4.ソファーの上での攻防
人気のない廃屋で、後ろ手と両足首をロープで縛られた状態で目を覚ました真帆。
ここに至るまで何が起きたのかを彼女が思い出そうとする前に、事情を知っているだろうと思われる者が自ら姿を現した。
「ど、どういうつもり……っ!?」
「ハァ? それが恩人に対する言いぐさかァ?」
買い物を終えた真帆が店先で男達にしつこく絡まれていたところ、颯爽と現れて助け出したのはかつて敵として対峙した男、ヴァルトハインであった。
迷惑なナンパを撃退してくれたのは有難い事だが、容赦なく男達を叩きのめすなど、やり方が褒められたものではない。
その上こうして助けた筈の者を拉致監禁しているのだから、素直に礼を言える訳がなかった。
「その恩人がどうしてこんな真似を――――」
「こうでもしねぇと、アンタは逃げるだろうが」
「あ、当たり前じゃない! 一体何が目的で――――って、あぁ?!」
噛み合わない会話に苛立ちを感じていた真帆だが、話半分に聞いているだろうと思われるヴァルトハインの行動に目を見開く。
彼は目の前にいる身動きの取れない少女に興味を持つのではなく、彼女の持ち物に気を引かれたようだ。
「そ、それ……っ。私のアイス……っ!!」
「ああ。アンタが目覚めるのを待つ間、頂いていたぜ」
全く悪びれる様子もないヴァルトハインは、最後の一口であろう期間限定のアイスを平らげ、空き容器を放り投げた。
危機的状況下に置かれても食べ物の恨みというのは抑えられないのか。
真帆は転がる容器を惜しむように眺め、続いてヴァルトハインを睨み付けた。
「おいおい、そんな怖い顔するなって。このままだと溶けて駄目になるから食べてやったんだぞ」
「……っ」
ヘラヘラと笑うヴァルトハインの顔を殴りつけてやりたいという衝動に駆られるが、今の真帆は手も足も出ない状態である。
例え手足が自由であったとしても真帆が敵う筈もないのだが、ふざけた態度に苛立ちは抑えきれないようで、彼女は強気で問い質した。
「――――もうどうでもいいから、早く目的を明かしなさいよ!」
「……そうだな。そろそろ始めても良いか」
「な……っ。は、始めるって何を――――」
ソファーの背もたれを軽く飛び越え、ヴァルトハインは横たわる真帆を見下ろすようにして膝をつく。
馬乗りのような体勢であって、彼の表情は先程のニヤけたものでは無くて、瞳をギラギラと輝かせており、飢えた獣のようである。
強く出ていた真帆も豹変したヴァルトハインを前にして恐れを抱いたのか、顔を近づける彼に対し、震えながらもできる限り離れようと身じろぐ。
「おい、逃げるんじゃねぇよ」
「や……っ、止めなさいよ……っ! 嫌ぁ……っ!!」
「……アンタまさか、俺様が手を出すとでも思っているんじゃねぇだろうな」
「…………ち、……違うの……?」
貞操の危機を前にして涙を浮かべる真帆。
彼女の言葉にヴァルトハインは盛大な溜息を吐き、眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
「だ~れがアンタみたいな貧相な女に手を出すかよ。バッカじゃねぇの?」
「え……っ?! な、何よそれ――――」
「ハァ……? アンタまさかその体型で俺様が欲情すると思ったのか? クソブスド貧乳が自惚れてんじゃねぇよ」
散々扱き下ろし、ケタケタと笑うヴァルトハイン。
ここまで言われては我慢の限界なのか。真帆は後先考えずに縛られた足を振り上げる。
暴言を吐くヴァルトハインに一撃を食らわそうと目論んだわけだが、彼は隙だらけのようであっても勘は鋭いようで、腰を落とす事で容易く抑え込んだ。
「ちょ……っ、重い……っ!!」
「アンタが大人しくしねぇからだろうが。ったく、無駄な手間を取らせやがって――――」
またしてもヴァルトハインはガラリと表情を変え、鋭い目つきで真帆を睨み付ける。
その視線は恐怖心を抱かせるほどで、身じろぎ抵抗を図っていた真帆も恐れからか、逆らう事を諦めて息を呑んだ。
「そうそう、そうやって大人しくしてりゃ良いんだよ」
「……何なのよ……っ。どうして私がこんな目に……」
「ああ、それなら偶々一人で居る所を見かけたからであって、別に誰でもよかったんだぜ」
「……」
偶然であると言われ、真帆は自分の不運を呪っていたが、悠長に構えている暇は与えられなかった。
無駄話はここまでだと、ヴァルトハインは一つの要求を突き付けてきた。
「アレを、お前も持っているんだろう?」
「アレ……って。な、何の事よ?」
「とぼけてんじゃねぇよ。離れた奴と会話できるやつをアンタも持っているんだろうが?」
「あ……」
ヴァルトハインが欲しているモノ。
それについて真帆は思い当たったようだが、簡単には渡したくないようだ。
個人的な情報が詰まっているというのもあるが、操作に手慣れていない者になど渡せる筈もなく、真帆は知らぬ素振を貫いた。
「素直に出さねぇっていうのなら仕方がねぇな」
「な、何を――――」
「ひん剥いて探すしかねぇだろうが」
「……やっ、止めて……っ!」
「あぁもう五月蠅ぇ。大人しくしやがれっての」
服に手をかけて脱がそうとするヴァルトハイン。
それだけは止めて欲しいと、真帆は折れてしまったようで、彼の欲している物の在処を明かした。
「フン……。ここにあったのか……」
「ちょ、ちょっと……っ、やだ……っ。変な所を触らないでよ……っ!」
「テメェのケツなんか興味ねぇっての。……っと、これで――――」
ヴァルトハインが真帆のハーフパンツのポケットから取り出したのは、携帯電話であった。
目当ての物を手にしたはずのヴァルトハインだが、彼はそれを手にしたまま固まる。
どうやら彼は使い方が分からないようで、けれどもそれを認めたくはないのか、不機嫌そうな面で寄越してきた。
「それで奴を呼び出せ」
「奴って……? と言うか、このままだと使えないわ」
「……チッ! 仕方ねぇなぁ……」
ヴァルトハインは舌打ちをしながらも、腰からナイフを取り出して真帆の拘束を解く。
これで自由になれたと真帆は喜ぶが、ロープが切られたのは両手首のみであって、足首の拘束はそのままである。
この状態では逃げたり反撃するのは難しい。
一瞬浮上しかけた気持ちはまた沈み、真帆は溜息を溢した。
「……それで、奴って一体誰なの? 何が目的で――――」
「誰って……、決まっているだろう。あのいけ好かねぇ白仮面野郎だ」
「白仮面……って、あ……っ――――」
白い仮面を身に着けた者として思い浮かぶのは、真帆達の危機に何度も駆けつけたレヂディーノとグラヴィストである。
野郎と言うならば、男性だと思われるグラヴィストの事を指しているようだが、真帆は彼らの正体を知らないだけでなく、連絡も取りようがない。
白い仮面の者達は突然現れて突然消え失せるのだと、真帆は事実を説明するがヴァルトハインは納得しなかった。
「嘘ついてんじゃねぇよ。テメェは奴らのお仲間なんだろう!?」
「ち、違うって言っているでしょう! 呼べるものなら今すぐに呼び出して助けて貰うわよ!」
「…………ム。……それもそうだな」
気まぐれなのか、情緒不安定なのか。
つい先程まで疑い苛立っていたヴァルトハインはコロリと態度を変え、これからどうするべきか思い悩んでいる。
真帆としては勘違いならば早く解放して欲しいと願う所で、恐る恐る尋ねてもみるが、ヴァルトハインは拘束を解く気は無いようだ。
「……もう、どうすれば――――」
目の前の男はただ殺戮だけを望んでいるようでもなく、真帆に関しても扱いが手荒いようだが拷問を加えて吐かせようとはしない。
一応話は通じるのだと気付いた真帆は、どうにかできないかと説得を試みた。
「ねぇ、貴方に聞いて欲しい事があるの」
「邪魔すんな。ブスは黙ってろ」
「……」
不遜な態度に腹が立ち、いい加減にしろと言い返したくもなるが、真帆はぐっと堪える。
ここは焦らず冷静に。なるべく相手を刺激しないように。
こちらの話を全く聞いていないという訳でもない事から、彼の興味を引ける言葉を選び、口にする。
「…………ガイラルド・ヴァルムヴェント、アウグスト・アルブレヒト」
「……っ! テメェ、その名を何処で――――」
真帆の予想通り。ヴァルトハインは二人の名に食いついてきた。
ガイラルドとアウグストは騎士団長いう立場だけあって、同じ騎士のヴァルトハインが知らない筈もない。
ギラリと目の色を変えたヴァルトハインは何故真帆が二人の事を知っているのかと問い質してきた。
「……か、彼らとなら連絡は取れるわ」
「どういう事だ……!! 奴らとテメェとがどういう関係で――――」
「それは――――」
自分達はガイラルド達の襲撃を受けたが、どうにか退けることが出来たと、今は自分達と共に生活をしていると、真帆は事実を明かすが、ヴァルトハインの表情が怪訝なものへと変わる。
「おい。嘘を吐くならもう少しマシな嘘を――――」
「嘘じゃないわ。証拠ならあるわよ。これを見て」
そう言って真帆が見せたのは携帯に保存されていた画像で、それはアウグストが上半身裸でポーズを取っている写真である。
何故そのような写真があるのかと言うと、携帯に興味を示したアウグストが是非撮って欲しいと頼んだからであって、たまたま消さずに放置していたのが思わぬところで役に立った。
「…………これは確かに。あのクソジジイの面に間違いねぇ……」
「だ、だったら――」
「それで、ジジイ共を倒したのは何処のどいつだ!?」
「え……?」
カッと目を見開き、眉間に皺を寄せて迫るヴァルトハイン。
彼は自由奔放で仲間の事など気にも留めないようであったが、こうして仲間が倒されたことに事に憤っている。
仇を討つつもりでもあるのか、ヴァルトハインはガイラルド達を倒した者を聞き出そうとする。
必死な彼の姿に悪い所ばかりを見ていて誤解していたと、思わず真帆は正直な感想を溢した。
「驚いたわ……。そんなに仲間想いだったなんて……」
「……ハァ? 誰が仲間想いだって?」
「誰って……、貴方の事だけど」
「……アンタ。それ、本気で言っているのか。頭湧いてんのか?」
「え……?」
「俺様はあのジジイ共を倒した奴の強さに興味があるだけだ。ジジイ共がくたばろうがどうしようが関係ねぇ」
「……」
できる事なら自分が倒したかったとまで言ってのけるヴァルトハイン。
一瞬でも彼の事を見直した真帆は自分の浅はかさと彼の思考回路に辟易とした。
彼はどうやら戦う事を楽しみとしているようで、ただ単に強い者を求めているだけのようだ。
「それで、ジジイ共を倒した奴はどこにいる!?」
再び迫りくるヴァルトハイン。
ガイラルド達四人組を下した者ならば、ヴァルトハインなど相手をするまでもないようだが、その者は今現在この世界に居ない。
どう話すべきか悩む真帆だが、それこそが良い説得材料になると考え、所在を明かした。
「……居ない?」
「そうよ。ガイラルドさん達を倒したのは、かつてシュトラルヴェルトを救った英雄、竜堂譲司よ」
「英雄……、が……? 確かにそれならあのジジイ共を倒したってのも頷けるが……。それで、そいつは今どこに――」
「譲司さんはシュトラルヴェルトへと向かったわ。侵攻を止める為にね」
「……!」
魔王を討ち果たし、世界に平和をもたらした英雄に興味を示したヴァルトハイン。
彼は譲司の目的と行く先を知り、息を呑む。
所謂戦闘狂という戦う事を何よりも大事にしているような彼でも、自分の居た世界がどうなったのか気になるのだろう。
そこを突くようにして、真帆は畳みかけた。
「貴方も向こうの世界に戻らなくて良いの? このままだと、こちらの世界への侵攻だけでは済まなくなるわよ」
危機感を煽り、意識を別の方向へと向けさせる。
これにより真帆は危機を脱し、後々に海人達の協力を得てヴァルトハインを抑え込もうと画策する。
けれども彼は真帆が想定した答えとは別の反応を見せた。
「向こうの世界がどうなろうと俺様には関係ねぇ」
「は……?」
「英雄の実力がどの程度か気になる所だが、向こうの世界に行ってしまったのなら手の出しようがねぇだろう」
「え……? いや、ちょっと待ってよ。貴方達は帰る術を持っているんじゃ――――」
「転移装置は何処のどいつか知らねぇ奴にぶっ壊された。帰る方法なんてねぇよ」
「えぇ……っ」
ガクッと肩を落とす真帆。
それならばどうすれば良いのかと、ガイラルドかアウグストを呼び出せば満足するのかと問い掛けるが、それでは駄目なようだ。
考えを巡らせていたヴァルトハインはある事を思い出したようで、ハッとした後にニヤリと笑う。
「おい。あの蒼い鎧の奴は何処に居る!?」
「え、あ……、ええっと……」
「……その顔は知っているって事だよな」
真帆は必死に顔を背けて表情を読み取られまいとする。
けれども一足遅かったようで、ヴァルトハインに全て見抜かれてしまった。
彼が次に標的として定めたのは海人のようである。
海人をここに呼び出せば真帆も助かる可能性があるが、それは百パーセントではない。
ガイラルド達と対峙して以来、装具の影響で暴走する亮平を止めたり、ガイラルドに稽古をつけて貰っているなど、海人は着実に力をつけているようだが、ヴァルトハインに勝てるかは分からない。
海人ならどうにかしてくれると、彼の事を信じたい真帆だが、それより何より自分のせいで彼を巻き込んでしまうのは避けたかったようだ。
「し、知らない! 私は何も知らないわ……っ!」
「……おいブス。俺様に嘘を吐いていいと思っているのか? アァ!?」
結局、真帆は距離を詰めて脅しにかかるヴァルトハインから逃れられはしなかった。




