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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第9話 闇を操る者
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8.蠢く影

 露草町は閑散とした街並みでもなく、と言ってタワーマンションが乱立する程でもなく。

 都市部に近い利便性からか、人口もそれなりで。

 そのような町ならば事件の一つや二つ起きてもおかしくはないのだが、交番に寄せられるのは落とし物や迷子のペットを探している等の相談で、物騒な事件は滅多に無い。

 二時間サスペンスドラマのような事はそうそう起きないのだと、これが普通なのだと。

 今年の春赴任してきた安居康彦は理想と現実のギャップに戸惑いを覚えていたようで、休みの日に友人に愚痴を聞いて貰い憂さを晴らしていたのだが、その帰りに思わぬ出来事に遭遇した。


「――――これは夢じゃないよな。僕は下戸だから飲んでいないし、酔ってもいない……」

「あ、次の信号を右でお願いします」

「りょ、了解っス!」


 安居が運転する車は夜の住宅街をひた走る。

 目的地までナビゲートをするのは助手席に座る者で、その者は安居の日常ではこれほどまで近しい距離で接する機会のないような相手であった。


「――――こんなに可愛い子を助手席に乗せられるなんて……。うおぉぉっ! シートベルトが……っ、谷間に……っ!!」

「えっと、そのまま真っ直ぐで、二つ先の信号を左です」

「は、はいぃぃ!!」


 ブツブツと独り言を言いながらわき見運転をしていた安居は、隣に居る者から指示を出されて慌てて前を向く。

 目的も何も知らされず、行きたい場所があるからとお願いされて請け負った安居。

 そのお願いをした少女とは聖沢桃子で、安居も桃子のクラスの男子達と同レベルのようであって、アッサリと落ちて良いように使われている。

 当人は桃子の言いなりになる事を苦に感じておらず、寧ろこの状況を最大限に楽しみ喜んでもいるようだが、ふとした切っ掛けで夢心地から現実に引き戻された。


「おい兄ちゃん、この鉄の乗り物はもっと速く走れんのか?」


 背後から大きな声で問われた安居はビクッと肩を震わせ、口元をヒクつかせた。

 バックミラーに映るのは後部座席で、そこには二人の男と一人の少女が座っている

 真ん中に居るアレイシヤは良いとして、彼女の両隣に居る者達の存在は安居の上りに上がったテンションを地の底まで下げさせた。


「む、無茶言わないで下さいよ~。こう見えても自分は警察官ですから、法定速度は守らないといけないですし……」

「法定速度……? よく分からんが、一大事の時には仕方あるまい。……っと、言った傍から何もない所で停まりおって……!」

「ここは一旦停止ですから! 標識も守らなくちゃ駄目なんですってば~」


 後ろから喚いているのはアウグストで、彼はとにかく急げと急かしてくる。

 熊のような大柄で、人相も恐ろしい相手から凄まれれば言う事をハイハイと聞いてしまいそうになるが、頼りなさそうな見た目であっても安居という男は規則を破らない辺り、根が真面目なのだろう。

 彼が背後の猛獣に震え上がりながらも頑なに拒んでいると、後部座席に居るもう一人の男が口を開いた。


「アウグスト。少しは落ち着いたらどうだ」

「いやしかしだな、ガイラルドよ。この間の事のようにでもなれば――――」


 何かを口走ろうとしたアウグストを、ガイラルドはひと睨みで止める。

 聞かれてはマズい事なのかと、気になった安居は恐る恐る伺おうとするも、口を開き掛けた所で遮られた。


「あ! 安居巡査さん、その先の信号を右で」

「は、はい……っ!」


 安居は慌てて速度を落とし、ハンドルを切る。

 無事に道案内通りに進めてホッとするのも束の間、この先は暫く道なりになると桃子は言い、彼女は続けてお礼と謝罪をした。


「すみません……。急に無理なお願いをしちゃって……」

「い、いやぁ~、良いんスよ。何やら訳アリのようだし、自分は非番なんで」

「それでも、毎日お忙しくされていて、せっかくの休みなのに迷惑を掛けてしまって……」

「いやいやいや、迷惑だなんてとんでもない!」

「本当……、ですか?」

「はい! 嘘偽りなんて無いっスよ」

「……ありがとうございます」


 申し訳なさからか、俯いて話していた桃子。

 彼女は安居の言葉で安堵したようで、ホッと胸を撫で下ろして笑みを浮かべる。

 その微笑みは柔らかく、煩わしい物事を忘れさせるようであって、安居は後ろに居る者達の事をきれいサッパリと忘れ去り、幸せに浸りきっていた。

 偶々訪れたコンビニで、偶然出会った知り合いに声を掛けて良かったと、桃子の本性を知らない安居は幸福なひと時を噛みしめていたが、それは間を置かずに終わりを告げる。


「ここです! ここで止めて下さい」

「ここは……」


 桃子の案内で行き着いた先は住宅街から離れた町外れの廃工場前で、そこは如何にも事件が起きていそうな雰囲気が漂っていた。

 これはドラマでよくある展開かと、この先で何かあるのだろうと安居は気付くも、彼は部外者である事に変わりない。

 本来なら警察官である彼こそが有事の際に動くのだろうが、この一件に彼を巻き込むわけにはいかなかった。


「ええっと、桃子ちゃん? この先に一体何が? 危ない事なら僕に任せて――――」

「あの……、ここまで連れて来て下さって、ありがとうございました。それからごめんなさい。少しの間、眠っていて下さい」

「え……?」


 桃子の言葉の意味を理解できなかった安居は聞き返そうとするも、彼は急な眠気に襲われて意識を手放してしまった。






 攫われた真帆を救い出そうと、ヴァルトハインとの決闘を受けて立った海人。

 以前よりは力をつけ、ヴァルトハインとも渡り合えるところまで成長していた彼だが、相手の策を見抜くことは出来なかったようだ。

 海人はヴァルトハインの卑劣な策に嵌り、窮地に追いやられた。


「――――……助けが来た、……のか」


 這いつくばったままの海人は自由の利かない身体を無理やり動かして駆けつけた者達の姿を捉える。

 最初に足を踏み入れたのはガイラルドで、彼はヴァルトハインに対して怒りを覚えているのか、険しい表情であった。

 彼に続いたアウグストも、この惨状に驚いたようで目を見開き、ガイラルドよりも怒りを露わにしているようで、直ぐにでも飛びかかろうとするも、ガイラルドによって抑えられた。


「か……っ、海人君……っ!!」

「モ、モモコさん、待って下さい……っ!!」


 桃子は倒れている海人の姿を目にして直ぐに駆け寄ろうとするが、アレイシヤによって止められてしまう。

 早く回復させないといけないと焦る桃子に対してアレイシヤは、相手が相手だからここは慎重にならなければと言って諭した。

 冷静でいられなかった者を抑えられるくらいに落ち着いているアレイシヤであったが、彼女もこの状況には不安があるのだろう。

 アレイシヤの瞳は揺らいでおり、動揺を必死に抑え込んでいるようであった。


「…………チッ! ぞろぞろと揃いやがって……」


 駆けつけた者達の姿を見て舌打ちをするヴァルトハイン。

 彼は奇策を用いるだけでなく、気分で物事を決めているようであって、危険さは計り知れない。

 それでもガイラルドやアウグストなら問題ないだろう。

 二人の力は封じられているが、それはこちらの世界の人々に対してであって、ヴァルトハインには当てはまらない。

 彼にとってもこの状況は望ましくないようで、舌打ちをして心底詰まらなさそうな顔をしている辺り、形勢は逆転したのだと窺える。


「――――……また俺は……、助けられ……て……」


 これで真帆も助かると、助けが来たことに安堵した海人だが、彼はまたしても自分の無力さを思い知る事となる。

 悔しさと情けなさから、海人は皆から視線を逸らす。

 今回はこれまで稽古をつけてくれていたガイラルドに助けられた事もあり、海人は合わせる顔が無いと、恥じてもいる様だ。


「…………っ!」


 相手の出方を窺っているのか、どちらも一歩も踏み出さず、ヴァルトハインとガイラルド達の睨み合いが続く中、ガイラルドは一瞬だけ視線を動かす。

 彼の視線は倒れたまま時折横目で事の成り行きを窺っていた海人の視線と重なる。


「ガイラルド…………」


 気まずさから、直ぐに視線を外してしまいそうになった海人だが、ここで逃げてはいけないと思い、何とか堪える。

 失望、憐れみ。そういった目で見られると海人は覚悟していた。

 けれどもガイラルドの表情は別の意味を含んでいるようで、海人はハッとする。

 彼が何かに気が付いたとほぼ同時に、痺れを切らしたであろうヴァルトハインが声を上げた。


「それで、オッサン。テメェが俺様の相手をしてくれるって言うのか」

「……ああ、構わぬ」

「待て! ガイラルド。一体何を考えて――――」


 ヴァルトハインが持ち掛けてきた勝負を、探りを入れることなく素直に受けて立つガイラルド。

 どう言う事だと会話に割り入ってきたのはアウグストで、彼はヴァルトハインの言葉など信用に値しないと言った。


「あのような狂人、まともに相手にする必要は無いだろう?」

「ハァ!? おい、クソジジイ!! だーれがイカれてるって……!?」

「……お主以外に誰がいる」


 売り言葉に買い言葉。

 アウグストとヴァルトハインとの間で舌戦が繰り広げられるが、うだうだと話し続けるのはヴァルトハインの性に合わないのだろう。

 年の功を重ねているだけあって、アウグストの方が饒舌で、煽りにも耐性があったようで、ヴァルトハインは行動に打って出た。


「クソジジイ! 何か勘違いをしているようだけど、決定権はこっちにあるって事を忘れていないだろうな」


 そう言ってヴァルトハインは手にしたナイフを拘束されている真帆へと向ける。

 人質を持ち出されたならば、下手に動き出せはしない。

 アウグストは悔しさからかグッと拳を握りしめ、ガイラルドに後を託した。

 皆が固唾を飲んで見守る中、ガイラルドとヴァルトハインはだだっ広い工場の中心で適度に距離を取り、相対する。

 人質とされていた真帆は拘束されたままであって、椅子に座らされた彼女の身体には黒い影が纏わりついている。

 それはヴァルトハインが操る影であって、ヴァルトハインがガイラルドと闘っている最中に人質を奪われないようにする為であった。


「……貴様と拳を交えるのは何時振りだろうか」

「オッサン……。それは嫌味か?」


 ヴァルトハインが騎士になりたての頃、彼は無謀にも第一の騎士団長を務めていたガイラルドに勝負を挑んだ。

 と言っても当時のガイラルドは新米騎士を指導するような立場ではなく、式典での御前試合で剣を振るっていた訳でもなく、騎士団同士の合同演習に参加もしていない。

 ではどこで勝負したのかというと、場所はどこでもであって、ガイラルドに隙あらば襲い掛かるという迷惑千万なものであった。

 その頃の事を思い起こしたアウグストは大きな声で笑い、ヴァルトハインを小馬鹿にした。


「ガハハッ! そういえば小煩い蠅がお主の周りを飛んでいたのう、ガイラルドよ」

「おい、クソジジイ……っ! オッサンよりも先に刻んでやろうか!!」

「ワシとしては先に相手をしてやっても構わないがな」

「……アウグスト」

「分かっておる。万が一お主が倒れた後の事は任せておけ」

「…………フン」


 アウグストはガイラルドの事を信用していないような物言いであるが、二人して不敵な笑みを浮かべている辺り、これもヴァルトハインに対する嫌味なのだろう。

 軽く見られていると悟ったヴァルトハインは額に青筋を立て、ナイフを構えた。


「そっちが動かないってのなら、こっちから行かせて貰うよ!」


 先に踏み出したのはヴァルトハインであった。

 彼は先程海人の鎧を破壊した腐食の力を宿したナイフを両手に持ち、容赦なく斬りかかる。

 その力を己の身を以ってして知った海人は、ガイラルドに刃には絶対に触れないようにと叫ぼうとするが、その必要は無かった。


「クソ……っ、ちょこまかと……っ!!」

「どうした? 鋭さに欠いているようだが」

「ハッ……! 逃げてばかりの奴だけには言われたくないね」

「攻め時を見誤らないのも戦いの基本だ」


 そう言うや否や、ガイラルドはヴァルトハインの腹部に一撃を叩き込む。

 全ての攻撃を易々とかわし、隙を見逃さずに反撃を食らわせる。

 剣を手にせずともガイラルドの力は圧倒的で、ヴァルトハインは一気に追い込まれた。


「チッ……! 敵の犬に成り下がった奴なんかに――――」


 手首に手刀を食らい、ヴァルトハインは片方のナイフを手放す。

 彼の手から離れたナイフは床を転がり、手の届かぬ所まで飛ばされた。

 武器を片方失くし、もう片方でどうにか応戦しているようだが、先程より勢いは衰えている。

 幾つものナイフを隠し持っているヴァルトハインは、空いている右手でナイフを取り出そうとするも、息つく暇を与えぬように攻めてくるガイラルドによって阻まれていた。


「その犬を前にして尾を巻いて逃げ出すのは何処のどいつだ?」


 大きく飛び退いて距離を取ったヴァルトハインに対し、嫌味を返すガイラルド。

 これで武器を手にする事が出来たが、身を引くのは苦渋の選択だったのだろう。

 苦々しい顔をしたヴァルトハインは盛大な舌打ちをして、再び攻撃を仕掛けた。


「狙いも定まらぬようになったか……」


 ヴァルトハインが新たに手にしたのは投げナイフで、それは方々へと放たれる。

 ガイラルドを狙ったにしては的外れであって、離れて見守る者達には届かない。

 どこを狙っているのかと疑問を抱くところだが、間を置かずしてヴァルトハインの狙いが明確になった。


「これでも喰らいやがれ!」


 放たれたナイフは柱が落とした影に突き刺さっている。

 そこから蠢き這い出てきたのは黒い色の手で、それは先程ヴァルトハインが手放した紫色の刀身のナイフへと伸びて行き、ガイラルドの背中に狙いを定めて放つ。


「――――……ぬうっ?!」


 気配を感じ取ったガイラルドは、すぐさま振り向き迫りくるナイフをかわしたが、正面から来るヴァルトハインの凶刃を素手で受け止めてしまった。

 眼前にある切っ先。

 刃を握る手からは赤い血が流れ出て、地面にポタリポタリと赤い滴を落とす。

 ガイラルドが握りしめて止めたナイフの刀身は妖しい光を帯びた紫色の刀身であった。




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