6.絆と経験値
だだっ広い廃工場の中心で、距離を取り向かい合う海人とヴァルトハイン。
武器を手にし、鎧を纏い、戦う姿勢を取った所で一呼吸。
二人の決闘の行く末を見守るのは手足を拘束された真帆で、彼女は張りつめた空気にゴクリと息を呑む。
敵はナイフ型の魔導装具で無機物を意のままに操るなど、これまでに相対した他の騎士達とは違った奇をてらう戦い方をする。
ガイラルドに稽古をつけて貰い、実力もついている今の海人なら大丈夫だろうと、真帆は信じているが、海人の性格も幼馴染であるからよく知っているようで、真っ直ぐな海人とトリッキーなヴァルトハインとでは相性が悪いのではと、不安もあった。
「海人……っ」
くれぐれも気を付けて欲しいと、注意を呼び掛けたい所であるが、今の真帆は布切れで猿ぐつわをされている為、声に出せない。
彼女が想いを伝えられないでいる中、どちらかが合図をするでもなく、二人は同時に動き出した。
「せっかくだから、楽しませてくれよな……!」
刃が篭手によって防がれてキィンと響く金属音。
攻撃をかわすために身を引いたり、隙を突くよう踏み込むことによりズザザと鳴る足音。
ヴァルトハインは両手のナイフを巧みに操りながら積極的に攻めているが、戦況は一方的にという訳ではない。
迫る刃をかわしつつ、時には攻撃を受け止め、海人は隙を見出して拳を振るい、蹴りを繰り出す。
現状では互角のようだが、まだ互いに本気を出しているようではなく、様子見の牽制といった所の様だ。
暫くの間近接戦が続き、睨みあうような状態が続いていたが、ヴァルトハインは海人の動きから何かを見出したようで、攻撃を受け流したのちに飛び退いて距離を取り、忌々しげに言い放った。
「その足運び……。アンタの所に第一の騎士団長のオッサンが居るって話は本当らしいな」
「第一の……? ……ああ、ガイラルドの事か」
「あのオッサンが敵に立ち回りを指南するなんてな……。そもそも英雄様にボコられるとか、オッサンは焼きが回っているのか?」
「……っ!」
ヤレヤレといった風に肩を竦めさせてガイラルドの事を嘆くヴァルトハイン。
気を抜いているようで、隙だらけのようにも見えたが、彼は海人の攻撃に反応し、両手のナイフで拳を止めた。
「おいおいどーした。オッサンはアンタの敵だろう? 何でアンタが怒るんだ?」
海人の表情は竜の頭部をかたどった兜に覆われ、窺い知ることは出来ない。
けれども彼の拳を受け止める事でヴァルトハインは悟ったのだろう。
ニヤつきながら疑問を口にして、相手の感情を逆なでする。
「今のガイラルドは力を抑え込まれているだけだ。日和っている訳じゃない!」
「いやいや、力を封印されている時点で笑えるし~! 騎士団を束ねる地位に居る奴が首輪をハメられた犬になり下がるとかさ、あり得ねぇ~よ!」
腹を抱えて笑い、ガイラルドを詰り続けるヴァルトハイン。
彼の戯言など、聞き流してしまえば良いのだが、海人には我慢ならないようだ。
喧しい口を塞ごうと、喋る隙を与えないように攻撃を仕掛ける。
「いや、だからさ、何でアンタがオッサンの肩を持つ訳? 戦った後にお仲間ごっことか、マジで気持ち悪りぃんだけど」
ガイラルド達が竜堂家に居候することになった理由は、譲司達がシュトラルヴェルトへと渡るのに障害とならないようにする為である。
彼らがこちらの世界で大人しくしているのも、マルリースの枷によるものであって、枷から解き放たれればどのような振る舞いをするかは分からない。
かつての敵と共に居るのはおかしいと、ヴァルトハインが批判するのも当然ではあるが、海人はガイラルド達を疑ったり、拒絶しようとは思わなかった。
「俺がこうして戦っていられるのは、ガイラルドのお蔭だ」
まだガイラルド達と共に過ごして数週間しか経っていないが、海人は彼らが裏切る姿など想像できなかった。
アウグストは重蔵と旧来の友のように親しくしており、こちらの文化を拒むことなく学ぼうと、何事にも積極的にかかわっている。
一方、ガイラルドはアウグストと違って竜堂家に居ることが多いが、海人の稽古をつけてくれるなど、接し方に壁を感じることは無い。
厳しくもあるが理に適った稽古を通して感じたのはガイラルドの誠実さで、海人は自分の父親である譲司と比べてもいるようで、ガイラルドのような男が父親だったならばと考えてもいた。
「ヴァルトハイン……。お前はたった一人で生きてきて……、ここまでの力を得たのか?」
「ア゛ァ!? テメェ……、それはどういう意味だ……っ!?」
譲司は海人にまともな稽古をつけようとはしなかったが、勝負を挑めば必ず相手をした。
アレイシヤはかつて世界を救った英雄が身に纏っていた魔導装具を海人へと託した。
ガイラルドは敵であったにもかかわらず、強くなりたいという海人の想いに応えてくれた。
今の海人は様々な人達との繋がりによって力を振るえているのであって、彼はその事を大切に思っている。
けれども繋がりを否定したヴァルトハインはどうなのだろうかと、疑問を持つ一方で彼の孤独さを感じ取り、海人はヴァルトハインの境遇を憐れみもした。
「ここまでの力を得たのは、誰かのお蔭じゃないのか? お前の傍には誰も居なかったのか……?」
「……そういう奴なら居たと言えば居たな」
「だったら――」
「勘違いするんじゃねぇーよ! 俺様の周りに居たのは全て踏み台だ! どいつもこいつも経験値、所詮俺様の糧って事だ」
「……っ」
「そしてテメェも俺様が強くなる為の餌にしてやるさ」
自分以外の者は役に立つか立たないかで考えるヴァルトハイン。
力を欲した彼は真帆を餌として海人を呼び寄せ、そして海人も経験値を稼ぐための餌だと言い張る。
身勝手な振る舞いにかつての仲間に対する暴言。
それらを見過ごす事は海人には出来なかった。
「人との繋がりをコケにする奴に、負けられる筈がない……っ!!」
「……なっ?!」
激高し、海人の攻撃は精彩を欠くかと思われたが、彼は怒りを覚えつつも冷静であって、敵の動きを先読みして踏み込んだ。
鳩尾を狙う鋭い掌底。
その一撃はこれまでとは比べ物にならない位の速さと威力を兼ね備えているようで、ナイフで防ごうとしたヴァルトハインの身体が大きく動いた。
「ぐ……っ、これは――――」
海人の放った一撃により、ヴァルトハインの両足は地面を離れ、身体は柱へと叩きつけられる。
ただの拳による打撃ひとつでここまでの威力が出るのはおかしいと、攻撃を受けたヴァルトハインは驚き目を見開く。
彼の視線の先。そこには蒼い鎧を纏った海人が佇んでおり、海人の右手は青白い光に覆われていた。
「ようやくお披露目か……。水神龍の鎧の力ってのをよぉ」
叩き込んだ掌底はただの打撃ではなく、水の力を宿したもので、これまでの接近戦で少しずつ溜め込んでいた力を一気に解き放つ、いわば強力な水鉄砲のようなものであった。
想定外の攻撃にヴァルトハインは反応が遅れ、防ぎ切る事は出来なかったようだが、第七の副団長に就いているだけあって、一撃だけでは沈まないようだ。
彼は受けたダメージに顔をしかめつつも、この時を待っていたばかりに喜び声を上げた。
「そっちが本気を出したなら、俺様も答えなくちゃならないな」
相手が怯んでいる内に連撃を仕掛ければ勝利は容易く得られる。
けれども今の海人には連続して同じ攻撃を打ち込める余裕はなく、ここぞという場で使うしかない為今度は慎重に、守りに徹するようヴァルトハインの出方を窺った。
「……さっきとは別のナイフを?」
これまで手にしていた二本のナイフを腰のホルダーへと仕舞い、ヴァルトハインは別のナイフを二本手にする。
持ち替えたナイフは以前使用していた投げナイフや先程まで振るっていた物と違い、刀身が紫色で刃先は曲線を描いていた。
見た目からしても禍々しいそのナイフから、海人は妖しい気を感じ取り警戒心を増す。
「そっちから来ないのならこっちから行かせて貰うよ!」
投げナイフのように遠距離から投擲して突き刺さった無機物を操るのではなく、ヴァルトハインはナイフを手にしたまま真っ直ぐ海人の傍へと向かって行く。
そして彼はこれまでと同様に近接戦を、リーチの短いナイフで斬りかかってきた。
鎧に刃物で、それもナイフのような刃渡りが短いものでダメージが与えられるかと疑問に思う所であって、これまでの攻撃も水神龍の鎧には全く通らなかった。
先程までは様子見であると、海人の力量を測っていたのだと分かるが、今のヴァルトハインが手にしている装具からは只ならぬ気配を感じる。
相手がどう出るのか、装具の力を十分に警戒して海人は直接刃に触れないよう避け続けていたが、迫りくる刃をかわすのにも限界があった。
「喰らいやがれ……ッ!!」
「……クっ!」
鎧と兜との間。頸動脈を狙ったかのような攻撃を海人は咄嗟に篭手で防ぐ。
急所への攻撃は免れたが、海人はその威力を思い知る事となった。
「篭手に傷が……っ、いや、これは――――」
重さを感じることは無い鎧であって、けれどもその硬度は金属のもので。
傷を付けるのも困難である筈なのだが、篭手は肌が見える程に抉られている。
攻撃を受けた箇所はただ削られただけでなく、溶けるように腐食していたのであった。
「今は鎧で防いでいるけど、何時まで持つかなぁ~。コレって金属だけでなく、人体も腐らせちゃうんだよねぇ~」
紫色の光を纏ったナイフをクルクルと投げ回して手に取り、自ら装具に秘められた力を説明するヴァルトハイン。
彼は禍々しいナイフの扱いに自信があるようで、自身の手が腐り落ちる事を恐れず曲芸を披露していた。
「で、さぁ。このナイフで顔とか斬りつけたらどうなると思う?」
「……な、何をするつもりで……!?」
問い掛けたヴァルトハインはチラリと後ろへ目線を向ける
彼の狙いは拘束されて身動きが取れずにいる真帆のようで、そうはさせまいと海人は踏み出したが、それこそがヴァルトハインの狙いであった。
「かかったな!」
「な……っ!!」
「んんーーーーっ!!」
真帆を守ろうと動き出した海人は己の身を顧みずにいた為、大きな隙を作り出してしまった。
ヴァルトハインはそもそも人質に危害を加えるつもりは無かったのだと、狙いは海人を動揺させる事であったと気づいた時には遅く、海人は胸部に斬撃を受けた。
「形なき者、腐敗の魔神キノトグリス。深海の主と呼ばれる水神龍と言えども、腐敗の力には耐えられなかったようだな……!」
ニヤリと笑うヴァルトハイン。
彼の前で海人は足元から崩れ、地面へと倒れ込んだ。
海人が夜中にコンビニに行くと言って出掛けて約30分後。
深くは追及せず海人を見送ったガイラルドは思う所があるようで、眠りに就かず海人の帰りを待っていた。
「やはり何かあったのか……?」
戻らない海人の身を案じたガイラルドは私室として宛がわれている部屋から出て外へ。
念の為、近場を探してみようと竜堂家の門をくぐった。
「……ム」
「わ……っ!?」
静かに戸を開き、通りに出た所でガイラルドは見知った者と遭遇する。
ガイラルドの姿に驚き後退ったのは小柄な少女で、訳あって隣の占部家へ泊りに行っていたアレイシヤであった。
「この様な夜更けにどうした?」
「あ、え、えっと……、ですね――――」
話して良いものかどうなのか。少しばかり悩む素振を見せていたアレイシヤだが、このままではいけないと思ったようで、意を決してガイラルドに問い掛けた。
「あの……。マホさんはそちらにお邪魔していませんか?」
「あの娘か? こちらには来ていないが……。あの娘に何かあったのか?」
「そ、それが……――――」
真帆は居間に居た母親にコンビニに出掛けると言って外出したのだが、一時間ほど経っても帰宅しなかった。
身を案じた母親が携帯に連絡するも繋がらず、もしかすると携帯を自室に忘れたのかと思い確認しようとした所で、アレイシヤに事情を伝える事となったそうだ。
「もしかするとカイトさんの所かもしれないと、マホさんのお母様が仰られてて、それでカイトさんに私からも連絡を入れてみたのですが、全く繋がらなくて……」
「つい先程、小僧も娘と同じ場所に行くと言って出掛けたぞ」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。だが、あの様子はただ事ではなかったな……」
「え……!? ど、どういう事ですか!?」
竜堂家から出て行くときの海人の様子に違和感を覚えたとガイラルドは述べており、彼の言葉にアレイシヤは顔色を青ざめさせながらもポケットから手のひらの大きさの水晶を取り出した。
「先程も確認したのですが、やはり魔導装具の反応はありません……」
「装具を感知する魔道具か……。先遣部隊のアジトには感知魔道具を無効化させる結界が張られていたがな」
「……え!? そ、そのような物が……」
「それ故に我らは襲撃を仕掛ける事が出来た」
先遣部隊のアジトにはシュトラルヴェルトへと渡る転移装置が備えられているそうで、そこを使い譲司達は向こうの世界に渡ったそうで、アジトは既に破壊されたらしい。
その時の残党が今回の件に関わっているのではとアレイシヤは推測したが、ガイラルドは首を横に振るう。
どうやら常駐していた者達は既に拘束済みのようで、その者達は関わっていない事は確かだが、魔道具によって感知できない可能性もあるという事が分かった。
「わ、私、探しに行かないと……っ!」
こうなれば手あたり次第探すしかないと、慌てたアレイシヤは当てもなく駆けだそうとするが、ガイラルドは冷静な表情のまま呼び止めた。
「待て。まずはあの娘の母親を誤魔化さねばなるまい」
「そ、そうですね……」
「それから人手を……、私はアウグストを叩き起こしてくる」
「え!? あ、で、でも、アウグストさんは……」
「彼奴の用事など、大したものではない。人の命には代えられはせん」
「わ、分かりました……」
深く頷いたアレイシヤは占部家へ。そしてガイラルドは竜堂家へ。
アレイシヤは真帆の両親に竜堂家に真帆は居ると誤魔化し、ガイラルドは喧しいくらいのいびきをかいて寝ていたアウグストを文字通り叩き起こして再び表へと出る。
揃った三人は一先ず真帆が向かった先であるコンビニを目指した。




