「カイトさん……」
「本当に悪かった。俺が弱いばかりに……、こんなにしてしまって……」
自分が弱かったせいで装具を破壊してしまったと、自責の念に駆られている海人。
謝罪した所で装具が直る事はなく、どうしようもないのだが、謝らずにはいられなかったのだろう。
彼は額を玄関の板の間に擦りつけて謝罪の言葉を繰り返していた。
「カイトさん。そんなに謝らないでください」
「でも……」
「形あるものはいつか壊れる。それが武器や防具なら尚の事。防具は装着する者の命を守る事が役目ですし、それを全うできたのなら問題はありません」
「そう……、なのかもしれないが、これはかつて英雄が身に着けていた物であって……」
歴史的な価値があるのではと、国宝級の物を破壊してしまったと、海人は顔色を青ざめさせているが、アレイシヤは大丈夫だと言って深く頷いた。
彼女曰く、装具は完全に破壊された訳でなくまだ修復が出来るそうで、もう使い物にならないと諦めることは無いそうだ。
「本当……、なのか……?」
「はい。素材も……、たぶん私が持ってきた荷物で事足りるでしょうから……」
「凄いな……っ! アーシャは伝説級の防具も修復できるのか!?」
「あ……、ええっと……」
ずっと下げていた頭をようやく上げた海人。
彼はアレイシヤの言葉に希望を見出したようで、ようやく罪悪感から逃れられそうであったが、当のアレイシヤの表情は浮かないものであった。
「アーシャ……?」
「す……」
「す……?」
「す……、すみません……っっ!!」
今度はアレイシヤが謝罪の言葉を口にし、両膝を板の間に着いて頭を下げる。
何故彼女が謝らなければならないのかと、皆目見当もつかない海人は首を傾げつつも頭を上げて欲しいと言い、説明を求めた。
「素材は……、あるんです。でも、技術的な面は――――」
「この間、壊れた装具を修復したじゃないか。同じようには出来ないのか?」
「あの装具はアンクレットで……、小さな物であって、アクセサリーと鎧とでは比べ物になりません」
アレイシヤは鍛冶師と言っても見習いの鍛冶師である。
彼女はアンクレットを直せたのもまぐれであったと、自分の技量はまだまだであって、鎧の修復は無理であるとも言った。
「そこは……、そう。時間を掛けて何とかならないのか?」
「そうですね……。時間を掛ければ何とかなるかもしれません」
「ほ、本当か?」
「10年先か、20年先になるか分かりませんが……」
「……」
兎にも角にも一朝一夕どころではなく、どれだけ日数をかけようとも修復は不可能だと分かり、海人とアレイシヤは揃って肩を落とす。
二人して落ち込んでいたが、そこで玄関の戸が音を立てて開く。
竜堂家を訪れたのは真帆で、彼女は私服に着替える為に一旦自宅へと帰り、海人達の晩御飯を用意する為に竜堂家を訪れたのであった。
「あ、貴方達、何をやっているの……?」
玄関で二人共に膝をつき、肩を落とす姿は異様であって、真帆が驚き声を上げるのも当然である。
どうしてこうなったのかという真帆の問いに対して先に口を開いたのは海人で、全て自分のせいであったと反省を交えつつ訳を話す。
「――――という訳で、俺は装具を使えなくなってしまったんだ」
「それって……」
呆れられるか、アレイシヤと同様に仕方がないと言って許してくれるか。
海人は真帆の反応を気にしていたが、彼女は海人が予想したものとは別の態度を取った。
「ごめんなさい……っ!」
驚く海人とアレイシヤの前で真帆は膝を折って深々と頭を下げる。
彼女は海人が鎧を破壊した原因は自分にあると言い張る。
確かに彼女の言う通り、真帆を助けるために海人は戦ったが、それならば油断した自分が悪いのだと、今度は海人が謝罪して真帆を庇う。
「で、ですから。これは致し方ない事だと――――」
「いいえ。私が一人で夜中に出掛けたせいで――――」
「いや違う。俺がもっと強ければ――――」
「でしたら私が鍛冶師として未熟なばかりに――――」
互いに謝り、互いに非は無いと言い。
そのような不毛なやり取りは延々と続くかと思われたが、間に入ってくれる者が現れた。
「貴公ら。ここで一体何をしている」
帰宅したのはガイラルドで、彼は玄関で謝りあう者達を前にして呆れた様子で問い掛ける。
海人から一通り話を聞き終えたガイラルドはというと、呆れた様子は変わらないままであって、ため息混じりに簡潔な答えを出した。
「己が行いを省みる事も大事だが、そればかりでは何も進まない。使えない物は捨て置くとして、他の手段を探すのはどうだ?」
彼の言う通り、身近に危機が迫る中、うかうかとはしていられない。
取り敢えずは夕食を済ませて。その後に今後どうするかを話し合おうという所で落ち着いた。
夕食後。そして食後の後片付けを終えた後。
居間の円卓を囲むのは海人と真帆とアレイシヤとガイラルドで、皆がそれぞれ腕を組んだり眉間に皺を寄せたりとで、深刻な面持ちであった。
「装具が修復出来ないとなると、新しい装具が必要だな……」
「そ、そうですね。まだ使用していない装具がありますし、その中に海人さんと波長が合う物もある筈です!」
それならばと、善は急げという事で皆は縁側に。
海人は外履きを履いて庭に出て、アレイシヤが異世界より持ち込んだ装具の数々を試してみる。
「カイトさん。カイトさんは昔、剣術を習われていたのですよね」
「あー……、ああ。剣道の事か……。まぁ、習っていたと言えば習っていたけどな」
竜堂家には道場があり、そこではかつて海人の祖父、重蔵が剣道教室を開いていた。
海人も幼い時に剣道を習っていたが、どうやら譲司に酷く負かされて以来、竹刀を握る事が無くなってしまったようで、当人も剣道より人助けという名のヒーローごっこにのめり込んでいたそうだ。
「今は背に腹も変えられない状況だし、仕方がないか……」
拳で戦う方が性に合うようだが、多少剣術の立ち回りも心得ている海人。
ブランクがあるにもかかわらず不安でないのは武器を手にした者と対峙する時を想定していたからであった。
「これが剣になるのか……」
海人との相性を考慮して水の力を秘めた剣を。
銀色に蒼い宝石が埋め込まれた指輪をアレイシヤから渡された海人は、右手の薬指に填めて装具を武器として手にしようとした。
「――――……ん?」
「……カイトさん?」
「……なぁ、アーシャ。コレってただのアクセサリーって訳じゃないよな」
どれだけ力を込めようとも、うんともすんとも言わない指輪。
残念ながら装具は海人の意思に応えてはくれなかった。




