10.再びのライバル宣言
最高潮の盛り上がりを見せた部活対抗リレー。
そこで圧倒的な力を見せつけた赤星亮平は、新たな陸上部のエースであると皆に認められた。
彼は午前中のプログラムでも多くの活躍をしており、その度に彼に魅せられた女子達が増え、彼女達から好意を持って声を掛けられていたが、今は周りに誰も居ない。
それは元々の性格が災いした訳でもなく、彼自らそうしているようだ。
つい先程まで自分のクラスの観覧席に居た亮平は、手洗いに行くと言って席を外したのだが、彼が向かった場所は人気のない体育館の裏であった。
「この力……。この力さえあれば……!」
ずっと望んでいたものが得られたと、喜びから高笑いをしそうになっていた亮平。
けれども彼は傍でガサガサと音を立てて近づく者に気が付き、口元を手で覆って平静を装った。
「お前は……。こんな所まで来ているなんてな」
「……」
木の影から現れ、植え込みを掻き分けて出てきたのは黒いローブを纏った者で、フードを目深に被っている為、その者の表情は窺えない。
異様な空気を漂わせる人物だが、亮平は特に警戒する事も無く、それどころか彼は不審者に対して礼を述べ始めた。
「アンタには感謝しているぜ。コレのお蔭で本当の力が出せたんだからな」
「……」
「まーただんまりかよ。まぁ、別に構わねぇが……」
気にはしないと言ったものの、無言のままでいられるのは居心地が悪いのだろう。
先程の態度とは一変して、亮平は黒衣の者に勘ぐるような視線を向けて問いかけた。
「まさか今更コレを返せとか、金を要求する訳じゃねぇだろうな」
「……」
沈黙を貫いたままかと思われたが、黒衣の者は首を横に振って問いに答える。
厄介な事にはならないと分かった亮平は安堵の溜息を漏らす。
そして彼は相手が強気に出ないと分かるや否や、横柄な態度を取り始めた。
「どういうつもりかしらねぇが、コレはもうオレの力だ。ハナから手放すつもりはねぇぜ」
「……ソノチカラ……、ハ……」
「アァ?!」
しわがれた声はたどたどしいものであって、気味の悪さを増長させているのだが、亮平は怯まずに威嚇するよう聞き返す。
鋭い目つきで凄まれた黒衣の者も肝が据わっているのか、動揺する素振もなく片言で警告を続けた。
「……チカラ、ツカイスギレバ……、ノミコマレルゾ……」
それはただの脅しではないと感じ取れるものであって、亮平も思わずゴクリと生唾を飲み込むが、引くに引けないようで彼は虚勢を張った。
「ハッ! 何を言いだすかと思えば……。今の所何ともねぇんだ。余計なお世話だっつーの」
「……チュウコクハ、シタゾ……」
「チッ……! オレの力をオレがどう使おうがテメェには関係ねぇだろうが!」
「……」
忠告は親切心からくるものか、何なのか。
相手の表情が窺えない上に発する言葉から感情が読み取りにくいせいで、相手の意図は知り得ない。
どちらにせよ亮平にとってはどうでもよい事らしく、彼は眉間に皺を寄せて面倒臭いといった感情を隠す事無く表に出し、黒衣の者に背を向けて立ち去った。
体育祭の後半戦。目玉である部活対抗リレーは終わったが、そこで熱気が冷める事はなかった。
盛り上がりはそのままにと言うよりも、どうやら更に熱が入っているようだ。
それは終わりに近づくにつれて優勝争いになるからで、現時点でどのクラスも優勝を狙えるくらいに大差が無いせいである。
海人達のクラスも例には漏れず、優勝も夢ではなかったのだが、そこで勝利への道を閉ざすような出来事が起きてしまった。
「お、俺が? いや……、俺もあんまり具合が良くなくてな~」
「悪いな、竜堂。俺も協力したいんだが――――」
「いやいや、無理だって。俺なんかが出ても――――」
猿渡がダウンした事により、海人達のクラスは最後の種目であるクラス対抗リレーの選手を選び直さなくてはならない。
海人達ヒーロー研究部の面々はクラスメイトに声を掛けるも、良い返事は貰えずにいた。
ここまでクラスで一致団結してきた筈だが、快諾する者は現れない。
このまま順調に行くと最終種目で優勝が決まるせいか、皆はプレッシャーに耐えられないようだ。
「こうなれば後は……、犬飼」
「……!」
「頼めるか?」
「……お、俺が……か」
大きなナリをしていながら度胸は無いのか。犬飼も他の者と同じように乗り気ではない。
自分では力になれないと彼は言っていたが、それでも友人である猿渡の不始末は自分が拭うしかないと考えてもいるようで、彼は迷いながらも問い掛けた。
「ほ、本当に俺で――――」
「竜堂、犬飼」
犬飼の決意は他の者によって遮られてしまう。
勇気を振り絞った所で肩透かしを食らい、このまま引き下がるのは穏やかな犬飼でもさすがに思う所があるようだが、振り向いた先に居た者の姿を見て納得をせざるを得ないでいた。
「伊井田……」
声を掛けてきたのは亮平と因縁浅からぬ颯太であった。
体育祭が始まる前から走る事を拒んでいた彼だが、亮平が活躍する姿を見ていて心境の変化が訪れたようだ。
これまでは俯いてばかりで、瞳には迷いが見られたが、今では真っ直ぐと前を向いており、瞳は力強く輝いている。
「今更かも知れないが、最後のリレー。俺に走らせてもらえないか?」
固唾を呑んで見守っていた皆は驚きから声を上げるが、直ぐに盛り上がりはせず、そのまま動向を見守る。
いつの間にか輪の中心に居た海人は皆の視線を気にも留めず、颯太の意志を確認した。
「……大丈夫、なのか?」
「ああ、と言いたい所だけど、正直今の亮平には勝てる気がしないんだ」
臆面もなく自信はないとハッキリ告げた颯太。
優勝が懸かった場面で、クラスの命運を握る立場になるというのに無責任な発言ではあるが、それでも彼は走りたいと、亮平に勝負を挑みたいと願う。
自分達ではどうにもならないと分かっていてか、そもそも颯太に敵う者は居ないと思っているのだろう。 クラスメイトの中で反対する者は誰一人居ない。
名乗りを上げかけていた犬飼も颯太に託したいと深く頷き、海人は笑みを浮かべて手を差し出す。
「アンカー、頼めるか?」
「ああ。任せてくれ」
海人の手をがっしりと握り返した颯太。
その力強さは彼の真っ直ぐな想いを感じさせた。
己の力を出しきった事による疲労の色が皆に見え始め、応援で叫んだ事により皆の声が枯れだした頃。
プログラムは残す所あと一つに。クラス対抗リレーのみとなっていた。
得点は相変わらず横並びで、どのクラスも優勝を狙える。
そのせいか、諦めて勝負を振り投げるクラスは無いようだ。
海人達のクラスも他のクラスと同じように精鋭を揃えて最後の勝負に挑む事となった。
「よう。てっきり逃げたのかと思ったぜ」
「……亮平」
海人達の予想通り、亮平のクラスは亮平がアンカーを務めるようである。
彼は同じくアンカーを務める颯太を見かけるなり、ニヤつきながら挑発をしてきた。
相手を小馬鹿にするような態度であって、他の者なら不快に思いもするだろうが、彼と長い付き合いである颯太は全く動じない。
それどころか彼は自嘲気味に亮平の言葉を肯定した。
「そうだな……。確かに亮平の言う通り、俺は逃げていたんだと思う」
「は……?」
想定外の返答に亮平は驚き呆けた面を晒していたが、颯太の真剣な眼差しに気が付き我を取り戻す。
颯太が何故そう答えたのか、意図を読めずにいる亮平は険しい顔で、今にも掴みかからん勢いで問い詰めた。
「お前……っ、何が言いたい!」
「亮平が怪我をして、部活に来なくなって……。その時思ったんだ。自分が何の為に走っているのかって」
「……それとオレの事と何の関係がっ」
「俺は、亮平と張り合っていた時が一番楽しかったんだ」
「ハァ!?」
真っ直ぐに、恥じらう事も無く想いを告げた颯太に対し、亮平の勢いは削がれてしまったどころか、狼狽えてしまった。
いくらひねくれた態度を取ろうとも、正面切って近づこうとする相手には対処しきれないようで、亮平は何時もの悪態をつけないようだ。
しどろもどろになる亮平を余所に、颯太はこれまで溜め込んでいた想いを吐き出すようにして畳みかけた。
「亮平。お前が部活に戻って来てくれて俺は嬉しかった。……でも、それと同時に怖くもあったんだ」
「な、何を怖がる必要が……。俺にエースの座を奪われる事か!?」
「そうじゃない。お前が遠くに行ってしまうようで、またお前が居なくなる気がして怖かった」
力の差を見せつけられ、敵わない存在になった時、自分など眼中になくなってしまうのではと颯太は考えたようで、現実をなかなか受け入れられずにいた。
これまで返してきた全て言葉は虚勢であったと、颯太は亮平に謝りもして、更に彼を驚かせる。
「朝からずっとお前の活躍を見ていて、俺は何をやっているんだろうかって後悔もしたさ」
「……」
「部活対抗リレーでは、お前と競っていた竜堂が羨ましくもあったよ」
「何だよそれは……っ」
「だからもう逃げずに、お前と向き合うって事だ。……例えお前が俺の事を見放しても、俺は追いかける。追いかけて、何時かは追い抜いてやる」
結局の所、行き着いた先はライバル宣言であった。
打ち明けられた亮平は戸惑うばかりだったが、これまで闘争心を剥き出しにしてこなかった颯太の隠された一面が見えて満足したのだろう。
彼はニヤリと笑って高らかに宣言した。
「ゴチャゴチャした事は分かんねぇが、要はオレに喧嘩を売っている訳だろう?」
「まぁ、そういった所だ」
「ハッ! 受けて立ってやるよ、その勝負。後で吠え面をかいても知らねぇからな!」
「ああ。そうならないよう頑張るさ」
想いを曝け出した所で第一走者がスタート位置に着き、真剣勝負のスタートが切られた。
リレーはチームメイトでバトンを繋ぐものであって、誰か一人が主役という訳でもない。
それでもこの勝負は二人の、颯太と亮平の為にあるようで、お膳立てされたかのように二人同時にバトンが渡され、二人がトップを争う事となった。
「伊井田……っ!!」
亮平の走りは部活対抗リレーの時よりも更に速く感じるくらいであって、これこそが彼の本気なのだと窺わせる。
一方颯太はと言うと、亮平の速さに付いていけているようで、その差は微々たるものであった。
互いに一歩も譲れない戦いを目の当たりにして、海人はただただ息を呑んだ。
常に背中を追いかける立場は惨めであった。
いつか追い抜いてやると意気込むが、どれだけ練習を重ねようとも、いくら身体を鍛えても、行く先には越えられない壁があった。
いっその事相手がどうしようもない性格ならば良かったが、爽やかという言葉がお似合いの好青年で、憎み切れなかった。
自分の力に限界を感じていた彼の元に現れたのは黒衣を纏った占い師で、その者は真の力は自分の中に眠っていると、それを引き出せる方法があると言った。
占い師の言葉通り、力を得た彼は初めて宿敵に勝利した。
そして彼はこれまで見る事の出来なかった光景を目にする事が叶った。
誰の背中も見えない、たった一人の道を。
「オレはもう……、誰にも負けない。誰一人、先には行かせない……っ! ――――そう、思っていたが……」
華々しい勝利。陸上部のエースの座。女子達から向けられる好意。
全てを手に入れた筈だが、今の彼には全てどうでもよい事であった。
自分だけが走っていた道に現れた者。
肩を並べるようにすぐ傍を走る者が現れ、彼の心は大きく揺らぐ。
「これは俺の力だ……! 本当の、力なんだ……っ!」
力を得たことは間違いではないと言い聞かせるが、隣で懸命に走る者の姿を見て迷いが生じる。
得た力に疑問を抱き始めた彼はやがてその力に飲まれるようにして、己を見失った。




