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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第9話 闇を操る者
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5.一つの要求

 破壊された装具を復元させ、封じ込められていた精霊獣を解放したアレイシヤ。

 彼女は引き続き調べたい事などがあるようだが、連日の徹夜続きとなっていた為、海人と真帆は結託してアレイシヤを休ませるように話を運んだ。

 散らかったアレイシヤの私室では満足に休めないだろうと。目を離せば作業を再開させかねないアレイシヤは真帆と共に占部家へ。

 一人残された海人はガイラルドとアウグストに結果報告を済ませ、風呂に入り汗を流し、歯磨き等の寝る前の準備を終わらせて布団に入る。


「……直ぐに眠れるかと思ったんだけど、……そうでもないな」


 アレイシヤの作業に連日付き合い、海人も徹夜続きであった筈だが、眠気はまだ感じないようで、それどころか目が冴えて寝付けないようである。

 それは海人がアレイシヤと違って神経をすり減らしながら作業をしていないという点もあるが、彼は一つ、解放された精霊獣を見ていて疑問を抱いたからであった。


「……この装具はあの装具とは違う。だけど――――」


 右手に填められた銀色の腕輪を眺める海人。

 海人の母であるマルリースが作った装具は復元させた装具と違い、精霊獣を縛りつけたり命を奪って作られたものではない。

 海人が身に纏って戦う鎧は精霊界に居る精霊獣と自身を繋ぐものであって、無理矢理力を引き出すなどして精霊に苦痛を強いるものではない筈であるが、海人は初めて装具を手にした時の事を思い出していた。


「精霊獣は精霊界で、各々に適した場所で過ごしていると本に書いてあったが……。水神龍レヴィアタンが居た場所は……、それにあの姿は……」


 炎を吐き出す火蜥蜴、サラマンダーは人が踏み入るのは困難な灼熱の火山洞窟に。

 風を操る獣、グリフォンは切り立つ山と山の間の、風が吹き止まぬ谷に。

 澄み渡った水辺、静謐なる森。光に満ち溢れた水晶の森、常闇の洞窟。

 精霊獣はそれぞれが持つ力と相性の良い場所に生息しているようだが、海人が水神龍レヴィアタンと出会った場所は暗い海の底であって、自由に泳ぎ回れるような姿ではなかった。


「レヴィアタンはあの場から動けなかった……のか? 目が見えないのは年老いているからって、前にアーシャが言っていたけど……」


 今まで何度も装具の力を借り、危機を脱してきた海人。

 けれどもその力の源である水神龍レヴィアタンは、今どのような状態に置かれているのか分からない。

 海人は空いている左手で腕輪に填められた蒼色の宝石に触れてみるが、再びあの場へと辿り着くことは出来ず、水神龍レヴィアタンと言葉を交わせない。


「……もう少し詳しく、明日にでもアーシャに尋ねてみるか」


 レヴィアタンは無事でいるのか、このまま力を使い続けても平気なのか。

 気になることは山ほどあるが、今の海人ではどうしようもない。

 アレイシヤなら何か知っているかもしれないと、今のレヴィアタンの様子を確かめる手段があるかもしれないと考えた海人は、遠い世界に居る者の事を想いながら目を閉じた。






 色々と思い悩みながらも眠りに就いた海人。

 彼がようやく寝息を立て始め、夢の世界に片足を踏み入れかけた頃。

 枕元で充電されていた携帯から暑苦しいメロディーが。鉄面ナイトΩの主題歌が流れ、海人は飛び起きて携帯を手にした。


「んぁ……。こんな時間に誰だ……って、……真帆か。何かあったのか?」


 この時間にメールやSNS上でのメッセージではなく電話で。それもテレビ電話というのは珍しい。

 何かあったのかと不審に思いつつ応答ボタンを押すと、ディスプレイには意外な者の姿が映し出された。


「お、お前は――――」

「よう。アンタが蒼鎧の装者か」


 夜中に海人へ連絡を入れてきた者。

 それは一か月半前、ショッピングモールで襲撃を仕掛けてきた男であった。


「ヴァ……、ヴァル…………、……なんだっけか?」

「……ヴァルトハインだ。……テメェの頭ん中は空っぽなのか?」


 眉間に皺を寄せ、口元をヒクつかせるヴァルトハイン。

 名前を憶えられていなかったことに苛立っているようだが、海人は相手の機嫌が悪くなっている事などお構いなしに強く問い質した。


「お前が何故真帆の携帯を――」

「へー、この女、マホって名前なんだ。マホちゃん、挨拶する?」

「んんーーーーっ!! んーーっ!」

「ま、真帆……っ!? おい、どういうつもりだ……っ!!」


 古びたソファーに身を横たえている真帆は、両手を後ろで縛られ両足首も拘束されて身動きの出来ない状態に。

 口には布切れで猿ぐつわがされており、何かを必死に訴えているが、聞き取ることが出来なかった。


「あー……、ゴメンゴメン。今のマホちゃんは話せないんだったね。んー……、なになに。早く助けに来て、ダーリン! だってさ~」


 ゲラゲラと笑いながら真帆の言葉にならない叫びを翻訳するヴァルトハイン。

 彼の代弁はどうやら間違っているようで、真帆は必死に首を横に振っている。

 正しく言葉は伝わらないが、真帆が危機的状況に置かれているという事実は変わらない。

 海人は真帆の身を案じて焦りを感じ、このような仕打ちを行ったヴァルトハインに対して怒りを覚え、声を張り上げながら説明を求めた。


「一体何が目的だ……っ!! お前は今どこに居る!?」

「まぁそんなにカッカしないでよ。この子の身の安全は保障するからさ」

「誰がお前の言う事など信じるか……っ」

「ふーん……。そういう態度に出るんだァ……」


 ショッピングモールでの一件と今回の件とでヴァルトハインの言葉を信用するには難しい。

 海人は強固な態度で出ていたが、それはヴァルトハインの神経を逆なでしたようで、彼はスッと笑顔を消してナイフを手にする。

 ギラリと光る刀身は怯える真帆の頬へ。

 ヴァルトハインはナイフの腹で真帆の頬を軽く叩いて見せた。


「頬に傷を付けるくらいなら死にはしないから大丈夫だよね」

「な……っ! や、止めろ……っ!! 真帆に手を出すな……!!」

「出すなじゃなくてさァ、出さないでください……っ、何でもするからお願いします! だろう?」

「……っ」


 優位な状態であるヴァルトハインの要求は飲まざるを得ないものであって、海人は表情に悔しさを滲ませながらも屈辱的な台詞を復唱する。

 無様な姿を晒す海人を笑い飛ばすヴァルトハイン。

 彼は間を置かずに態度をガラリと変える。

 今なら全てがヴァルトハインの思いのままに。どんな要求でも通せるようだが、彼はただの操り人形には興味が無い様だ。


「今から言う場所に一人で来い。そしたらこの女を返してやるよ」


 行った先に待ち受けるものは罠なのか何なのか。会話だけでは知り得ない。

 けれども今の海人は冷静な判断など出来る筈もなく、真帆を救い出すのはこの方法しかないと決めつけてしまい、ヴァルトハインの要求を丸呑みするしかなかった。


「………真帆。今すぐ行くからな。……無事でいてくれ」


 時刻は日付が変わるより少し前。

 何時もなら日を跨ぐまで居間で酒宴を広げているアウグストだが、明日の朝早くから旅行に出かけるとあって今晩は自重しているのだろう。

 居間の明かりは消えており、人の姿は無い。

 既に皆寝入っているのだろうと。それならば夜中に出掛ける事を説明しなくて済むと、海人は内心ホッとして家を出ようとする。

 早く駆けつけなければと焦る所だが、寝静まった皆を起こさぬよう細心の注意を払い玄関の扉を開ける海人。

 無事誰にも見つからずに家を出られるかと思いきや、自転車が仕舞われているガレージに入った所で背後から声を掛けられた。


「こんな夜更けに何処に行くつもりだ」

「……っ!」


 腹の底に響く低い声。

 初めて聞いた声でもないが、状況が状況だけに海人はビクッと肩を震わせる。

 彼が恐る恐る振り返った先。そこには鋭い双眸のガイラルドが佇んでいた。


「…………え、えっと、コンビニに……。小腹が空いて……」

「……そうか。ならば私も共に参ろう」

「えぇ!!?」


 咄嗟に吐いた嘘が思わぬ方向に。

 無論、ガイラルドの申し出を許可する訳にもいかず、海人はどうにか言いくるめてこの場を脱しようと、欲しい物があるなら自分が買いに行ってくると言い張る。

 彼の挙動不審さはあからさまであって、それ故にガイラルドは見過ごさなかった訳だが、海人の必死さも同時に伝わっているようで、彼を追い詰めるまでは踏み込まず、ガイラルドはキリの良い所で身を引いた。


「……望む物など無い。ただ、先日の事があって、貴公の身を案じたまでだ」

「……そ、そうか。俺の事なら大丈夫です。コンビニはすぐそこなんで」

「……フム。近場とは言え、用心するに越したことは無い」

「そう……、ですね。常に気を緩めないよう、注意しておきます」


 ガイラルドに見送られた海人は自転車に乗りヴァルトハインが指定した場所へ。

 稽古をつけてくれている恩人に嘘を吐き、海人は心苦しい所であるが、真帆の命には代えられないと、後ろを振り返る事無く前を向いて先を急いだ。






 海人が全速力でペダルを回し、辿り着いた先。

 そこは町外れの廃工場で、雑草が腰のあたりまで生い茂っている辺り、長く放置されているのが分かる。

 買い手がつかないその土地は立ち入りを禁止するように入口が厳重に封鎖されているが、裏手に回れば大人でも入れるような穴が金網のフェンスに空いていた。


「ここか……」


 金網フェンスを潜り抜け、廃材が放置された資材置き場を横切り、古びた工場の錆び付いた扉の前に立つ海人。

 ここに至るまでは何事もなく、人の気配も感じられず、あたりには虫の音が響くばかりである。

 敵は扉の先に待ち構えているのか。それともこれは罠なのか。

 ショッピングモールでの一件を振り返ると、ヴァルトハインのやり口が正攻法ではないだろうと予測される。


「…………だけど、迷っている暇は無いな」


 こうしている間にも真帆は敵の支配下にあって、その身は危機に晒されている。

 今はあれこれと考えている場合では無いと、海人は意を決して重い扉を開いた。


「よう……。待ちくたびれたぜ」

「ヴァルトハイン……っ。真帆は……っ、真帆は無事なのか……!?」


 広い工場内の中心に佇むヴァルトハイン。

 彼は海人の問いに答えるよう、ソファーに近づき横たわっていた者、真帆の肩を掴んで身を起こす。

 背もたれから覗かせた姿を目にした海人は思わず駈け寄ろうとするが、ヴァルトハインは静止を呼びかけた。


「おい。それ以上は近づくんじゃねぇぞ」

「……っ。どういうつもりだ……っ!!」

「ああ、別にこの女には何もする気が無いから安心しなよ。痛めつけてもないし、エロい事とかする気もないからさ」

「だったら今すぐ真帆を解放してくれ!」

「それは無理。まぁ、アンタの出方次第だけどな」


 海人の足止めの為にナイフを真帆へと突きつけていたヴァルトハイン。

 彼はナイフを手にしたまま真帆の身体を抱え、一脚の椅子へと座らせる。

 それはまるで観戦席のようであって、そこからはヴァルトハインと海人が対峙する様子がよく見られるようになっていた。


「俺様の望みはただ一つ。アンタとサシで戦う事だ」

「戦う……、だと? その為にこんな事を――」

「本当は白仮面の野郎か、伝説の英雄様と手合わせをしたかったんだがなぁ……。仕方がないから今回はアンタで我慢してやるよ」

「……っ!!」


 白い仮面の男、グラヴィストの事はともかく、英雄……譲司の話を持ち出され、眉間に皺を寄せる海人。

 彼の表情の変化にヴァルトハインは気が付いたようで、ニヤッと口端を歪めて挑発を続けた。


「……さぁ、さっさと鎧を纏えよ。その鎧も、元は英雄様のモノなんだろう? 世界を救った力ってのを見せてくれよ」


 そう告げたヴァルトハインはもう一つナイフを取り出し、両手で構える。

 無駄な争いを望まない海人だが、真帆を取り返すにはヴァルトハインを倒すしか無いようである。

 さらに言えば父と比較された点も聞き流せはしないようで、海人はヴァルトハインの言う通りに、鎧を身に纏い構えを取った。




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