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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第8話 波乱に満ちた体育祭
66/213

13.強敵と書いて『とも』と読む関係

 突然の豪雨によって一時中断されていた体育祭。

 一時間も経たぬうちに雨は止んだが、運動場はぬかるんでいたり、水溜りが出来ていたりと競技を続行できる状態ではなく、残す競技も後一つだったことから、避難先である体育館で閉会式が行われた。

 結果、白熱していた最終種目の勝敗は無かった事に。

 尻すぼみとなった後の授賞式は盛り上がる筈もなく、MVPも体調不良で不在となれば館内がお通夜モードになるのも致し方ない。

 皆沈んだままで体育祭は幕が閉じられるかと思われたが、閉会の挨拶の為に壇上に立った一人の女子生徒、生徒会長の姫条玲緒奈によって空気は一変し、つつがなく閉幕したのであった。






 場所は変わって保健室。

 ベッドに横たわっているのは多くの競技で活躍し、MVPに選ばれもした赤星亮平であった。


「――――ここは……」


 目覚めた亮平はゆっくりと身体を起こして辺りを確認する。

 一番に目に入ったベッドやシーツは真っ白で、微かに消毒の匂いがする事からそこが保健室であるというのはすぐに分かった。

 だが、何故この場に自分が居るのかと亮平は戸惑っているようで、これまでにあった事を思い返していた所、閉ざされていたカーテンが開いた。


「目が覚めたのね。具合はどうかしら?」


 様子を見に来たのは養護教諭のルイーザであった。

 彼女は普通に具合を尋ねてきただけなのだが、ちょっとした仕草が色っぽく、寝起きである亮平でも思わずドギマギとしてしまい、上手く答えられずにいる。

 どうやら彼も他の男子生徒と大差ないようで、ルイーザの色気に惑わされているようだ。

 彼の心情を知ってか、ルイーザはそれを楽しんでいるフシがあり、距離を詰めて落としにかかる。

 このままルイーザに弄ばれるかと思われたが、亮平はカーテンの隙間から顔を覗かせた者の姿にハッとして我に返った。


「て、テメェ……っ!」

「亮平……っ!! 大丈夫なのか……?!」


 ルイーザと入れ替わるようにして亮平の様子を見に来たのは颯太である。

 彼は心配そうな表情で声を掛けたが、対して亮平は睨みを利かせて舌打ちをした。

 身を案じていた者に対して酷い仕打ちであるが、悪態こそが亮平が元気であるという証拠のようで、颯太は気に障ったどころかホッと胸を撫で下ろし、無事を喜んでいる。

 それは心の底から嬉しいといった笑みで、その微笑みに亮平は胸が締め付けられるような思いを……、罪悪感を覚えたようだ。

 俯いた彼は肩を震わせ、自嘲しながら問い掛けた。


「…………何か文句があるのかよ」

「……? 亮平、何を言って――――」

「言いたい事があるんだろう!? 罵るか……? 馬鹿にするのか……?」

「だから何を言って――――」

「分かっているんだろう……っ! オレが……、何をやっていたか……」


 亮平は目を覚ましたばかりであったが、気を失う前の事は憶えているようだ。

 力を得て、その力に溺れて、結果自我を崩壊させて何もかも失った姿は滑稽だろうと、卑怯な手段を取った自分は許されないと思っているのだろう。

 気なんか遣わなくて良いと、ハッキリと蔑み断罪してくれた方が良いと願い、悲痛な叫びを上げている。

 己を責めている亮平に颯太は驚くが、彼はゆっくりと首を横に振ってそんなつもりは無いと言った。


「俺は責めたりなんかしない」

「どこまでも善人ぶりやがって……っ」

「そうさせていたのは俺のせいでもあるんだろう?」

「……」


 これまで多くの勝負を持ち掛けられ、その度に受けて立ったものの、真剣に取り合わなかったと、それが亮平を追い詰める切っ掛けになってしまったのではないかと颯太は反省しているようだ。

 沈黙を肯定と取ったのか。颯太は頭を下げてこれまでの態度を詫びる。

 責められるのを覚悟していた亮平は謝られてしまった事にただただ驚くばかりで、自棄になっていた勢いはなくなり、ぼうっとしていた。

 突然の謝罪に立場は一転して。

 今度は颯太が亮平に問い掛ける番となった。


「俺はこれまでの事はどうだっていい。今はこれからの事を考えたい」

「……どういう意味だ?」

「これで辞めたりなんかしないよな?」

「…………」


 颯太の問いに対し、押し黙る亮平。

 彼は俯き、両手をきつく握りしめている。

 直ぐに答えられないのも無理はない。

 得た力は偽物であって、もう二度と使う気にはなれないものである。

 だが力を失えば以前の自分に戻らなくてはならず、そうなれば颯太とは一生渡り合えない。


「オレが陸上部に戻っても、お前を失望させるだけだ」


 自分にはもう走る資格すらないと亮平は言い切る。

 それは逃げるようなもので、そうする事が償いにもなると亮平は信じているようだが、颯太は許さない。


「勝ち負けだけが大事じゃないだろう? 亮平は今まで走っていてそれしか考えていなかったのか?」

「…………悪いのかよ。オレはお前に勝つ事だけしか考えてなかったんだ。今更どうしろって――――」

「俺は自分のタイムがどれだけ縮められるかってのも気にしていたが、走るの自体が楽しかったよ」

「そりゃ、楽しかっただろうな。誰も居ない景色を走り続けていたら――――」

「亮平は本当に一度も楽しくなかったのか?」


 問われた亮平はこれまでの事を振り返る。

 練習は辛く苦しいものであって、いつかは勝ちたいと思っていた相手は遥か遠くに居て届きはしない。

 それでも自己新記録が出たり、後輩に慕われたり、先輩に勝てたりと悪い面ばかりではなかった。


「…………今更気づかされるなんてな」


 これから先、走る事を封じれば自分に何が残るだろうかと。

 怪我をして逃げていた期間は夜遊びに繰り出すなど、それなりに楽しんでもいたが、時折訪れる虚無感に苛まれた。


「……颯太。……こんなオレでも戻れるのか?」


 もう腐りたくはないと思っているが、これまでの行いを恥じているようで、素直に戻ると言えない亮平は颯太に答えを求める。

 らしくない彼に対して颯太は笑いがこらえきれなくなったのか、何を言いだすんだと笑いながら肩を叩く。


「当たり前だろう。俺だけじゃなく部の連中も待っているんだ」


 差し出された手を強く握りしめる亮平。

 彼は少しばかり涙ぐんでいるようで、それを隠す為にか、すぐさま颯太を引き寄せて首に手を回して締め上げた。


「――――仲良くしている所で悪いんだが、そろそろ良いか?」

「……っ!!」


 二人笑い合っていた所で声が掛かり、亮平は慌てて颯太を解放する。

 弱々しい所を見せて態度を軟化させたように思えた亮平だが、他の者に対しては相変わらずのようだ。

 さらに言えば声を掛けてきた者は亮平にとってあまり良い印象が無いらしく、あからさまに嫌そうな表情をしていた。


「竜堂。亮平なら大丈夫みたいだぞ」

「そうか……。それは良かった」

「テメェは……、変態コスプレ野郎……っ」

「……そろそろ名前で呼んで欲しいんだけどな」


 まだ根に持っているのか、亮平は海人に対して辛辣な態度を取り続け、海人もあまり強く言い返さないせいか、場は不穏な空気になりかける。

 そこで間に入ったのは颯太で、彼は亮平が自我を失っている間に何が起きたのかを説明した。






 力に飲み込まれて意識を失った亮平は獣の姿になって暴れまわり、それを海人が捕らえて元に戻した。

 そう説明された亮平は最初の部分は受け入れたものの、海人に助けられたというのは納得できなかったようで、彼は疑ってかかってきた。

 説明した所で信じて貰えないのならば仕方がないと、海人は同じく亮平の元を訪れていたアレイシヤに確認を取り、魔導装具(ソルチ・キラーソ)を発動させる。

 一瞬にして蒼い鎧を全身に纏う海人。

 その姿を目の当たりにした亮平は、先程の話が嘘ではなかったのだと信じざるを得なかった。


「まさかただのコスプレじゃなくて、本当のヒーローをやっていただなんてな……」

「まぁ、信じられないのも無理はないさ」

「……いや、オレがあんな力を得られたんだ。そんな力を持っていてもおかしくは無いな」

「ああ、それなんだが……」


 海人とアレイシヤが亮平の目が覚めるのを待っていたのは身を案じてという事もあったが、もう一つ大事な理由があったからだ。

 海人に促されたアレイシヤは前に進み出て握っていたハンカチを開いて見せる。

 ハンカチに包まれていたのはいくつかの銀色の金属片と小さな緑色の結晶で、元の形は輪のようであって、壊れたアクセサリーのように思われた。


「それは……、オレの……っ」


 破片を見た亮平はハッとして掛け布団を捲り、自身の足元を確認する。

 アレイシヤが持っている破片は元々彼が右足首に装着していたアンクレットで、海人が破壊したものである。


「これのせいでオレは……」

「はい。これは……、その……、カイトさんが装着している物と似たような物なのですが、問題がありまして……」


 その問題とは力を得る代わりの代償で、それにより亮平は自我を失う結果となった。

 海人とアレイシヤはそのアンクレットを亮平が何処で手に入れたのかを知りたいようであったが、亮平からの返答は曖昧なものであった。


「あれは確か……、夜に繁華街で遊んでいて……。帰りがけにビルとビルの間に居た占い師に……」


 その者は黒いローブを身に纏っており、フードを目深に被っていたため顔は全く見えなかったそうだ。

 背格好も特徴的ではなく、声がしわがれているせいで男か女かは判別しにくいようで、結局海人達は遭遇した場所くらいしか情報を得られなかった。


「そうか……。分かった。もしまた見かけるようなことがあれば――」

「お前達に教えりゃいいんだよな」

「そうしてくれると助かる。それから、この事は――」

「それも分かっている。ヒーローってモンは正体を知られちゃマズいんだろう?」


 亮平は底意地の悪い笑みを浮かべているが、決して海人の事を馬鹿にしている訳でもなく、陰ながら応援しているという意味らしい。

 そう説明したのは颯太で、彼は亮平の肩を叩きながらコイツはまともに笑えないなどと貶しつつフォローをしていた。

 これまで幾度となく見せていた険悪なムードはすっかりと消え去り、颯太と亮平は言い争っているようだが仲が良さげな雰囲気であって、傍で見ていたアレイシヤも二人につられて笑みを溢す。


「……お二人は仲がよろしいんですね」

「ハァ?! 仲良くなんかねぇーーよっ!!」

「いいや、仲は良いよ。『強敵』と書いて『とも』と読む的な感じか」

「おいっ! テメェまで何を言って――――」


 颯太と亮平の仲は修復されたどころか以前よりも良い関係に。

 体育祭は最後の最後でトラブルに見舞われたが、それも何とか解決し、これで良かったと誰もが思う展開となっていた。

 けれども波乱はまだまだ続くようで、保健室の扉を勢いよく開けて入室してきた者によって、海人達は更なる災難に見舞われるのであった。


「かーいとくーーーーん!! こっちは終わったよ~~~~!!」

「も、桃子……っ」


 体育館での閉会式を終え、雨が上がった後の運動場で簡単な片付けを済ませた桃子達ヒーロー研究部の皆は、海人達の様子を見に来たようだ。

 一番に飛び込んできたのは桃子で、彼女は間を置くことなく海人の元へ。

 人目を憚ることなく後ろから抱き着いてきて、海人を困惑させた。

 その光景はヒーロー研究部の者達なら見慣れたものであって、海人と同じクラスの颯太も教室で何度も目の当たりにしていて、別段気になるようなものでもないのだが、一人だけ違った反応をした者が居た。


「も、モモ……、ちゃん……」

「あ、亮平君~。具合は……、もう大丈夫そうね。良かった~」

「あ、ああ。それよりも、モモちゃん……っ、コイツとはどういう関係だ……?」

「関係? う~ん……。ただれた関係……、かな?」

「おい待ってくれ桃子、一体何を言って――――」


 冗談は程々にしておけと言いつつ背中に張り付いた桃子を剥がしにかかる海人。

 彼はすぐ傍で怒りを沸々とたぎらせている者の存在にまだ気が付いていないようであった。


「テメェ……っ!! よくもオレのモモちゃんを……っ!!!」


 かつて無い程に怒りを露わにする亮平は、海人の胸ぐらを掴んでガクガクと揺らし、殴りにかかる。

 慌てつつ止めに入ったのは颯太で、彼は暴れる亮平を背後から羽交い絞めにした。

 事の発端であると目される桃子はというと、海人と亮平に対して「私の為に争わないで!」などと言いながら悲劇のヒロインを満喫している。


「はぁ……。何をやっているんだか……」


 つい先程まで倒れていた者や、体育祭で数々の競技に出ずっぱりで、その上敵と対峙した者が、今は騒いで取っ組み合いの喧嘩を繰り広げている。

 真帆を始めとするヒーロー研究部の面々は、何処にそんな元気があるんだと言いたげに溜息を吐いて呆れ返っていた。

 このままでは埒が明かないと考えた真帆は、お花畑状態の桃子を捕まえて事情を聞き出す。

 すると颯太と亮平の関係について新たな事実が明らかになった。


「――――……要するに、伊井田君と赤星君が……と言うよりも、赤星君が一方的に伊井田君をライバル視していたのは、桃子のせいだっていうの?」

「そうよ。うふふ、モテるってのは罪よね~~」


 幼稚園の頃から一緒だった桃子と颯太と亮平の三名。

 入園の時期は颯太が少しばかり遅く、彼が通うまでは桃子と亮平の仲がとても良く、いつも二人一緒であったり、結婚の約束をしていたりなどと、微笑ましい幼いカップルだったそうだ。

 それが一転。颯太が入園するなり、かけっこで颯太が亮平を負かしたせいで桃子は気変わりを、颯太に夢中になってしまったのだ。


「つまりこの惨状は貴女が小さな頃からクソビッチだったからなのね」

「も~、真帆ちゃんったら、そんな言葉遣いはダメだよ」

「この……っ、少しは反省しなさいっ!!」


 新たに起きた衝突。

 先の諍いもこの不毛な争いも止められる者は現れず、暫く続くのであった。






 とっぷりと陽が暮れて、欠けた月がうっすらと浮かび上がる頃。

 先刻まで喧しくあった保健室は静かに。

 その部屋の主たる者、ルイーザを残して生徒達は皆下校したようだ。

 生徒を帰した所でルイーザは一息つき、雑務を終わらせようと席に着くも、新たに保健室を訪れる者が現れ、その者の顔を見て盛大に溜息を吐いた。


「疲れた~~。姐さん、少しだけ休ませてくれないか」


 そう言って了承も得ぬままベッドに倒れ込んだのはローランドであった。

 彼は言葉通りに疲れ切っているようだが、ルイーザは彼に思う所があるようで、そっとしておくつもりは無いようだ。


「ちょっと、貴方。今まで何処で油を売っていたのかしら!? こっちは散々だったのよ」


 雨に降られ、途中までだが男子生徒を一人で運び、苦労したのだと主張するルイーザだが、ローランドは臥せったまま面倒くさそうに仕方がなかったと答えた。


「あの雨、降らせていたのは俺なんだよね~」

「はぁ!? なんて事をしてくれ――――」

「頼まれたんだよ。例のあのお方に」

「……!」


 戦う事は出来ないが、天候を操作する事は可能なようで、ローランドは人払いの為に雨を降らせ続けていた。

 拘束具はこちら側の人間に危害を加えられないだけでなく、力を抑え込むものであって、その制限がある中で力を行使し続けるのは相当な負担が掛かったのだろう。

 その上人払いを終えた後は教員としての職務にも携わらなくてはならなかったらしく、ルイーザよりも苦労していたようだ。


「わ、悪かったわ。そんな事とは知らなかったのよ……」

「分かってくれるならそれでいいさ。それよりも、きな臭い事になって来たな……」

「……そうね。悠長に構えてはいられなくてよ」

「ハイハイ。……ったく、こっちでの生活も楽しんでいたってのによ……」


 ローランドが楽しんでいる内容とは品位に欠けるものであって、賛同しかねる事柄であるが、ルイーザも彼と大差無いような振る舞いをしている為、非難は出来ない。

 二人はただただ己の立ち位置を嘆くばかりであった。




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