2.精霊獣と呪われた装具
魔導装具。それは異世界シュトラルヴェルトにおいて古くから扱われていた武器や防具であって、その歴史の長さは千年二千年を優に超え、気の遠くなる程の年月を越えて今も尚続く技術の結晶である。
剣や杖、篭手にグリーブなど、形状は様々に至るが、その全てに魔力が込められており、魔術を発動出来たり、身体能力を強化出来たりという効果は今も昔も変わらない。
けれどもその製法については職人達が技術の研鑽を積み重ねた事により、大きく変わる転換期が何度か訪れていたのである。
「――――えっと、この装具の仕組みを説明する前に確かめておきたいのですが。カイトさん、魔導装具の仕組みについては憶えていますか?」
「確かアレだろ? 精霊界って所があって、そこに居る精霊獣から力を借りているっていう
……」
「そうです……! 憶えていて下さったのですね」
「まぁこのくらいはな」
「……あら、海人にしては珍しいわね」
「その言いようは酷くありませんか、真帆サン」
「授業中はいつも寝ているくせに」
「……そ、それについては返す言葉もありません」
真帆に痛い所を指摘された海人はガクッと肩を落とす。
難しい事は苦手とする海人であって、実際の所、ここ数日までは魔導装具の仕組みについて深く知ろうとしなかった。
彼の意識を変えたのは、アレイシヤが装具復元のために部屋に籠りきりになったのが切っ掛けで、自分も何か役に立てないかと思い学習したようだ。
「もっとも古い魔導装具は、異世界から精霊獣を呼び出す為のものであって、例えるなら鍵のような物でした」
精神力を糧とし、異界への扉を開いて精霊獣を呼び寄せ、力を借りるという装具。
それは干上がった大地に雨を降らせたり、新しい命を芽吹かせたりするなど、人の力では成し得ない事を可能とさせた。
「その力は世界を支配しようとする魔王に対しても絶大な力を発揮し、人々は精霊獣の力を借りて魔王を討ち果たす事が出来ました」
「精霊獣と力を合わせて戦うってのは熱い展開だな。……って、今の魔導装具は精霊獣の力だけしか使えないんだよな。精霊獣は精霊界に居たままで……」
今の装具では精霊獣を呼び出して力を借りる事は出来ない。
その点を疑問に思った海人は何故かと問い掛けるが、アレイシヤは膝の上に置かれた拳を握りしめ、思いつめた表情でいた。
「アーシャ? 大丈夫か……?」
「は、はい……。その、すみません……。ここからの話は気分を害されるかもしれないので……」
アレイシヤは口にするのも苦しくあるのか、真実を告げるのに躊躇っているようだが、海人は間髪入れずに話して欲しいと願った。
「俺はどんな事でも受け入れる。……多少は驚くかもしれないけど」
そう馬鹿正直に言った海人だが、その瞳は真っ直ぐでいて、決して興味本位で知りたいといった風でなく、真剣さが滲み出ている。
彼の隣に居た真帆も同じ気持ちであるようで、彼女はアレイシヤが話しにくいならと気を遣ってもいた。
二人の想いを受けたアレイシヤは覚悟が決まったようで、二人に感謝し、ゆっくりと過去を語り出した。
「魔王を倒して平和を手にした人々は、魔導装具を別の方法で使うようになったのです」
人々を脅かす存在が消え去った後、残された装具は人々の醜い争いに用いられた。
それは国と国との争い、領土の奪い合いであって、精霊獣は兵器として戦場に送り込まれたのである。
竜などの大型精霊獣は街一つを一瞬に破壊するほどの力を有しており、絶大な力を誇ったが、精霊獣も意志を持つ一個体であって、兵器として扱うのは難しい面があった。
一部の好戦的な精霊獣は戦う事を苦としないどころか、進んで戦列に加わっていたが、多くの精霊獣が異を唱え、装者に従わなかった。
「やがて魔導装具は精霊獣と人とを繋ぐものではなくなり……、人が精霊獣を従える為の枷となったのです」
異世界より呼び寄せた精霊獣を縛りつけ、従わせる為の道具。
それが魔導装具の新たな形となった。
「装者の力量に左右されますが、精霊獣を自在に操れる力を得た人々は、自らが武器を手にすることなく、精霊獣を戦わせて醜い争いを続けました。……そして思い上がった人々は精霊獣を戦争の道具だけでなく、自分達の暮らしをより良くするために……、精霊獣の意志を押さえつけて、道具として使い始めたのです」
馬などの代わりに陸上移動方法として用いられるだけでなく、海上や空を自在に移動する為に利用される精霊獣。
だがそれはまだ虐げられた度合いで言えば軽いものである。
見目が麗しいものは見世物や愛玩動物として。
人に近しい姿をした者は性的な欲望の捌け口としても扱われた。
「人々は盟約を破り、精霊獣を奴隷の身に落としただけでなく、その力を我が物にと欲してしまいました……」
研究者は精霊獣を被検体とし、精霊獣の持つ力を求めた。
その過程では解剖だけでなく、拷問のような負荷試験を行い、望まぬ命を宿させるなど、非道の限りが尽くされたのである。
「多くの犠牲を厭わず研究を重ねた先で、人々は恐ろしい力を手にしてしまいました」
引き裂かれた精霊獣の身体は死に絶えても魔力を宿していることが分かり、爪や体毛、骨だけでなく、精霊獣の心臓とも言われるアニマ結晶を材料として第三世代の装具が作られた。
「精霊獣の命を材料にした武器は召喚型よりも扱いやすく、戦火を広げる要因となりました」
人々の愚かな行いは止まる所を知らず、憎しみの連鎖は断ち切れず、世界は混迷の一途を辿っていく。
精霊獣との繋がりを重んじていた筈の鍛冶師達も呪われた技術に魅せられてしまい、多くの流派が悪行に手を染めていった。
「その当時のアイントール家は数少ない反対派であって、第二世代……、精霊獣を拘束する装具も作らず、古来の方法で装具を作り続けていました」
「そ、そうだったのか……」
アレイシヤの言葉で海人はホッと胸を撫で下ろす。
彼の目の前にいるアレイシヤもそうだが、海人の母親であるマルリースもアイントール家の血筋であって、二人が鍛冶師として非道な手段を取っていたのかと危惧したようだ。
ここでも海人は正直に、疑ってしまいすまなかったと頭を下げるが、アレイシヤは首を横に振り、非難されても仕方がないと言った。
「どうしてだ? アーシャや母さんの……、アイントール家はその技術に手を出してはいなかったんじゃ――――」
「これは私個人の考えなのですが、他の鍛冶師達の非道な行いを止められなかったのは同罪だと思うので……。同じように見られても致し方ないのです……」
シュトラルヴェルトの民は等しく過去の過ちを受け止めなくてはいけないと思っているアレイシヤ。
彼女がそこまで背負う必要はあるのだろうかと、海人と真帆は疑問を抱いているようで、それでもシュトラルヴェルトの人々の行いは過去の事と言って片付けられるような内容でもなく、結果、二人はどう声を掛けて良いか分からず、口を固く閉ざした。
言葉にしなくとも、二人の想いは通じたのか。はたまた深刻そうな面を並べられて驚いたのか。
アレイシヤは二人に対してそこまで思い煩う事ではないと慌てつつ言った。
そして彼女は自身の先祖はただ傍観しているだけではなかったと、ある転機が訪れたのだと言って、装具にまつわる歴史の続きを語った。
「アイントール家は精霊獣との絆を信じ、対等な立場で在ろうとしましたが、人々の愚行は精霊界に広まっているようで、新たな盟約を結ぶのには相当な苦労があったようです」
苦労して作り上げた一振りの剣も、精霊獣の魂を封じ込めた武具には敵わず、職人達は自信を喪失して徐々に去って行き、弟子入りも希望する者が居なくなった。
第一世代の装具が栄華を極めていた時代には五本の指に数えられていたアイントール家であったが、世代を重ねるごとに衰退し、ついには辺境の地でひっそりと店を構えるまで落ちぶれてしまったのである。
「国境からは遠く、戦火に巻き込まれもしない最果ての小さな漁村。そこでは自警団が魔獣を退治するための武具が必要であって、そのお蔭でアイントール家は先祖代々の技術を失う事も無く、家系を途絶えさせる事も無かったのです」
最果ての地で細々と鍛冶屋を営んでいたアイントール家。
他の鍛冶師達の暴挙を止められもせず、呪われた装具を越える装具を作り出せもせずにいたが、ある日を境にして世界の情勢が変わり、没落したと言われていたアイントール家の立場も変わるのであった。
「人と人との醜い争いが続く中、混迷の世を嘲笑うかのようにして現れたのは、かつて世界を支配しかけた魔王でした」
倒された筈の魔王は復活し、人々の前に突如として姿を現し、魔族の軍勢を率いて侵攻を開始した。
国家間での戦争に明け暮れていた人々は虚を衝かれる形となり、魔王軍に蹂躙され、国土も人も失われていった。
「第三世代の装具も魔王の軍勢の前ではただのなまくらに変わり果ててしまいました……」
人々は装具を身に纏い魔王の軍勢に抗ったが、頼りにしていたその力が自らの首を絞めつける事となってしまった。
魔族は装具に込められた精霊獣の魂を呼び覚まし、装者の魂を食らいつくして身体を支配させて手勢に加え、猛攻を繰り広げたのである。
「結果として人々の争いは無くなり、第三世代の装具も封じられました。ですがその代償として人々は僻地に追いやられ、魔族によって虐げられる事となりました」
再び闇に飲まれかけた世界。
最後まで魔族の軍勢に抵抗を続けていたグランツドラッヘン王国の王は、異世界より勇者を召還する事で世界に光をもたらそうとした。
「――――それがあのクソ親父って訳か」
未だに譲司の事が気に入らないのか。
海人は世界を救った英雄に対してしかめっ面をしており、そのような子どもっぽい態度に真帆とアレイシヤは苦笑する。
重苦しい話が続いて場の空気も沈んでいた所だが、海人のお蔭で少しは気が緩まったようで、強張っていたアレイシヤの表情も先程よりかは緩んでいた。
そして続く話の流れも今の雰囲気に沿ったものへと変わっていった。
「えっと……、カイトさんの仰る通り、召喚された勇者とはジョージ様の事で、ジョージ様はマルリース様と共に世界を旅して、その道中にマルリース様が作り上げた装具が、今お二人も身に着けている装具と同じ製法のものになります」
「これが……。そう、なのか……」
第四世代と呼ばれる装具の製法は再び精霊獣と人とを繋ぐものであった。
その方法とは精霊獣によって課せられた試練を乗り越える事であって、人は力を、知識を、心を試された。
無事に試練を乗り越え認められた者は精霊獣から身体の一部を譲り受け、それを装具として加工するのだが、出来上がった装具は精霊界に居る精霊獣とを繋ぐ役割を果たし、絶大な力を得られるのである。
「身体の一部とは生え変わる爪や鱗、牙や体毛などであって、精霊獣の命を奪うような事はなくなり、人々は再び精霊獣との繋がりを重んじるようになったのです」
そのような変革が訪れたのは、マルリースが作り出した装具と、それを身に纏って戦った譲司の功績によるものであると、アレイシヤは二人を褒め称えた。
「母さんはともかく、あの親父が……、か」
海人としては譲司が英雄扱いされているのは疑問が残るようでいて、それでもアレイシヤの言葉に嘘は無いとも思っているようで、複雑な表情をしつつ父親の偉業を受け止めていた。
幾年月を越えて、時に血濡れた歴史を経て、時に人々の希望となった装具。
第四世代の形となって、精霊獣の存在が踏みにじられる事はなくなったが、それはこれまでの事であって、この先もという訳ではないようだ。
装具にまつわる歴史を聞き終えた真帆は気になる事があるようで、アレイシヤに問い掛けた。
「アーシャちゃん。もしかして、さっき復元した装具は、第三世代のものなのかしら?」
装具を身に着けていた赤星亮平は自我を失い、獣と化した。
その様子は先程の話の中に出ていた第三世代の装具のデメリット、魔族によって暴走させられた時に酷似している。
アレイシヤも最初は真帆と同じ考えを抱いていたようだが、彼女は復元途中で何かしらの手掛かりを得ていたようで、真帆と問いには頷かず、自論を述べた。
「あの場に魔族と思しき気配の者は居ませんでした。ですからこれは、第三世代の装具の造りを基にした新たなものなのかもしれません……」
そう告げたアレイシヤは膝の上に置かれた拳を固く握りしめていた。
彼女は同じ鍛冶師として非道な行いによって作り上げられた物は許せないのだろう。
この装具は檻であると表現したのは間違いでなく、悲痛な面持ちのアレイシヤは閉じ込められた精霊獣の解放に取り掛かった。




