7.腐食の力
真帆と海人が行方知れずになったと分かり、捜索に乗り出したアレイシヤとガイラルドと寝起きのアウグスト。
三者はまず、海人と真帆が消息を絶つ前に向かったとされる近所のコンビニへと向かった。
「……これは、マホさんの自転車で間違いないです」
夜中でも明々とした照明が店先を照らしているコンビニ。
そこにはポツンと一台の自転車が置かれていた。
駐車場には車が数台と、店内に買い物客が数名居るが真帆の姿は無く、海人に関しては自転車も残されていなかった。
「……店員の方からお話を伺いましたが、数時間前にマホさんが買い物に訪れたのは間違いないようです。カイトさんについては、やはりここを訪れてはいないようですね……」
暗い顔で店内から出てきたアレイシヤは、店先で待っていたガイラルドとアウグストに報告をして肩を落とす。
「こちらも収穫は無しだ。この近辺に小僧や娘の気配はない」
力は封じられているが、闘う者の気配は探ることが出来るようで、ガイラルドとアウグストは意識を集中させて周辺を探っていたが、この付近にそれらしい反応は無かったようだ。
それは戦いに巻き込まれていないという事にもなりそうだが、ガイラルド達が探れるのにも限界があり、彼らが感知できる範囲外で戦っているという可能性が残されている。
何にせよここで手詰まりだと分かり、落ち込んでいたアレイシヤは慌てふためきだす。
狼狽えた所でどうにかなるでもなく、状況を打開するには落ち着いた方が良いとアウグストは言い聞かせるが、それは気休めでしかない。
ここからはそれぞれ分かれて探しに行くしかないかという結論に辿り着く前に、アレイシヤ達の傍へと駆け寄り声を掛ける者が現れた。
「アーシャちゃん! 海人君が居なくなったって本当なの!?」
「モ、モモコさん……っ! サルワタリさん達も……っ!」
この場に駆けつけたのは桃子と猿渡達三人組で、彼女達はアレイシヤからの連絡を受けて集まったのであった。
桃子はアレイシヤよりも取り乱しているようで、そんな彼女の姿を目の当たりにすると自分が落ち着かねばならないと思えるのだろう。
アレイシヤは桃子に冷静になるようにお願いをして、現状を明かした。
「――――取り敢えず、海人君はこの近くにはいないのよね。だったら手分けして……」
「あ、あの……、マホさんとも連絡が取れていないのですが……」
「あぁ、もしかして! 真帆ちゃんが攫われて海人君が助けに行ったとか!?」
桃子の口から突飛な発想が出てくるが、それはあり得ない話ではなかった。
譲司達がシュトラルヴェルトへと渡り、その日を境として襲撃者が現れることは無く、平穏に過ごしていたが、数日前の体育祭で起きた事、精霊獣の力を封じ込めた装具の存在は新たな敵の存在を示していた。
危機的状況に陥っているのではという想像で、アレイシヤと桃子はますます不安に、冷静さを欠いてしまったようだが、ここで一人、落ち着き払った者が手を挙げ意見を述べた。
「あの……、一つ質問があるのですが」
「キジオカさん? えっと、なんでしょうか?」
「竜堂氏か、占部氏。どちらかの携帯電話に電源は入っているのでしょうか」
「ああ! そうだったわ!!」
雉岡の言葉で何かを思い出した桃子は、携帯を取り出して操作する。
彼女が起動させたのはGPS、位置情報を示すアプリで、それは何かあった時の為にとヒーロー研究部の部員全員が携帯にダウンロードしておいたものであった。
混乱の只中にあると有効な手立てがあるのも気が付きにくいものなのか。
何にせよ、事態は一歩前進した。
「良かった! 海人君の位置が分かったわ。これで――――って、ここから結構遠いじゃない!」
海人の携帯の電源は切られていないようで、位置は把握できた。
けれどもその場は住宅街から離れた場所にあって、徒歩で向かうには時間が掛かる。
桃子と猿渡達はここまで来るのに自転車を使ったが、アレイシヤ達は徒歩であった。
一先ず桃子達が先に。アレイシヤ達は後を追う形になり、それぞれコンビニ前から現場に向かおうとする。
が、そこに一台の車が止まり、降りてきた者から声を掛けられて皆は足を止めた。
「ん? 君は……、確か海人君の従妹の……。アレイシヤちゃん?」
「あ……、ええっと……」
車から降りてきたのは年若い男で、その者はアレイシヤの姿を見かけて声を掛けたようだ。
人懐っこい笑みを浮かべたその者は以前とは違う格好を。
制服ではなく、ジャケットに綿のパンツといった私服を纏っており、いつも以上に頼りない印象を与えている。
「ヤ、ヤスイ巡査さん……、ですよね」
「そうそう、憶えていてくれたんだ。嬉しいなぁ~……って、こんな時間にどうしたの? 他の子はアレイシヤちゃんの友達……? ――――って、あ、貴方がたは……?」
男の名は安居康彦。
彼は海人達が住む露草町の交番に勤務する警察官であった。
職務柄か、はたまた見知った者が居たからか、アレイシヤに好意を抱いているからか。
警官らしく夜中に外をうろつく少女へどうしたのかと声を掛けたは良いが、傍に居る者達を順に見ていって安居巡査は驚き固まる。
彼が驚くのも無理はない。
アレイシヤの両隣に居るのは厳つい顔の男と熊のような大男で、多くの人が目を合わせるのは遠慮したいと思うような相手であった。
「も、もしかして、アレイシヤちゃんのお父様とかお爺様……ですか?」
ヘラヘラとした表情は一転して、引きつったものへ。
ボリュームを絞りに絞った声で安居は尋ねたが、ガイラルドとアウグストから視線を向けられ、怯み上がり追及できずにいた。
ガイラルド達が放つ威圧感のお蔭で深く探られずに済みそうだが、安居巡査をこのまま放置してこの場を脱するのは難しい。
アレイシヤがどうにか誤魔化そうと考えていたが、彼女よりも先に他の者が間に入った。
「ねぇお巡りさん!」
「は、はいぃ! って、これまた可愛い女の子……!?」
「私……、今凄く困っているんですけど……」
安居巡査に近づいたのは桃子で、彼女は腕を絡ませ上目遣いに相談をする。
それは桃子お得意のたらし込み術であって、安居巡査はアッサリと落ちてしまったようだ。
彼は迷う素振りもなく、デレデレと鼻の下を伸ばして何でも任せて欲しいと言ってしまった。
ヴァルトハインの口車に乗せられ、大きな隙を作り出して攻撃を食らった海人。
彼の胸部をバツ印に抉ったのはヴァルトハインが手にする魔導装具で、水神龍の鎧を破壊したのは腐食の力を持つ魔神・キノトグリスによるものであった。
「んん……っ、ん……! か、海人……っ!!」
海人とヴァルトハインの戦いを一部始終見ていた真帆。
彼女は海人が倒れるのと同時に座らされていた椅子から前のめりに倒れ込む。
頬を、身体を地面に打ち付けたが、真帆は痛みに喘ぐことはない。
彼女の瞳には倒れた海人しか映っておらず、猿ぐつわが外れて自由になった口から出たのは海人の名だけであった。
「海人……っ、どうして……、こんな……」
何故こうなってしまったのかと、現実を受け止めきれなくて誰にでもなく真帆は問いかける。
彼女の問いに答えたのは腹を抱えて笑っていたヴァルトハインで、彼は横たわる海人の身を容赦なく踏みつけながら言った。
「どうしてって、アンタのせいじゃん。アンタを助けるためにコイツは戦ったんだよね? な~んで理解できないって顔をしているのさ」
「……っ!!」
事実を突きつけられ、真帆は茫然とする。
彼女は自分が犯した罪に苛まれ、後悔と謝罪の言葉を口にするが、それは嗚咽に交じって聞き取れるものではなかった。
絶望の底に落とされた姿をヴァルトハインは嬉しそうに眺めている。
嘲笑い、詰り、ひとしきり楽しんだ彼は一呼吸置くと、冷めた目を地面に這いつくばる真帆へと向け、ナイフを手にして近づく。
これで何もかもお終いだと、真帆は自分の死期を悟ったが、抵抗する気力は残されていなかった。
「――――……てよ」
「……? ああ、ようやく気が付いたの?」
「…………かい……と?」
それは小さな声で、聞き取りにくいものであったが、真帆の耳には確かに届いた。
現実から目を背ける為に俯いていた顔を上げると、そこには僅かな希望が。
次の標的である真帆に近づこうとしていたヴァルトハインをその場に留めようと、彼の左足にしがみつく男の姿が在った。
「待てって……、言っている……だろう……」
「そう言われて待つ馬鹿がどこに居るんだよ、っと」
「……グっ」
残された力を振り絞り、ヴァルトハインの左足を掴んでいた海人。
それに対しヴァルトハインはゴミでも見るような目で足蹴にし、乱暴に振り払う。
先程の攻撃のダメージは大きいようで、海人は簡単に手を離してしまい、彼の身体は床を転がる。
仰向けに倒れた海人の胸部は肌が見える程に大きく抉られているものの、肌自体に傷は残されておらず、血は一滴も流れ出ていなかった。
「……傷が……無い? ……海人は無事、なの?」
「そうみたいだね。これも水神龍の鎧のお蔭って所かな……」
魔導装具は装者と精霊界に居る精霊獣とを繋ぐものであって、装者の精神力によって武器や鎧は特殊な力を発動できる。
武器や鎧として形を成して、力を発動中に破壊されると装者はどうなるのか。
それが今の海人の状態であった。
体に傷は付かないものの精神的ダメージは大きく、海人は一瞬気を失っていたようで、今でも身体が言う事を聞かないようである。
ヴァルトハインの言う通り、水神龍の鎧でなければ鎧ごと身体を傷付けていたようだが、傷が付かなくとも海人には限界が見えていた。
「――――それでも、戦うだけの力は残されていないようだけどね!」
「……かは……っ!」
「海人……っ!!」
震える手で身体を支え、どうにか体を起こそうとしている海人に、ヴァルトハインは無慈悲な蹴りを食らわせる。
海人は手も足も出ない状態であって、やはりどうにもならないのかと、真帆は再び絶望の淵に立たされた。
「どうしたのさ? さっきまでの威勢は何処に行ったの? 負けられない~とか言っていたのにねぇ……」
ボールを蹴るようにして海人の身体を蹴り続けるヴァルトハイン。
真帆がいくら止めてと叫んでも、彼女の言葉は聞き入れられない。
寧ろ真帆がそう叫ぶのを楽しんでもいるようで、ヴァルトハインは彼女に見せつけるようにして蹴り続けていた。
笑い声と身体を打ち付ける鈍い音。少女の悲痛な叫びはいつまで響くようであったが、ヴァルトハインはまたしても途中でピタリと止めた。
「……はぁ。……飽きた。……やっぱりテメェじゃ話にならなかったな」
「…………っ」
「おいアンタ。誰か他に強い奴は居ないのか? 俺様を楽しませてくれる相手を用意してくれるなら、あの女共々助けてやってもいいよ」
卑怯な立ち回りに残忍な振る舞い。それらから甘い言葉を囁くヴァルトハインを信じられる要素は無いが、そもそも彼の誘いに乗る訳にはいかない。
海人は蹴りつけられた痛みに苦しみながらも交渉を断り、強固な意志を見せつけた。
「……良いのかなぁ、そんな態度で」
ニヤッと笑みを浮かべたヴァルトハインは海人に背を向ける。
彼が踵を返して向かった先は拘束されて身動きの取れない真帆の元で、彼は手元で回していたナイフを真帆の目の前に落とした。
普通の刃物ならばモルタルの床に落とせば軽く跳ね返って転がる。
けれどもヴァルトハインが手にしていたナイフは魔導装具であって、刃は真っ直ぐに突き刺さり、周りを腐食させて徐々に沈んでいく。
目の前でその威力を目の当たりにした真帆は小さく悲鳴を上げ、サァっと顔色を青ざめさせた。
「何処から斬りつけよっかな~。ああ、顔を斬りつけたらもう外は歩けなくなるね~」
「止めろっっ!! ヴァルトハイン……っ!!
またしても真帆にナイフを向けて脅しにかかるヴァルトハイン。
それだけは絶対にさせまいと、傷つけるなら自分にしてくれと、海人は自分が身代わりになると言うが、それでヴァルトハインが納得する筈もない。
彼の望みは弱い者を痛めつけるのではなく、強い者と戦う事であるからだ。
「さぁ早く、さっさと呼び出せよ。アンタよりも歯ごたえのある奴を――――……っ?」
ヴァルトハインはしゃがみ込んで床に刺さったナイフを拾い上げ、真帆の頭を鷲掴みにしてナイフをちらつかせていたが、途中で言葉を途切れさせて黙り込む。
急に静かになった彼は視線を扉へと向けて険しい顔をしていた。
「この気配……。間違いない……」
海人がこの場に辿り着き、開いてから開けっ放しであった扉。
そこに立ち、月明りを背にする者は低い声で言った。
「貴公の相手、この私が受けて立とう」
窮地に陥った海人達の元へと駆けつけたのは、第一の騎士団長、ガイラルド・ヴァルムヴェントであった。




